RICOH GR|Special Story

Life with GR / no.04_森山大道

GRを手にすると街の様子が変わる 僕の感覚を増幅する装置のように

森山大道
1938年、大阪府池田市生まれ。デザイナーから転身し、岩宮武二、細江英公の助手を経て、1964年にフリーの写真家として活動を始める。1967年『カメラ毎日』に掲載した「にっぽん劇場」などのシリーズで日本写真批評家協会新人賞を受賞。近年では、サンフランシスコ近代美術館(1999年・メトロポリタン美術館、ジャパンソサイエティー(ニューヨーク)巡回)、国立国際美術館(2011年)、テートモダン(ロンドン)で行われたウィリアム・クラインとの合同展(2012~13年)他、国内外で大規模な展覧会が開催され、国際写真センター(ニューヨーク)Infinity Award功労賞を受賞(2012年)、フランス政府よりレジオンドヌール勲章シュバリエを受勲(2018年)、ハッセルブラッド国際写真賞(2019年)を受賞するなど世界的に高い評価を受けている

西新宿1丁目の交差点。信号が青に変わると、向かい合うようにして横断歩道へと歩きだす。右胸にGR IIIを構えたノーファインダーだったが、絶妙なバランスで写されていた
RICOH GR III/28mm相当/プログラムAE(F4.5、1/250秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

西新宿から南新宿の改札口前を通って東口へと抜ける。ゆっくりと歩みながら、しかし街の速度に溶け込むようにして、雑踏の中でGRを構えて、片手でシャッターを切っていく。撮影するその姿からは、ラフでハイコントラストなモノクロームから想像されるような荒々しい激しさよりも、むしろ街を撫でるようにして、目の前の光景を切り取るしなやかな視線が感じられる。

被写体を見定めると、一歩踏み込んでGRを向ける。しかし、そこに威圧感や異物感は感じられない。だからだろうか、レンズを向けられた人物も交差する瞬間にカメラを見つめ、何もなかったようにそのまま過ぎていく。また、次の被写体、次の路地へと進み、東口から慣れ親しんだゴールデン街、さらに歌舞伎町へぐるりと新宿を回った。写真集で何度も眺めてきた、森山大道の「新宿」を追体験するようにしながら後を追い、その姿を写し続けた。長いキャリアの中で捉えてきた新宿という街は、森山さんにとって、どのように見えているのだろうか。

金髪の女性がスマートフォンを片手に信号待ちをしている。28mmという画角は街の様子をさりげなく、取り込むのに最適だという
RICOH GR III/28mm相当/プログラムAE(F3.5、1/200秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

「今でも良く新宿は撮りますよ。横須賀や、渋谷もね。もちろん昔とは服装も風俗的なものも、色々変わっているけど、新宿の体質みたいなものは変わらないね。まあ、僕も変わらないんだけど。70年代頃とは人々の欲望の質や中身は変わっていると思うけど、そういうのは元々が変わっていくもの。だからこそ撮るんだよ。昔の新宿が懐かしいから、なんて言って撮ってもしょうがないからさ。時間とともに、時代と共に変わっていくことに刺激されるし、それを体感するんだよな。この前渋谷で撮影した『記録(49号)』でも最後のコメントに書いたんだけど、とにかく街中にいたかった。人がいる中にいたかった。撮りたいとかテーマがどうということではなくて、ただ人混みの中にカメラを持っていたいという気分だよ。今日の新宿も同じで、人混みの中にいたかったって言う、それが率直なところだよね。まぁ、みんなマスクだけど。それも時代だろう」

2時間ほど掛けて新宿を歩き、シャッターを重ねていく。路地を曲がるたび、加速するようにして撮影していくその姿に、街の刺激に呼応する撮影者の身振りが感じられる。「カメラが無いと風景がつまらない」というその言葉からは、カメラという機械が、森山さんの様々な感覚を増幅する装置そのものになっているのだということに気づかされる。

靖国通りからゴールデン街へと続く四季の路。時代とともに街の様子は変わっていくが、街を作り出している匂いは変わることがない
RICOH GR III/28mm相当/プログラムAE(F2.8、1/100秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

GR IIIからGR IIIxにカメラを持ち替えてバックショットを写す。40mmの画角は人の視線に似ているから擬似的に彼女の視線をのぞき見る
RICOH GR IIIx/40mm相当/プログラムAE(F2.8、1/125秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

「カメラを手にして撮ろうという意識でいるときには、目の前で対面したものに強く感じるものがあるんだよな。カメラが無いときには、何にも見てないんだよ。体感するものが違うわけ。カメラがあるとセンサーが張られて、モーションが起きるんだよね。こんな小さな機械に過ぎないんだけどさ、これがその人の色んなものを掘り出してくれるということなんだよな。だから、やっぱり僕はカメラというものがさ、いかにすごいことをやっているのかということは知っておいてほしいと思うな。だってさ、時間を止めちゃうんだよ。一瞬の時間をさ。実はカメラの存在というのは多岐に渡っていて広いものだと思うし、所詮写れば良いというだけなんだけど、結局はカメラが自分と世界の交感の真ん中にいるんだからね。元々写真なんか興味なかったのにさ、本当にたまたまカメラに出会えて良かったと思うよ。コメディアンになれなくて、船乗りにもなれなくて、どうしようかなと途方に暮れてたら目の前にカメラがあったんだから」

ショーウインドウにディスプレされているマネキンをガラスに反射する街の様子と一緒に写し込む。現実の街とガラスに写る街が複雑に絡み合う
RICOH GR III/28mm相当/プログラムAE(F2.8、1/40秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

さまざまなインタビューや写真集で見るイメージからは、ノーファインダーによるスナップショットを行う印象も強かったのだが、この日は被写体を発見すると瞬間的に液晶モニターを眺めてフレーミングを決定する姿が多くみられた。フィルムとデジタル、あるいは使用するカメラによっても撮影のスタイルは自然に変わるものなのだろうか。

喫茶店でコーヒーと煙草を入れて再び街へと。さまざまな市井の人が目的地に向かって、四方へと歩き出す
RICOH GR IIIx/40mm相当/プログラムAE(F2.8、1/125秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

「どちらが良いということではないけど、フィルムの頃と今のデジタルではやはり違いはあるよね。俺は被写体を凝視する方じゃないから、体感した瞬間にシャッターを押す。パッと光景を見て、ノーファインダーのこともあれば、ファインダーを見ることもある。GRの場合は、液晶で被写体を見て直感で押しているというところだね。今回は28mmと40mmを使ったけど、どちらにこだわりがあるというわけでもない。28mmを使えばある程度広い空間を撮れるけど、それはそれだけのことだよ。40mmしかなければ40mmでも全然構わない。だけど、GRの良いところはまず軽いところだよね。それから、片手でスパッと撮れる。被写体を掏る感覚というのかな、これは一眼レフとは違うところだと思う」

街の中に自身の姿を写し込む。森山大道の1つのスタイルというか流儀を列記するとすれば、この手法は欠かせないはずだ
RICOH GR III/28mm相当/プログラムAE(F2.8、1/30秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

僕が初めてフィルムのGRを手にした(買った)のは、学生の頃、ある授業で森山さんがゲストで来られていたときに聞いた話がきっかけだった。考えてみればあの頃、僕だけでなく周りの学生もみなGRを持ち、大量の黒白フィルムをポケットに詰めて新宿へ撮影に向かっていた。森山さんが胸ポケットから出したそのカメラを片手にスナップショットを試みれば、少しは本物に近づくかもしれないぞ、という僕らの考えはずいぶんと浅はかだったとは思うけれど、それが功を奏して中には良い写真を撮ってくるものもいくらかいたように思う。

「スナップカメラマンはとにかく量を撮らなければいけないからね。量のない質はない、ということだ。学生たちに言うのはいつも、とにかく1枚でも多く撮れということ。撮らなきゃ何も分からないよということ。自分が何をしようとしてるのか、何をしたいのかも、撮らなきゃ分からない。撮りながら、自分が体感していくんだな。環境も感覚もみんな違うけど、どんな目線でも、まずは撮れば良いんだよ」

街の一瞬を写すためにはフォーカスが合うことよりも「写真が写る」ことが優先されるべきだ。そのためにフルプレススナップが便利。撮影距離は2.5m、シャッターを押し込めば、ピントが2.5mに固定されて記録される

歌舞伎町を抜けていくと、新宿ミラノ座の跡地にたどり着く。複合施設の建設現場となっているこの仮囲いには、現在森山さんの作品群が屋外展示されている(2022年初夏まで公開予定)。『新宿』と『ニュー新宿』のシリーズなど、未発表を含む29点が公開されているこの壁面の前で、ポートレートを撮影させてもらった。森山大道の目で再構築された新宿のイメージの前で本人を写し込む。そこには、変化し続ける現実と不変のエネルギーとが混在する、森山さんの思考や実践そのものが象徴されるように感じられた。その後も、日の暮れかけた新宿でショーウインドウやすれ違う人々にレンズを向け続けるその姿に、「ただこの人混みの中にいたいだけなんだ」という森山さんの言葉が確かに重なるように思えた。

西武新宿駅前通りの建築中ビルの外壁に森山大道の作品がプリントされている。宇多田ヒカルさんを写した作品と街を行き交う人を重ねる
RICOH GR III/28mm相当/プログラムAE(F2.8、1/30秒、±0EV)/ISO 200/WB:オート

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。