ミラーレスZEISSレンズの写真力

第1回:ZEISS Loxia(ロキシア)——ピントを合わせて写真を撮ることの意義を教えてくれるレンズ

今回撮影に使用した3本のLoxia。左からLoxia 2.8/21、Loxia 2/50、Loxia 2.4/85

ミラーレスカメラで使う「ZEISS」3シリーズ

ZEISS(ツァイス)は、175年あまりの歴史と数々の名レンズを誇るレンズメーカーとして、映像や写真撮影を生業とするプロの現場で信頼、使用されてきただけでなく、趣味として写真撮影を愛する方々にもある種の憧れを持って知られた存在です。

その魅力ゆえ、時にはカメラメーカーやレンズマウントの違いを超えて、ZEISSレンズを自分のカメラで使いたいという欲求を生み出してきました。筆者自身もキヤノンのデジタル一眼レフ機に、デジタルボディを持つことなく終焉を迎えたコンタックス(Y/C)マウントのZEISSレンズを、マウントアダプターを介して使用していた時期もありました。

ミラーレスカメラの時代に入り、同カメラを撮影業務のメインに使用し始めた筆者にとって、マウントアダプターを介して撮影するのは趣味的な充足感はあっても、様々な面で合理的な手法とは言えなくなりました。そしてしばらくは FEマウントネイティブのZEISSレンズを待ち焦がれる状態が続いていました。

そこへZEISSが現代のミラーレスカメラの時代に対応した3つのレンズシリーズを世に送り出してくれました。

まず2013年に、ソニーEマウント(APS-C)用と富士フイルムXマウント用として Touit(トゥイート) シリーズが発売されました。その1年後には待望のフルサイズ用ソニーEマウント(FE)として、MFレンズの Loxia(ロキシア) シリーズ、続いてAFレンズの Batis(バティス) シリーズが発売されました。今では各シリーズ毎に3〜5本のラインナップが揃い、大抵の撮影要件を満たせるようになっています。


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Loxiaとは

造りと機構的な印象

第1回の今回取り上げるLoxiaは、AFレンズの性能が飛躍的に進化しているこの時代に、懐古趣味ではない明確なコンセプトを持って登場したMFのレンズシリーズです。

現在、Loxiaは21mmから85mmまでをカバーする、5本のラインナップとなっています。今回はその中の21・50・85mmの3本をピックアップして、Loxiaシリーズを検証してみたいと思います。

どのレンズも手に持って感じるひんやりとした金属外装と、緻密さを感じさせる重量感に期待が高まります。

カメラに装着してフォーカスリングを回した時のしっとりとした感触と、AFレンズでは忘れかけていた、リニアにピントがシフトする様子は、ファインダーを覗く眼に心地良いものです。カメラ側の設定でフォーカスリングを回すと自動的に拡大表示することも可能なので、ピント合わせに不安はありませんし、フォーカスリングの精緻さと相まってピント合わせはとても快適です。

AFは手軽でスピードが速いこともあり、シャッターを切ることに対する意識が薄くなりがちですが、MFレンズのLoxiaは、ファインダーに捉えている被写体の「何に感動して写真を撮っているのか」という撮影意図を、ピントを追い込む過程で常に意識することになります。

節度ある、絞りリングのクリック感もLoxiaの操作上の楽しみのひとつですが、無段階の絞り変更が可能となる「デクリック機構」は、特に動画撮影の際には便利な機能です。

筐体デザイン面から見た操作性と運用上での美点は、コンパクトなサイズ感とラインナップ全てにおいて統一されている絞りリングの位置、フォーカスリング(幅には多少違いあり)と距離指標の位置、52mmで統一されたフィルター径などの点が挙げられます。このような設計により、どの焦点距離のレンズを使用しても、戸惑うことなく感覚的な操作が可能となっています。

画質傾向など

筐体と共通する設計思想に基づいたものだと推測しますが、Loxiaの画質の傾向も、レンズ構成の異なるどの焦点距離レンズで撮影しても、一貫したLoxiaの「シリーズとしての個性」を感じます。

各焦点距離のレンズ構成上の違いからくる特徴、例えばプラナーらしさやディスタゴンらしさ、ゾナーらしさは活かしつつも、シリーズの中で各々が際立たないような描写傾向に整えられている印象です。

また全てのレンズが、色の出方やトーン、コントラストと解像感において、現代的なZEISSの基準を満たしつつ、期待以上の何かを感じさせる画として成立しています。決してわかりやすい派手さはない控えめな、「大人の描写」とでも呼びたい品の良い描写を見せます。

デジタル時代になってからは、現像処理の仕方などでどうにでもなる場合もあり判断が難しい部分ですが、Loxiaでは同じカメラで同じように撮っても、他のレンズとは全く異なる、雰囲気のある画が撮れてしまうことが多々あります。ある意味「自分が写真も映像もうまくなったように勘違いさせてしまう性能」とも言えます。

さらに、意識的に露出やピントを調整して撮影した場合、写真に映る光の感じも色の深みも、自在に変えられる懐の深さも持っていると感じました。

そういった要素を踏まえた上で、いい写真を撮る上で残された課題は、被写体や光を見る能力と、構図やピント、シャッターチャンスなどだけになってしまうので、「写真の良否の全てが自分自身にかかっている」というプレッシャーを感じながら、撮影をすることになるかもしれません。

写真と動画

実は先に述べた、Loxiaシリーズの共通の操作性と「シリーズとしての個性」としての画質傾向は、動画撮影でより活きてきます。

写真と異なり、映像は通常いくつかの異なる焦点距離のレンズを使用して撮影、最終的にそれらのカットを一つの映像に作り上げるため、使用するレンズ毎の筐体デザインが違ったり、描写の個性がありすぎるとネックになります。映画撮影に用いられるシネレンズなどは、そのような点をかなり考慮されて設計されています。

Loxiaは、本格的な映像撮影用レンズほど操作性や描写性を突き詰めたレンズではありません。しかしながら、焦点距離毎に、個別にベストの性能を求めて設計された、一般的なスチルレンズを組み合わせて撮影した時よりも、最終的にカラコレ・グレーディングし編集し、映像として製作者が狙ったトーンの作品を作り上げる過程においては、Loxiaシリーズは優位であると言えるでしょう。

もちろん、そういった動画撮影と親和性の高いLoxiaの特性は、写真撮影にも効果を発揮します。Loxiaの「シリーズとしての個性」の描写は、ドキュメンタリー写真だったり組写真など、作品群の撮影に特に適していると思います。


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Loxia 2.8/21

Loxia 2.8/21(α7S IIIに装着)

Loxiaシリーズで最広角である、このレンズの21mmという画角は、慣れると不思議に超広角を含む広角側の写真を器用に撮れるようになる気がします。16-35mmや12-24mmといった普段使う機会の多いズームレンズでは、相当意識しないと使わない画角です(私自身はついつい広角端や望遠端を使いがち)。

21mmというその画角の絶妙さもあってか、パースのつき方にさえ気をつければ超広角ならではのインパクトのある画のみならず、アングルや撮影距離を工夫すれば、自然な印象の写真まで撮影できます。

今回、Loxiaの21mm/50mm/85mmの3本だけ持って撮影に向かった際には、構図的にこれまでなんとなく16mmや24mmで撮っていた状況が21mmでも撮れてしまうこと、場合によっては更に良く撮れることを実感しました。描写そのものは尖った感じのない、精密な解像感とバランスの良い色の捉え方が落ち着きを感じさせます。それに加えて歪みが少ないので、のびやかな線の描写が、誇張感のない自然な遠近感と立体感を感じさせる特性となっています。

広角だからといって、風景や建築物だけを撮るのではなく、人物撮影を含むスナップ撮影など、あらゆる被写体での「広角側のこれ一本」として使用するのも良いかもしれません。


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組子細工の職人さんの真剣な表情を、その工房の雰囲気とともに写してみました。光は職人さんの背中側からの曇天の自然光と、天井の僅かな蛍光灯のみ。そんな光の状況ですが、シャドウ側の職人さんの表情も手元も無難に描写してくれた。背景のボケ方も、広角レンズとしては非常にまろやかです。

α7S III / Loxia 2.8/21 / 21mm / マニュアル露出(1/125秒・F5.6) / ISO 1250


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パースによって、車のシェイプが誇張されすぎないようにアングルを決めました。薄暗い森の中の逆光の、弱く難しい光でもシャドーが潰れることなく、車のボディの金属の曲線と、鬱蒼と生い茂る木々の細部までも描写できています。周辺光量落ちがほぼ影響しない絞り値ですが、逆に開放で周辺を落として表現しても良かったかもしれません。

α7S III / Loxia 2.8/21 / 21mm / マニュアル露出(1/60秒・F9.0) / ISO 640


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夕方の路面電車の電停に漂う淡い光で、現代的なデザインがどこか日本的な懐かしいものに感じられました。これはレンズの表現力に頼って撮った1枚。こうした被写体でも硬くなりすぎず、微妙な光を拾って端正に見せてくれる表現力は、このレンズの特質のひとつだと思います。

α7S III / Loxia 2.8/21 / 21mm / マニュアル露出(1/500秒・F5.6) / ISO 6400


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日没後の街に路面電車が走る風景には、どこか懐かしさが漂います。路面電車の弱いヘッドライトが照らす軌道の石畳の描写が、コンクリートだらけの街に情緒をもたらしていました。暗く難しい光にも関わらず、シャドー部のトーンを豊かに再現するLoxiaの性能を感じます。

α7S III / Loxia 2.8/21 / 21mm / マニュアル露出(1/100秒・F16) / ISO 100


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見上げた紅葉が色鮮やかでした。煩雑になりがちな細かな葉の重なりも、カリカリにならずどこか柔らかく見えます。

α7S III / Loxia 2.8/21 / 21mm / マニュアル露出(1/1,000秒・F5.6) / ISO 640


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Loixa 2/50

Loixa 2/50(α7S IIIに装着)

最も使用する機会の多い画角のこのレンズは、「標準たる資質」が何かを教えてくれます。少し控え目なF2という開放値は、実際の撮影では十分に応用の効く値で、あらゆる被写体を撮影者の意図次第で素晴らしい画にしてくれます。

Planar(プラナー)という名のレンズ構成の名称を聞いただけで期待値が上がりますが、その期待を裏切ることなくこのLoxiaは、汎用性の高い焦点域でのスタンダードレンズとして相応しい性能と特性を持った1本です。そして素直で、でも何かを感じさせてくれる「ZEISSマジック」ともいうべき描写を予感させてくれます。


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芸術的な組子細工をその場の光のまま写しただけですが、正確で誇張のない一見普通の写真でありながら、何かを感じさせる描写です。2層になった組子だったので少し絞って撮影しました。

α7S III / Loxia 2/50 / 50mm / マニュアル露出(1/60秒・F4.5) / ISO 3200


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人物とその場の空気を、同時に写し止めるのに最適な距離感と画角でのショットを撮ってみました。後ろと左からの、逆光気味の自然光と天井の弱い蛍光灯の光の中、Loxiaらしい光のトーンの、バランスの良い捉え方を実感しました。

α7S III / Loxia 2/50 / 50mm / マニュアル露出(1/60秒・F2.2) / ISO 320


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工場内でディスカッションする職人さんたちの熱を、少し距離を置いて狙いました。前後のボケ具合が自然で、嫌味のない描写です。

α7S III / Loxia 2/50 / 50mm / マニュアル露出(1/125秒・F2.2) / ISO 100


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最短距離付近で工具を写してみましたが、特に画質が落ちる感じはありませんでした。ピントの合ったところから周辺まで、ニュアンスを伴って質感を描写できていると思います。被写界深度は相当浅いのですが、わざとらしさを感じさせないキレ具合の、穏やかなピントのあり方が素晴らしいと思います。

α7S III / Loxia 2/50 / 50mm / マニュアル露出(1/80秒・F2.2) / ISO 500


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職人さんが仕事を終えた工場に差し込む夕日が、一日の終わりを感じさせていました。開放で撮ったので、この写真もピントの幅はそれなりに狭いはずですが、中央の機械のカバーに注目させつつも画面全体の工場の佇まいを伝えてくれています。ピントだけでなく、明暗のトーンで現場の空気感を写し込んでいます。

α7S III / Loxia 2/50 / 50mm / マニュアル露出(1/125秒・F2.0) / ISO 100


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Loxia 2.4/85

Loxia 2.4/85(α7S IIIに装着)

おそらくこの画角のレンズを使うシチュエーションで一番に思い浮かぶのは、バストアップサイズの女性ポートレートでしょうか。もちろんそれもいいのですが、Loxiaの場合は「Sonnar」というレンズ構成から、同じポートレートでも男性を重厚に撮ったり、もしくは風景やモノの質感を伝えるのに向いている描写特性をも兼ね備えていると感じました。

繊細さを持つレンズながら、ピントを深めにして露出を切り詰め気味にすれば、コクのある厚みのある描写をしてくれます。標準的な露出設定であれば、Loxiaに共通の自然でクリアな描写傾向です。

たまに開放F値がF2だったら……と思ったりしたこともありましたが、Loxiaのシリーズとしてのコンセプトを優先し、物理的な諸元を揃えるために、F2.4に抑えたのだろうと納得しています。そして、実際のところLoxiaに求められる撮影シチュエーションでは、開放値F2.4は必要十分な値でした。


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被写体は女性で、現場の光の状況はポートレートには不向きではありましたが、職人としての真摯な仕事ぶりとともに、女性的な柔らかな描写の写真になりました。

α7S III / Loxia 2.4/85 / 85mm / マニュアル露出(1/250秒・F2.4) / ISO 500


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こってりとした色の船体は、このレンズの得意分野です。ペンキの厚みまで感じる描写に感心してしまいました。

α7S III / Loxia 2.4/85 / 85mm / マニュアル露出(1/1600秒・F8.0) / ISO 320


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しっとりとしたものはしっとりと、乾いたものは乾いたものとして、再現してくれる性能が素晴らしい。簡単なようで意外と難しいのではないでしょうか。

α7S III / Loxia 2.4/85 / 85mm / マニュアル露出(1/2,000秒・F8.0) / ISO 200


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車のボディの曲線を感じさせるには、光のコントロールが最も重要ですが、外での撮影はなかなかそうもいきません。それでもこの85mmは、難しい課題を軽々とこなしてくれたと思います。曲面の立体感と金属の質感の再現は、解像度だけではなかなか達成できない部分です。光と色のトーン、コントラストの捉え方が素晴らしいと感じました。

α7S III / Loxia 2.4/85 / 85mm / マニュアル露出(1/250秒・F8.0) / ISO 500

ちょっと離れた距離での立体感が素晴らしくて嬉しくなりました。意図的に逆光を意地悪な角度で入れてみても描写に破綻はなく、むしろ雰囲気を纏わせた写真にしてしまうレンズです。自ずと情緒的表現をしてしまうレンズだと思いました。

α7S III / Loxia 2.4/85 / 85mm / マニュアル露出(1/2,500秒・F8.0) / ISO 2500


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まとめ

普段から写真と映像の撮影に、AFレンズとともに使っているLoxiaだったのですが、今回改めてLoxiaだけでの写真撮影をしてみて、被写体に心を動かされピントを合わせて写真を撮ることの楽しさと大切さを再認識しました。

写真を撮ろうとMFでピントを追い込む度に、フォーカスリングを回すための集中力や、画面全体をしっかり観察する注意力などが、フル活動しているのを自分自身で感じました。AFではシャッターを切るまでがスピーディーになりすぎて、その結果どこか自分で写真を撮ったという感覚が希薄になっていたかなとの気づきもありました。

被写体に何かを感じ、構図を考え、そして自分でそのピントを決定し合わせていくという感覚とプロセスがこそが、自分がその写真を撮ったと自覚するためのエッセンスなのかもしれません。

あとひとつ、ピントに関する大きな気づきがありました。私のZEISSレンズ使用経験の範囲なのでかなり限定的ではありますが、Loxiaに限らずZEISSのレンズのピントは「ほんわり」としている気がします。と言ってピントのキレが悪いという意味ではなくて、ピントのピークははっきりとあるのです。

ただ同じ条件で撮った他の同焦点距離のレンズと比べて、感覚的にピントの合っているところからボケていく領域が、なだらかで厚みがあるように感じるのです。レンズの光学的物理的な法則では、同条件であれば被写界深度は同じで、ピント面の厚みは変わるはずはないのですが……

素人的な推測ではありますが、ピントは解像度的な問題だけでなく、コントラストや色によってその感じ方が変わるのかもしれません。またよく議論になる「立体感」を感じる描写も、ピント同様にそういった要素で感じ方が変わると思われます。その辺りはZEISSの開発の方に聞いて、人間の目の研究をしなければいけないかもしれません。

最後に改めて作例を見て、「自分が撮った写真だなあ」という撮影者の人格の一致感とともに、「Loxiaで撮った写真だなあ」というレンズシリーズのキャラクターの一致感をも感じます。スチルレンズは1枚1枚の写真の良さが大切な面も多々あるので、ユニークなキャラクターのものや超高性能なレンズも魅力があって楽しい。でもうっかりすると、「レンズが撮った写真」になってしまうおそれもあります。

その点Loxiaは、そういった個別の主張を強く持つレンズではないので、広角から中望遠までこのラインナップだけを使って写真に取り組んでみると、レンズの個性に振り回されることなく、「自分の写真とは」が見えてくるかもしれません。

高性能でありながら、それぞれが出しゃばらないLoxiaシリーズだけを使って、時には自分の写真撮影をチューニングするのもいいと感じました。

撮影協力:有限会社 吉原木工所様(http://yoshiharawoodworks.com
制作協力:カールツァイス株式会社

高橋拡三

(たかはしこうぞう)写真撮影だけでなく映像の撮影編集までをこなすフリーランスフォト&ムービーカメラマン。ニュージーランドに住みフライフィッシングのガイドをしていたが、帰国後にフォトグラファーに転身。その人らしさを引き出す人物撮影を得意としながら風景や料理撮影など幅広く撮影をおこなう。近年は特に写真と映像を同時にこなすハイブリット撮影のスタイルに力を入れている。