赤城耕一の「アカギカメラ」
第2回:勝手にアカギカメラグランプリ2020(レンズ編)
2020年7月20日 06:00
カメラグランプリには、いつからかなあ、「レンズ賞」なるものもあります。
カメラと同様に一年の間に日本国内で発売された交換レンズで、もっとも魅力があり、優れた製品に投票せよということなんだけど、これまた選択に迷うんだよね。前回でも述べたように、私はカメラに投票する時はデザインを核とした製品の思想性でグランプリにふさわしいと自分で思う機種を選択しているので、スペックはさほど重視していないわけです。
レンズもデザイン(レンズデザインとは、レンズ構成のことを指すのが一般的だが、ここでは外観の意)の美しさは必要だけど、やはり重要視されるのは"写り"でしょうね。中には外観がイマイチなレンズでも素晴らしくよく写ったりするものがあるから、評価としてはカメラよりも気を抜けないわけです。ブスには深情けがありますからね、軽視してはいけません。
アカギ流、レンズレビューの美学
ほぼ30年間、毎月のように複数のカメラ雑誌で各社の新型レンズのレビューをしているけれど、その特性をほぼ掌握できたと自分で確信できるものは、多くみても年間で20本程度じゃないかなあ。
製品によっては貸し出し期間が極端に短く、十分に撮影時間が取れなかったり、天候の関係で1日ほどしか使用できないこともあり、あらゆる条件でテストするのは到底不可能なわけ。レンズレビューではとにかくどのような条件下でも、まず開放絞りでその特性を知ることから始めるけど、写真制作のためにじゃなくて、光学的なテストのために開放絞りですべてのモチーフを撮影するのは辛いんですぜー。"絞り"のために写真を撮っている気分になりますね。小商いとはいえ、お仕事だから仕方ないけどね。
周りからはヒマそうにみえるかもしれないけど、私にも一応本業の撮影があるから、移動の合間にも時間を作って撮影しなければならないわけです。中には内緒のレンズもあったりするので、ほんとに持ち運びや取り扱いにも神経を使います。私のような底辺の現場のレビューワーがこんな感じなんだから、選考委員の中には写してもいないレンズに票を投じることになる人もいるんじゃないかと思うんだがどうなのかなあ?
でもね、先の話とは少し矛盾するけど、昨今のレンズ設計技術の進展は凄まじいものがあって、現行製品で"写りが悪い"レンズなんか、どうみても一本もないわけですわ。となればレンズ賞の選択基準は、外観のデザイン、焦点距離に対するF値とかズーム比や利便性などを、光学性能よりも重要視することになるんじゃないかと思います。
それでも個人的にレンズは、とにかく写したことがなければ話ができないと考えているので、毎年レンズ賞に投票する製品はそれなりに撮影時間がとれて、自分でも納得したものに投票しています。誰かに褒めてほしいよなあ。もちろん、使用した経験のあるなしで偏りは出てきますけどね。たとえ開放絞りから優れた特性を持っている優秀レンズでも、どこかしら個性を見つけたいではないですか。
そして、今年選んだ一本は?
今回も前フリが長くなりましたが、 2020年のカメラグランプリ「レンズ賞」に私が選んだのは、コシナ・フォクトレンダーのAPO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical E-mount(以下、アポランター50mm F2)です。ええ、これに持ち点10点をすべて投じてしまいました。
ちなみに他に候補として考えたのはニコンのNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctだけど、レビュー時には予定が立て込んでいて、一般的な撮影をするにも苦しい状況だったわけ。だから光学特性どころか、いちおう触りました、という程度。これじゃ何もわからない。
それに、新しいZシステムのシンボルとして製品を存在させるのはわかるけど、MFで行うフォーカシングのインターフェースが、Z系ボディでは現在のところ今ひとつなんだよね。あと私の好きな、裏路地に生えているヤツデとか、ヤレた板塀とかは、こんなに超高級なレンズでは撮る対象にならないでしょうし。だからパスしました。価格的にも私には遠い宇宙の別の星に売られているような感じがします。
アポランター50mm F2は十分に吟味する時間がとれて納得したということもあるけど、その写りには特別な大口径レンズ以上に、ただならぬものを感じたわけです。言葉にするとなんだろうなあ、「凄み」かなあ。これ、お借りしてすぐに感じました。
レンズ構成は8群10枚。5枚の異常部分分散ガラスと2枚の非球面レンズを使っています。開示されているMTFはマジかよと思うほど、すべて天井に近いんだけど、マジですよね。ただね、肉眼でもこれを実感できる瞬間があります。フォーカシングはもちろんMFなんだけど、EVF上でもエッジの切れ込みがいい。本レンズには電子接点が設けられているためフォーカスリングを回すとEVF像は自動拡大されるが、仮にEVF像を拡大しなくても合焦点が肉眼で確認できるほど。これにはびっくりします。ああ、こういうレンズがあるのかと。
で、撮影した画像を見ると、とにかくビンビンです。でも、昨今のレンズらしい開放でのキレ感に加えて、光線状態によっては少し厚みを持たせているようにも感じるわけ。低音が響く感じというか。この再現性を数値的に評価するのは難しいでしょうね。
アポランターの歴史はコシナのWebサイトに詳しく出ているけど、いまや「アポランター」はフォクトレンダー製品の一つの称号となっていて、ブランドそのものと考えていいんじゃないのかなあ。
アポランターすなわち、アポクロマート設計は、RGBのそれぞれの波長の軸上色収差をゼロに近づけることで色再現性を改善したレンズのことで、今では珍しくないけれど、ご存知のように、カラーフィルムの色再現だけではなくて、デジタルカメラでも結像性能に大きな効果があります。
現行品として他に「アポランター」名を冠するレンズは、フォクトレンダーEマウントレンズのMACRO APO-LANTHAR 65mm F2 AsphericalとMACRO APO-LANTHAR 110mm F2.5があるけど、いずれも驚きの高性能なわけ。これまでもライカスクリューマウント用の90mmや一眼レフ用SLレンズの125mmなどにも「アポランター」は存在したのに、あまり知られていなかった。これはもったいなかったよなあ。
それなのに、なぜ今回のアポランター50mm F2だけがとくに注目を集めたのか。これはまず、ライカのアポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.の存在があるからじゃないですかねえ。
驚いたのはこのレンズ、廉価版レンズの代表格だった標準50mm F2の性能を徹底向上させ、商品化したわけです。これをやるのがライカの偉大さだと思うけど、こんなもの一体誰が買うんだろうと底辺にいるカメラマンは思うわけですよ。
だって、その昔、まだズーム時代を迎える前はカメラ購入時には自動的に50mmの標準レンズがくっついてきたわけです。中でもF2の開放値のレンズなんか、予算の乏しい人が購入するために用意されていたくらいの認識しかないわけですよ。F1.4やF1.2の50mmレンズなんかセレブな方々しか買えませんでしたが、これらにも最近は別の付加価値が見出されてきました。
いまや"標準レンズ"は2本目以降に買い足す交換レンズの一種となり、ズームレンズにはない大口径レンズならではの特性が使える新しい存在として、再び価値を高めているわけですな。
それにしても、実勢的な価格として、アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.は同じスペックのズミクロンM F2/50mmの3倍強、ズミルックスM F1.4/50mm ASPH.の2倍近くする価格設定って、なんだか自分自身が殴られたような衝撃がありましたね。
ちなみにアポランター50mm F2は、アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.の1/9くらいで買うことができます。もちろんマウントが違うから比較はできないけど、何となくですが、この2本には製品の思想としては同じ方向性を感じるわけです。本当に謎なのは、なぜコシナはこのレンズを最初からVM(ライカMマウント互換)にしなかったのだろうということだけですね。
発表されたばかりのライカM10-Rの4,000万画素センサーに、コシナのアポランター50mm F2を通した光を浴びせかけたらどうなるんだろうなあ。VMマウント仕様を作ってくれねえかなあと、こればかりが目下の私の一番の関心ごとであり妄想なわけですが、こんなことを書くとまた嫌われちゃうんだろうなあ。
今回はソニーα7R IVと組み合わせて、日頃あまり撮影しないロングな風景写真に挑戦し、高画質写真を狙ってみました。やりたくはなかったけど多くの条件で絞り開放で撮影しましたが、読者の皆さんは真似する必要はありませんよ。ただ、画質的にビクともしないことはよくわかりました。さすが、私の見立ては間違いなかったぜ。ちょっと性能が高すぎるかなあ(笑)。