ライカレンズの美学

APO-MACRO-ELMARIT-TL F2.8/60mm ASPH.

最新技術で蘇った伝説のマクロレンズ

ライカレンズの魅力を探る本連載。今回はAPO-MACRO-ELMARIT-TL F2.8/60mm ASPH.を取り上げてみたい。本レンズはAPS-CサイズのライカTLシステム用に設計された単焦点マクロレンズで、つい先日に発表されたライカCLにももちろん使用可能なほか、APS-Cサイズへのクロップ使用となるが、35mmフルサイズのライカSLでも使うことができる。

APS-Cサイズに特化したライカTLレンズは当初、23mmの単焦点レンズと18-56mmの標準ズームの2本しかなかったが、その後は55-135mmの望遠ズームや35mm F1.4の大口径標準レンズなど順調にラインナップを増やし、今回取り上げる60mmマクロや、ライカCLと同時発表されたパンケーキタイプの18mmレンズを加えると現在は7本が揃うまでに成長。システム的にもなかなか魅力的になってきた。

古くからのライカファン、特に一眼レフのライカRシリーズを愛用してきた人にとって、APO-MACRO-ELMARIT-TL F2.8/60mm ASPH.の「アポ・マクロ・エルマリート」というレンズ名に対する思い入れは相当に強いだろう。なぜなら、1988年に発売された伝説の銘レンズ、APO-MACRO-ELMARIT-R F2.8/100mmを思い起こさずにはいられないからだ。APS-Cで60mmというのは35mmフルサイズ換算で90mm相当であり、画角的に100mmに近いことも両レンズの類似性を想起させる。もしかしてこれは……。

そうした思いは、実はあながち見当違いではない。ライカカメラ社の開発者に聞いたところ、実際に今回のAPO-MACRO-ELMARIT-TL F2.8/60mm ASPH.は、ライカR用のアポ・マクロ・エルマリート100mmを現代に復活させる意気込みで設計されたそうで、ある意味オマージュでもあるようだ。もちろん、開放F値が同じで画角も近似なこと以外に両レンズにテクニカル的な共通点はほとんどなく、レンズ構成やフォーカス方式はまったく異なるものの、とにかく今の技術で「あの」アポ・マクロ・エルマリート100mmの世界観を再現したかったという話は中々に興味深い。

実際に使ってみるとさすがに写りは素晴らしい。最近のマクロレンズはライカに限らず解像は十分に出しながらも、決して硬くならないものが多いが、このレンズも驚くほど細部まで精密な描写が得られる解像性能を持ちつつ、柔らかいマテリアルはその柔らかさが伝わるような質感描写で、髪の毛のしなやかさも極めて優美に再現されるので、マクロレンズでありながらポートレートにも問題なく使える。非球面レンズを採用したレンズに多い光点ボケ部分の輪線もまったく出ないし、ボケ味そのものも非常にキレイだ。しかも逆光気味で使った時の破綻の少なさは特筆に値する。総じてアポ・マクロ・エルマリートの名に恥じない実力だと思う。

二線ボケがあると気になる被写体だが、ご覧の通り非常に素直なボケ味だ。ライカTL2 / ISO200 / F2.8 / 1/160秒 / WB:オート
やや寄り気味で撮影。錆び部分の微妙な凹凸がひときわ克明に再現された。ライカTL2 / ISO800 / F4 / 1/160秒 / WB:オート
足元に見つけた坪庭を撮影。ガチガチにリアリスティックなマクロというよりは、繊細な描写が身上の新世代マクロだと思う。ライカTL2 / ISO400 / F5.6 / 1/160秒 / WB:オート
中距離撮影時のボケ味も非常に素直だ。合焦部は線が細く、力強さよりも繊細さを感じる描写。ライカTL2 / ISO100 / F2.8 / 1/640秒 / WB:オート
とろけるようなボケ味とシャープなピントが楽しめる。ライカTL2 / ISO160 / F2.8 / 1/160秒 / WB:晴天
髪の毛が決して硬く描写されず、柔らかさとしなやかさが伝わる写り。ライカTL2 / ISO100 / F2.8 / 1/160秒 / WB:オート

レンズ構成は9群10枚で、そのうち4面が非球面。最短撮影距離は16cmで、レンズ単体で等倍までの接写が可能。レンズの重さは320gと、特に重いわけではないものの、とても薄型なライカTL2ボディと組み合わせるとレンズが大きく見える。デザインは例によって非常にミニマルで、余計なものはまったくない超シンプルな外観。鏡胴はアルミ製だ。付属のフードも金属製で、十分な深さがある。仕上げはブラックとシルバーの2種から選べるのもライカらしいところ。ボディカラーに合わせるのもいいが、ブラックボディにあえてシルバー仕上げのレンズを選ぶといった遊びもできる。

付属のフードは35mmと共用だが、深さはかなりある。
付属フードはバヨネット取り付け式。フード本体は金属製で、裏面は反射防止加工されている。
フィルター径はE60。
レンズキャップは指掛かりがよく、極めて脱着しやすい。

今回はライカTL2と組み合わせて使ってみたが、被写界深度が浅くなる近接撮影ではやはりEVFがあった方が使いやすい。もしあなたがライカTL2のユーザーでこのレンズの購入を考えているのなら、外付けEVFのビゾフレックスも同時に手に入れることをお勧めする。その意味では、EVFを内蔵した新しいライカCLとこのレンズの相性はかなり良さそうだ。

背景のボケ味はこんな感じ。若干の輪郭強調はあるものの、なかなか素直な光点ボケだ。ライカTL2 / ISO800 / F2.8 / 1/160秒 / WB:オート
フルサイズ換算90mm相当の中望遠画角は画面構成しやすい。ライカTL2 / ISO320 / F4 / 1/160秒 / WB:オート
コントラスト再現は申し分ない。ライカTL2 / ISO100 / F5.6 / 1/5,000秒 / WB:晴天
ライカIfのシャッターダイヤルを接写してみた。ストロボを使いF8まで絞ったが、それでもボケの素直さは揺るぎない。ライカTL2 / ISO100 / F8 / 1/60秒 / WB:オート
日陰でかなりフラットな光線状態にも関わらず、ヌケは抜群にいい。ライカTL2 / ISO800 / F5.6 / 1/160秒 / WB:オート
AF速度は近接時こそコントラストAFのサーチがやや遅くなるものの、およそ1m以遠なら非常に高速だ。ライカTL2 / ISO100 / F2.8 / 1/320秒 / WB:オート
前玉にモロに光線が入るくらいの逆光で撮影。さすがにゴーストやフレアは出ているものの、コントラストはキープされている。ライカTL2 / ISO100 / F2.8 / 1/200秒 / WB:オート
マクロレンズだけあって像の平面性は高く、画面内のどこで合焦させてもピントは鮮鋭。ライカTL2 / ISO100 / F2.8 / 1/160秒 / WB:晴天

モデル:いのうえのぞみ
協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。