切り貼りデジカメ実験室

中間距離だけがボケる?「魚眼マクロ写真」

魚眼レンズをティルトさせてみる

魚眼レンズを「ティルト」して、近景と遠景の両方にピントが合った写真を撮影できるシステムを作ってみた。FUJIFILM X-T1にKIPON製のシフト/ティルト機能付きマウントアダプター(ニコンマウント)を介してPC-Nikkor 28mm F3.5を装着し、さらにレイノックスの魚眼コンバーターHDP-2800ES(0.28倍)を装着した。ティルトレンズにシフトレンズを組み合わせ、光軸のズレを修正するアイデアだ。さらに照明として、以前連載で紹介した「フレキシブルアーム付きマクロストロボ」を組み合わせた。

「瞬間露光間ズーム」の中心点をシフトさせてみる

前回の「瞬間露光間ズーム」と同様、KIPON製のシフト/ティルトアダプター(ニコンFマウント)を使った実験を紹介しようと思うのだが、このマウントアダプターはなかなか良くできていて、気に入ってしまったのである。

それで前回は同アダプターの「シフト機能」を紹介したので、今回は「ティルト機能」を使いこなしてみようと思う。

ティルト機能とは、レンズの光軸を斜めに傾ける機能で、その効果は大別して2つある。1つはピントが合った箇所以外を大きくぼかす効果で、これによる「ミニチュア風写真」はすっかりありきたりな表現になり、私としては興味がない。

もう1つはその逆に、レンズ本来の被写界深度を超えて、遠近の両方にピント合わせをする効果だ。この手法は大判フィルムカメラで商品撮影する場合などに多用されてきたが、私はデジタルカメラと魚眼レンズを組み合わせてティルト撮影することを考えていたのである。

魚眼レンズをティルト撮影するとどうなるのか? と言えば、マクロ域と無限遠の両方にピントの合った写真が撮れるはずなのである。魚眼レンズは焦点距離が短く、無限遠からマクロ域までレンズの繰り出し量が少ない。だからより少ないティルト量(傾きの角度)でより遠近のピントの差が激しいダイナミックな写真が撮れるはずなのである。

ところが、手持ちの魚眼レンズ「SIGMA 8mm F3.5 EX DG Circular Fisheye」(ニコンFマウント)とアダプターのティルト機能を組み合わせて撮影してみると、画面の端がケラレてしまうことが判明した。

アダプターにはティルト用に円弧状の溝が設けられているが、この円弧の中心点と、カメラの撮像素子の中心点とが、ズレているのが原因だと思われる。

そこでこのズレを修正するために、「シフト機能」を併用しようと思うのだが、KIPONのアダプターは「シフト」と「ティルト」の動作軸が90度ズレていて、同方向に併用することが不可能なのである。

そこでちょっと思案した挙げ句、以前にこの連載で紹介したシフトレンズ「PC-Nikkor 28mm F3.5」と、アダプターのティルト機能を組み合わせることを思い付いた。もちろん「PC-Nikkor 28mm F3.5」は魚眼レンズではないのだが、そこに魚眼コンバーターレンズを装着することにしたのである。

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カメラとレンズの工夫

前回と同様、KIPON製のシフト/ティルト機能付きマウントアダプター(焦点工房扱い)を使用する。レンズ側がニコンFマウント、ボディ側がXマウントなのも同様だ。しかし今回はアダプターの「ティルト機能」だけを使用する。このアダプターには円弧状の溝が掘ってあり、それに沿ってレンズの光軸を最大12度傾けることができる。ティルトの動作はなめらかで、ガタ付きなくしっかり固定できる。
次に用意したのがPC-Nikkor 28mm F3.5。このレンズは「ニコンDfでアオリ撮影用『PC-Nikkor』新旧3本撮り比べ」でも紹介したが、レンズ光軸を平行にずらすシフト機能(最大11mm)を装備する。
さらに用意したのがレイノックス製魚眼コンバージョンレンズHDP-2800ES(0.28倍)だ。PC-Nikkor 28mm F3.5に装着すると焦点距離7.85mmの魚眼レンズになる計算だ。
カメラはFUJIFILM X-T1を用意した。魚眼コンバーターをPC-Nikkor 28mmに装着するために、72mm→52mmステップダウンリング(右前)も用意した。
カメラにアダプターとレンズを装着すると、このようになる。
レンズを12度ティルトさせたところ。これにより画面の片側をマクロ域に、もういっぽうを無限遠にピント合わせすることができる。ところがこの状態では、画面の片側がケラレてしまう。
そこでPC-Nikkorのシフト機能を使って、ティルトによってずれた平行軸を元に戻す。この説明だけだとわかりにくいので、下記の実写結果も見ていただきたい。
テスト撮影はカメラを三脚にセットし、絞りF5.6に固定して行っている。まずはPC-Nikkor 28mm F3.5に魚眼コンバーターHDP-2800ESを装着したティルト無しの状態。中心部のピントは非常にシャープだが、周辺部は少しボケている。これは主に像面湾曲(画面中心と周辺部とでピント位置が異なる収差)によるもので、ティルト撮影時はあまり問題にならないと言える。
次にレンズを右方向に12度ティルトさせたところ。画面左にケラレが生じてしまった。
そこでPC-Nikkorのシフト機能を使って、レンズを6mm横にスライドさせ、これによってケラレを無くすことができた。
ピントリングを調整して、画面右端は遠景の建物にピントが合うようにした。するとティルトの効果によって、画面左の手前にかざした手にピントが合う。こういう撮影システムを、今回は作ってみたのである。
魚眼レンズによるマクロ撮影にはストロボが欠かせないのだが、今回は以前に紹介した「フレキシブルアーム付きマクロストロボ」(左)を用意した。これに市販のストロボディフューザー(右)を装着する。
ディフューザー付きのマクロストロボを装着したところ。魚眼レンズ手前の被写体を、ケラレなく照射することができる。
こちらは縦位置にセットしたところ。フレキシブルアームによって発光部が自在に動くので、どのように構えても自然な位置からストロボ照明ができる。

実写作品

今回はレンズの特性を活かして、新宿の街並みで人工物と自然物の対比をテーマに撮影してみた。と言うよりも、私の撮影テーマの1つに「人工物と自然物の対比」というのがあって、それを「路上ネイチャー」と名付けているのだが、その表現のため「手前と奥の両方にピントを合わせる」方法を、いろいろと考えてきたのである。

それは例えばこの連載でも紹介した「二焦点レンズ」や「デジワイド」なのだが、それとはまた違った技法を試してみたのである。

ともかく新宿は都会のど真ん中のようでいて、ちょっと空き地があると草が生えて虫もいたりして、また意外に古い街並みが残っていて植物も大事に栽培されていて、いろいろ見て撮って歩くには面白い場所なのである。

カメラの露出は基本的にMモードで、必要に応じてストロボをマニュアル発光させている。X-T1のストロボ同調シャッター速度は最高1/180秒だが、実際にテストしたところ1/250秒まで同調することが判明した。レンズの絞り値はExif情報に記されていないが、いずれもF8に設定して撮影している。

 ◇           ◇

新宿ゴールデン街の裏には「四季の道」と言う自然豊かな遊歩道があるが、そこに咲いていたムラサキカタバミの花を撮ってみた。画面右側は遠景の遊歩道に、画面左は手前のムラサキカタバミにピントを合わせている。

次に新宿に残る古い住宅街に行ってみた。バラが綺麗だったので撮影してみたが、ストロボを使用している。左手前のバラから奥に従ってなだらかにピントが合っているのがわかるだろう。

プリムラの花。もう終わりかけの時期でまばらだったが、そのぶん背景が見えて、不思議な奥行きのある表現になった。ストロボ使用。

シランの花。蘭の中では丈夫で増えやすいので、住宅地などでもよく見掛ける。風で花が揺れていたが、ストロボの一瞬の光によってブレずに撮ることができた。

飛んでいるセグロアシナガバチ。ティルト魚眼レンズで飛んでいる虫にピントを合わせるのは至難のワザだが、これは偶然にもピントが合っている。シャッター速度1/500秒でストロボを発光させている。本来ならシンクロ速度の範囲外だが、このように被写体の一部を照明する用途であれば、ケラレを気にせず使う事ができるのである。

ハルジョオンに小さなハムシが止まっていた。種類を確認しようとしたら飛んで行ってしまった。都会のど真ん中にエアポケットのようにできた空き地で、不思議な雰囲気の空間である。

明治通り沿いに咲いていた、ハルジョオンの蜜を吸うハナアブ。ハチに擬態しているが、虫にちょっと詳しい人が見れば、アブであることはすぐに判別できる。ハルジョオンはいわゆる雑草で、街路樹の根元に生えていた。

先ほどと同じ場所で撮ったハナアブだが、少し角度が変わるだけで背景がガラリと変わった写真が撮れるのが、魚眼レンズによるマクロ写真の魅力でもある。

実は、前回使用したX-T10はボディがコンパクトで、KIPONのシフト/ティルトアダプターが大柄のため、その組み合わせがちょっとアンバランスだったのだ。そこで今回X-T1をお借りしたのである。

X-T1は特に大型のカメラではないが、グリップもしっかりして持ちやすく、大柄なレンズを装着しても持ちやすい。また、プロユースの上位機種だけあってダイヤル類のロックもできて、ファインダー倍率も大きく見やすい。

今回のティルト撮影ではピント合わせにコツが必要で、まずピントの拡大モードを使って、画面端を無限遠に合わせる。次にピント拡大のポイントを画面の反対位置に移動させ、ピントリングは固定したまま、カメラを前後しながらピント合わせをする。

そうすると、画面の片側が遠景に、その反対側が近景にピントが合った写真を撮ることができる。X-T1は各種マニュアル操作にも優れているので、このような特殊な撮影にも対応できるのだ。

糸崎公朗