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エプソンプロセレクションPX1Vシリーズ

"別格フラッグシップ"の細部に、外観写真とインタビューで迫る

5月28日に発売されるエプソンの最新インクジェットプリンター「SC-PX1V」シリーズ。製品の詳細は既報の通りだが、エプソンの協力のもとで開発者に追加取材を行ったため報告したい。気になる印刷画質は発売に向けチューニングが進められているそうで、今回のインタビューを通じて期待を高めていただければ幸いだ。

エプソン、A3ノビ機より小さなA2ノビ対応プリンター「SC-PX1VL」(2020/2/20掲載)
https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/1236159.html

また本記事ではPX1Vシリーズの実機を借り、インプレスの月刊誌「デジタルカメラマガジン」で製品撮影を担当しているカメラマン加藤丈博さんに外観撮影を依頼。10年ぶりのフルモデルチェンジへの思いが込められたその細部を、美しい写真でご覧いただければと思う。なお、撮影したPX1Vシリーズは開発中のもので、販売される製品とは異なる部分があるという。

ナンバーワンを目指す「1」、ここから変えていくための「1」

現在のエプソンプロセレクションでは、A2ノビの「SC-PX3V」、A3ノビの「SC-PX5V II」、エントリー機に位置づけるA3ノビ機の「SC-PX7V II」が存在する。今回初めて「1」という数字が登場した。

製品を設計・製造するセイコーエプソン(長野県)では、のちにPX1Vと名付けられる新フラッグシップ機を、「とにかく画質・小型化・静穏性の全てをナンバーワンにしよう」、「ここからエプソンのプリンターを変える始まりにしよう」という思想のもと開発していた。名前はまだない。

いっぽうマーケティングを担当するエプソン販売(東京都)では、その新製品をどういった商品名で日本国内に発信していくかを検討していた。結論として、今回の新製品の内容を踏まえれば"PX5V III"や"PX3V II"といった従来を継承するナンバリングでは商品のコンセプトに合わないと考え、新たに「PX1V」と命名。かくして、開発側と販売側の双方の見ていたビジョンが「1」という数字に結実することとなった。

左がA3ノビの「PX1V」、右がA2ノビの「PX1VL」

フルモデルチェンジの詳細

そのPX1Vは"10年ぶりのフルモデルチェンジ"とアピールされている。例えばPX-5VからSC-PX5V IIへの進化とは何が違うのか。

SC-PX5V II(2014年11月発売)

PX5V IIを例に取ると、さらに前機種のPX-5Vからのアップデートは、インク関連の画質向上だった。振り返れば、基本となる筐体を変更せずに「変えられる部分から着手した」というのが実情だったそうだが、ともかくこれにより業界最高の黒濃度をアピールすることとなった。

エプソン、業界最高の黒濃度を誇るA3ノビプリンター(2014/9/2掲載)
https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/664610.html

そのPX5V IIから今回のPX1Vへの進化では、ついに新筐体を採用できることとなった。話を聞いた企画担当者は開発を振り返って「やりたいと思っていたことを全部やった」と話す。10年の間にユーザーから寄せられた声、社内で生まれたアイデアは、ここでようやく製品に注ぎ込まれた。

今回のインタビューはビデオ会議で行った。左からデザインマネージャーの加藤氏、パネルUI担当の尾台氏、新商品設計リーダーの藤森氏、グローバル営業マネージャーの山田氏、グローバル営業の腰塚氏。

ここからは、その10年の蓄積が盛り込んだ新機能やデザインを詳しく見ていこう。

祝!黒インク切り替え機構の廃止

筆者(PX-5Vユーザー)を含む既存ユーザーに最も歓迎される変更点は、黒インク切り替え機構の廃止ではないだろうか。PX5V IIやPX3Vでは「フォトブラック」と「マットブラック」の両方のカートリッジをセットしておき、使いたい用紙が光沢かマットかによって切り替え操作を行っていた。それには待ち時間とインクのロスが生じ、決して楽しい作業ではなかった。

それがPX1Vでは筐体の一新に伴い、最初からフォトブラックとマットブラックのそれぞれにノズルを用意し、切り替えの必要がなくなった。これで待ち時間なく、インクのロスもなく、光沢紙もマット紙も気軽に取り替えて試せるようになるというわけだ。

PX1VLのインク。黒インクの切り替え待ちなく、光沢紙もマット紙も楽しめる。
参考:PX5V IIのインクタンク。フォトブラックとマットブラックを同時にセットできたが、黒用のノズルが1本しかないため、切り替え時にクリーニングと再充填が必要だった。

ちなみにインク切り替え機構が搭載された背景だが、元々は「マットペーパーもファインアートとして使えるように」との考えで、光沢系用紙向けのブラックインクをマット系用紙で高濃度が得られる「マットブラック」に手動で取り替えられるようにしていた。それを自動で行えるように"改善"したのが初代のPX-5Vだった。

インク色を増やすとノズルの列も増やさねばならず、キャリッジ(インクカートリッジとノズルがあり、左右に動きながらインクを吐出する部分)が大きくなり、するとプリンター自体の大型化・高価格化に繋がるため、PX-5V当時はインク切り替え機構で対応していたのだという。なお、PX5V IIにアップデートされた際にはインク切り替えの仕組みが改善され、その切り替え時間もいくぶん短縮されていたそうだ。

小型化の起点は「ヘッドキャリッジ」にあり

"用紙ありき"のプリンターにとって、驚くほどの小型化は望めないと考えるのは自然なことだろう。しかし今回のエプソンは一線を超えてきた。「従来のA3ノビ機より小さいA2ノビ機」として送り出すのがPX1VLだ。

インクカートリッジとノズルを搭載するキャリッジは、インクを吐出するために用紙の端から端まで、プリンターの筐体内を移動する。つまり「用紙の短辺+キャリッジの左右へのはみ出し量」が、インクジェットプリンター本体の最小幅となる。用紙の端まで左右に動くということは、仮にキャリッジが1cm大きければ左右で合計2cm大きくなるわけで、影響は大きい。

PX1Vシリーズでは結果として、色域拡大のために追加された「ディープブルー」インクの1列と、切り替え不要としたブラックインクの1列で、ノズルは合計2列が増えたことになる。しかし、それでもキャリッジ全体の幅は従来機より小さく抑えた。といえば、いかにプリンターの小型化においてキャリッジ部分が大事であるかがご理解いただけるだろう。こうした積み重ねから実現したのが、前述の「従来のA3ノビ機より小さいA2ノビ機」である。

ロール紙をもっと使ってもらうために

またA2ノビ機のPX1VLでは、別売のロール紙ユニットによるロール紙対応の充実もアピールされている。「ロール紙を置くだけで印刷できるようにしよう」、「ホコリが溜まらないようにカバーを付けよう」、「ロール紙をセットしたまま単票紙も通るようにしよう」と企画した。

同クラスにおいてエプソン機のウリとなっているロール紙対応だが、その扱いが煩雑ではユーザーになかなかロール紙を使ってもらえず、結果としてエプソン機の価値に気付いてもらえないのではないか、と考えたそうだ。

A2ノビの「PX1VL」。別売ロール紙ユニットを装着したところ。
フタが備わっており、紙にホコリが付着しない。
参考:従来機種SC-PX5V IIのロール紙アダプター。用紙をセットする手順が多少煩雑だった。

いっぽうA3ノビのPX1Vは、内蔵型のロールユニット式による比較的シンプルな対応。というのも、A3ノビではロール紙の種類がそこまで多くなく、ロール紙の使用頻度がそれほど高くないことが想定される。であれば、ユニットを紛失しない内蔵型がよいだろうと考えた。

A3ノビの「PX1V」。こちらはロール紙アダプターを内蔵型とした。

用紙サイズがA3ノビを超えてA2ノビともなってくると、いよいよ"大判プリンター"の範疇に足を踏み入れるような感覚がある。しかしPX1VLは本体サイズだけで言えば、従来のA3ノビ機並みである。デザインがA3ノビ機と共通なのも親しみやすさを感じるし、そういった意味でも新しいPX1Vシリーズの真髄は"A2ノビのハードルを低くする"ことなのかもしれない。

「別格フラッグシップ」をデザインでも表現

エプソンがPX1Vのコンセプトとして掲げる言葉に「最高画質にふさわしい革新のデザイン。別格フラッグシップ」がある。画質に対する自信、10年ぶりの新フラッグシップ機に対する期待への回答を、外観デザインでも表現しようという意味だ。

デザインチーム内での議論の初期には、いわゆる奇をてらったデザインがたくさん出てきたという。それらもフラッグシップらしい斬新さだったが、最高画質のプリンターという製品の本質を考えたときに「写真づくりを邪魔しない」、「創造力を阻害しない」ことを念頭に置いて、装飾的要素を省いていく方向性にまとまった。

本来メーカーロゴは「目立ってナンボ」だが、抑えることで一層力強い存在感を生んでいる。従来製品より明らかにコストの掛かった仕上げ。

結果としてPX1Vシリーズは、デザイナーが「一筆書きできそうな」と表現するほど研ぎ澄まされたシンプルさに仕上がった。ここに至るまでには300枚以上のスケッチを経ている。画質のみならずハードウェアの佇まいでもユーザーの気持ちを盛り上げ、製品そのものの満足感をより高めたいというデザインチームの心意気に他ならないだろう。

こうした直線基調の製品を量産するのは、単純なようで難しいと聞く。筆者のような素人には「平らなほうが作りやすいんじゃないの?」と思えるが、量産製品にこれほどの水平垂直を持ち込むのは大変なようで、デザイン担当者も「設計や生産技術泣かせだったのではないか」と振り返る。

確かに家庭用のプリンターといえば、エプソンの「カラリオ」シリーズにしても曲面を活用したものが多い。もちろん簡単に作れるから悪いということはなくて、美観のみならず生産性も考えていなければ工業デザインとしては片手落ち。そこを押してでも直線基調で"別格フラッグシップ"を表現しようという意気込みが勝ったと考えるのが正しかろう。

量産面の難しさに立ち向かったシャープな造形。

しかし、ここまで緊張感を持ったデザインに触れると、自分の部屋に横たわる薄汚れたUSBケーブルをPX1Vに流用するのは申し訳なくなってしまう。例えばデザインの行き届いたスマートフォンは付属ケーブルに折り目が残らないよう丸めて梱包しているが、ついにプリンターもその域に来たかと思わされる。創作の道具には「気持ちの問題」も重要だ。ちなみに、PX1Vの本体外装にキズを付けずに指紋を拭き取りたい場合は、液晶クリーナーや少し湿らせたメガネ拭きを使うとよいそうだ。

一見"四角い箱"に思えるスタイリングだが、実は"3つの塊"が組み合わさっている。「紙を入れる」「プリントする」「紙が出てくる」というプリンターの最小要素を表現した。
格子状の給紙トレー。製品発表時には"和モダン"とも評されたそうだ。物理的にも軽量で取り回しがよく、リブ状の構造により厚手の紙もしっかり受け止める堅牢さを有した。
本体がシンプルなだけに「開けるとびっくり」なこのトレーのデザインは、関係者の満場一致で採用となった。

実用性と高揚感を併せ持つ「機内照明」「画面UI」

一見、単なるデザイン要素に見えて実用的なのが機内照明だ。タッチパネルの電球ボタンに触れると、高級車のLED照明かのようにジンワリと内部が照らされる。照明を抑えた部屋でこれを眺める心地を想像するだけで楽しい。印刷を開始すると、用紙が吸い込まれ、キャリッジが左右に走りながら作品が生まれていく。

機内照明のイメージ。プリントしている部分が見える。

そんな気分をぶち壊すようだが、作品制作をしていると「印刷ミス」というのは誰しもやってしまうものだ。ヘッド調整不足で色がズレたり、クリーニングの不足でかすれたり、印刷面に汚れが付着していたり。こんな時に機内照明の窓があると、用紙が排紙トレーに到達するより早く印刷をストップでき、インクと時間のロスを最小限に抑えられる。

実際にこの機能は、エプソンの開発者がプロの印刷現場を見学していて着想したらしい。プリンターのカバーを開けっぱなしにして使う人が少なくなかったことから、内部が見えるニーズがあることを知り、今回のPX1Vシリーズでハイアマ向けの機種にも採用された。その際、実用性のみならずフラッグシップ機らしい演出としても成立させるべく、光が透ける窓の部分の透明度などにデザインチームが工夫を凝らした。

ディスプレイを起こしたところと、畳んだところ。

また、タッチパネル式の内蔵ディスプレイもつくりが凝っている。必要時にチルトアップさせ、使わない時は畳めば完全にフラットになる。ひとつだけ物理的に備わる電源ボタンも、あくまで控えめなアクセントとなっていて美しい。

このディスプレイは印刷中も情報を表示するが、ユーザーが使い方に応じて選べる表示パターンが3通り用意されている。作品づくりを始めたばかりの写真愛好家は自分の作品が印刷されているワクワク感を味わえ、ハイアマやプロユーザーは印刷の設定と状況を確認しやすい画面が助けになるだろうとデザインされた。

プリント中の写真を表示する画面。写真愛好家が「撮った時の高揚感を思い出してもらえるように」とのこと。上の電球マークを押すと機内照明がオンになる。
PC上のドライバー設定を確認できる画面。ハイアマユーザーが、プリンターに情報が届いていることを確認して安心できるようにデザインした。
プロやデザイン事務所向けとして、残りのプリント時間と消耗品情報を表示する画面も用意。

発売後に注目してほしい「色」と「箱」

取材時点では、PX1Vシリーズの印刷画質は最終調整が続いており、画質評価は叶わなかった。画質について期待してほしいポイントを聞けば「黒」と「青」だという。

黒については「光沢紙上の黒濃度で後れを取っていたが、今回は他社を逆転するまで向上した」と開発担当者が話す。PX1Vではライトグレーインクによるオーバーコートと、インクの微小化(最小1.5pl)の合わせ技で印刷面を平滑化し、より黒が白浮きしにくく、締まって見えるという。それに伴って赤と黄色も鮮やかに見えてくるそうだ。

そして、sRGB表示のディスプレイとプリントの演色範囲を見比べた際、最も足りないのが青の領域だとして「ディープブルー」のインクが追加された。これまでは代替できる色を探して置き換えることで表現していたが、今回は「青がちゃんと出るね」と言ってもらえるレベルになるという。

また、デザイン面の最後の仕上げとして、製品の「個装箱」にも期待してほしいという。購入後に箱を開け、製品が出てくるまでにどういった体験をしてもらうかまで趣向を凝らしているそうだが、その詳細はまだ明かしてもらえなかった。5月28日のPX1V発売後、オーナーだけの特権として楽しみにしたい。

制作協力:セイコーエプソン株式会社、エプソン販売株式会社

本誌:鈴木誠