特別企画
ZEISSレンズ撮り比べの旅(標準域篇)
感性を刺激するデジタルスローなアナログ感
2022年6月10日 16:00
「50mm」という画角に、皆さんはどのようなイメージがあるだろうか?
標準画角の代名詞ともいえる50mmという画角。人によってこの感覚は様々で、ちょっと広角に感じる人もいれば、少し寄り画に感じる人もいる。標準画角とは、撮り方や意識の状況で変わる守備範囲の広い画角と言えるが、その万能な側面は確実に人の目に近い画角であると同時に、撮り手にそれなりの経験値を求めてくる画角とも言える。だからこそ「写真上達の登竜門は50mm」などと言われ、使いこなせば万能感覚はさらに増し、写欲に満ちてくるのだ。
ZEISS製レンズには、まさに様々なモデルの単焦点標準レンズがあり、標準画角好きにとっては涎もののラインナップが揃っている。例えば普段のスナップ撮影が標準域ズームレンズな人であれば、そこに50mm単焦点レンズを1本加えるだけで写真表現の幅は大きく広がり、腕が上がり、写真ライフはきっとより楽しく輝けるものとなるだろう。
ZEISSレンズファンの1人として、ZEISS製標準単焦点レンズを味わい比べてみる今回の企画。「レンズは資産」を信念に、デジタル時代のカメラボディーの移ろいよろしく、デジタルスローもまた楽しいものと、リリースから時を重ねなお魅力を放つSONY α7R IIIとサブにα7R IIを手に取り、ZEISS製標準レンズを取っ替え引っ替え、撮り比べのスナップ旅へ向かうことにしよう。
今回味わうフルサイズ対応のZEISS製標準レンズはこちらのラインナップ。
・Loxia 2/50 (Eマウント)
・Batis 2/40 CF (Eマウント)
・Milvus 1.4/50 (EFマウント)
・Milvus 2/50M (EFマウント)
・Otus 1.4/55 (EFマウント)
・C Sonnar T* 1,5/50 ZM (Mマウント)
・Planar T* 2/50 ZM (Mマウント)
また、APS-Cの標準レンズとして、下記のレンズも味わってみることにした。なお、ボディーとしてはαでのクロップ撮影に加え、APS-C機として魅力の詰まったFUJIFILM X-T4もセレクトした。
・Touit 1.8/32 (Eマウント、Xマウント)
さあ、楽しいZEISSレンズ撮り比べの始まりである。撮る前からテンションが上がる、それは何故か。
旅の準備をするその時点から、ZEISSレンズを装着したり外したり、ファインダーを覗いてはフォーカス環をヌルヌルと回し、その回し心地、独特のトルク感、精度の良さを感じるからだろう。いつまでもヌルッと回し続けたくなる指から伝わる官能的とも言える全てがZEISSクオリティなのだ。その時点ですでに楽しい、それがZEISSというレンズなのだと思うのは大袈裟だろうか。
各レンズの紹介
Loxia、BatisはSONYフルフレームのEマウントレンズなので、αミラーレス機専用のレンズだが、BatisはAF対応なのに対してLoxiaはフルマニュアルレンズであり、これには理由があると思っている。
Loxia 2/50
Loxia 2/50には絞りリングがあり、フォーカスも含めまさにマニュアルレンズそのものだが、絞りリングにデクリック機構が搭載されている。
つまりこれは「シームレスなマニュアル絞り操作ができる」ことを意味する。Loxia 2/50が本格的な動画撮影にも対応できるレンズでもあり、各社からリリースされているEマウント系レンズの中でも非常にユニークな存在と言えるもので、マニュアルレンズが基本のZEISSレンズとして、Loxia 2/50を伝統の50mm設定としてリリースしたのは自然な流れに感じる。
写真と動画のハイブリッドコンセプトのαミラーレスフルフレーム機で、ZEISSレンズを楽しむ旨味を濃い味で感じられそうなパッケージングだ。
Batis 2/40 CF
それに対してBatisは、ZEISSレンズとしては異例とも言えるAFレンズであり、異例だからこそのチャレンジの姿勢が見受けられる。
エンジニアリングプラスチック製による軽量化や、有機ELディスプレイによる被写界深度域表示など、現代に投げかけるZEISSなりの攻めの提案のように感じる。
そして、Batisの標準域レンズとしてリリースされているのが、50mmではなく40mmという画角なのがまた面白いではないか。
50mmよりほんの少しワイドに引いた画角はすこし気を抜いてぼんやりと見ている人の目の感覚とでも言えば良いか。
そして「CF (Close Focus)」とモデル名にある通り、高い近接撮影性能があり、日常の身の回りでのスナップニーズにもマッチしているとも言え、より気軽に持ち出してZEISSレンズを味わって欲しい、そのような意図が伝わってくる。
Milvus 1.4/50、Milvus 2/50M
Milvusは2013年にClassicシリーズからのリファインとしてリリースされた一眼レフ用レンズシリーズで、しっかりとした強靭なボディを持ち、プロの現場でも活躍している。
EFマウントのレンズだが、今やEFマウントは事実上「ユニバーサルマウントの一つ」と考えても良いかと思う。様々なマウントアダプターが各社からリリースされており、電子接点付マウントアダプターであれば絞り操作も問題なくできてしまうためだ。
Otus 1.4/55
同じく2013年にリリースされたOtusは、究極の光学性能を追求した一眼レフ用レンズシリーズで、35mmフルフレーム機で中判カメラに迫る表現を狙った設計となっている。
自分自身はOtus 55mmを発売当初に購入し、今でも仕事で使用している。今回の撮り比べにも手に馴染んで使い慣れた個人所有のOtus 55mmを持ち出して、リファレンスにしてみることにする。
なお、個人所有のOtus 55mm は映像撮影仕事に使用するため、フロントリングと0.8ピッチギアが装着してあるが、写真撮影時の写りには影響はないことを補足する。
C Sonnar T* 1,5/50 ZM
C Sonnar T* 1,5/50 ZMはライカMマウントであり、伝統的な構成のレンズ。まさにライカMボディ用なわけだが、今回の撮り比べではマウントアダプターを介してSONY α機に装着してみることにする。
Mマウントレンズは、レンジファインダー連動のため近接撮影が苦手とはなるが、レンズの描写としての味わいやスローな写真ライフに期待が持てる。
Planar T* 2/50 ZM
同じくライカMマウントとなるPlanar T* 2/50 ZMはもうすでに解説するまでもないかもしれないが、長い歴史を持つプラナー構成、つまりダブルガウス型である。
C Sonnar T* 1,5/50 ZM より約1段暗くなる開放値F2であるが、より小型でより寄れる特性がある。取り回しも含めレンズ構成の違いを感じてみたい。
京都八坂周辺を取り歩くスナップ旅、その前に同ポジでの徹底撮り比べ
沢山のレンズとカメラを気合を入れて持ってゆくスナップの旅。決して少なくない機材量ではあるが、thinkTANKphoto製のトロリーケースに一通りすべて収まり、カートを引きつつ京都散策をする撮り比べの旅になる。
過去に幾度と訪れた京都八坂周辺ではあるが、常に機材カートを引っ張らねばならないため、通常よりも歩くペースがゆっくりになるだろう。しかしゆっくり歩くことで、新たな発見があったようにも思う。見える景色が違ってくるのだから、これもまた楽しいものだ。
機材トロリーとその他荷物をロケ車両に積み込み、大阪から京都へと走る。個人的には、ちょうど新しいロケ車が納車されたタイミングである。室内も新しい状態で、各レンズの素養を知るためのいい被写体になるかもしれない。走行しながらそう思い、途中で車両を停めた。思いつきではあるが、京都に着く前からレンズ比べを始めてしまった。
三脚にカメラを装着し、ドアを開けた状態から車内を撮影してみた。サンルーフがあるのでシェードを開き、自然光での車内撮影である。
カメラはα7R IIIをベースに、必要に応じてボディも入れ替えるので、アルカスイス互換のプレートを各カメラに装着している。設定では自動補正項目をOFFとし、レンズ特性をなるべくストレートに感じられるように配慮した。
ピントはハンドル部分と決めて、各レンズの絞り開放、被写界深度が深くなりつつ解像度も落ちにくいF8とを、なるべく同ポジで撮っていく。
実際に撮った写真素材を掲載しておくので、開放時と絞った時とで、同ポジでの比較をしてみてほしい。
まずZEISS製レンズ全体を通してのレンズの味わい「ルック」に統一性があることが確認できた。コッテリとした色乗りとなだらかに溶けて行くボケ感、ピント面のシャープさ、解像感、まさにどのレンズでもZEISSルックが宿っている。その中であってもそれぞれ個性が見て取れ、被ることがないのだからずるいレパートリー、まさにレンズ沼である。
Loxia 2/50
現代版ZEISSを利便性をスポイルすることなく色濃く楽しみたいなら、価格も含めてLoxiaシリーズはドンピシャで当てはまると言っても良い。それはどういうことなのか。
EマウントでありながらマニュアルZEISSが楽しめる、楽しくも難しく感じるこのレンズ、被写体ピント位置となるハンドル部分のメタル感の半マットな質感を良く伝えており、F2という無理のない開放値により背後ボケ、前ボケ共に、品のあるとろけ方が心地よく感じる。決して派手ではないが立体感があり、ぬけの良いZEISSカラーのお手本のような描写だ。
マニュアルであるからこそ、ピント位置も意図通りに即座に決められ、レンズとの対話が楽しめる。現代レンズでありながら、マニュアルレンズの醍醐味を味わえる貴重な存在だ。
わずかに周辺減光があり、ほんの少し樽型歪みも残してある少しクラシックな表現になることも面白い。実にZEISSらしいレンズだと感じる。
Batis 2/40 CF
それに対してBatis 2/40 CFにレンズ交換をすると、その10mm広角となることの効果をすぐに感じ取れる。近接同ポジ被写体だと少し広角になるだけでも、これだけ画角変化があるものなのだなと今更ながらに感じる訳だ。
それでいて35mmよりはちょっと詰めた感覚なので、使い方により広角的にも標準的にも使えるオールマイティー感があるのがBatis 2/40 CFの最大の特徴と言え、スナップシューターにとって魅力的に感じることだろう。
AF対応レンズでもあり、もちろんマニュアル操作も可能。今回の撮影場面ではマニュアルにして撮影した。
描写傾向はLoxia 2/50に比べてよりクリアで洗練され現代的に感じる。開放からピント面はしっかりと解像し、フレアも極めて少ない、現代版ZEISS描写の代表格と言って良いだろう。
ちなみに、AFは決して速くはないが、スナップ用途では特に問題になることはないことを付け加えておく。また今回は同ポジなので寄ってはいないが、実際にはよりクローズアップ撮影が可能である。
Touit 1.8/32
同じEマウントレンズだがAPS-C対応となるTouit 1.8/32もこの際、同ポジで楽しんでみることにしよう。
α7R IIIにTouit 1.8/32を装着すると、撮影モードが自動的にクロップされたAPS-Cモードになる。クロップされるとはいえ、有効画素数はそれでも約1,800万画素あるわけで、作品として十分に成立する画素数である。SNSアップ用など、場合によってはこのサイズの方が都合が良い時さえあるので、フルサイズカメラでTouitを使うことは決しておかしくなく、ましてやα6000系のAPS-Cカメラボディとの相性はきっと抜群であろう。なんせレンズ自体が軽く機動力が高い。
さて、作例を見てみてほしい。この描写感、なかなかのものだと感心しているのは私だけだろうか? 開放F1.8だがマイルドなボケ感、ある意味Loxiaにも通じるキレとボケの分離感が見て取れる。しっかりと色乗りし、ZEISSらしい個性を感じ取れ、正直なところびっくりしてしまった。
今回はFUJIFILM X-T4も持ってきているので、これは是非とも撮り比べたいということで、X-T4もなるべく同ポジになるよう三脚を動かさないように注意しつつセットしてみた。
X-T4は富士フィルムの往年のフィルム銘柄を楽しめる、「フィルムシミュレーション」を搭載した人気のAPS-Cミラーレスカメラだ。今回は「Velvia/ビビッド」にセットし、Touit 1.8/32を装着。シャッターを切ってみると、これまたまさしく、過去にベルビアのポジをルーペで観察した時のワクワク感が蘇ってくる。ベルビアをフィルムカメラに入れてZEISSクラシックZEレンズを装着して撮った時の感触を思い出す。
この個性を楽しめるX-T4とTouit 1.8/32の組み合わせは、スナップ撮影という意味ではその機動力といい描写といい、最高峰ともいえる体験かもしれない。AFは決して速くはないが、スナップ撮影で苦になるほどのものでもなく、十分に実用的でもある。
Milvus 1.4/50
Eマウントレンズ群に取って代わって、EFマウントとなるMilvus 1.4/50を、SIGMAマウントコンバーターMC-11を介してα7R IIIに装着した。
これまでのLoxia 2/50、Batis 2/40 CF、Touit 1.8/32と比べると、大柄のレンズとなり重量も増す。個人的にはこの重量の方がしっくりとくるいつもの重量感であり、手の中での座りが良く安心感のようなものがある。
開放での写真を見てもらいたいが、皆さんはどう感じるだろうか。EFマウントからのアダプタ経由での装着だが、色のり、キレ感、立体感、ボケ感はZEISSそのものであり、F1.4になることによるボケ感はとろみを帯びてより印象的となる。
Eマウントの各種現代レンズに比べて少し優しさを感じ取れ、解像しているのに固くなりすぎない描写感は流石だと感じた。
ほんの少し周辺減光があり、クラシカルな雰囲気も醸している。
Milvus 2/50M
Milvus 2/50Mはハーフマクロレンズだけあって、キレと解像感がMilvus 1.4/50に比べて増してくるのを感じる。フォーカス環の回転角が大きく取られているため、微細なマニュアルフォーカスができることも特徴的だ。
フランジバックの観点からすれば、ミラーレス系マウントのショートフランジバックの方が、設計上の優位性があることは周知の事実として知られており、EFマウントの設計上の不利さを予測してしまうものだ。しかし実際に撮り比べてみると、マウント差による描写への影響はほとんど感じなかった(製品が大きくなってしまうこと以外は)。
Otus 1.4/55
そして、いつも使い慣れているOtus 1.4/55だ。ずっしりと重く、フォーカス環のネットリとした感触はいつもの業務仕様である。
Milvusから替えてみると気付くのは、やはり歪みの無さ、周辺減光の少なさである。解像感についてはMilvusもOtusもそう大差はないと言って良いと思うが、どこまでも歪みなく、直線が直線に写るのがOtusなのだと気付かされる。
また、50mmよりも5mmだけ焦点が長いことにより、ちょっと注視した時のような画角になる。
この55mmとした設計の理由は定かではないが、個人的な推測としては、映像系Super35フォーマットのカメラに装着した時に、クロップファクターが概ね×1.55の場合にフル35mm換算で85mm相当になるからではないかと思っている。実際にSuper35mmのムービーカメラにOtus 1.4/55をマウント変換で装着して、実務で幾度となく使用している。業務の上で必要となる正確性をも担保してくれるレンズ、それがOtusなのではないかと思っている。
C Sonnar T* 1,5/50 ZM
ライカMマウントであるC Sonnar T* 1,5/50 ZMとPlanar T* 2/50 ZMは、マウントアダプター(K&F Concept LM-E)により変換してα7R IIIに装着した。まさにオールドレンズのような描写をEVF越しでも確認できる。
C Sonnar T* 1,5/50 ZMにおいては最短距離が1mということで、同ポジのままではハンドルの同じ場所にピントを置くことができず、奧ピンになってしまった。これは私の誤算であり、ある程度引いた位置関係だったためどのレンズでもいけるだろうと、未確認のまま実施した結果である。50mmでの見切れのない、収まりの気持ち良く感じるフレーミングで実施したということでもあり、C Sonnar T* 1,5/50 ZMでは寄り切れないということになるわけだ。
MF、AFそれぞれの持ち味が楽しい
まずは八坂周辺をぶらり歩いて撮影した作品を紹介したい。
鴨川沿いはウォーキングやランニングコースとして人気がある。Batis 2/40 CFで、やや広く鴨川風景を捉えてみた。
このシチュエーション、やはり40mmというちょっと広い画角を選びたくなる。BatisはAFレンズなので片手運用でふと思ったところでバシバシ撮っていける。気分はコンパクトカメラのような軽快さだ。ファインダーを覗く場合もあれば、液晶モニターを見てラフに撮っていくスタイルになる時も多く、どんどん「記録していく」という気分にもなり、シャッター数が増える。
年代を感じる金物店に出会った。朝は人がほとんど通らないため、ゆっくりレンズ吟味して、Loxia 2/50で。やはりマニュアルでじっくり撮りたくなる病気が顔を出す。
Loxia 2/50 はとにかく小さく軽い。α7R3との組み合わせは軽快であり、被写体探しの邪魔にならない。ゆっくりとした時間の流れを感じながら、ゆっくりとマニュアルフォーカスで被写体を探ってみると、通常では見落としてしまいそうな被写体にも目が止まる。急ぐ必要はない。レンズを通じて被写体をじっくりと観察するのもまた良い時間の過ごし方だ。この一本でほとんどのスローなスナップはできてしまう。
苔むした瓦。一体何年前からここにあるのだろうか。この先もいつまでもこのまま静かにここにあり続けてもらいたいと思う。
Loxia2/50 を装着していると「被写体を探す」マインドになってくる。レンズを通して被写体を探ってしまう。Batis 2/40 CFを装着しているときはあくまで目で被写体に気づき片手で記録していくスタイルになっていたが、Loxia 2/50 ではファインダー越しに被写体を探してしまう。そのようなマインドの違いがあったように思う。自然とそのようになるのだから不思議なものだ。
悪縁を切り良縁を結ぶ。カオスを感じつつ、F8まで絞り込み、静かにシャッターを切った。
年季の入ったランプ。なぜかランプを見つけると撮ってしまうのである。錆の質感といい、ガラスの質感といい、場の空気感といい、派手に脚色することなくスッキリと描写している。
二寧坂から産寧坂へと足を伸ばし清水寺方面へとさらに歩く。昼間は観光客で混んでいる清水寺への参道であるが、早朝は人がほとんどいなく、まるでロケセットかのように静かな佇まいを見せてくれる。
人が来ないうちにサッと撮った1枚だが、Batis 2/40 CF の軽快感がよく活きていたシチュエーションだ。
京都には至るとこに石畳の路地がある。打水された石畳に朝の光が差し、変わりのない日常がいかに幸せなことなのか気づかせてくれる。
八坂の塔(法観寺)を見上げてみれば、数々の歴史上の人物もこの同じ風景を見上げていたのだろうかと、想いに耽ってしまった。ここではLoxia 2/50 にするかどうか迷ったが、少しワイドなBatis 2/40 CFで撮りたくなった。
八坂の塔をこれだけ間近にゆっくり眺めたのは、これが初めての経験だった。少し場所を変えて別アングルからも捉えてみた。Touit 1.8/32 + X-T4でスナップしてみたが、本当にいい描写をしてくれる。
目線を感じる先に1匹の猫。思い切ってグイグイとカメラを攻めるも動じない、何か勇姿のようなものを感じた。Batis 2/40 CF の寄れる特性が存分に発揮された1枚かと思う。
近接撮影で特性を探る
旅といえば食事の楽しみも欠かせない。老舗のお蕎麦を頂くことにした。こうした場面では寄れるレンズが有難いものだ。奥まった御座敷に上がり天ざる蕎麦を注文。店内は比較的に暗く、頭上に電球色LEDランプが1つぶら下がっている程度だ。
選んだのはBatis 2/40 CF、Milvus 2/50M、Touit 1.8/32の3本。寄れるレンズを中心にセレクトした。
α7R III、X-T4はどちらもボディー内手ぶれ補正が搭載されているため、低速なシャッターへの耐性がある。それでもかなり暗い環境であり、通常の店内のため三脚は使えないため、感度は思い切って上げている。もちろん絞り値はそれぞれの開放だ。
こうしたシチュエーションで威力を発揮してくれるのはBatis 2/40 CFである。低照度の環境の中でも食材の表情とシズルを捉えていた。
それに負けず劣らずの表現力を見せているTouit 1.8/32 + X-T4も素晴らしい。強力な手ぶれ補正にも助けられα7R IIIよりさらにスローなシャッター速度で感度増感を抑えつつ撮影できた。
そしてこのレンズも負けず劣らずよく寄れる。シズル感もしっかりと表現され、これはフルサイズなのではないかと思うような描写感である。
そしてMilvus 2/50Mにおいては、流石の貫禄を見せつけてくれた。ハーフマクロというだけあり、しっかりと寄れる。テーブルフォトからすれば寄れすぎるぐらいで、業務仕様に通じるスペックがある。
このレンズはマクロ域になると、フォーカス環の回転はより精密に行なえるように設計されており、ここまでくると三脚が欲しくなる。ちょっとしたホールディングのブレだけでフォーカスが変わってしまうからだ。いわゆるシャローフォーカスだが、この特性をテーブルフォトとして良しとするかどうか、それはユーザーとなる方の考え方に委ねられている。
街スナップで大口径レンズの実力を見る
夕暮れ時になってきたので、F値の明るいレンズをチョイスした。ここでは、Milvus 1.4/50とC Sonnar T* 1,5/50 ZMをα7R IIIとα7R IIに装着し、ゆっくり歩きながらの街スナップである。
時刻は18時20分の夕暮れ時。明るい大口径レンズであっても開放F1.4からピント面はシャープに立ち上がり、遠景になるにつれなだらかにボケてゆく。平面的になりそうなものだが、立体感を伴っており、少しの周辺減光がトンネル効果を生み出し、日本のノスタルジックな街並みによく合っているように思う。
バス停で並ぶ人々。開放F1.4はさすがに被写界深度が浅くマニュアルピント合わせはシビアになる。バチッとピントが決まれば、開放であっても髪のディテールも損なわれる事なく抜けの良い絵を見せてくれた。衣類の繊維の質感も見事。玉ボケは周辺部ではやや口径食が見られるもののセンター付近では品のある美しい玉ボケが確認できる。
オールドペンダント照明が、ショーウィンドウで美しい姿を見せていたので咄嗟に撮った1枚。自発光して透過して来る光を余す事なく捉え、ガラス装飾の細部に目を奪われる。
八坂神社四条御旅所での1枚。F1.4を持ってしてもISO 1600 まであげなければならない状況で、RAWデータから少し調整している。暗部階調がしっかり残っており、T*スターコーティングの恩恵を感じた1枚だ。
四条大橋から鴨川越しに山を臨む1枚。C Sonnar T* 1,5/50 ZMのクラシカルな描写に合う光景である。オールドテイストだが、その中にも解像感はしっかりと感じ取れ、開放描写を積極的に使いたくなってくる。
店の蛍光灯が独特の雰囲気を醸し出している。ショーケースの蛍光灯にはパープルフリンジが見てとれるが、これも独特な雰囲気にスパイスを加えてくれている、と感じるのは私だけだろうか。
描写を彩る質感・ボケ表現の個性
撮影を重ねて散策する中、テラス席のあるカフェを見つけ入店。運よくテラス席に着座でき、周囲の邪魔にならない環境でゆっくりとレンズ比較が出来そうだ。
三脚を立てても良いかお店の方に了承を得て、三脚ありの状態でテーブルフォトを行なってみた。
アイスティーの入ったグラスの描写、ガラステーブルに映り込んだ木々たち、カトラリーのメタル感、紙製コースターの質感、背景ボケに現れた玉ボケなど、できる限り多くのレンズで同ポジショットを撮ることが出来たので、読者の皆さんの目で比較検討してみてほしい。全体を通してのZEISSカラーの特徴的な色のりは一本筋が通っていながらも、それぞれの個性の違いを感じ取れるのではないだろうか。
調子に乗ってスウィーツも頼んでみたので、いくつかテーブルフォト。ここでは、今回個人的な興味の一環として、ライカSL2-SとSIGMA MC-21マウントコンバーターも忍ばせてきたので、同一レンズでボディー違いの考察もしてみたいと思う。
ここではMilvus 2/50Mをα7R IIIとSL2-Sに装着して、比較検討することとする。絞りは近接撮影につき少し絞ったF5.6として、概ね同一条件で撮影している。
ディテール表現はボディーにより変化するが、それぞれのポテンシャルをよく引き出しているように感じる。α機とSL機の描写傾向が結果に色濃く反映されることが見てとれる。ボディー選びとレンズ選びのコンビネーションで組み合わせは無限であり、カメラライフがより奥深くなる。ここで大切なことは、EFマウントではボディーは移り変わってもレンズ自体は変わることなく使用できるという事実である。
まとめ:それぞれの撮影者にとってのそれぞれの標準レンズがあるはずだ
ZEISS標準レンズの総撮り比べを終え、改めて標準域の奥深さを体感した旅であった。
50mmという画角は、自らが積極的に前のめりに撮る姿勢になる場面、落ち着いて、ただ思うままにシャッターを切る場面が混在している画角のように思える。撮影者のそれぞれのマインドが写真に現れやすい、その撮影体験は自分との対話でもある。何が正解というものはきっとなく、自分の中にだけあるのだろう。あなたの中にあるインスピレーションを刺激してくれる、そんなレンズがきっとあるはずだ。
ZEISS製レンズでは標準域においてはこんなにも個性に富んだ多くのモデルが存在し、使用する人の心に響き共鳴する1本がきっとあるに違いないと私は感じている。
この記事が少しでも、読者皆様それぞれに合ったZEISS標準レンズ選びの一助となれば幸いである。
機材協力:富士フイルム株式会社
制作協力:カールツァイス株式会社