赤城耕一の「アカギカメラ」
第19回:春のアポランター祭り
2021年4月5日 09:00
コシナがフォクトレンダーブランドのレンズを発売してから22年が経ちます。私も22年前は30代の終わりだったことを考えると感慨深いですね。そのコシナ・フォクトレンダーがちょうど20年の節目を迎えたということで2019年に登場したのが「APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical E-mount」です。
これはフォクトレンダーブランドのレンズとして史上最高性能を誇って登場したもので、すでに本連載の第2回でもEマウント版をレビューしていますが、なんと2021年1月にはVM(Mマウント互換)マウントの「APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical VM」も新たに用意され、さらに「APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」もVMマウントとEマウントで登場することになり、ますます期待が高まっています。
Mマウントレンズって、今やユニバーサルマウント的な存在に近いそうです。合理的に考えれば、Mマウント用のレンズを用意しておけば、本家ライカは当然のことですが、コシナからもソニーEマウントや富士フイルムXマウント、ニコンZマウント用のマウントアダプターが発売されており、これを使用することで、さまざまなカメラに装着して撮影を楽しむことができるわけですね。アダプターもさすがのコシナ品質ということで、安心できる装着感や、少々価格はお高めですが接写にも対応するClose Focusアダプターにおける感動的な補助ヘリコイドのフィーリングなどが注目を集めています。
今ではライカは所有していなくてもMマウントレンズを購入される方が少なからずいらっしゃるそうで、私のようなアタマの硬いジジイには理解できない時代が到来しているようです。ところが、コシナは今回のVMマウントのアポランターに関しては、アダプターを使って他のミラーレスカメラに使っていただきたくないようなニュアンスをなんとなく発信しているような印象を受けます。
その理由を考えてみます。50mm F2のアポランターはEマウントの方が先行して発売されました。同じ設計のままVMマウントに転用してもいいはずですが、おそらくこれはマウントアダプターでVMマウントのアポランターをソニーαに使用しても、最高性能が得られないという意味であって、EマウントとVMマウントの同じスペックのアポランターを用意して設計を一部変更して、ソニーとライカユーザーそれぞれに満足しうる性能を維持したのでしょう。
同じレンズのEマウント版を使用した時もぶったまげましたが、こちらの性能にも驚きました。カメラ内のレンズ補正が使用できないわけですから、その本気度が窺い知れますね。
ご存知のとおり、カメラはマウントの規格が異なればフランジバックの距離も異なるし、デジタルカメラのセンサーはセンサー前にあるカバーガラスの厚みがメーカーによって異なるという問題もあり、かつ最近ではカメラボディ内での画像処理を行い、周辺光量や歪曲など、レンズの各種の収差を補正するというマジックを行うことも珍しくありません。
この理屈に従えば、マウントが異なれば、それに合わせてレンズの光学設計も変えねばならないことになるわけですが、多様なマウントに対応せねばならないレンズメーカーではさすがにそこまでのリソースを割くことはできないので、各社とも最良の落としどころを狙ってきているのではないでしょうか。
ただ、アポランターに関しては「フォクトレンダー史上最高の性能」の冠を維持するために光学設計にも気を使う必要があるのではないかと考えたのでしょう。コシナはとても真面目な会社ですが、社内に「アポランター」を名乗るための厳格な基準があると聞いています。つまり、アポクロマート設計のレンズだとしても、少しでも自社の基準を満たさない部分があれば、アポランターは名乗れないというわけです。
個人的にはコシナ・フォクトレンダーのフィルムカメラ「ベッサ」シリーズや、ツァイスとの協業で誕生した「ツァイス・イコン」、もちろんフィルムM型ライカにもアポランターは使用できるわけで、このことにとても興味があります。Eマウントレンズでは逆立ちしてもフィルムカメラには使用できないのでVMマウントを用意してもらったのは嬉しい方向性です。今回は時間がなかったのご報告できないのですが、機会があればフィルムカメラでアポランターを使って撮ってみるという企画を行いたいなと考えています。
ライカスクリューマウント互換レンズですね。ライツのテレ・エルマリート90mm F2.8のような雰囲気があるけど、とても小型軽量で、スペックからいえばエルマー90mm F4あたりを狙ってきたのでしょうか。レンジファインダーカメラ用の中望遠レンズはおおむね人気がありますが、これは買っておいたほうがいいと思うなあ。素晴らしいですぜ。
フォクトレンダーにおけるアポランターの歴史などはコシナのWebサイトを参照していただくとして、簡単にアポランターの意味を申し添えておくと、“アポ” は「アポクロマート設計」のレンズであることを意味しています。
光の三原色であるRGBは異なる波長を持っているために、屈折率の違いにより結像位置が色によって前後にずれ、これが軸上の色収差になり、条件によっては被写体が色ズレで見苦しい写真になることがあります。これを補正するのがアポクロマート設計のレンズということになりますが、コシナの資料によればフォクレンダーブランドカメラでは6×9判のベッサIIに最初のアポランター100mm F4.5が搭載されたとあります。
フィルムカメラの時代、アポクロマート設計は長焦点レンズに採用されているのがふつうで、標準や広角のレンズにはあまり採用されてはいないようです。デジタルカメラでは特性的に色収差が画像に影響を与えることが多いためか、レンズの焦点距離によらず採用が広がっています。
このように“アポ”の名が冠してあるレンズは性能面の安心感があることは間違いないですが、この“アポ”の名をブランドを高めるために強力に打ち出した最たるものが、ライカのMマウントレンズ「アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.」になるのではないでしょうか。
その価格はライカオンラインストアで税込104万5,000円(本稿掲載時点)。これよりも一段明るいズミルックスM F1.4/50mm ASPH.が税込52万8,000円ですから、2倍近くの価格設定なのです。私はこのことにかなり驚きました。開放値F2の50mm標準レンズというのはそのスペックだけ見れば凡庸だったからで、いきなりその桁がふたつ上がったわけですから、現実のものとは思えませんでした。それだけ、ライカがアポ・ズミクロンに賭ける意気込みを感じさせました。
ちなみにAPO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical VMは税込12万円とリーズナブルな価格設定となっていることに驚かされますが、おそらく量販店などの実勢価格では、アポ・ズミクロンの10分の1程度の価格で購入できるのではないでしょうか。
最近めんどうなのが、"アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.とアポランター50mm F2 VMのどちらがよく写るのか?"という質問が来ることなのです。
筆者自身アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.を使用した経験が数回しかなく、ただでさえ貧乏性なものですから、貸し出しの機会に恵まれても、高額なレンズをキズをつけたり盗難に遭ったらどうしようとビビり、少し撮影したら、すぐに返却してしまうということを繰り返しており、いまだにその本質が見えていません。
本来ならばこの2本を同時に撮り比べをするのが筋なのでしょうが、まだ実現できていません。ちなににアポランター50mm F2 VMはフォクトレンダーブランドレンズとしては珍しく、MTFが公開されています。アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.もMTFは公開されているため、数値性能面での比較は可能なので、描写の方向性はおおよそ推測できるかと思います。
今回の執筆にあたり、新発売のアポランター35mm F2 VMはお借りしましたが、それを追うようにライカからもアポ・ズミクロンM F2/35mm ASPH.が登場しました。焦点距離35mmでもまた対決が行われるのでしょう。富裕層のライカユーザーの方、どなたかテストしてみてください。ただし、レンズの性能が自分の写真の内容に寄与する割合はいかほどかを考えた時、目が覚めることがあります(笑)。
新発売の35mmレンズです。大好物の35mmの画角ですから個人的にかなり萌えていて、もう返したくないほど(笑)。開放から素晴らしく繊細かつ、コントラスト良好で、筆者の中では35mmレンズのひとつの基準になりそうです。
さて、今回は手元にある一部のアポランターレンズを使用してみようという企画なんだけど、調べてみるとコシナ・フォクトレンダーブランドのアポランター銘のレンズって、最も古いもので2001年に登場するアポランター90mm F3.5でした。ライカスクリューマウント互換のVLマウントレンズですね。つい最近のことだと思っておりましたが、なんともう20年前ですよ。
そしてすぐに一眼レフ用のマクロアポランター125mm F2.5 SLが出ますが、この当時、まったく不勉強だったので、レンズの描写の実力は理解できても“アポランター”名のブランド力がよく理解できていなかったふしがあります。
マクロアポランター125mm F2.5 SLは最短撮影距離0.38m。単体で等倍撮影できるという素晴らしいレンズで、そのスペックと描写性能ばかりに目を奪われておりまして、個人的にも当時でもMFレンズとしては珍しいEFマウント用を入手、後にFマウント用も使いはじめて、現在アサインメントにも使用して重宝しています。
太くて重めのレンズですが、単体で等倍撮影できてしまうという仕様が素晴らしいですね。いま使用しても驚くべき高性能を誇ります。フォーカシングするのが楽しくなるレンズです。
面白いのは、アポランター90mm F3.5は一眼レフ用のレンズとして転用されて、アポランター90mm F3.5 SL Close Focusとなり2002年に登場します。これも最短撮影距離0.5mで最大撮影倍率が1:3.5と、マクロレンズといっても過言ではない仕様でした。このレンズはのちにマイナーチェンジされて、専用のクローズアップレンズが用意されたSL II型となって登場します。
往時のコシナ・フォクトレンダーブランドは、レンジファインダーカメラに寄ったシステム作りでしたので、一眼レフ用の交換レンズを用意してきたのはとても興味深いものがありました。2003年にはアポランター180mm F4 SL Close Focusが登場します。これも最短撮影距離が1.2mで最大撮影倍率が1:4となっていました。
全体の意匠に既視感を覚えるのは、初期のコシナ・フォクトレンダーには多い特徴で、とくに言うまでもなくライカの影響が大きかったようですが、このレンズはコンタレックス用の交換レンズに似ていますね。とてもルックスがよく、カメラを選びません。
このようにアポランターは中望遠からマクロ方向にシフトしたラインアップだったわけですが、現行のアポランターレンズは35mmと50mmの他に、Eマウントのマクロアポランター65mm F2と110mm F2.5があり、いずれもその名のとおりマクロ領域にシフトしたレンズとなっていますが、もしかすると、さらなるワイド系レンズなどにもアポランターを冠するレンズが登場してくるかもしれませんね。期待したいところです。
あと、コシナさんの商売の邪魔をしてはいけない(笑)のですが、ディスコンになったアポランターのほとんどは、現代のデジタルカメラでの使用にも十分に耐えると思いますよ。アポランター規格は伊達ではありませんね、間違いなく。
一部のレンズは中古カメラ店で廉価で売られていることもありまして、これは大チャンスだと思います。単に中古カメラ店のみなさんがこれらのレンズの性能の優秀さを知らないだけなんでしょうねえ。アポランターを通したファインダー像の切れ込みの良さって、尋常ではありません。アポランターがMFの「不便」を「目の快楽」に変えるかもしれませんぜ。
原稿を入稿したあと発見されたアポランター180mm F4 SL Close Focus。作例を撮影した後に行方不明になり、2日間にわたり捜索していましたが、本稿の締め切りまでに発見できませんでした。本日になり愛用のDOMKEの仕切りの隙間から発見。シリコンクロスに包まれた状態で見つかりました。全長が短く発見が遅れました。レンズが小さいのも考えものですね。現場からは以上です(笑)。
※APO-LANTHAR 180mm F4 SL Close Focusを追加しました(4月5日19時20分)