トピック

ハイエンド向けメモリーカードブランド「Angelbird」の理念は、ユーザー本位の開発にある

ブランドの創設から現在を、ローマン・ラビッチCEOに聞く

来日したAngelbirdのCEO、ローマン・ラビッチ氏

製品を購入するとき、ブランドの名前は品質の証となる。とくに、デジタルカメラのメモリーカードとなるとなおさらで、安心で安全な有名ブランドの製品が候補に挙がることだろう。

そのリストに追加したいブランドがある。それが、Angelbird(エンジェルバード)だ。

はじめて知る方もいると思うが、国内でもスポーツ写真家の奥井隆史氏がAngelbirdのCreative(アンバサダー)を務めるなど、アウトドアをメインに活動しているプロ・フォトグラファーの愛用者が多いブランドだ。Angelbirdとはどのようなブランドなのか、CEOのローマン・ラビッチ氏に直接インタビューを試みてみた。

フォトグラファーからの支持を集めるAngelbirdの「AV PRO CFexpress SE」。512GBもの十分な容量と、EOS R5の8K RAW動画記録にも耐えうる800MB /sの持続書き込み速度を備えつつもコストパフォーマンスに優れたCFexpress Type Bカード

低速なシステムはクリエイティブな思考の妨げになる

Angelbird。その語感は日本人の感覚からするとオシャレなファッションブランドと勘違いしそうだが、そうではない。

Angelbirdについて簡単に紹介しておくと、14年前にオーストリアで誕生したヨーロッパで唯一の記録メディアのメーカーだ。創業以来、一貫してハイエンドで高品質な製品を提供し続けていて、ハリウッドの映像制作現場や、ARRIやREDといったハイスペックなデジタルシネマカメラを駆使するクリエーターたちから信頼の厚いブランドでもある。

これまでは、動画のトッププロ向けブランドというイメージだったが、ニコン「Z 9」、キヤノン「EOS R3」、ソニー「α1」といったコンシューマーにもアピールするデジタルカメラがCFexpressをメモリーカードに採用したことで、それらのカメラに“マッチした製品”として知られるようになってきた。

とはいうものの、日本においてはまだ情報が少なく、Angelbirdの魅力や特徴を知る機会はそれほど多くはないだろう。

まずはもっとも気になる点、ローマン・ラビッチCEOとはどのような人物なのか? から。

ローマン・ラビッチCEO

ローマン・ラビッチ氏(以下略):

私はスタジオミュージシャンで、プロデューサーでもあります。大学で作曲について教えていたこともありますが、専門は電子工学です。

音楽を制作するにあたり、ライブラリ(音や演奏のデータ集)を使います。しかしそれが数十GBもある大容量で、読み込むための待ち時間に当時は辟易していました。データロードの時間は本当に無駄です。クリエイティブな発想が生まれても、そのアイデアがどこかに行ってしまうからです。

その待ち時間を短縮するために、ラビッチ氏は当時使用していたアップルのコンピューターにレイドシステムを組む方法を模索したという。コストパフォーマンスのよい方法を探していたけれど、当時の市場にはそのようなものは存在せず、仕方なしに自分たちでツールを作り始めたとのこと。

結果的によいものができたのでほかのスタジオにも提案してみたところ、好評だったので会社を設立しました。

ラビッチ氏は続ける。

その当時、ビデオ業界もアナログからデジタルに移行する最中で、とくにストリーミング配信するビデオに課題を抱えていました。高解像度のコンテンツを編集する際、読み書きのスピードに問題があったのです。これは、私が抱えていたのと同じ問題でしたので、解決法は分かっていました。ですので、自然とビデオのビジネスに向かっていったというわけです。

当初のシステムはHDDを使っていました。その後、SSDやフラッシュディスクという新たな技術が出たことで、私たちのアイデアが具現化できました。新しい技術が市場に投入されたタイミングで参入できたこともあり、その点でも運がよかったと思います。

Angelbirdが動画市場に参入した当時、REDやARRI、Blackmagicという業界の大手もまた、高速なデータの保存、および編集方法を探していたという。そこでAngelbirdは自社のサービスを提供し、開発を進めることになる。

そのころ、市場でそういうものを開発しているのは、大手でいうとLexarとSanDiskしかなく、そこに私たちが「高速な読み書きに特化したブランド」として参入しました。

会社は順調に成長し、メモリーカードだけでなく、パソコンのHDDの置き換えになる2.5インチサイズのSSDなど、より多くの製品を開発しています。

技術・品質・サービスが礎(いしずえ)に

Angelbirdは、製品の開発、製造、サポートをすべて自社で行なっている。この点がAngelbirdの強みであり、ほかのブランドでは真似のできない品質をもたらす要因になっているのだ、とラビッチ氏は語る。

Angelbirdには製品開発の大前提が3つあります。

①技術においてリーディングカンパニーであること
②品質
③カスタマーサービス

これらの3つが合わせ重なることで、最高のパフォーマンスを実現します。

カスタマーサービスですが、故障したときの対応だけではありません。メモリーカードメーカーとしての立場からカメラメーカーとノウハウを共有したり、一般の顧客に対してアドバイスしたりなど、製品を売る前のサービスが含まれています。

これらは会社設立当初からのコンセプトです。

製品に保証を付けるのはメーカーとして当然なのだが、Angelbirdのすごさは「データ復旧」までサービスに含めている点にある。

HDDやメモリーカードのデータがクラッシュして復旧サービスに頼った方もいることだろう。その結果、高額な料金を請求されたり、復旧できなかったりと、苦い経験をした方もいるかもしれない。

しかしながら、Angelbirdの製品には無償のデータ復旧サービス(ユーザー登録をすれば3年間)が付いている。しかも、たとえユーザーの扱いに不備があったとしても、90%以上の確率でデータを復旧しているのだとラビッチ氏は語る。

完全なサポートを提供するためにやっています。もしなにかが上手くいかなくなった場合、何千ドルもかかるようなデータリカバリーサービスではなく、Angelbirdが自らリカバリーします。なので、安心して使ってください。

データがクラッシュして壊れただけでなく、端子が壊れたりしたときも対応してもらえるのだろうか。

もちろん。ドローンの落下により壊れたメモリーカードや、不幸にも犬に食べられたメモリーカードからデータをリカバリーしたこともあります。100万ドルにも及ぶ撮影費を費やしたハリウッドの映像をリカバリーしたこともありますし、中には想像もできない壊れ方をしたものすらありました。

明らかにユーザーの扱い方によるものであっても、無償でリカバリーさせてもらっています。

データの復旧をビジネスとしている企業もある中で、自社製品とはいえサポートの一環として対応してくれるとは驚きだし、ユーザーとしてはとてもありがたいことだろう。

これは金額の問題ではありません。データを失うということは、エモーショナルな瞬間を失ってしまうという、ダメージのほうが大きい。そうならないようにハードウェアを作っていますし、それを超えて万が一が起こったときのためのサポート体制なのです。

物理的に壊れたメディアもリカバリーできるのは、Angelbirdが自ら設計し、組み立てているからに他ならない。ソフトウェアもハードウェアもそのすべてを知り尽くしているからこそ、“あらゆる不幸”に見舞われたメディアであってもリカバリーできるとラビッチ氏は語る。

もっとも、製品の販売数を考えると、データリカバリーの件数はとても少ないのが現状です。信頼性の高いハードウェアを作っているからということもありますが、サービスの一環として、適切な使い方を提案しているからでもあります。

データ復旧サービスでは、壊れたパーツを交換したり、ときにはチップを交換してデータを読み出すこともあるという(YouTubeチャンネル CineD Japan「Angelbird工場見学」より)

品質のためならコストがかかっても良い

コストパフォーマンスのよい製品を提供する、という点もAngelbirdの理念の1つ。しかしながら、だからといってコストカットを前提に製品開発をしているわけではない。その一例のようなエピソードをラビッチ氏が紹介してくれた。少し専門的な内容になるが、Angelbirdのもの作りの姿勢がよく分かる話だと思う。

製品を作るときは、なにもパーツが載っていない基板を調達して、そこにコンポーネントを載せて行きます。基板にはそれぞれ規格があるため、当社の求めるスペックにそぐわないときがどうしてもあります。

たとえば、4層の基板をあと2層増やしたほうがよい結果が得られるとなったとき、私たちは基板メーカーにそれを提案します。その結果、コストが上がり製造工程が複雑になるかもしれませんが、製品は確実によくなります。

ほかにも信頼性や耐久性を高めるため、電源供給回路も工夫しています。一般的には1つのルートで複数のコンポーネントに電力を供給するものですが、Angelbirdでは必ず複数のルートを設定しています。最低でも2ルート以上に分離して供給することで、効率よく安定した動作が得られるわけです。通常よりも数倍のコストがかかりますけど(笑)

Angelbirdの製品がユーザー本位に考えられている点は、製品のデザインにも表れている。Angelbirdの製品を検索すると気付くかもしれないが、他社製品に比べてとてもシンプル。というよりも、そっけないデザインといったほうがよいかもしれない。

その理由はどこにあるのかというと……。

メモリーカード製品は「ステッカーフリー」にしています。製品にステッカー(ラベル)を貼ると見栄えはよくなるかもしれませんが、ステッカーによって“新たな層”が増えてそれが放熱を妨げてしまいます。それに、長年使っているとステッカーの一部が剥がれたりして、カメラの内部に貼り付くトラブルだって考えられます。ステッカーフリーを採用しているのは、そういうリスクを避けるためです。

ステッカーを貼るほうが安上がりで簡単です。でもリスクを少しでも排除するために、Angelbirdはステッカーではなくレーザーエッジングで印刷しています。

4月27日発売の「AV PRO CFexpress Type A | 1 TB」も“ステッカーレス”だ

ユーザーの中にはステッカーの上にさらに識別用のシールを貼る人もいる。それによる蓄熱や剥がれなどのリスクも考慮しての、ステッカーフリー仕様ということらしい。

自社ロゴのステッカーを貼ることで性能や品質が落ちるなら、そんなものはいらないとラビッチ氏はいい切る。

自分たちのロゴをアピールすることは、Angelbirdのやることではありません。細かなリスクを1つずつ排除して製品の信頼性を高めることこそ、私たちが目指すことです。

Angelbirdのメモリーカードは、製品にステッカーを貼るのではなく、レーザーエッジングで直接プリントしている。本体にシールの層がない分、蓄熱を防いだり放熱の性能がよくなるという(YouTubeチャンネル CineD Japan「Angelbird工場見学」より)

ユーザーには事実を正しく伝えるべき

Angelbirdの製品は、速度表記として最高速度だけでなく「持続速度」もアピールしている。持続速度とは、文字どおりデータの読み書きがずっと続けられる速度のこと。最高速度よりも数値的に劣ってしまうため、それをアピールするのは売る側にとってはデメリットのように思えるのだが、その点を訊ねてみた。

ラビッチ氏は「よい質問です。聞いてくれてありがとう」と声を張り、続ける。

私たちは、ユーザー目線に立った正しい情報を伝えたいと思っています。ファンタジックなスペックをアピールして高速なイメージで製品を売るのではなく、ユーザーが本当に知りたい「正しい性能」を伝えて売っていく開発会社です。だから、「持続速度」を重視しています。

「速度」が重視される製品やサービスはたくさんある。身近な例でいうなら、ネット回線が当てはまるだろう。高速回線を謳い高い数値をアピールするサービスは多いが、実際の速度とかけ離れていることもある。つまり、ユーザーは「ベストエフォート」と言葉を濁して提示された情報をもとに、自らが求めるスペックに適したサービスを探さなければならないわけだ。これでは適切なサービスが選べないし、選択ミスする可能性も高い。

そうならないために、実用上の速度を明記するというのがAngelbirdのスタイルだ。

たとえば車を購入するとき、「時速200kmで走れる」と書かれていても、2分間しか走れなければ意味はありません。でも、「時速80kmでどんな山でも走破できる」と書かれていれば、そのほうが重要な情報なので、最高速度だけを提示するより参考になりますよね。

パソコンやスマートフォンの駆動時間もそうです。長時間バッテリーが持ちますよと宣伝していても、それが待機時間では意味のないこと。ユーザーが知りたいのは「動画編集などの作業が何時間行なえるか」であり、現実離れした設定での数値は参考になりません。

SDXC UHS-IIの「AV PRO SD MK2 V90」(右)と「AV PRO SD MK2 V60」。持続書込速度はそれぞれ260MB/秒、140MB/秒と公表されている

これらの考えは、ラビッチ氏自身が製品を購入するさい「満足するものを納得して買いたい」という思いと共通しているという。したがって、ユーザーが必要とする情報を提示することは、プリサービス(製品を売る前のサービス)として当然のことらしい。

製品の情報は正しく伝える。そして、わずかでもリスクがあるのなら、ブランドのロゴだろうと貼らない。ラビッチ氏が掲げる徹底したユーザー本位の理念が伝わってくる。

ニッチな分野に小ロットで製品を投入する

ここで、ラビッチ氏には少し失礼になるかもしれない質問を投げかけてみた。

Angelbirdが設立された14年前というと、メモリーカード業界は大手を含めた中小のメーカーが群雄割拠していて、新規参入する余地がなかったように思える。それにも関わらず起業したということは、勝算があってのことなのか?

勝算とか、他社と争うとか、そんな考えはありませんでした。当時はコンシューマー向けに成熟し切ったマーケットがあり、それとは別に、ハリウッドのようなプロの映像制作に特化した分野がありました。Angelbirdは彼らに向けて少しずつ商売をしていき、そして徐々に一般にも受け入れられるようになってきたという流れです。

メモリーカードを何百万枚も売るような商売ではなく、ハイエンドユーザーに良いものを届けるというビジネスモデルです。大手と競合しているわけではなく、異なるスタンスでビジネスをしています。

ラビッチ氏は、ほかのメモリーカードのメーカーと立ち位置が異なるという点を強調する。他社と競合するのではなく、製品がない市場にAngelbirdが製品を投入しているけれど、しかしながらその市場はニッチでとても小さいという。

たとえば、CFexpressの4TBのカードを例にすると、そんなカードが百万枚も売れるはずがありません。ニッチすぎて大手では商売にならないわけです。

しかしマーケット自体はとても小さくても、Angelbirdという会社にとっては十分な規模で、しかも、その市場が成長している点が重要です。

最大容量4TBをラインナップする「AV PRO CFexpress MK2」。2TBと4TBのモデルはREDより最新鋭のデジタルシネマカメラ「V-RAPTOR」の記録用メディアとして承認されている

Angelbirdは多売で利益を得るのではなく、必要とする人がいてそこに製品がない場合、たとえそれが小さな市場であっても研究・開発をして、ハイスペックな製品を適切な価格で投入している。その結果が、ハリウッドの映像制作現場やトッププロたちからの熱い支持につながるのだろう。

ラビッチ氏の話は興味深く、気付くと予定の時間を過ぎてしまっていた。でも、どうしても聞きたいことがある。製品の性能や品質には関係はないのだが、おそらく、多くの読者が気になるだろう質問だ。なぜ、社名が「Angelbird」なのか。

ラビッチ氏は脱力したように笑いながら答えてくれた。

簡単なことです。アルファベット順に並べると「A」がつく文字列は前にくるから。そして、社名に込めた意味としては、Angel(天使)は安全性、Birdは速さになります。

最後に、ラビッチ氏は次のようにインタビューを締めくくってくれた。この記事を読むみなさんへのメッセージだ。

Angelbirdは優れた製品をよりよいコストで提供しています。もちろん、最先端の技術を追い求め、製品に投入しているのはいうまでもありません。そしてサービス。無償のデータ復旧も含め、ユーザーが安心して扱えるサービスの提供もAngelbirdの理念になります。だから、安心して私たちの製品を使ってください。

少数精鋭のチームで、設計・製造・サポートのすべて自社で行ない、小ロット生産で高性能かつ高品位な製品を適切なコストで市場に投入する。だからこそ、必要とする人たちに必要なスペックの製品が素早く届けられるわけで、そのような小回りの利くスタイルがAngelbirdのもち味の1つなのだろう。

今回のインタビューはカメラのメモリーカードという観点から行っているが、読み書き速度の速さやサポートのよさなどから、編集用のメディアとしてもおススメできそうだ。とくに動画編集は撮影以上に時間がかかり、クラッシュしてやり直しとなるとモチベーションがゼロになる。間違えて消去してしまった、なんてときも同様。

万が一に備えたデータ復旧サービスがあるということは、作品のクオリティを高める上でも大きなメリットといえるだろう。

取材後記

創業わずか14年のAngelbirdがなぜ動画機材を扱うトッププロたちに信頼されているのか。インタビューに臨んだ当初は理解できていなかったが、ラビッチCEOの話を聞いて納得。カメラ市場がAngelbirdに追いついたということだ。

Angelbirdは昔も今も、最先端のテクノロジーで製品を提供し続けている。そこに変わりはないが、それを必要とするユーザー層がトッププロから普通のプロ、そしてハイアマチュアへと降りてきた。そして、「映像を大切にする気持ち」はプロもアマチュアも関係なく、Angelbirdの目指す理念とハイアマチュアの要望が重なったというわけだ。

データの読み出し時の不慮の事故に備えるため、データ書き込み防止スイッチを搭載している。また、デバイスの奥深くにUSB-C端子を埋め込んで接続部分を保護する、独自の Solid Connect™デザインを採用
ラビッチ氏の前にあるのがAngelbirdのメモリーカードケース「Media Tank」。アルミ削り出しによるハードシェル構造で、防滴、防塵、耐衝撃、ESD、耐X線などの保護性能を持つ
写真はCFexpress Type B用。CFexpress Type A、SD、CFast用も用意されている

写真の上手い下手は関係なく、撮影したデータを大切にしている写真愛好家のみなさん、そして、映像に生活を捧げているみなさん。手厚い保護が受けられるAngelbirdの製品を購入予定リストに追加してみてはいかがですか?

撮影:武石修
制作協力:株式会社銀座十字屋ディリゲント事業部

桐生彩希