ミラーレスZEISSレンズの写真力
第2回:ZEISS Batis(バティス)——ミラーレス用AFレンズとしてのスタンダードとは何かを感じさせる高性能なベーシックレンズ
2021年12月3日 17:00
Batisとは
軽さと堅牢さを両立した造り
ZEISSがラインナップするミラーレスカメラ用レンズシリーズのうち、第1回目はLoxiaシリーズを紹介しましたが、今回はBatisシリーズです。
現在Batisシリーズは18mm、25mm、40mm、85mm、135mmの5つの焦点距離が揃っています。開放F値はそれぞれ異なり、F1.8からF2.8で設計されています。
今回はその中から、25mm(Batis 2/25)と40mm(Batis 2/40 CF)、そして135mm(Batis 2.8/135)の3本を検証してみたいと思います。
レンズを手にしてまず驚くのはその軽さです。特にBatis 2/25、Batis 2/40 CFは、開放F値を欲張っていないこともあり、そもそもコンパクトなのですが、それでも目で見る大きさと重さのギャップに違和感を覚えるほどです。Batis 2.8/135は開放F2.8のレンズとして相応の大きさですが、アポクロマートの性能を持っていることを考えると、驚くほど軽量に作られています。
「性能を求めるとレンズは大きく重くて当たり前」という先入観を持っていた筆者は、Batisを初めて手にしたときの軽さに、そのレンズ性能に疑念を抱いてしまいました。しかしその疑念は実写後あっという間に覆されることになります。
引っ掛かりのないツルッとしたユニークなボディのBatisシリーズでまず目立つのは、距離と被写界深度範囲を表示する有機ELディスプレイです。近年、AFレンズの距離指標は省略されがちで寂しかったのですが、これがあればじっくりピントをコントロールしたい時や、夜間の撮影などで役立ちます。
適度な幅のフォーカスリングは一見ただのラバーのようで不安を覚えますが、これも実際に操作すると非常によくできています。指をかけた時の吸いつくようなタッチの良さ、回すときのフィーリングは、共に新感覚の気持ち良さでした。金属のフォーカスリングやディンプルのついたものとは違う良さがあります。MF操作時のフォーカスリングの感触とリニア感は、AFレンズとしては満点に近いでしょう。
筆者はBatisシリーズで最初に発売された、Batis 2/25とBatis 1.8/85を6年にわたり使用していますが、フォーカスリングは劣化の兆候すら感じさせず、購入時と同じ感触を維持しています。素材など相当に吟味されたものなのでしょうか。
もう一点特筆すべきは「防塵防滴」設計です。外観からわかるのはマウント部の細い青いラバーリングだけですが、水辺やアウトドアでの使用が多い筆者のこれまでの経験では、防塵防滴性に不安を感じたり、トラブルが起きたりしたことはありません。
ひょっとしたらツルッとした鏡筒デザインも、過酷な状況での使用で濡れた時や埃にまみれた時にもさっと拭き取れるという、防塵防滴への適合性まで配慮していたのでは、と思うのは考え過ぎでしょうか。
AF性能など
AFについては、Sonyのカメラとのアルゴリズム的な協調がきちんと取れている印象で、純正と比べても大きな問題は感じられません。人物撮影時にリアルタイム瞳AFなどAF-Cモードも多用しますが、きちんと精度高くピントを拾ってくれます。
フォーカスの動作音もほぼ無音で、スピードにも不満はほぼ感じません。
とはいえ、細かく比較すればAFの制御具合では、純正の最新のレンズに優位性を感じる部分も稀にあります。
最新の純正レンズのAFスピードなどは、新しいモーターへの変更や制御チップ・ファームのアップデートによって年々進化していますから、BatisのAF性能を最新の純正レンズと同じ基準で評価することは、やや無理があるでしょう。
そのような、開発時期の違いに起因する要素の比較をしなければ、Batisのピントスピードは実戦では十分に速いと感じます。
画質傾向
第1回目のLoxiaシリーズとも共通することですが、レンズ構成や焦点距離の異なる、どのBatisレンズを使っても、やはりBatisの「シリーズとしての個性」を一貫して感じます。
各焦点距離のレンズ構成上の違いからくる特徴、例えばディスタゴンらしさやゾナーらしさは活かしつつも、シリーズの中で各々が際立たないような描写傾向に整えられている印象です。ただ、Loxiaシリーズに比べてBatisシリーズの画質・描写傾向は、各レンズの個性が感じられる気がします。中でもBatis 2.8/135は突出した性能を感じさせます。そのあたりは作例の中でまた述べたいと思います。
Batisシリーズの描写は、全体にフィルムベースのような透明に近いグレーのベースがあるような、ZEISSらしさを感じさせつつ、同時に現代的な抜けの良いクリアな発色を感じます。撮ったままのJPEGでもハイライトとシャドウ部の階調の豊かさは見て取れるのですが、RAW現像での調整の際にはそれをより強く実感します。
カメラの性能自体と、撮影時の露出などの状況と設定の影響も大きい部分ですから、Batisで撮ったからといって劇的にラチチュードが広い写真になる訳ではありません。しかし、普段通り撮って現像処理で触るだけでもそれは実感できると思います。
色の再現性の特徴は、特に自然光で撮影した時に色のレンダリングの仕方が絶妙で、撮影者が感じた光を知っていたかのような、自然で雰囲気のあるトーンで再現されるのが美点です。
ピントのキレや解像感は、キレキレのピントのピークを誇示する感じはなく、むしろ柔らかく穏やかながら、しっかりと芯がある感じです。絞り込んで画像全体の解像度を上げて撮影しても、目がチカチカするような硬さはなく柔らかな描写に見えます。逆に開放で撮っても、ピント面の被写界深度域から外れていく領域で、解像感が穏やかに低下するからなのか、解像感はf値以上にしっかりしたものを感じます。
そうした特徴と併せて、色のトーンやコントラストのコントロールによってピントや解像感、立体感を高めている感じがする描写傾向は、ZEISSのレンズ設計に共通するものだと思います。
写真と動画
写真用レンズとして認識されているBatisシリーズですが、すでに述べた特徴は動画撮影でも有用です。写真も動画も撮り、MFもAFも必要という場合には特に使い勝手の良いレンズと言えます。
Batis 2/25
25mmというちょっと変わった画角は、なぜかZEISSではよくある焦点距離です。普通に24mmで良さそうな気もしますが、実際に撮影に使うと、このたかが1mmが、構図や被写体の表現度合いに異なる感覚を生み出したりします。私自身25mmが心地良く感じるようになっている一方で、なぜかと聞かれるとなかなか文章で説明できないのがもどかしいところです。
画角のユニークさと関係があるのかないのか、描写にも少し不思議なところがあるレンズです。広角らしさが強く出る時と、35mmに似たパース感の時があります。被写体との距離や、アングルと被写界深度のコントロールで見え方が変わります。
Batisシリーズの共通した描写の中で個性を感じる点を挙げると、少しオールドレンズ的な「ゆるい渋め」の表現が得意なところです。どんな状況でもかっちりと欠点のない完璧な表現をするタイプではなく、光の状況によってその反応が素直に出やすい感じです。それは撮影者の意図によってはメリットにもデメリットにもなるので、撮影の目的と使い方次第で活きてくる描写傾向です。
このほか、非常に軽量なこともあり、山での撮影や普段使いのスナップ撮影ではかなり重宝します。
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被写体にグッと寄って金属の質感を捉えてみました。絞り開放での撮影ですが、妙なピントの切れ方もせず、自然なボケ感と立体感を両立していると思います。こういう光の乏しい場所でも、物の質感とシャドウ部の階調を描き出すのが得意なレンズです。
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話しかけながら犬の全身ポートレートを撮るのにちょうど良い距離で撮れました。広角なのにそれを強く感じないのは25mmゆえでしょうか。絞り開放ですがピントの厚みとボケていく感じがバランスよく、自然な描写です。
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人物を主体としながら、場の雰囲気をふんだんに織り込みたくてカメラを地面に置いて撮影しました。適度でなだらかなボケ感が、静かで穏やかな空気感を感じさせます。開放寄りで撮影したことで、背景が煩雑にならずに済みました。ピント面の、少女の髪の毛の描写の繊細さに引き込まれます。
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現場の突然の盛り上がりに、撮影ポジションを計算する間もなくシャッターを切りました。強烈な逆光ですが、Batisはその場の光の感じを過不足なく再現しています。画面全体がうっすらハレーション気味に浮いているのが、逆にシャドウの潰れを防いでくれています。その状況でもディテールが極端に甘くなることもないので、積極的に逆光での撮影に挑めます。
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ほぼ最短撮影距離で撮影した植物です。葉脈にピントが合ったところから緑の一部にピントが入っているだけで、他は大きくボケに囲まれていますが、なだらかなピントの出方のおかげで、キレキレで浮き立つ感じは程よく抑えられています。これだけ寄れて、絞り開放でも安定して撮れる性能は素晴らしいと思います。右からの曇り空の外光と、室内の電球の色も違和感なく感じさせてくれました。
Batis 2/40 CF
シリーズの中で標準領域を担うレンズということもあり、自ずと使用頻度も高くなります。40mmという少し変わった焦点距離ですが、モデル名にあるCF(クローズフォーカスの略)の通り近接撮影能力も高く、万能性を持つレンズです。
実を言うと、最初はその焦点距離での撮影に戸惑うこともありました。40mmという画角は、漫然と力を抜いて景色をみている人間の目の画角に近いそうですから、それが原因だったのだろうと思います。
35mmのようにも撮れるし、50mmのようにも撮れるという言い方もできますが、最初は写真がどこか中途半端で漠然としたものになりがちでした。写真が下手になったのではと落ち込むほどでした。
なんとか40mmなりのいい写真の撮り方をと悪戦苦闘しながらたくさん写真を撮っているうちに、不思議と40mmの距離感に合わせた目ができ始め、程よい構図や切り取り方のコツがわかり、今ではこれ1本で大抵の状況での写真を成立できるような気すらします(笑)
その上、被写体に寄れる性能も相まった対応力の高さから、常に手放せないレンズとなっています。
この40mmという画角は、動画撮影時の16:9の画面比率で見ると50mmレンズで写真を撮る時のような感覚で撮りやすいことも発見しました。50mmレンズで動画撮影をすると、却ってちょっと望遠感が出て狭く感じる時があったので、Batis 2/40 CFは私にとって、動画撮影でも標準レンズ的な存在となりました。
このレンズの描写傾向は、焦点距離からくる画角感と同様に、素直でクセはありません。引いても寄っても安定した印象のレンズで、露出の与え方で描写の傾向がブレることは少ないと思います。ちょっとつまらないレンズのように聞こえてしまうかもしれませんが、逆にいうと撮り手の意思と腕次第で写真が変わります。安定感のある素直な描写をするので、レンズのせいにはできない、という手強いレンズかもしれません。
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ちょっと独特な、濁った光の室内での打ち合わせの際に、横に座ったまま女性を撮影しました。背景と被写体の距離や、撮影者と被写体との距離が、35mmでも50mmでもなく40mmで撮るのにちょうどいいと感じたカットです。初めて40mmの距離感がしっくりきた感覚が持てました。場の光と露出の与え方の影響もありますが、しっかりと色の厚みのある独特な描写になったと思います。
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40mmに合わせ、タイト過ぎずゆる過ぎない画角で画面整理してみました。たくさんのお花や家具・道具が穏やかなボケにより煩雑にならないのを期待しながら、そして明暗が奥行きを出してくれるのを期待しながら、テーブルの上のブーケを撮影しました。結果、想像通りこのレンズが得意な自然な立体感と色のトーンが再現されていると思います。
クローズフォーカスの特性を最大限に活かして、フライフィッシングで釣った渓流魚の美しい魚体の色を、マクロ的に写し止めてみました。薄曇りの日陰でしたが、しっとりとしたトーンで色の深みと鮮やかさを再現してくれました。
現場では濡れた手のままでカメラを操作せざるを得ないことが多いので、Batis 2/40 CFの防塵防滴機構は、撮影中に余計な気を使わずに済むという点でに大いに助けられます。雨や埃などに晒されやすいアウトドア全般での使用時には大きな利点です。
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夏の朝の澄んだ爽やかな光ではこってりした色にはならず、目で見たような淡いものになります。光の質や強さに対して色も、的確にレンダリングされていると感じます。ざわざわしそうな画面内を絞り開放で撮ることで整理しました。
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走り回る仲良し姉妹を、構図を決めたまま待ち構えてシャッターを切りました。ちょっと欲張った要素を取り込んだ構図ですが、40mmだからこそのバランスを狙いました。絞りを開けて背景の紅葉や足元の落ち葉が主張し過ぎないようにすることで、その欲張り感もさりげないものへと表現できました。
Batis 2.8/135
まずアポ・ゾナーという設計を聞いただけで、その高性能な描写を期待してしまいます。さらにこのレンズはフローティング機構を採用していることから、近接でも無限遠まで安定した描写が可能で、レンズ内に光学式手ブレ補正機構までも備えています。
ゾナーというレンズ形式のイメージ通り、特徴的な色の深みのある描写をするレンズです。物の質感や色の深みなどを捉えたい写真には最適でしょう。アポクロマート設計のため、どんな光の状況でも被写体の質感や色を、わずかな乱れもなく緻密に写し止めてくれます。その結果、このレンズは圧倒的な描写力そのもので、見る人の気持ちを引き込む力を持っています。
一般的に、女性ポートレートでは85mmをメインで使い、ピント浅めで線が細く、さらっとふわっと明るく柔らかい写真が好まれる傾向があると言われていますが、Batis 2.8/135の描写はその対極にあると言えるでしょう。このレンズはそのような「好み」に比べると、「写りすぎる」レンズです。色に関しては特に、重厚さを感じさせる色再現をする傾向があります。
もちろんそうした特性も、フィルターワークやライティング、デジタルでの後処理などで、一般的な「好み」の方向に寄せていくことは可能です。でもそれは、せっかくのレンズの個性を弱めてしまうことになります。
今回はあえて一般的な好みの評価基準から離れて、このレンズならではのポートレート写真にトライしてみました。
結果から言うと、狙い通りの写真を撮ることができたと思います。というのは不遜で、撮影を通じてこのレンズがポートレートの表現の幅を広げてくれたと言った方がいいかもしれません。
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肌をレタッチしたポートレートを見慣れた人には好まれないかもしれないですが、筆者はこの描写力にゾクゾクしました。「肌とはこういうものだ」と緻密に再現しながら、その柔らかさを優しい描写で包み込んでいます。そこを消してしまうようなレタッチは不要、と感じるのは筆者だけでしょうか。曇天の、光の乏しい状況が、このレンズの光と色を拾い出す能力を証明してくれました。レフやストロボも使用せず、柔らかい自然光そのままで撮影しています。こういうトーンでのポートレートを探究したくなります。
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上の写真より、更に寄って撮ってみると、その描写にハッとさせられます。単にピントが薄いだけの写真にならずに、しっかりと解像しながらも穏やかな優しい写真になりました。上の写真では座ったモデルさんを撮ったのに対して、こちらは立ってもらって撮影しため、露出が変わって少し明るくなったのが分かります。
Web上では見えづらいかもしれませんが、真っ黒な帽子の描写にこのレンズの凄さが最も出ていると感じました。弱い自然光の中で、帽子のテクスチャーと光の濃淡がべたっと潰れずに写っています。屋外でパッと撮ってこのように簡単に質感を再現できるレンズは、そうないのではないでしょうか。
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135mmならではの圧縮効果を狙って背景を整理し、全身ポートレートの構図を決めました。シンプルになり過ぎず、シャドウ部に適度なニュアンスが残っています。服のテクスチャーの緻密さにはため息が出そうです。モデルには自由に動いてもらってピントは瞳AF任せで撮りましたが、よく追従してくれたおかげで良い瞬間を写し止められました。
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シダが密生している中に黄色の服が映えるのを計算して、自然風景の中で点景になるように撮影しました。絞り開放で撮りましたが、細かなシダの葉が繊細に描写されています。シンプルに素晴らしい描写だと感じます。
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ポートレート域でのボケの感じが見たくて、シダの中に入ってもらい撮影したカットです。ボケ量が多いわけでもすごくフワッとしているわけでもなく、存在感がありますが、被写体を邪魔しないボケ方で、むしろこれは情報密度の濃い写真として好ましいバランスだと思います。
まとめ
撮影時に特別なことを考えなくていい、気の置けないレンズ。でもいつも頼りになり、期待以上の写真を生んでくれるレンズ。筆者が抱く、Batisシリーズのイメージです。
高いタスクを要求されるような撮影現場であろうが、過酷な状況であろうが、散歩中のふとした瞬間であろうが、どんな時も安定して素晴らしい写真を生み出してくれる、いつも当たり前のように仕事をしてくれる、相棒のような安心感を強く感じます。
描写性能に尖った個性があるとか、完全無欠で究極の性能を持つレンズ、という訳ではありません。レンズに要求されうる全ての要素を高い基準で満たしながら、それを誇示することなく淡々と「Batisシリーズとしての共通の個性」と「各レンズの個性」とをしっかりと織り込みながら、レンズの前の光景を写し取ってくれるレンズです。
そして、軽量で堅牢。どこでもいつでもカメラに装着して、撮影をともにできる気軽さも持ち合わせています。
さらに自身の写真の質を上げたいという撮影者には、奥深い描写力でその期待に応えてくれるレンズです。撮影者のレベルに合わせながらも、常にそのちょっと上のレベルの写真を生み出し、撮影者を成長させてくれるようなレンズのように思えます。
どのジャンルでも道具としての本物・ベーシックは得てしてそういうものだと思います。Loxiaと同様に、Batisレンズをシリーズを通して撮影をすることにより、今回その良さを再認識できました。
モデル:布施千暁
制作協力:カールツァイス株式会社
こちらもあわせてご覧ください—“Pro Case Study I: ZEISS Batis Lens Series”
大分県竹田市にある、早瀬ギター工房のプロモーション映像『RIN HAYASE GUITARS』のメイキング映像『Pro Case Study I: ZEISS Batis Lens Series』は、高橋拡三氏がBatisシリーズで撮影しました。
プロモーション映像撮影時の様子や、同作品を撮影した小金丸和晃氏のインタビューを交えて、撮る側から見た「仕事用レンズとしてのBatis」がわかる映像となっています。