COSINA WIDE-HELIAR WORLD

赤城耕一が聞く、コシナ・フォクトレンダー超広角レンズの挑戦

Eマウントを今後も拡充 "デジタル対応"の課題とは?

3名の写真家がコシナ・フォクトレンダーのEマウント超広角レンズを手にする本連載。1月から3カ月にわたりお届けしてきた締めくくりとして、今回は赤城耕一さんによるコシナ製品担当者へのインタビューをお送りします。(聞き手:赤城耕一 / 文・写真:編集部)

赤城耕一さん。長野県中野市のコシナ本社前で(2016年12月取材)
話を聞いた株式会社コシナの皆さん。撮影:赤城耕一(ULTRA WIDE-HELIAR 12mm F5.6 E-mount)
上の写真を撮影している様子

左から、Eマウント版の機構設計を担当した第一設計グループの奥山康史さん、主にVMレンズの機構設計を担当している第一設計グループ主任の黒岩洋平さん、広報部係長の佐藤和広さん、光学設計を担当した第三設計グループ主任の山﨑貴さん、3製品の企画立ち上げと試作・解析を担当した第三設計グループ主任の島田博和さん

「小型高性能で買いやすい15mm」の衝撃

赤城:1999年に登場した銀塩レンジファインダーカメラの「ベッサL」と、スクリューマウントの初代「SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5」はある種の金字塔で、フォクトレンダーのスーパーワイド系はもはや"レジェンド"のような存在感ですね。

佐藤:ありがたいことに、1999年にSUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5を発売してから、弊社のレンズラインナップに対して広角レンズの要望が多くなりました。それほどに1999年の印象が強かったのだと思います。

SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5(1999年)

赤城:田中長徳さんはこれを"プアマンズ・ホロゴン"と呼んでいました。買いやすく高性能で、現在に繋がるフォクトレンダーのイメージがあれで一気に広まった感じがありますね。

佐藤:ホロゴン15mmのようにF8固定ではなく、絞りが可変できたのもひとつのメリットですね。

編注:ホロゴンとは

ここでは、カールツァイスが1972年に発売したM型ライカ用レンズ「ホロゴン15mm F8」。を指す。1970年登場の超広角カメラ「ホロゴンウルトラワイド」に搭載されていたレンズが発祥。とても希少価値が高いため、同じホロゴンの名を持つコンタックスG用レンズ「ホロゴンT* 16mm F8」をMマウントに改造してライカで使う人も。

赤城:ベッサLのボディ自体が一眼レフカメラからの改装ですが、15mmを一眼レフ用のレンズにするのは難しかったんですか?

佐藤:そうですね。一眼レフで15mmは当時難しかったのではないかと思います。クイックリターンミラーがないレンジファインダーカメラゆえ、フィルム面のギリギリまで光学系を持ってこられます。それが幸いして、レンズを小型化できて、なおかつ超広角が成立しました。

赤城:初代15mmのデザインはまた、カラスのくちばしみたいで可愛かったですよね。重量も200g弱というのが衝撃的で、「これで本当に15mmが撮れるのか?」と思ったほどです。光学系のことはよくわからないけど、レンジファインダーカメラ用レンズならばこういうものができるんだなあと感じました。

佐藤:ベッサLでは、一眼レフカメラから要素をマイナスする物作りをしました。その発想は当時珍しく、商品企画としてはかなり面白かったです。

赤城:足したのは遮光シャッターぐらいですね(笑)。

編注:ベッサLの遮光シャッター

フィルム一眼レフカメラをベースに作られたベッサLは、クイックリターンミラーを取り除いたことによる光線漏れ対策として、フォーカルプレーンシャッターの前に遮光シャッターを追加した。

赤城:その後12mmが出た経緯は、もっとワイドが欲しいという要望からですか? あの当時、35mm判のレンズでは世界最広角でしたよね。スーパーを超える"ウルトラ"ワイドヘリアーという名前も付きました。

佐藤:15mmをさらに超えたいという気持ちもあり、その中で14mm、13mmと検討していて、12mmが一番設計的にもバランスがよいと判断しました。

赤城:12mmも初代は距離計連動ではなかったんですよね。それまではスクリューマウント互換のVLマウントでしたが、15mmがII型でライカMマウント互換のVMマウントになったのは、装着のダイレクト感を大事にしたんですか?

佐藤:はい。多くのレンジファインダーカメラに装着することを想定した場合、レンズはスクリューマウントであったほうがよいと思いますし、Mマウントカメラで使うのであれば、スクリューマウントに変換アダプターを付ければよいのですが、そこにわずらわしさがありました。また、超広角レンズなので目測でも撮影しやすい被写界深度を持ってはいますが、「しっかりピント合わせをしたい」との要望もあり、II型からVMマウントの距離計連動式を採用しました。フィルムカメラではその場で撮影結果がわからないので、安心してピントを合わせてから撮影したいというニーズですね。

赤城:私もワイドなレンズほど近くに被写体を置きたくなりますが、近づくと被写界深度が浅くなり不安になります。しかもデジタルカメラが高画素化してきて、ピントがズレるとガッカリ感があるので、正確にフォーカシングしたいなという意識はありますね。

工場見学:発見!ワイドヘリアーの部品たち
コシナ本社。フォクトレンダー近代史とユーザーの記憶に残る製品の数々が、ここで生み出されている
絞りリング。アルマイト加工用の治具に並ぶ
フォーカスリング。距離目盛りに色を入れているところ
絞りユニットに絞り羽根を組み込む。緊張感の漂う作業
レンズエレメントは、組み込み前にホコリなどの付着がないか確認する
電子接点と基板が見える。Eマウントレンズならではのパーツだ
フードが取り付け前の状態。規定の光学的性能が出ているか、全数検査を行う

最新ワイドヘリアーの「デジタル対応」とは?

赤城:それで今回、いよいよ15mmのIII型から新しい光学系が出てきたわけですが、これはデジタルカメラ向けの色被り対策が第一でしたか?

SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 E-mount

佐藤:はい。今までフィルムカメラ用にショートフランジバックで設計してきた結果、レンズをコンパクトにはできましたが、カメラがデジタルになってきたことで、ショートフランジバックゆえに周辺部の色被りという問題が出てきました。私達としては今後カメラ側のセンサーの進化により状況が変わるという期待もしていたのですが、それよりも自分たちで光学系を一新し、センサーに最適化することで色被りを防ぐことにしました。

編注:周辺部の色被りとは?

銀塩フィルムと異なり、デジタルカメラのイメージセンサーでは画素と画素の間に壁があるため、あまりに急角度で入った光はその壁に遮られてしまう。そのため同じレンズでもフィルム撮影時より周辺光量低下が目立ったり、周辺部がマゼンタやシアンに色づいてしまうことがある。レンジファインダーカメラ用の広角レンズに多く存在する、レンズ後部がかなりセンサー面に接近したレンズで起きやすい。

赤城:デジタル対応の新型を設計する上で、特に難しかったのはどこですか?

山﨑:色被りが起きない条件をクリアするには、当時の光学系では歯が立ちませんでした。そこで設計の一新を決めたわけですが、それで従来より鏡筒サイズは大きくなったとしても「できるだけコンパクトに」という目標があったので難しかったです。

赤城:イメージセンサーの高画素化が進むと、状況は更に厳しくなってきそうです。その辺りの将来も見据えて設計されたんですか?

山﨑:そうですね。すでに3,600万画素のソニーα7Rがあったので、対応せねばと思っていました。実際には、それ以上でも大丈夫です。具体的に何万画素までと言われると難しいですが。

赤城:これ以上はやめてくれ、みたいな心の声が聞こえてきそうです(笑)

佐藤:ソニーEマウントに関しては、マウント規格への賛同企業としてレンズ設計に関わる技術情報はいただいていますので、その範囲を守っていれば設計的に問題ないという判断です。加えて他社のカメラセンサーのトレンドを確認しながら、今後どのようにセンサーが進化していくかを見据えつつ設計しています。

赤城:これほど広角だと光源が入りやすいと思いますが、コーティングは?

山﨑:従来のコーティングを改良してます。広角だと前玉の曲率が大きくなるので、 撮影テストをした上で、どのゴーストを消すか考えました。

編集部:III型ではコーティングが変わっているんですか?

山﨑:特殊なものが入っています。デジタルカメラではセンサー面の反射もあるので、各社苦労しているところだと思います。

10mm/12mm/15mm、EマウントとVMマウントで違いは?

赤城:Eマウントはカメラとレンズで通信ができますけど、VMマウント版と比べた場合、同じレンズでも写り具合は違ってきますか?

佐藤:違いはあります。もともとの光学系にも少し違いがあります。VMマウント版はライカのM型カメラに最適な設計をしていて、Eマウント版はEマウントカメラに最適な設計です。見た目はほぼ一緒ですが、内部が若干違います。

編集部:Eマウントにもボディがいろいろありますけど、全機種に対応するのは難しくないですか?

佐藤:まず、当社のEマウントレンズはすべてのカメラボディにマッチした設計を行っています。Eマウント版のレンズには電子接点もあるので、レンズ側に持たせた情報によるカメラ側の光学的な補正機能も使えます。そこでレンズに持たせる情報については、各ボディのセンサー特性を見て味付けを調整したりもしています。

12mmを超える新領域「10mm」が登場

HELIAR-HYPER WIDE 10mm F5.6 E-mount

赤城:そして今回いよいよ、フォクトレンダーの超広角シリーズも10mmまで来てしまったという。しかも35mmフルサイズ対応です。前代未聞で企画としてもすごいと思いますが、なにより皆さんの技術力が生み出したものですよね。理論的に実現の可能性はあったんでしょうけど、実際には製造効率なども考えなきゃいけませんし。

山﨑:ガラス材料の発展や、技術レベルも上がってきていることもあり、それで実現できたんだと思います。

赤城:素人考えでは「12mmも10mmも似たようなもんじゃないか」と思われがちですけど、そこに違いがあるんですよね。

山﨑:はい、広角域の"血の1mm"を削っています(笑)。12mmから始めて1mmずつ様子を見ながら進めてきましたが、世界が全然違いました。「これ、製品として成り立つのかな?」と思うほどでした。単に画角が広いだけでなく、性能もスタンダードの15mmに近いところを狙っていこうという企画でしたので。

赤城:イメージセンサーがもっと小さかったら楽勝?

山﨑:もちろんです。35mm判フルサイズは大きいですね。歪曲も普通は大きくなりますし、色被りも問題になってきます。とにかく実験と試行錯誤でした。

赤城:これも素人的ですけど、「10mmができたなら8mmもイケるんじゃないの?」と思ったり……。

山﨑:もう止めておきたいですけど(笑)。

佐藤:10mmの広さを体感しようと思って電話ボックスに入って撮ってみたら、上から下まで全部がフレームに収まったんです。 また、例えば上下をトリミングしてパノラマ写真のようにも撮れると思います。ワイドラックス(レンズが回転して撮影するパノラマカメラ)は画角140度ですが、この10mmも横方向に120度の画角がありますから、かなりのパノラマ感を楽しめます。

編集部:設計段階で「10mmにしよう!」といったような指示はあったんですか?

山﨑:11mmで世界最広角というレンズがあったので、10mmを狙っていきたかったです。しかし設計的には、「10.5mmでもいいのでは?」というぐらいギリギリでした。

赤城:この小ささにまとめたのが凄いですよね。しかも、買いやすい価格で。

工場見学:ヘリコイドができるまで
アルミの筒から削り出す。右側は左の状態から更に内ネジを切ったもの。こちらはメス側
ヘリコイドのオス側
次工程へのトレーに並ぶ

今後もEマウントレンズは拡充

編集部:そもそもα7シリーズをターゲットにした理由はどこなんですか? それこそコシナ製の優秀なアダプターがあるので、他のマウントでもよかったと思うんですが。

佐藤:弊社のVMレンズを買われた方の多くが、ソニーαシリーズやマイクロフォーサーズ機で使っています。いわゆる35mm判の"フルサイズミラーレス"ではソニーαがトレンドなので、そこに向けて提案してみたらどうだろう? というところからスタートしています。

編集部:それで、ソニーのレンズラインナップにないところをターゲットに?

佐藤:そうです。弊社製品への要望に「広角」というキーワードは大きいです。既存レンズをVMからEマウントに転用する流れもありますが、ここでもうひとつ「10mm」を入れてみようと考えました。

編集部:フォクトレンダーのEマウントレンズは今後も出てきますか?

佐藤:今後も拡充していきます。VMレンズから転用という道もあるでしょうし、新規の光学系という道も、両方あります。

赤城:私の印象では、ライカを持っている人はα7も持っていて、VMレンズなら両方で使えるメリットはありますよね。ただ、電子接点などEマウント版ならではのメリットもあり、揺らぐところです。

佐藤:昔なら「ユーザー1人にカメラ1台、レンズが複数」だったところ、ここ最近では「レンズもボディもマウントの異なる複数台」という現象があるので、そういった方々にはMマウントから変換できるアダプターが有効だと思います。しかしEマウントがメインであれば専用に欲しいという考え方もあると思い、私達も考えながら、両方拡充していくことが大事かなと思っています。

編集部:今のミラーレスカメラは拡大表示やピーキングもMFが使いやすいですし、35mm判レンズをそのまま楽しみたいとなるとライカかソニーしかなくて、しかしライカMデジタルはなかなか価格的に手が出しにくいとなると…。

佐藤:レンズが対角43mmまで写せるのにセンサーがそれ以下ではもどかしい、という気持ちがユーザーにあって、フルサイズに憧れるのかもしれないと考えています。

編集部:この辺りのレンズをEマウントでやってほしい、という声はありますか?

佐藤:35mmと40mmがありますね。

山﨑:よく聞きますね。

編集部:ソニー純正の35mm F1.4は大柄ですから、コンパクトさを望むならAFがなくてもこっちを…といったところでしょうか。

佐藤:ソニーα7は35mmフルサイズですから、一眼レフぐらいのレンズの大きさになっても当然といえば当然なんですけどね。一眼レフならフランジバックが45mmぐらいで、Eマウントは18mmなので、カメラ側で20mm強の差があります。すると一眼レフ用のレンズ+20mmぐらいのレンズ全長が本来の光学設計的には最適なサイズです。しかしα7のボディがこれほど薄型なので、大柄と評されてしまうんですよね。

高性能を求めるトレンドの中でレンズが大きくなるのはわからないでもありませんが、すると軽快さやバランスの要素が欠けてしまうと思うので、弊社はコンパクトでカメラボディにあったサイズを心がけていきたいです。

赤城:35mmと40mmにはクラシカルな描写を狙ったNOKTON classicがありますけど、あのレンズの性能に文句を言う人はいませんから、買う人がよくわかってますよね。

黒岩:レンズそのもののコンセプトがクラシックということなので、それを理解した上で使われているのでしょうね。

赤城:フォクトレンダーのレンズラインナップには、どういったコンセプトがありますか?

佐藤:ラインナップを揃えて買ってもらうことより「これって面白いよね」というツボをついていきたいです。超広角で高性能なレンズもありますし、クラシカルな描写だけど絞るとカリッとする、みたいな楽しみ方のレンズもあります。そういう広がり方を提供していきたいですね。

編集部:超広角の第4弾も開発しているんですか?

佐藤:フォトキナ2016のリングフォト(海外でフォクトレンダー製品を扱う販社)ブースでは、Eマウントのマクロアポランター65mm F2を参考展示しました。超広角だけでなく、さまざまな製品を視野に入れています。

編注:このインタビューのあと、2017年2月の「CP+2017」で新しいEマウントレンズが参考展示されました。

「コシナならやってくれる」に応えたい。意外と大変な「距離目盛り」

佐藤:例えば、弊社のVintage Lineというレンズに関しては、外観の見栄えもかなり重要視していて、なおかつ中の光学性能は現代カメラにマッチするものです。「持っていて楽しい」が我々のものづくりのキーワードでもあり、それを商品を手にしたお客さんが感じてくれたらいいなと思って作っています。

このデザインで出すと言ったら他のメーカーでは企画が通らないと思うんですが、弊社の場合はユーザーの皆さんがそのような企画を期待していらっしゃる面が強く、「コシナしかできない」「コシナならやってくれる」といった期待感を耳にするので、ありがたい話です。

赤城:例えば、もっと外装を安くしようと思えばできるわけですよね。「ただよく写るだけ」とか。しかし、写りと関係ないところも大事であると。

黒岩:はい。所有感ですね。

佐藤:子供の頃、光り輝くおもちゃを手にしたときの感動のような、大人になると少なくなる"心躍る"感じを、少しでもレンズを手にして感じてもらえるほうが楽しいですよね。デザインと性能でバランスがよいほうが「手にしてみたい」「持っていたい」という気持ちになりますし。楽しさというのは我々に期待されているところであり、ずっと提供していかなければと思っています。

赤城:MFレンズに距離目盛りを付ける苦労の話もしましょうか。現代のミラーレスカメラ用のAFレンズには一部を除けば距離目盛りがありません。しかしこれがあると、僕が長年やってきたワイドレンズでの目測撮影を最新のミラーレスカメラでも踏襲できるラクさがあります。でも、大変なんですよね? あの目盛りを刻むのは。

ULTRA WIDE-HELIAR 12mm F5.6 E-mount

黒岩:そうです。距離目盛りがなければ、その被写体にさえピントがあえばよいのですが、距離目盛りがあると精度面の管理は必要になります。また、すべて彫刻で行っていますのでコストもかかります。

赤城:そこをなくせばコストも下げられるはずなのに、しっかりやってますよね。例えば他社のレンズだと、刻んであっても無限遠の次が1mだったり、それじゃあ実際の目測撮影には困るんですよね。「精度で訴えられたら困るから……」という考えなのかもしれませんが、実際にワイドレンズで目測撮影するシーンでは絞るから問題ないんです。開放絞りでも目盛りがピッタリ合っていなければならないということもないですからね。

佐藤:世の中のカメラボディにAF専用機が多い中で、我々もエプソンと共同でデジタルレンジファインダーカメラのR-D1を作ったときに、距離計連動とフランジバックの精度管理などで苦労しました。AF限定なら、ある程度フランジバックとイメージセンサーの平行さえ保てば、無限遠側に余裕を持たせておいて後から無限遠の位置を書き込むことも可能です。フランジバックをどこにするかなども含め、設計だけでなく撮影も繰り返しながら最適な位置を考えてます。

赤城:例えば、ライカとソニーだとイメージセンサーのカバーガラスの厚さも違いますしね。

佐藤:はい。光が斜めに入るほど厚さの違いによる光学性能への影響は大きいです。像面湾曲や非点収差に影響が出てきます。レンズフィルターと違って後ろ側にあるので影響が大きく、どの厚さのカバーガラスを設計の基点にするか、確認検証を行いながら決める必要があります。

赤城:機械的に、例えばMF操作感についてはどうですか? グリスにこだわるとか。このままだと「MFフィーリング」という概念そのものが失われそうですもんね。

黒岩:もちろんやっています。

奥山:試作で何パターンか、構造や使用するグリス選定を行っています。

赤城:操作感はトルクを測ったりするんですか?

黒岩:もちろんトルク管理も行いますが、それに加え手の感触を一番重視しています。"ザラ感"がある、などといった感覚で判断しています。

工場見学:MFフィーリングを決める「ヘリコイドラッピング」
オスメスのパーツをはめ込むこと自体、経験者でないと難しいらしい
かみ合うネジの部分にグリスを塗り、機械の力も借りながら摺り合わせていく
手で感触を確認しながら、適切なフィーリングになるまで繰り返す

カメラバッグに入れてもらえる軽快なレンズに

赤城:今回の10mm・12mm・15mmレンズは全体繰り出しですが、フローティング機構を入れるアイデアは?

山﨑:広角でもフローティングをやることで光学性能は向上しますが、その機構が入るぶんレンズ自体が大きくなってしまいます。光学設計担当者としてはチャレンジしてみたいのですが…(笑)

黒岩:コンセプトから外れて大きくなってしまいますね。

佐藤:今回赤城さんは12mmの1本だけで撮影されましたが、普通は12mmというと"飛び道具"のようなところがあるので、軽快でなければ「もう1本」としてカメラバッグに入れてくれないかもしれないと考えました。それも、フローティング機構に対する要望がありつつ見送った理由です。

赤城:レンズの鏡筒内で、光学設計者と機械設計者でスペースの取り合いをしたりは?

島田:よくありますね。

編集部:使い勝手の面では、10mmはもう10cmか5cmでも寄りたいです。これだけ画角が広いと、寄っても寄っても被写体が遠くて……。例えば、最短撮影距離を短くしたことで周辺が多少ボケてもいいのではないかと思います。

赤城:至近距離で周辺画質が悪いことに文句を言う人はいないです。言ってしまえば、四隅はどうでもいいです。

編集部:確かに、最短の周辺は誰も気にしてないと思います。むしろパースを強く感じますし。

赤城:昔のレンズにあったマクロモードみたいに「ここから先の画質は保証しないよ」というモードがあっていいですね。さらに新しい写真が撮れるようになる気がするし。至近距離の周辺画質について文句が来ないことは保証します(笑) 。

山﨑:ヘリコイド繰り出し幅の確保をどうするか、改めてメカ設計者とのやり取りですね。

赤城:もちろん引きがなくて超広角を使うこともありますけど、作画的にはどうしても「寄れる」などといった要素がほしいですね。 木村伊兵衛はレンズのクセを踏まえて「でっこまひっこま」なんて、うまく利用したりもしました。

工場見学:レンズ銘板ができるまで
レンズ前面の銘板
アルマイト処理後、文字刻印に色を入れる
拭き取ると刻印に色が残る
できあがり
おまけ:マイクロフォーサーズ用NOKTON 25mm F0.95 Type IIの銘板

最後に…

編集部:最後に皆さんから一言と、現在のワイドヘリアー3機種からオススメ・お気に入りの1本をあえて選ぶならどれか、語っていただけますか?

山﨑:先代のVMマウント版15mmで見られる色被りを新規の光学設計で抑え、かつ先代の印象を維持するところに力を尽くしました。私自身は風景を撮りますが、広く写るのは面白いです。どれか1本を選ぶなら、ライカユーザーなので距離計連動のVMマウントの「ULTRA WIDE-HELIAR 12mm F5.6 Aspherical III」を選びます。ユーザーの皆さんがどんな写真を撮られるのか楽しみです。

島田:私自身は15mmより広くなると撮るのが難しそうで、「SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Aspherical III」を選びます。空などを広く撮れるのは面白いと思いますし、楽しんでいただければと思います。

黒岩:他にない10mmの画角で「こういうのが撮れたよ!」というのを見てみたいですね。私は「HELIAR Vintage Line 50mm F3.5」なども担当していますが、ああいった趣味性の高いレンズは実際に使うのはもちろん、飾っておくのもアリです。2本買っていただいて、1本は飾ってもらって(笑)。オススメは「ULTRA WIDE-HELIAR 12mm F5.6 Aspherical III」を推したいです。VMマウントは距離計連動しますし、安定感・安心感があります。

VMマウントレンズ「HELIAR Vintage Line 50mm F3.5」

奥山:Eマウント版には絞りクリックをなくす「絞りクリック切り替え機構」などがある中で、コンパクトな姿に統一感を出そうとしました。広角レンズと思えないぐらいのサイズ感で、ポケットに入れておいて頂きたいです。Eマウント版では絞りリングの回転方向をVMレンズと逆(ソニーレンズと同じ向き)にしたのですが、設計段階ではVMと同じ向きだったところを、工場のベテランの方が気付いて「ソニーのレンズに合わせなくていいの?」と言ってくれたんです。3機種のうち、私ならコンパクトで一番使いやすい画角の「SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Aspherical III」を選びます。

佐藤:「HELIAR-HYPER WIDE 10mm F5.6」は、今のところ世界で弊社にしかない広角域なので思い入れが強いです。実際に撮ってみたらかなり難しかったのですが、写真はラクをして撮るものではないと思うので、未知の画角の広さをどう構図やスタイルに合わせるか、自分自身ではいまだに答えが出ていません。レンズを試しつつ、自分が試されているような感覚があります。

編集部:今回の連載では、大和田良さんが自ら10mmに手を上げてくれました。実際に撮る段階になって、安請け合いした!と思ったかもしれませんが。

赤城:"焦点距離年齢説"ってあるけど。

佐藤:10mmのあとに12mmで撮るとホッとします(笑)。

赤城:「ULTRA WIDE-HELIAR 12mm F5.6」が最初に出た当時はフィルムだったから、現像するとみんな被写体が遠くて、青ざめましたよ。一生懸命に寄った気持ちだったのに。

佐藤:デジタルカメラがなければ、10mmを作ろうとは思わなかったかもしれないですね。こうした世の中のプラットフォームの移り変わりもあって、結果としてはよかったかなと思います。

協力:株式会社コシナ

赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「銀塩カメラ辞典」(平凡社)