ライカレンズの美学
MACRO-ELMAR-M F4/90mm
M型ライカの可能性を広げてくれる多機能レンズ
2016年9月30日 12:00
現行のM型ライカレンズの魅力を探る本連載。12回目となる今回は、現行ライカレンズの中ではちょっと異色の存在となるMACRO-ELMAR-M F4/90mmをご紹介したい。
ライカに限らず、レンジファインダー形式のカメラにとって最大のウイークポイントは「最短撮影距離が長い=マクロ撮影が苦手」ということかもしれない。撮影レンズを通ってきた光で撮影とピント合わせ、構図確認のすべてが行える一眼レフやミラーレス機であれば、レンズの最短撮影距離を縮めて近距離撮影に対応することは簡単だが、ピント合わせや構図確認を撮影レンズとは別の光学ファインダーで行うレンジファインダー機では、被写体に近寄るほど視野のパララックスが大きくなって構図を整えることが難しくなるし、ピント合わせ機構に関しても同じようにパララックスが大きくなってしまうため、あまりに被写体に近寄ると測距限界を超えてしまうという構造的な問題点がある。
もちろん、こういった問題点はライカカメラ社、古くはライツ社でも十分認識していて、レンジファインダーライカでも近接撮影を可能にする様々なアクセサリーが発売されてきた。中でも有名なのはビゾフレックスだろう。ビゾフレックスはレンジファインダーライカを一眼レフ化するアクセサリーで、これを使えばマクロ撮影はもちろん、レンジファインダー機のもうひとつの弱点でもある超望遠撮影も可能になった。
また、1956年に登場したデュアルレンジ・ズミクロン50mm F2(いわゆる近接ズミクロン)のように、通常使用時は1mまでしか寄れないけれど、レンジファインダー部をカバーするメガネ状のアタッチメントを装着するとさらにヘリコイドを繰り出せるようになり、最短48cmまでの近距離撮影が可能になるレンズもあった。
こうしたアクセサリーやレンズで近接撮影に対応してきたライカだが、一眼レフが主流になって以降は、超望遠やマクロなどについては無理してレンジファインダー機を使わなくても、一眼レフと使い分けようというスタンスになっていった。ライカ自身がライカフレックスやライカRシリーズといった一眼レフ機をラインナップしたことも、こういう「使い分けましょう」的なスタンスを加速させたと思う。
というわけで、M型ライカ用の本格的なマクロアクセサリーや近接対応レンズは長い間、ほとんど影を潜めていたのだけど、ライカは2003年に突如としてMACRO-ELMAR-M F4/90mmを発売する。このレンズと同時に発売された専用マクロアダプターは中間リングと光学アタッチメント(いわゆるメガネ部)を一体化したもので、MACRO-ELMAR-M F4/90mmと併用すると、レンズ単体時に80cmまでの最短撮影距離が最短50cmまで短縮されるというものだった。
近接時の繰り出しをレンズ側のヘリコイドに依存せず、中間リング式にした違いはあるものの、MACRO-ELMAR-M F4/90mmと専用マクロアダプターの登場は、前述したデュアルレンジ・ズミクロン50mmの仕様を彷彿とさせるものであり、一部のメカ好きなライカファンには大いに歓迎された。ただ、マクロアダプターを使用したときでもその最大撮影倍率は1:3にすぎず、本格的なマクロレンズ撮影を行うには少しばかり物足りないところもあった。
ライブビュー時代のマクロアダプターが登場
そこで登場したのが2014年5月に発表された現行のMACRO-ELMAR-M F4/90mmと、新しいライカ マクロ・アダプターMである。旧タイプのマクロアダプターでは厚みが一定だった中間リング部を、ヘリコイドにより厚みを可変できるよう改良した。これによって最短撮影距離は旧マクロアダプター使用時の50cmから41cmに短縮。最大撮影倍率も1:3から1:2、つまり0.5倍に向上した。
ただし、旧マクロアダプターで特徴的だった光学アタッチメントは廃止されたため、アダプター使用時のレンジファインダーによるピント合わせは行えなくなり、ライブビューでの使用が前提となった。このため、新しいマクロ・アダプターMはライカM(Typ240)以前のライブビュー機構を備えていないM型ライカでは使用できない(もちろん、レンズ単体ではフィルム時代を含めてどのM型ライカでも使用可能)。
また、新しいライカ マクロ・アダプターMは、一応MACRO-ELMAR-M F4/90mmと組み合わされることを前提に設計されているものの、それ以外のM型レンズと組み合わせることも可能で、焦点距離が50mm以上のレンズと組み合わせた場合は1:2、広角レンズでは1:2以上の倍率で撮影できるようになる。もちろん、MACRO-ELMAR-M F4/90mm以外の通常レンズはそこまでの近距離撮影を考慮した光学設計にはなっていないため、マクロ・アダプターM併用時は多少画質が甘くなる。ライカカメラ社ではその点を踏まえ、MACRO-ELMAR-M F4/90mm以外のレンズにマクロ・アダプターMを使用する場合は、1〜2段ほど絞って撮影することを推奨している。
コンパクトで使いやすい1本
とまあ、前置きがとっても長くなってしまったが、このMACRO-ELMAR-M F4/90mmと、マクロ・アダプターMの組み合わせはかなり魅力的である。前モデルのようにレンジファインダーを使った近接撮影が行えないのは、心情的にはやや残念ではあるものの、実用性は間違いなくこちらの方が上。特に絞りを開け気味にして撮影したときのライブビュー+拡大ピント合わせによる精度は従来のマクロアダプターを大きく上回り、安心して絞りを開けられるようになった。
MACRO-ELMAR-M F4/90mmそのものも開放F4というまったく無理のないF値なので性能的に安定しており、絞り開放から十分にシャープな描写を得られるし、「マクロ」銘を冠しているだけあって、マクロアダプター併用時の近接撮影でも解像感は十分に保たれている。もちろん、複写などを前提としたマクロレンズに求められる像の平面性も十分に高い。沈胴式なので使わないときはコンパクトに収納できるのも大きなメリットで、極力荷物を少なくしたい場合にももってこいだ。
なお、一般的なレンズでは中間リングを併用すると無限遠が出なくなる(遠景にピントが合わなくなる)のが普通だが、MACRO-ELMAR-M F4/90mmは沈胴させることで、マクロアダプター併用時でも無限遠撮影が行えるのは非常に画期的。さすがにその場合はレンジファインダーによるピント合わせは行えず、ライブビュー限定とはなるものの、マクロアダプターを付けたまま最短41cmから無限遠の撮影を行えてしまうのだ。使えるボディがライブビュー可能機のみとやや限定されるものの、M型ライカの可能性を大きく広げてくれるレンズ、そしてマクロアダプターである。
協力:ライカカメラジャパン