特別企画
メモリーカードでカメラの撮影性能はどれくらい変わるのか? ウワサのAngelbird製CFexpress Type Bカードで比較検証
2021年11月9日 06:00
キヤノンからEOS R3の具体的なスペックが発表された。意欲的かつ実験的な要素が多分に盛り込まれたモデルで大きな話題を呼んでいるが、一方で記録画質を重視したいシーンではEOS R5を選択する必然性が鮮明になってきた。一時期、同カメラは8K動画記録時の熱停止問題が話題となったが、この問題に関してボディ側の対応が取り沙汰されることはあったものの、記録メディアの側から検証されることはほぼなかった。今回は記録メディアを変えることで撮影性能にどのような影響が出るのかを、動画撮影シーンで一定の評価を得ているオーストリアのメモリーカードメーカーAngelbirdの製品を用いて検証していった。
EOS R5においてメモリーカードが果たす役割とは
CFexpress Type Bカードはサンディスクやレキサー、プログレードデジタル、ソニーなど各社から製品が発売されており、市場的にも選択肢がかなり豊富になってきた。おそらく「手持ちのボディに最適なメモリーカード」を検討している方もおられることだろう。
今回筆者に与えられたテーマは、高性能な記録メディアとして知られるオーストリア・Angelbird社のメモリーカード「AV PRO CFexpress」と「AV PRO CFexpress XT」の実力を探るというもの。
そこで今回は、現状CFexpress Type Bカードに最も高い処理性能を要求するだろう機種としてキヤノンのミラーレスカメラ「EOS R5」を用意。同機による8K RAW動画収録における動作をチェックする方法を採用した。カードテストの中でボディ側の熱処理の傾向や考え方も見えてきたので、あわせてお伝えしていきたいと思う。
Angelbirdとはどのようなメーカーなのか
Angelbirdは主に動画記録向けのストレージメディアを展開してきたメーカーだ。近年では静止画撮影シーンでもCFexpress Type BカードやSDカードが銀一やヨドバシカメラなどで取り扱われるようになってきたので、見たことがある聞いたことがある、という人もおられるものと思う。国内での正規取り扱いは株式会社銀座十字屋 ディリゲント事業部が担っている。
とはいえ、聞きなれないブランド名だなという読者の方もきっと多くいらっしゃることだろう。それもその筈で、日本国内の流通はまだまだプロ市場に特化したものとなっており、中々目にする機会がないことも事実だからだ。
しかし、既に動画分野ではAtomosより正式に認証を得るなど、一定の評価を獲得している。日々莫大なデータ量を扱う動画撮影を主体とするプロダクションやユーザーの間ではその書込・読込性能の高さと動作安定性が支持されているのだ。
が、一般ユーザーが手を出すには少々高額な製品であることも事実。そうした出自・性格もあり、動画を主体とする媒体等では目にする機会はあったものの、一般にその性能が詳らかにされることは少なかった。今回のテストは、そうした価格に足る性能が発揮されるのか、ということもテーマに含まれている。
テストの内容
現在一眼カメラで撮影可能な最大解像度をみていくと、EOS R5のDCI 8Kが最大。さらに8K RAWの非圧縮モードともなると、そのデータ量は2,600Mbps(毎分1,8669MB)と、とてつもないものとなる。
今回のテストでは冒頭でも触れたように、今回テストした環境はEOS R5による8K解像度のRAW動画記録がメイン。加えてRAW+JPEG(Fine)の静止画連写の双方から見ていった。テスト条件は以下の通りである。
【使用機材】EOS R5+RF70-200mm F2.8 L IS USM
【計測状況】室温24〜24.5度・湿度67〜75%
【開始前温度】本体:24度、バッテリー:23.5度、カード24度
※テストとテストの間には、十分な時間を空けてカメラ本体を室温に戻し、可能な限り同一条件で実施した。
※テストはAV PRO CFexpress 512GB、AV PRO CFexpress XT 330GB、AV PRO CFexpress 1TB、参考カード512GBの順で行った。
この撮影モードでの駆動中は、処理の関係からカメラ内部での発熱が大きく、熱ダメージから各回路等を保護するために20分で記録が停止する仕様となっている。実際にはメディア容量一杯まで撮影出来ない事例が報告されるなど、この熱停止に関わる問題は未だに話題となっている。
本検証の眼目は、動画撮影で一定の評価を得ているAngelbirdの記録メディアがしっかりと撮りきれるのかを検証することも目的としている。
テスト実況
それではさっそく8K RAW動画記録の結果をお伝えしていこう。検証では一定時間ごとに動作や温度をチェックしていった。ここからはその模様を実況仕立てでお伝えしてみたい。
開始直後
まずは記録開始直後の状況を知るべく1分45秒でボディ各所の温度を計測した。AV PRO CFexpress 512GBだけ背面モニター中央でしか測定していないのは、この部分が特に熱を持つだろうとの想定があったため。調査を進めるに従い、ボディ各所で温度上昇の傾向が異なる事がわかってきたため、測定箇所を増やしながら観測を進めていった。
記録を始めた瞬間の表面温度は室温に準じた数値となっているが、この段階で既に各メディアにより測定結果に差異が発生している。AV PRO CFexpress 1TBだけが他に比べて2度近く低い数値を示しており、以降もこの傾向が続くことになった。
5分が経過
5分を経過してくるとAV PRO CFexpress 1TBでも顕著な温度上昇が確認できた。特にダイヤル横では30.5度まで上昇。参考カードでは1分45秒経過時に測定した結果と同様、他のメディアに比べて温度の上昇率が高いことが分かる。330GBも温度が上昇。ダイヤル横では35度を示していた。
10分前後
EOS R5の8K RAW動画記録では20分の記録時間制限が設けられている。折り返し時間となる10分前後での計測では、興味深い違いが表れてきた。AV PRO CFexpress 1TBと参考カードで3カ所を測定しているが、3度程度の差異が出ていることに注目して欲しい。メディアの種類以外の条件を統一しているにも関わらず、これだけ排熱温度に差が生じているのはメディア自体の発熱によるものだと推測できる。これに関しては後の記録停止時の測定結果で解説する。
12分頃。最初の温度警告が表示
記録開始から11分56秒が経過。ここで参考カードに温度警告が表示された。ダイヤル横は38度を記録しており、この後の結果でも表面温度がこの辺りをしきい値として温度警告が表示される事が分かった。
13分前。2つ目の温度警告が表示
記録開始から12分44秒が経過。ここで意外にもAV PRO CFexpress XTで温度警告が表示された。背面中央の温度自体は参考カードと同じ数値を示しているが、ダイヤル横は37.5度、底面では24.5度と、参考カードよりもグッと低い数値となっている。
14分前。3つ目の温度警告が表示
記録時間は13分40秒に到達。ここで3つ目の温度警告が表示された。カードはAV PRO CFexpressの512GBだった。
ここでも背面モニター中央部の温度は37度を示していた。このことから、あくまでも今回検証した実機と室温24度前後での条件ではあるが、EOS R5ではダイヤル付近や背面モニター中央部付近が37度を超えた辺りで温度警告を表示するようだ。
ダイヤル横の温度は39度。XTよりも高い数値を示しているが、一方で底面はXTよりも1度低い33.5度を示していた。
15分が経過
規定の記録停止時間まで5分を切った。3つのカードで温度警告が表示される中、まだAV PRO CFexpress 1TBでは警告が表示されない。温度を測定したところ、背面モニター中央付近で36.5度が示された。
ダイヤル横は38度、底面では35度だ。そろそろ警告が表示されるはずだが……。
16分22秒。AV PRO CFexpress 1TBに温度警告
記録時間は16分22秒に到達。ようやくAV PRO CFexpress 1TBに温度警告が表示された。背面モニター中央部の温度は38.5度。しきい値とみられる37度が、やはりひとつのボーダーラインとなっているだろうことが確認できた。
各メディアが順次記録を停止
2番目に記録が停止したのはAV PRO CFexpress XTとなった。停止した時間は16分48秒。ただし示された温度は他のAV PRO CFexpressと比べても余裕があるので、もしやと思い確認してみたところ、記録データ量がカード容量いっぱいとみられる328.89GBとなっていた。
記録制限時間まではあと3分強あることになるが、時間いっぱいまでフルに記録したいのであればより容量の大きい660GBを選択する、というのもアリだろう。測定値を鑑みると、おそらく制限時間での停止まで安定して記録ができるものと思われる。
3番目はAV PRO CFexpressの512GBで、時間は18分57秒だった。
4番目の同1TBカードに至っては20分を少し超えての記録停止となった。それぞれの記録が停止した際に測定した記録メディアの表面温度とカメラ側のカードスロット内部の熱を測定したところ、以下のような結果が得られた。
各メディア表面温度を並べてみると、温度警告が出た順番と温度の高い順が一致していることが分かる。十分なテストを経ての結果では無いものの、メディアの発熱がカメラ内部の熱上昇に少なからず影響しているのは間違いないだろう。
それにしても驚かされるのが、Angelbirdのメモリーカードが参考カードに比べて大幅に熱の発生量が小さいことだ。
考察
各々のメディアで温度上昇の警告表示が表れるまでの時間には差異があるものの、警告が表示される温度条件はほぼ同一の結果となった。唯一異なっていたのが1TBで、これは記録停止後のメディア表面温度からも特に熱の発生量が低い結果となった。
使用したカード | 熱停止までに撮影できた時間 | メディア表面温度 | メディア裏面温度 | メディアスロット内温度 | バッテリー表面温度 |
---|---|---|---|---|---|
AV PRO CFEXPRESS XT(330GB) | 16:48.1 | 31.5度 | 32度 | 40度 | 33度 |
AV PRO CFEXPRESS(512GB) | 18:57.2 | 37度 | 34度 | 45度 | 35度 |
AV PRO CFEXPRESS(1TB) | 20:44.3 | 32.5度 | 36度 | 48.5度 | 35度 |
参考カード(512GB) | 16:16.1 | 68度 | 35.5度 | 47.5度 | 非測定 |
カメラ内部における熱の発生源には撮像センサーのほかに、画像処理エンジンなどの映像処理回路まわり、バッテリー部などが思い当たるが、今回のテストではメディア自体の発熱も、熱停止に関わる要因のひとつとなっていることが確認できた。
特に注目したいのがAngelbirdの各メディアは最大でも40度を超える事がなく、とりわけAV PRO CFexpressの1TBは32度を記録するなど、他のカードに比べて発熱が少なかった。記録時間も20分を超えており、膨大なデータ量を連続書き込みしていることを考えると、動画シーンでの安定した実力評価が本物であることが、実感値として理解されることとなった。
参考カードの数値の高さに驚かれるかもしれないが、その後も数回確認してみたところ同様の傾向を示したことを、書き添えておきたい。そうした意味でもAngelbirdの発熱量の小ささは特筆ものである。
計測データからAV PRO CFexpress XT使用時のスロット内部温度が高めの数値を示しているが、停止後のメディア表面・裏面の温度は1TBのAV PRO CFexpressに比較的近い。
カメラ内部が十分に冷却されていなかったのか、また別の要因があったのかは不明である。とはいえ、バッテリーの表面温度は35度を示しており、512GBのAV PRO CFexpresと同値。1TBともほとんど差が出ていないことが分かる。
静止画撮影ではお目にかかることの少ない温度警告表示であるが、動画撮影時には度々目にする事がある。とりわけ8K撮影時にはメディアの発熱からもその膨大なデータ量の書き込みに相当の電力が使われていることが垣間見られた。それにしても、今回のメディアの発熱にここまでの違いが出るとは思ってもみなかったので、筆者自身ちょっと驚いている。
検証時の動画を通しで作成したので、振り返りでぜひ見ていただければと思う。
静止画連写でメディアによる差はあるか
ここまで動画記録を中心に、Angelbirdのメモリーカードの記録性能をチェックしてきた。では静止画撮影ではどうだろうか。
実は連続書込という負荷の生じる動画撮影に対して、静止画の場合は“より大きなデータを瞬発的に書き込む”という違いがある。とりわけ記録メディアへの書込速度の差は、そのまま連続撮影枚数の違いとなってあわられる。
シャッターを切った瞬間の画像データがバッファメモリに一度蓄えられ、そしてメモリーカードに書き込まれるというのが一般的な流れだ。要するに、カメラ側の処理はバッファメモリをいかに早く解放できるかが鍵となる。このバッファメモリからいかに早くメモリーカード側にデータを移せるかがポイントとなるわけだが、ここで重要な役割を果たすのが、メモリーカードの書込速度というわけだ。
静止画記録に関しては以下の条件でテストを実施した。
【使用機材】EOS R5+RF70-200mm F2.8 L IS USM
【計測状況】室温24〜24.5度・湿度67〜75%
【開始前温度】本体:24度、バッテリー:23.5度、カード24度
【撮影・記録設定】
・メカシャッター・約12コマ/秒連写(高速連続撮影+)
・RAW+JPEG同時記録
結果は以下のとおりとなった。
失速までに撮影できたコマ数 | メディア表面温度 | メディア裏面温度 | メディアスロット内温度 | |
---|---|---|---|---|
AV PRO CFEXPRESS XT(330GB) | 233コマ | 26度 | 26.5度 | 27.5度 |
AV PRO CFEXPRESS(512GB) | 181コマ | 27.5度 | 27.5度 | 30.5度 |
参考カード(512GB) | 215コマ | 33.5度 | 27度 | 29.5度 |
結論から言えば、スペックシート通りの性能が素直に観測できる結果となった。AV PRO CFexpress XT 330GBが233コマと圧倒的で、AV PRO CFexpress 512GBとは50コマ近い差が開いている。
スペックシートによれば同等性能とされている参考カードも215コマとかなり健闘しているが、こうも差がつくことになろうとは思っていなかった。コマ数にみられる差はごく僅かであり、記録枚数面での性能はほぼ同等と結論が出そうになるが、それは早計だ。撮影後の温度差をもう一度思い出してほしい。そう、参考カードとAV PRO CFexpressおよび同XTと参考カードとの間にはここでも大きな差が確認できたからだ。
各メモリーカードはクリーンな状態にフォーマットをし、カメラボディ側も測定の度に室温に戻してからの計測を徹底するなど、条件をしっかりと揃えた上で撮影していることを、あらためて強調しておきたい。メモリーカードによって、発生する温度の上昇幅は確実に異なるのである。
スピードテスト結果から
ダメ押しというわけではないが、AV PRO CFexpress XTおよびAV PRO CFexpress、参考カードをベンチマークソフト上で測定した結果もご覧いただこう。
AV PRO CFexpress XT 330GBとAV PRO CFexpress 512GBに関しては、カメラ本体のカードアクセスランプが一定の速度で点滅していた事から、書き込み速度の安定ぶりが伺えるが、参考カードは連写を始めた初期段階では不規則に点滅していた。途中から点滅が安定したが、こうした点を見ても書き込み速度の安定性ではAngelbird製品に軍配が上がりそうだ。
まとめ
カメラメーカーとしても、CFexpress Type Bカードの発熱については頭を悩ませている問題のようで、放熱構造を設計する上での大きな課題になっていると聞いた事がある。
読み書き速度に優れる記録メディアを採用すれば、それだけカメラの性能を引き出す事ができるわけだが、反面で発熱を抑えるために放熱構造からカメラボディの大型化などのデメリットも生まれてしまう。カメラ設計者にとっても、発熱を抑えた記録メディアというのは朗報とも言える結果が導き出せたと思う。
とはいえ、Angelbird製品だけを採用する訳にもいかなので、各社の記録メディアの今後に注目したい所である。