特別企画
作品制作にばっちり対応 エプソン「SC-PX1V」レビュー
10色インク採用で“青の深み、黒の表現”が別格のフラッグシップ機
2024年1月31日 12:01
「その表現力、別格。」の謳い文句に偽りなし。
それは、「エプソンプロセレクション」ラインに属するインクジェットプリンター「SC-PX1V」である。直販価格は税込9万8,978円(以下、全て税込の直販価格)。
同社のインクジェットプリンター・複合機カテゴリで「高品位モデル」に位置付けられた製品。発売は約3年半前(2020年7月9日)で、今現在もフラッグシップ機としての役割を果たしている息の長い製品だ。
ちなみに一般的なコンシューマーモデルは、年賀状シーズンを迎える少し前、おおよそ10月下旬~11月上旬を目処に新モデルが登場する。しかしこういったプロ志向的なモデルは、そういった製品サイクルから外れる傾向にある。
A3“ノビ”に対応
本製品は、「A3ノビ」対応のインクジェットプリンターで、姉妹機には「A2ノビ」対応の「SC-PX1VL」(17万5,978円)も用意されている。
あえて説明すると、用紙の「ノビ」とは規格化されたサイズを少し超えている事を意味する。例えば、A判の「A3」は297×420mmだが、これが「A3ノビ」になると、「A3」よりもやや大きくなる。
具体的には、同社の「写真用紙クリスピア<高光沢>」なら、329×483mmだ。国内のプリンター・用紙メーカーであれば、329×483mmが「A3ノビ」のスタンダードなサイズといえるが、316×467mmや328×453mmなど、用紙サイズに幅があるので注意したい。
印刷プリセットに用紙名がある場合は、そのままで選択すればよい。しかし、スタンダードではない、変則的なサイズの場合は直接指定する必要がある。よほど気に入った用紙でもなければ、基本的にはクリスピアのような有名どころを使うとトラブルが少ない。
さて、なんで「ノビ」なんてものが存在するかというと、「A3ノビ」であれば、A3サイズの作品をキッチリとプリントしたい時に利用する。基本的に、プリンターの最大サイズでプリントすると、印刷のズレなどから余白が生まれたり、プリントされないなどの問題が生じたりしてしまう。
これを物理的に解決するのが、この「ノビ」というわけだ。「A3ノビ」に「A3」サイズの作品をプリントし、生じた余白を裁断することで過不足ない作品が作れるという仕組みだ。
「ノビ」対応プリンターというのは、そもそもが作品を作る人向けの製品となっており、需要もそこにある。つまり、「SC-PX1V」とは、A3作品をプリントしたい人向けのプリンターと言い換えることもできる。
“クロ”の表現力
そして、同製品が「エプソンプロセレクション」たらしめている要素として重要なのが、「UltraChrome K3X」インクの存在だ。
これまで、6色インクジェットプリンター「EP-886A」や、エコタンク搭載のインクジェットプリンター「EP-M476T」を利用する機会があったが、それらも単体で利用するなら必要十分過ぎるプリント力があった。
が、本製品はその頭を2つぐらい突き抜けている。その理由が10色の独立型インク(同時使用は9色)の存在にある。
通常、プリンターの色域を表現する「色の三原色」は、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)で構成される。また、CMYのそれぞれが重なり合う部分で異なる色(CとMが重なる部分はブルー、CとYはグリーン、MとYならレッド)が再現され、全てが重なり合うと黒(K)となる。
ちなみに、ディスプレイなどでよく聞く「光の三原色」は、レッド(R)、グリーン(G)、ブルー(B)で構成され、全てが重なる部分が白(W)となる。
こういった理由で、基本色のシアン、マゼンタ、イエローとブラック構成の4色インク対応プリンターであっても、複雑な色表現が可能となっているわけだ(黒は、CMYだけでも表現できるが、正確な黒を低コストで表現するためにKを足してCMYKとしている)。
しかし、CMYだけで“理論上は”色が再現できても、実際に“プリントすると”キレイに再現できないということがある。特に、焦茶など、黒に近づけば近づくほど難しい。逆に、K100%(俗に言うスミベタ)ではなく、わざとCMYを入れて深みを出すリッチブラックという表現方法もある。
色域的な話をすると、RGBの「光の三原色」よりも、CMYKの「色の三原色」は色の幅が狭いとされていて、薄い色や鮮やかな色表現が苦手だ。
その解決方法として、CMYK以外の色を追加するという手段がとられるわけだ。では、本製品の10色インクはというと、フォトブラックとマットブラックの黒系と、シアン、ビビッドマゼンタ、イエロー、ライトシアン、ビビッドライトマゼンタ、グレー、ライトグレー、そしてディープブルーで構成されている。
ライト系インクにより、階調表現が向上。さらに、最小1.5ピコリットルの微小インクを吐出することで、印刷を平滑化。暗部領域については、ライトグレーインクでオーバーコートすることで、光沢紙における黒濃度を向上させている。
ウィークポイントとされている薄い色表現と鮮やかな色表現を、インク数をもって解決しているわけだ。
“ブルー”の表現力
特に「ディープブルー」の存在は、色再現領域を拡大するのに一役買っている。
特色となるブルーインクにより、青の色域を大幅に拡大。これにより、ブルーとバイオレット領域をより滑らかに表現できるようになった。
青を青インクでプリントできるということは、無理やり色を作るのではなく、自然な形で青空や海の青さを表現できるようになるということを意味する。
風景写真などでは、この恩恵は強烈だろう。ちなみに、同社の商業用大判プリンターでは、オレンジ、グリーン、バイオレットインクにより色再現領域をさらに拡大しているモデル(「UltraChrome PRO12」インク採用)もある。
コンシューマー機に求められるキレイさとは、また違ったベクトルで再現性とキレイさを求められるプロシューマー機。こうしたインクによる色域の拡大が、家での作品作りの一助となっているわけだ。
なお、同製品のインクは、全て顔料となっている。一般的に染料インクは紙に染み込ませ、発色が鮮やかという特徴がある。
一方で、同製品で使用する顔料インクは、色を紙の表面に定着させてとどまる性質がある。紙に染み込ませないため、用紙を選ばず(つまり、いろいろな印画紙が利用できる)、色の安定も染料インクよりも早いというのが特徴だ。
また、光源に左右されにくいという性質、染料よりも色再現性・階調性に優れることから、プロシューマー機には顔料インクが利用されている。
多彩なプリント設定
ちなみに、従来機「SC-PX5V II」(2014年11月6日発売)は、「Epson UltraChromeK3」を新規に採用した8色モデルだった。フォトブラックとマットブラックが切り替え式となっており、7+1色という構成だ。
SC-PX1Vでは、後継機としてインク数を増量しているのにもかかわらず、体積比で約68%とスッキリしたサイズとなっている。
具体的には、幅が616mmから515mm、高さが228mmから185mm、奥行きが369mmから368mmと縮小され、幅と高さの大幅な小型化を実現した。
搭載する液晶は4.3型のタッチパネルとなっており、各種印刷設定や印刷ステータス、インク残量などの確認が可能。
インクおよび、「メンテナンスボックス」(SCMB1)へのアクセスは、本体のフロント面から行う。メンテナンスボックスは、廃インクを吸収するためのもので、プリンターには欠かすことのできない保守ユニットだ。
コンシューマー機でも搭載されているが、コンシューマー機ではアクセスするためのフタがネジ留めであるのに対し、こちらはネジなしでのアクセスが可能。頻繁に利用することを想定して、アクセスしやすい位置にある。
また、インク残量表示と一緒に、メンテナンスボックスの空き容量も表示される。おそらく、これはコンシューマー機にはないポイントだろう。
ソフトウェアとしては、Adobe PhotoshopやLightroom、SILKYPIXなどでレタッチした画像をプリントするためのプラグインソフト「Epson Print Layout」に対応。iOS版アプリも用意され、iPhone/iPadからの細かなプリント指定が行える。
プリンタードライバーからのプリントでは、「モノクロ写真モード」が利用できる。「色補正」項目で、純黒調(ニュートラル)と冷黒調(クール)、温黒調(ウォーム)、セピアが指定可能。さらに、「マニュアル色補正」では、調子を軟調、標準、やや硬調、硬調、より硬調から指定できる。
用紙は、背面給紙および、A4(210mm)~A3ノビ(329mm)の専用ロール紙にも対応する。
プリント速度(標準)は、「L判写真用紙<光沢>」で約44秒、「A3ノビ写真用紙<光沢>」で約3分17秒(いずれも公称値)。実際に「写真用紙<光沢>」(L判・標準)にプリントすると、約41秒となり、公称値より速い値がでた。
なお、この値はメーカーの数値計測条件である「給紙開始(紙の動き始め)から排紙まで」に合わせてある。今回はアプリを利用してプリントしたため、データの通信やスタンバイの関係で、アプリの「印刷」をタップしてからのトータル時間は約51秒となった。
ちなみに、「写真用紙クリスピア〈高光沢〉」のL判・標準では約45秒、超高精細にすると約3分45秒となった。
印刷設定では、印刷品質を「標準」「きれい」「高精細」「超高精細」「超高精細(漆黒)」の5種から設定が可能。さらに、光沢紙であれば、暗部やグレー部にライトグレーインクを上塗りし、黒の濃度を高めて、ダイナミックレンジを広げる「ブラック・エンハンス・オーバーコート」が利用できる。
当然、印刷品質を高めればプリント速度は遅くなるし、「ブラック・エンハンス・オーバーコート」を利用しても遅くなる。この辺は、使用する印画紙や作品性の兼ね合いで決定したい。
インク・用紙合計コストは、「L判・写真用紙<光沢>」の場合で約22.7円(公称値)だ。
実際にプリントしてみて、プリント力がハンパないというのが素直な感想だ。以前レビューしたEP-886Aと同じ作例をプリントしてみたが、明らかに青と黒の表現力が増していた。
EP-886Aでプリントした時は十分に感じていたが、見比べてみると、EP-886Aでプリントした方が浅く感じるから不思議なものだ。
印刷品質の「標準」と「超高精細」で比較すると、標準では表現しきれなかった色が超高精細では再現され、粒状感が抑えられ、より暗部のメリハリが立っているように感じる。
本格的な作品づくりを自宅で
1度、同製品でのプリントを体験すると、コンシューマー機では物足りなくなるかもしれない……、そう不安になるほどのプリント力だった。
しかも、用紙情報をプリンターに追加するためのユーティリティーソフトウェア「Epson Media Installer」によって、他社の用紙をあたかも純正紙のように扱えるようになる。
利用したい用紙の「EMXファイル」(エプソンプリンタ用の印刷設定ファイル)を追加することで、用紙厚やプラテンギャップなどのプリント設定情報が反映される。
これにより、より手軽に他社製用紙が使えるようになるため、作品の作り込みにも役立てられるはずだ。
なお、筆者は2006年発売の「PX-G5100」を利用していた。ICCプロファイルの設定だので、ゴチャゴチャやりながら、それでも楽しくプリントしていた。が、顔料インクなどの特徴は抜きにして、当時のコンシューマー機との差というと、それほど感じていなかったように思える。
だがSC-PX1Vは、これまで触ってきたEP-886AやEP-M476Tとは明らかに別物。大手量販店のプリンターコーナーには、実機が置いてあることもあるので、サイズ感を確かめつつ(小型化されているけど、それなりに大きいので)、プリントサンプルを手に取ってほしい。
百聞は一見にしかず。その表現力、別格である。