ライカレンズの美学

LEICA SUMMILUX-M F1.5/90mm ASPH.

超大口径の世界観を堪能できる最新中望遠レンズ

ライカレンズの魅力を探る本連載。約1年ぶりとなる今回は、昨年12月に発売されたのSUMMILUX-M F1.5/90mm ASPH.を取り上げよう。

M型ライカ用の現行90mmレンズは
・開放値がF2の「APO-SUMMICRON-M F2/90mm ASPH.
・開放値がF2.4の「SUMMARIT-M F2.4/90mm
・開放F4のマクロレンズ「MACRO-ELMAR-M F4/90mm
・ソフトフォーカスの「THAMBAR-M F2.2/90mm
と、すでに4本がラインナップされていて、今回発売されたSUMMILUX-M F1.5/90mm ASPH.はM型ライカ用の現行90mmレンズとしては5本目となる。

最大の特長は何といってもF1.5の大口径を実現していること。M型ライカ用レンズにはNOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.NOCTILUX-M F1.25/75mm ASPH.といった超大口径レンズが用意されていて、それらはライカカメラ社内では"ライトジャイアント"と呼ばれているそうだが、本レンズも間違いなく「ライトジャイアント」に属する1本だろう。

外観もなかなかジャイアントで、鏡胴の外径は74mm、全長は91mm、重さは1,010gとなっている。ライカに限らず、最近のミラーレスカメラ用、一眼レフカメラ用レンズはかなり大きいものが多いので、それらと比べると本レンズはまだ小さいと言えるが、サイズに対して重量があるため、手にすると想像をはるかに超えるズッシリとした手応えがある。

フードは組み込み式。回しながら引き出すタイプなので、何かに当たっても不用意に畳まれたりしないのがいい。
三脚座は着脱式。脱着は工具を使わずに行える。手持ち撮影時は外した方が使いやすい。

ちなみにNOCTILUX-M F1.25/75mm ASPH.と比べると、レンズの外径および全長は同じだが、重さは本レンズの方が45gだけ軽い。これはレンズの構成枚数がNOCTILUX-M F1.25/75mm ASPH.より1枚少ない6群8枚構成のためだろう。ダブルヘリコイドによるフローティング機構により、撮影距離で変化する収差を補正する仕組みになっているあたりもNOCTILUX-M F1.25/75mm ASPH.と同じだ。

レンジファインダー式のM型ライカで90mmレンズを使ったときに直面すること、すなわちファインダー視野に対してブライトフレームが小さいとか、ボケ具合が把握できないといったことについては2017年3月の本連載でAPO-SUMMICRON-M F2/90mm ASPH.を取り上げた時にも書いたが、本レンズのような大口径になるとさらに「レンジファインダーでピントは本当に合うのか?」という懸念も出てくる。

今回使ってみた感触としては、3m以遠であればレンジファインダーでもほぼ問題なくピントは合焦したが、それより近距離になるとガチピンはかなり難しいというのが本音。また、レンジファインダーは画面中央部でしかピント合わせできないため、ピント合わせ後にフレーミングを変えるとコサイン誤差によって微妙に後ピンになってしまうことも、これほどの大口径では無視できなくなる。

鏡胴上にある被写界深度スケールを見れば分かるとおり、F1.5開放時の被写界深度は超浅い。
あまり視力が良くない筆者の場合、被写体までの距離が3m以遠であればレンジファインダーでもピント精度は大丈夫だけど、それより近距離になるとちょっとピント精度が怪しくなる。コサイン誤差の問題もあるし、ここはEVFに頼るのが順当だ。
光学ファインダーを覗いたイメージ。M型ライカ用レンズとしては大きめなので、画面中央の90mm用ブライトフレームでもケラれはそれなりにある。

筆者は割と"原理主義者"なので、レンジファインダーカメラを使うときは基本的にレンジファインダーでピントを合わせたいタイプなのだが、本レンズの場合はそうもいかず、今回のほとんどの撮影は大人しくライブビューで撮影した。ライブビューで画面拡大を行えば絞り開放でもピントは容易に合わせられる。今回使ったライカM10-Pならライブビュー時の拡大ポイントも自由に移動できるので、コサイン誤差が発生する心配もない。

ピントはかなりシビア。レンジファインダーでだいたい合わせてからライブビューで追い込むと比較的スピーディに合わせられる。ライカM10-P / ISO800 / F1.5 / 1/350秒 / WBオート
豊かなアウトフォーカスの中から、フワッと浮き上がってくる描写がたまらない。ライカM10-P / ISO800 / F1.5 / 1/60秒 / WBオート
かなり引いてヨコ位置の全身撮影でも背景はこれだけボケる。ライカM10-P / ISO400 / F1.5 / 1/60秒 / WBオート
ライカM10用の外付けEVF=VISOFLEXはチルト可能なのでローアングル撮影もしやすい。

写りは正に圧巻のひと言。ライカの光学設計責任者ピーター・カルベ氏がよく言っている「必要もないのに絞るな」という言葉を守り、ほとんどのカットを絞り開放で撮影したが、合焦部の像のキレ味の良さは開放F1.5とは思えないほど明確。ライカのややオールディな大口径レンズ、例えばかつてのNOCTILUX-M F1/50mmとかSUMMILUX-M F1.4/75mmのような超柔らかいシルキータッチな開放描写ではなく、あくまでも明確で現代的な写りが得られる。

当たり前だが75mmに比べると狭角なため、煩雑な状況でも画面を整理しやすい。ライカM10-P / ISO1600 / F1.5 / 1/125秒 / WBオート
絞り開放で撮影。周辺部でも像の乱れはほとんどない。ライカM10-P / ISO200 / F1.5 / 1/4,000秒 / WBオート
NOCTILUX-M F1.25/75mm ASPH.の場合は絞り開放では僅かに周辺光量落ちが感じられたが、このレンズは開放でも周辺落ちは少ない。ライカM10-P / ISO400 / F1.5 / 1/500秒 / WBオート
絞り羽根は11枚。

ただ、そこはやはりライカ。現代的であっても決してカタすぎることはなく、ポートレートを撮れば髪の毛のしなやかさがちゃんと再現されるのはさすが。アウトフォーカス描写に関しては大口径によるボケ量の大きさはもちろんだが、それよりもボケの柔らかさが印象的で、ボカしても煩雑になりがちな背景の場合でも、実にスムースでまったく気にならないボケ描写を得られる。

曇っていたが、描写は淀みがなくヌケの良い写りだ。ライカM10-P / ISO400 / F1.5 / 1/750秒 / WBオート
深度が若干欲しかったのでF2.8で撮影。髪の毛のしなやかな感触がよく描写されている。ライカM10-P / ISO800 / F2.8 / 1/500秒 / WBオート
このカットのみライカM(Typ240)で撮影。ライブビュー撮影の使い勝手はより新型のライカM10系の方がいろいろな点で優れているが、あえてTyp240で撮影するのも楽しい。ライカM(Typ240) / ISO320 / F1.5 / 1/1,500秒 / WBオート

90mm=ポートレート用と決めつけるわけではないけれど、やはりこのレンズはポートレートに向いている。様々な背景から人物がフワッと浮き上がってくる様子は非常に魅力的だ。あとはムーディなスチルライフとか、ボケ量を活かした夜景なんかにも最適だと思う。いずれにせよ、適切なトルク感を伴ったフォーカスリングを操作し、これ以上ないであろう「いいモノ感」を堪能しつつ、じっくり撮影するのはとても楽しい作業だ。

周辺では口径食の影響で光点ボケがややレモン形状になるが、その度合いは少なめだ。ライカM10-P / ISO1600 / F1.5 / 1/90秒 / WBオート
被写界深度が浅いこともあって、圧縮効果の様子も普通の90mmとはまた違った印象を受ける。ライカM10-P / ISO400 / F1.5 / 1/90秒 / WBオート
ライトアップも華麗なボケ味でひと味違ったテイストで撮影できる。ライカM10-P / ISO100 / F1.5 / 1/90秒 / WBオート
多重露光ではなくストレート撮影だが、前ボケを駆使すると、肉眼とはまったく異なる印象に。ライカM10-P / ISO100 / F1.5 / 1/60秒 / WBオート

モデル:lisa
制作協力:ライカカメラジャパン株式会社

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。