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フォクトレンダー史上最高性能「APO-LANTHAR 35mm F2」レビュー

Eマウント用・VMマウント用の違いを解説、そして画質を評価

2月15日に同時発表された2つのAPO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical。左がEマウント用、右がVMマウント用

コシナ創業60周年および同社によるフォクトレンダーブランドの再興20周年を記念して2019年に発売されたAPO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical E-mount(以下アポランター50mm)は、コンパクトなのに驚くほどの高性能レンズとして一部界隈でちょっとした話題となった。

発売後には同じコンセプトで別の焦点距離もぜひ出して欲しいという要望が数多く寄せられたそうで、それに応えて開発されたのが今回ご紹介するAPO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical(以下アポランター35mm)である。

アポランター50mmと同じ大きさと性能を目指したというアポランター35mmは実際にはアポランター50mmより6mmほど全長が長くなったものの、ほぼ同じ大きさであり、光学的には50mmよりちょっと良い性能が出ているという。

アポランター50mmも同じだが、現在進行形で進んでいる高画素化にも完全に対応し、現時点のフルサイズ機で最高画素数となる60メガにも余裕で対応。シミュレーションでは仮にこの先フルサイズの1億画素機が出たとしても問題なく対応できることを確認しているという。

最初からEとVM両マウントをラインナップ

アポランター50mmは最初ソニーEマウント用が発売され、しばらくしてからライカMマウント互換のVMマウント版が追加されたが、アポランター35mmではソニーEマウントとVMマウントの両方が最初からラインナップされる。

左からEマウント用、VMマウント用

同じ銘柄のレンズでソニーEマウントとVMマウントの両方を作る場合、問題になるのが撮像素子前面にある保護ガラスの厚みだ。VMマウントのデジタルカメラは現実的にM型ライカしかないが、M型ライカの保護ガラスは1mm以下と非常に薄いのに対し、それ以外のデジタルカメラは保護ガラスの厚みが2mm以上あるものがほとんどだ。光がガラスを通過するときには当然屈折を伴うため、レンズを設計するときはこのガラス厚を必ず考慮しなければならない。

ごく普通の特性を持つレンズの場合、この保護ガラスの厚みの違いはレンズ構成の一部のレンズ間の距離を調整するなどで十分に対応可能で、コシナでも従来はそうやって対応してきたという。

しかし、アポランター50mmと35mmにおいては解像性能が非常に高く、レンズ構成の一部レンズ間隔調整では想定した性能が出せないということで、ソニーEマウント用とVMマウント用ではそもそもの光学設計を変え、さらに使われている硝材の種類もそれぞれのマウントに合わせて最適化しているそうだ。ひとつの銘柄のレンズのレンズに2つの光学設計を行うのはコストの面からもリスキーだが、逆に考えるとそれだけアポランターはとにかく性能最優先ということだ。

VMマウント版を購入すれば、マウントアダプターを併用することでほとんどのミラーレスカメラ用で使えるため、そういう使い方をしようと考える人も多いだろうが、この保護ガラス厚に起因する光学設計の違いから、VMマウント版をソニーEマウント機やニコンZマウント機、キヤノンRFマウント機などに装着しても所定の性能は得られず、特に画像周辺部では像の乱れが発生する。

Eマウント用とVMマウント用ではピントピークの特性も異なる

さらにVMマウント版ではレンジファインダーで使われることを前提に、ピント特性も変えられている。

M型ライカのレンジファインダーは高精度なことで知られているが、それでもボディ側のコロ付きアームとレンズ側のカムを物理的に連動させている以上、機械的な公差が僅かながらも発生してしまうことは避けられない。アポランターのようなピント特性がピーキーなレンズの場合、この公差によるピントずれが画像上で目視できてしまう可能性があるため、VMマウント版においてはEマウント版よりもピントピークの幅が広くなるようなチューニングになっているという。

このため、絶対的な解像性能の高さではVMマウント版よりもEマウント版の方が上で、コシナのサイトに掲載されている両レンズのMTF曲線からもその性能差を確認することができる。

Eマウント用
鏡筒先端部のリングをスライドして回転させることで、絞りリングのクリック/デクリックを切り替えできる。黄色い指標のときはデクリック状態だ。
レンズ単体時はフィルター径である49mmのレンズキャプを使用するが、フード装着時には58mmのキャップも使える。

VMマウント用
VMマウントの最短撮影距離は50cmまで。M型ライカはレンジファインダーの最短限界が70cmまでなので、70cmより近距離撮影をおこなう場合はライブビューを使うことになる。
後玉は比較的出っ張っている。

Eマウント版は電子接点付き

Eマウント版のマウント部には電子接点が備わっており、レンズ鏡筒内には撮影距離エンコーダーも搭載されているのでボディ側にレンズ情報を伝達することでαボディ内の5軸手ブレ補正がフル活用できる。また、フォーカスリングを回すと即座にライブビュー像が拡大される機能も使えるので、ピント合わせも楽に行える。

また、Eマウント版は絞りリング前方のリングを手前にスライドさせて180度回転することで、絞りクリックの有り/無しを選択できる機構を搭載。動画使用時など必要に応じて絞りクリックをキャンセルすることも可能だ。

なお、Eマウント、VMマウント版共に絞り羽根は12枚で、絞り開放時だけでなくF2.8、F5.6、F16の各絞り値時にも絞り羽根形状が円形になる設計となっている。

色収差の少なさに驚く

実際に撮影してみて、まず感じたのが色収差の少なさだ。カメラメーカーのかなり高額な純正レンズであっても、絞り開放で使うと高輝度部の輪郭に軸状色収差が多かれ少なかれ発生するものだが、アポランター35mmは両マウントバージョン共に色収差の発生が本当に少ない。完全にゼロというわけではないが、これまで見てきたレンズの中でも1,2を争う色収差の少なさだ。

色収差には倍率色収差と軸状色収差の2種類あり、倍率色収差についてはボディ側の画像補正でかなり消すことができるのに対し、軸状色収差はそれが難しい。光学的に軸状色収差を完全に補正しようとするとレンズサイズがとんでもなく大きくなってしまうというのが定説だ。

しかし、アポランター35mmはこんなにコンパクトなのに驚くほど色収差が少ない。コシナの開発陣によると、35mmは前玉が凸レンズの凸先行が多いが、アポランターは凹先行であり、その使い方に色収差が少ない秘密があるという。解像性能も目を見張る素晴らしさで、こんな細部まで解像するのかとビックリしたが、色収差を良好に補正すると、高周波の解像性能も上がるらしい。軸状色収差だけでなく、倍率色収差や歪曲収差も光学的にほぼゼロに抑えられているそうだ。

Eマウント用
α7R IV / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / マニュアル露出(1/800秒・F5.6) / ISO 100
VMマウント用
ライカM10-R / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/750秒・F5.6・±0.0EV) / ISO 100

前述したEマウント版とVMマウント版のピントピーク特性の違いについては、実写しても正直よく分からなかった。今回Eマウント機はソニーα7R IV、Mマウント機はライカM10-Rを使用したが、60メガと40メガという画素数差があるうえ、ソニーとライカでは画像のテイストがかなり異なることもあって、ピントピークの違いを明確に感じる事はなく、どちらも期待以上の解像性能だった。数値的に違いがあるのは確かだろうが、それはかなり高レベルの話なので、実写レベルでは気にする必要はないように思う。

今回実写して思ったのは、やはり小型軽量レンズはありがたいということ。開放F2に抑えられているとはいえ、これだけの驚愕高解像レンズがこのサイズで作れてしまうのはスゴい。大きいレンズを否定するわけではないが、1日中歩き回っても疲労困憊しなくてすむこのサイズ感が何よりも好ましく感じる。アポランターはシリーズ化が考えられているそうで、50mmと35mm以外の焦点距離が登場する可能性が高いというのも楽しみだ。

作品

Eマウント用

個人的に錆びた被写体が大好物なのだが、このレンズで撮るとあまりにリアルな錆び再現であることに驚く。

α7R IV / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/400秒・F5.6・±0.0EV) / ISO 100

湿度感のあるウエットな描写ではなく、あくまでもドライで緻密な写りがこのレンズの身上だと思う。個性的ではないが、これだけ諸収差がよく補正されていると別の意味で感動を覚える。

α7R IV / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/1,000秒・F5.6・±0.0EV) / ISO 100

このシーンでは深度が欲しかったので少し絞ったが、描写のキレは絞り開放ですでに飽和している感じで、画質を良くするために絞る必要がないレンズだ。

α7R IV / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/40秒・F5.6・-0.7EV) / ISO 1250

口径食の影響で画面周辺部の点光源ボケはレモン形状になるものの、その程度は比較的軽微だ。Eマウント版は電子接点付きのため、フォーカスリングを回すと即座にライブビューが拡大され、ピントを合わせやすかった。

α7R IV / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/125秒・F2.0・-1.0EV) / ISO 100

VMマウント用

輝度差が大きく、軸上色収差が目に付きやすい撮影条件だが、等倍で観察してもまったくと言っていいほど色収差は出ていない。このサイズのレンズでこれほど色収差がよく補正されているのは驚きだ。

ライカM10-R / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/750秒・F8.0・±0.0EV) / ISO 100

テクスチャーの再現力も素晴らしく、色あせした塗装面や木のツルのディテールが怖いほど忠実に再現される。

ライカM10-R / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/180秒・F11・±0.0EV) / ISO 100

手前をボカしたかったの絞り開放で撮影したが、開放でも解像力は凄まじく、建物の前面部が開放描写とは思えないほどリアルに描写された。像の平面性もとても良好だ。

ライカM10-R / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/1,500秒・F2・±0.0EV) / ISO 100

VMマウント版はピントピークの特性がEマウント版より穏やかなチューニングになっているということだが、実写結果からはその違いはよく分からず、VMマウント版も相当にシャープな文句のない描写だ。

ライカM10-R / APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical / 絞り優先AE(1/1,000秒・F5.6・±0.0EV) / ISO 100

協力:株式会社コシナ

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。