ライカレンズの美学

LEICA SUMMARON-M F5.6/28mm

超コンパクトなのにドラマチックな写りの復刻レンズ

ライカレンズの魅力を探る本連載。今回はSUMMARON-M F5.6/28mmを紹介しよう。本レンズはライカカメラ社が自ら"往年の銘玉を復刻する"というプロジェクト「クラシックシリーズ」の第1弾として2016年に発売。通常モデルはシルバーだが、2018年12月にはマットブラック仕上げのLimited Editionが国内限定で50本発売されている。今回試用したのは通常モデルだ。

SUMMARON-M F5.6/28mm。右はライカM10-Dに装着したところ。

オリジナルのSUMMARON 28mmは今から64年前の1955年に登場したスクリューマウントレンズで、被写界深度を示す表記が赤色だったことから通称「赤ズマロン」と呼ばれていたことでも有名。コンパクトな可愛らしい外観と、小口径レンズならではの安定した写りの良さで、今でも中古市場で人気があるライカレンズのひとつだ。生産本数は1963年までに約7,100本とされている(編注:Erwin Puts「Leica Compendium」第3版より)。

復刻版となるSUMMARON-M 28mmの光学設計は、1950年代のオリジナルと同じ4群6枚構成の光学系を踏襲。ただし、そのままでは耐逆光性能が弱いため、コーティングについては最新の技術を投入することで、厳しい光線状態でも高いコントラストを維持できる仕様になっている。

ライカM(Typ240)に装着。

ライカカメラ社が「単なるオールドレンズの再現ではない」と言うとおり、クラシックシリーズは決して懐古趣味的な復刻プロジェクトではなく、デジタルで使われることを前提にした完全な実用レンズなのだ。オリジナルと同じスクリューマウントではなく、6ビットコード付きのライカMマウントを採用しているのも実用性を重視した結果だろう。

そうした実用主義は鏡胴外観にも現れている。基本的にはオリジナルのデザインを忠実に再現したもので、赤ズマロンという呼び名の由来となった赤文字の被写界深度表示もそのまま継承している。ただし、フォーカスレバーの無限遠ロックや絞りリングのローレット形状などは現代的にアレンジされたものになっている。この「基本デザインはオリジナル同様だけど、細部のディテールは現代的」という時代を繋ぐミックス感の案配はさすがドイツデザインだと思う。オールドレンズのデザインを下手にアレンジすると妙な違和感が漂ってしまいがちだが、このSUMMARON-M 28mmにはそういう気配がまったくない。付属するフードもオリジナルと同様の四角錐形状で、無垢の真鍮から削り出されたという重厚なものだ。

フードは真鍮削り出しで重厚感がある。オリジナルのフードのように縮緬塗装ではなく通常のペイント仕上げだが、レンズ本体がモダンなイメージにリデザインされているので、フードの仕上げもそれに合わせたのかもしれない。
フードを外すとコンパクト差が際立つ。ご覧のように前玉はかなり奥まったところにあるので、本当にコンパクトさを優先したい時にはあえてフード無しで使うのもアリだ。
フォーカスレバー先端の無限遠ロックは、オリジナルよりもモダンな形状に変更されている。
メカニカルな外観も大きな魅力だ。

クラシックシリーズの存在意義は最新設計のレンズとは異なる個性的な写りを得られることだが、このSUMMARON-M 28mmはその意義を十分に堪能できる。まず周辺光量落ちがすごい。F5.6の絞り開放ではもちろんのこと、F11まで絞っても結構落ちる(もちろん開放時よりは低減されるが)。周辺光量落ちという現象をネガティブに捉える人にはまったく向かないが、逆に周辺光量落ちを個性として楽しめる人にとっては「これこれ、コレだよ!」となる特性である。周辺光量落ちには画面中央部への視線誘導効果など色々な側面もあるが、何を撮ってもドラマチックな印象になるのが面白い。

最短撮影距離は1mまでだが、絞り込めばもう少し近くまでピントは合う。ライカM(Typ240) / ISO200 / F11 / 1/350秒 / WB:オート
フードを外し、金網の間から撮影。前玉がすごく小さいので金網越しの撮影はやりやすい。ライカM(Typ240) / ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート
コントラストは高めでメリハリのある描写。ライカM(Typ240) / ISO200 / F8 / 1/500秒 / WB:オート
踏切を渡りながら目測で素早く1枚。画面内に太陽が入るような逆光でも最新コーティングのおかげでシャドー部が甘くなることは皆無。見事な高コントラストが保たれる。ライカM(Typ240) / ISO200 / F11 / 1/750秒 / WB:オート

次に個性的なのが、解像というか合焦部の像質である。最新レンズの像質はどれも手が切れるのでは?と思えるほどシャープで鋭角なイメージだが、SUMMARON-M 28mmの場合、もっと丸みのある像質で、決してギスギスしないのだ。こういう描写は解像度最優先の最新レンズではまずお目にかかれないモノで、ライカカメラ社が本レンズの紹介で「フィルム写真のような描写が可能です」と記しているのも納得できる。あまりに描写が鋭角過ぎると逆に写真の現実感は希薄になるが、シャープさだけが勝手にひとり歩きしないSUMMARON-M 28mmの描写は、むしろそのリアリティが高まることに驚く。

誤解のないように付け加えるならば、解像性能は想像以上に高くて、開放でも画面のごく四隅以外は「本当に64年前の光学系なの?」と思うほどシッカリと解像していて、絞り込むにしたがって周辺の解像もリニアに立ち上がってくる。特に絞り開放時の良像エリアの広さは驚くほどで、小口径レンズとはいえ当時のライツ光学設計陣のレベルの高さが時空を超えて体感できた。

キンキンに鋭角的なピントではなく、まろやかな合焦部描写。過度にシャープすぎないので、逆にリアリティがあると感じた。ライカM(Typ240) / ISO200 / F11 / 1/350秒 / WB:オート
MTFを見るとそれなりに画面中央と周辺で解像差があるようだが、実写ではそこまで画質差は感じない。ライカM(Typ240) / ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート
基本的に光学系はコーティングを変えただけだが、それでここまで写るのは驚き。オリジナルのSUMMARON 28mmの優秀さがよく分かる。ライカM(Typ240) / ISO200 / F11 / 1/350秒 / WB:オート
色褪せでマットな質感になった塗面のディテールが怖いくらい描写された。ライカM(Typ240) / ISO200 / F11 / 1/180秒 / WB:オート
F11でも周辺光量落ちによるビネッティング効果を得られる。ライカM(Typ240) / ISO200 / F11 / 1/125秒 / WB:オート

このレンズが真価を発揮するのはストリートスナップだろう。フォーカスリングの回転角が大きめなので距離は十分に細かく表示されており、被写界深度スケールを活用した目測撮影は極めて容易。もちろん距離計に連動するけれど、それに頼らず目測でサクサクとスナップしたい人には最適なレンズだ。あるいは小型軽量さを活かしてM型ライカを常時携帯したい人にも良きパートナーとなるはず。F5.6という開放値に怖じ気づく人もいるかもしれないが、感度が上げられるデジタルではレンズの暗さもさほど問題にならず、意外なほど実用面で困ることは少ないから過度の心配は不要だ。

常時携帯しても苦にならないコンパクトさがいい。自転車移動との相性もマル。ライカM(Typ240) / ISO200 / F5.6 / 1/125秒 / WB:オート
夕方の撮影だが、広角ということもあって少しだけ感度を上げれば十分に手持ちで撮影できる。ライカM(Typ240) / ISO400 / F5.6 / 1/90秒 / WB:オート

制作協力:ライカカメラジャパン株式会社

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。