切り貼りデジカメ実験室

ニコンDfでアオリ撮影用「PC-Nikkor」新旧3本撮り比べ

建築などのパースを矯正する“アオリ撮影”が可能な「PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D ED」をニコン「Df」に装着。機構上、アオリ撮影時はカメラ内蔵の露出計が正確に作動しないため、アクセサリーシューに単体露出計(10年以上前の自作改造品)を装着。ぼくはフィルムカメラ時代、旧製品「PC-Nikkor 28mm f3.5」と「PC-Nikkor 35mm f2.8」を愛用していた。そこで今回は、新旧3本のアオリレンズをDfに装着し撮り比べてみた。

デジタル時代におけるアオリレンズの検証

 ぼくは2004年4月から“完全デジタル”に切り替えたのだが、それ以前のフィルム時代はニコンの一眼レフシステムをメインに使っていた。中でも2本のアオリレンズ「PC-Nikkor 28mm F3.5」と「PC-Nikkor 35mm F2.8」は欠かせない存在として愛用していた。

 レンズ名の「PC」とは「パースペクティブ・コントロール」の略で、レンズを平行移動させる“シフトアオリ”機能によって、建築物のパースペクティブを矯正する機能を備えている。建物を広角レンズで見上げて撮ると、パースペクティブによって上すぼまりに写ってしまうが、PC-Nikkorはそれを垂直に矯正できるのだ。

 この機能、実はぼくの作品「フォトモ」の製作に、非常に重宝したのだ。フォトモは写真でありながら「模型」でもあるので、建物のパースは垂直に矯正した方が、リアルな仕上がりになる。

東京都写真美術館で1月26日まで開催の「日本の新進作家 路上から世界を変えてゆくVol.12」に出品中のぼくの作品「フォトモ」は、ニコンのフィルム一眼レフに装着したPC-Nikkor 28mm F3.5とPC-Nikkor 35mm F2.8を駆使して制作したので、ぜひ効果を確認して欲しい。

 そして2004年4月に香港で個展「FOTOMO x City Multi-Perspective Sx Editions」を開催し、現地を訪れた際ニコンFマウントのデジタル一眼レフカメラ「FUJIFILM FinePix S2 Pro」を借用する機会に恵まれたのである。早速2本のPC-Nikkorを装着し撮影してみたのだが、どちらも今ひとつピントが甘くガッカリしてしまった。

 そこでシグマの超広角ズーム「15-30mm F3.5-4.5 EX DG ASPHERICAL」で普通に撮った建物の画像を、試しにPhotoshopでパース矯正してみたところ、かなりシャープで正確な写真が得られ、驚いてしまった。これ以降、ぼくは“完全デジタル”に移行したのだ。

 そんなわけでぼくは“デジタル時代のアオリレンズ”の実用性に疑いの目を持っていたのだが、しかし実際には、ニコンからもキヤノンからも、デジタル一眼レフ用のアオリレンズの新製品が発売されている。ぼくがデジカメでアオリレンズを試したのは10年も昔のことだし、最新のモデルと組みあわせればちゃんとした性能が出るのかも知れない。

 そこで、話題のカメラ ニコンDfが発売されたということもあって、これを使ってデジタル時代のアオリレンズの性能を確認し、さらにフィルム時代のアオリレンズとの比較撮影をしてみたくなったのだ。

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今回はご覧の3本の、ニコンの広角系アオリレンズを比較することにした。左のPC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDは2008年2月発売の現行品(最大径82.5×全長108mm、重量730g)。真ん中のPC-Nikkor 28mm F3.5は1981年2月発売(最大径78×全長64.5 mm、重量380g)、右のPC-Nikkor 35mm F2.8は1980年11月発売(最大径62×全長61.5mm、重量330g)で、ともに販売終了の旧製品。比較するとPC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDが飛び抜けて大きいのがわかる。
PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはレンズを平行移動するシフトアオリができる。EDレンズ、非球面レンズ、ナノクリスタルコートなど最新テクノロジーが盛り込まれている。シフト量は最大11.5mmで、操作は写真手前のノブと、その反対側にあるストッパーを併用して行なう。しかしノブが小さめでストッパーの操作も煩雑で、ちょっとやりづらい。
PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはレンズ光軸を傾けるティルトアオリもできるのが特徴。しかし今回はシフト撮影のみの比較のため、ティルト撮影はまたの機会に試すことにする。ちなみにティルト用ノブ(手前)の左にあるのが絞りプレビューボタン。またレンズに絞りリングを装備するが、カメラ側の電子ダイヤルでもコントロールできる。
シフトした状態でマウント側から見るとこの通り。電子接点を搭載し、電磁式の自動絞り機能を備える。この点は、手動プリセット絞りを採用した旧製品より圧倒的に便利だ。しかしアオリレンズという性質上、AF機能は搭載しておらず、MFレンズとなっている。
さて、アオリレンズはアオリ撮影をすると、カメラ内蔵のTTL露出計が正確な値を示さない、と言う現象が起きる。そこでDfのアクセサリーシューに単体露出計を装着してみた。実はこれ、十数年前に自作した改造品で、露出計のCDS受光素子を取り外し、90度向きを変えて装着し直しているのだ。
さらに裏面には、シュー取り付けパーツをABS板にて製作している。改造の元になったセコニックの「AUTO-LEADER MODEL L-188」はカメラに装着せず持ち歩く露出計だったのだ。現在はコシナからカメラに装着できる露出計「VCメーターII」が発売されているが、当時そのタイプは市販される前だったのだ。
Dfに改造露出計と、専用フードをセットした「PC-E NIKKOR 24mm F3.5D ED」を装着すると、このようになる。レンズが大柄なため、コンパクトなDfのボディがさらに小さく見える。なお、レンズは上方向に11.5mmシフトしている。
矢印で示したストッパーを押すと、レンズを回転させシフトする方向を変えることができる。回転には30度ごとにクリックストップが入っている。しかしこのボタンも小さくてちょっと押しづらいのが難点だ。
レンズを90度回転させると、縦位置で上下方向にシフトすることができる。この機構のため、通常の広角レンズのような花形フードが採用されていないのだ。もちろん、フードをしたままレンズキャップの装着が可能で、バヨネット式のため収納時に逆付け装着できる。
次に、フィルム時代に愛用していたPC-Nikkor 28mm F3.5を見てみる。最大シフト量は11mmで、ノブの操作で簡単にシフト操作ができ、ストッパーがなくとも任意の位置で固定できる。ティルト機構は装備されていないため“シフトレンズ”とも呼ばれる。レンズ構成は8群9枚だが、特に特殊なレンズは使われていない。
シフトしたPC-Nikkor 28mm F3.5をマウント側から見てみる。手動プリセット絞り採用のため、電子接点はもちろん絞り連動レバーもないシンプルな構造だ。ちなみにかつてミノルタから発売されていたMDマウントのアオリレンズ「Shift CA Rokkor 35mm f2.8」は、機械連動式の自動絞りを装備した優れものだった(もちろん生産中止品)。
PC-Nikkor 28mm F3.5をカメラに装着したところ。「PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D ED」に比べるとずいぶんコンパクトで、Dfとのバランスも良い。専用フードはねじ込み式の金属製だが、どういうわけかフードを装着したままレンズキャップができない不親切設計で、使わないうちになくしてしまった。しかしマルチコートされており、逆光には比較的強いと言える。
PC-Nikkor 28mm F3.5をシフトしたまま90度回転させ、Dfを縦位置にセットしたところ。レンズはストッパー無しで回転操作ができ、また30度ごとのクリックストップが入っているので位置決めもしやすい。このあたりの操作性はPC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDより旧製品の方が上だ。
こちらはPC-Nikkor 35mm F2.8だが、一見ごく普通のレンズと変わらない外観だ。しかし最大の11mmにシフトすると、素人目には“壊れたレンズ”に見えるかも知れない(笑)。レンズ構成は7群8枚で、こちらも特殊レンズは使われていない。ニコンは1962年7月に、ライカ判カメラ用として世界初のアオリレンズ「PC-NIKKOR 35mm F3.5」を発売しており、このレンズはその改良版だ。
PC-Nikkor 35mm F2.8をマウント側から見たところ。シフトや回転機能の操作性、プリセット絞りなどレンズ鏡筒の基本構造は、同時期に発売されたPC-Nikkor 28mm F3.5と共通している。
PC-Nikkor 35mm F2.8を装着したところだが、さらにコンパクトなレンズのため、Nikon Dfがちょっとデブに見えなくもない(笑)。こちらの専用フードも金属製のねじ込み式で、キャップが装着できず……なので使っていない。

テスト撮影

 ビルを被写体に縦位置でカメラを三脚に固定し、各レンズを上方向に最大にシフトした状態で、絞りを1目盛りずつ変えて撮影した。だたし、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはF3.5から1段ずつ変更したので、以後中途半端な絞り値になってしまった。その点はお詫びしたい。

 シフト量は、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDが11.5mmで、PC-Nikkor 28mm F3.5とPC-Nikkor 35mm F2.8がともに11mmだ。数字で書くとわずかなようだが、24×36mmのライカ判撮像素子に対し、短辺方向で約1/2、長辺方向で約1/3のシフト量がある。

 レンズをシフトすると言うことは、理屈で言えば超広角レンズで撮影した写真の端をトリミングするのと同じである。そのためPCニッコールレンズはライカ判フルサイズを超えるイメージサークルを持つ。シフトしない状態の画像も掲載したのでその効果を見比べて欲しい。

  • 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。
PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D ED
PC-Nikkor 28mm f3.5
PC-Nikkor 35mm f2.8
F3.5(シフト無し)
F3.5(シフト無し)
F2.8(シフト無し)
F3.5(シフト最大、以下同)
F3.5(シフト最大、以下同)
F2.8(シフト最大、以下同)
F4.8
F4
F4
F5.7
F5.6
F5.6
F9.5
F8
F8
F13
F11
F11
F19
F16
F16
F27
F22
F22
F32
(該当無し)
F32

 あらためてテストしてみると、どのレンズも思った以上に成績が良いのが意外だった。技術の進歩なのか? ライカ判フルサイズというフォーマットのせいなのか? 原因は定かではないが「シフトレンズはデジタルでは十分な性能が出ない」と言うぼくの思い込みは、改めなければならない。

 もちろん、レンズをシフトすると画面端(上部)の画質は落ちるが、フィルムで撮影したときの画質もこんなものである。どのレンズも絞り開放付近では画面端のピントが悪く光量が落ちる。しかし絞り込むごとに改善し、f11あたりでもっとも良好な画質となる。さらに絞り込むと回折現象により画面全体のピントが悪くなる。

 PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDは最新のレンズだけあって高画質だが、シフトを最大付近にすると画面端がケラレ、絞り込むごとにそれが円弧状にクッキリと写り込む。これは欠点と言うよりレンズの特性と理解して、作画の際に考慮するのが良いだろう。

 ちなみにかつてオリンパスから発売されていたOMマウントのアオリレンズ「Zuiko Shift 24mm F3.5」は長辺方向のシフト量が8mmまでしかなかったが、性能の限界を超えるシフト量を持つPC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDの方が、ユーザーの選択肢を増やしてくれる意味で好感が持てる。

 PC-Nikkor 28mm F3.5とPC-Nikkor 35mm F2.8は、画質が少し劣るとは言え思ったよりは良好で、充分に実用に耐えうると言えるだろう。

アオリレンズの基本的使い方

アオリレンズは使いこなしが難しいとされるが、原理を知ってコツを掴めば簡単だ。まず普通の広角レンズと同じく、シフトしない状態で建物を見上げながら撮ると、ご覧の通り垂直であるはずの建物が上すぼまりに写ってしまう。
そこで、カメラを水平垂直に構え、レンズを画面上方向にシフトすると、このように建物を垂直に写すことができる。これがシフト撮影の基本だが、この写真の場合は建物の左下に車が被ってしまっている。
そこで応用テクニックを使ってみたのがこの写真。車の位置が建物の邪魔にならない左隅に移動している。カメラの位置を建物に対し左側に移動させ、さらにレンズのシフト方向を左に約30度回転させて撮影したのだ。

まとめと実写作品

 今回の撮影は正月に帰省した長野市で行なった。どのレンズも絞りはF11に固定し、露出Mモードで、単体露出計で測りながら撮影した。

 Dfはファインダーも見やすく、また接眼部の大きなハイアイポイント仕様のため、アオリレンズとの相性が良い。また、光学ファインダーにもライブビュー画面にも、水平垂直を確認するための格子線を表示することができる。

 フィルムカメラをイメージしたDfのスタイルは賛否両論あるものの、操作性に限っては良好だと思えた。フィルムカメラで親しんだダイヤル式は数値が読み取りやすく、やはり操作しやすい。また、軍艦部のダイヤル式だと1段刻みのシャッター速度調整も、簡単操作で1/3刻みの電子ダイヤル式に切り替えられるなど、新旧の操作性の融合が合理的に考えられている。

 レンズについてだが、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはアオリレンズであるにもかかわらず、Dfとの組み合わせでは自動絞りが効くので非常に使いやすい。旧製品の28mmと35mmは手動プリセット式で、ときどき絞り込むのを忘れてしまったりして、慣れないと苦労する。

 ピントは3本のレンズともマニュアルで合わせなければならいが、焦点距離が短いため絞り込んだ風景撮影の場合、距離目盛りによる目測で十分だろう。だた、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはピントリングがMFレンズにしてはちょっと軽めなのが気になった。

 シフト操作は、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはノブが小さめで、シフトするにも回転操作するにもストッパーを解除する必要があり、ちょっとスムーズさに欠けるように思えた。この点は旧製品の方が優れていて、シフトも回転もすばやくスムーズに行なえる。なぜに新製品は操作性が後退したのか? もしかすると、光軸を傾けるティルト機能が付加したことのしわ寄せかも知れない。

・PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D ED

・PC-Nikkor 28mm F3.5

・PC-Nikkor 35mm F2.8

 いずれにしろ、シフトレンズを使った撮影はなかなか快適だと今回改めて感じることができた。もちろん、イマドキはシフトレンズを使わずとも、Photoshopなどのソフトを使えば撮影後にいくらでもパースの矯正はできる。しかしレンズをシフトし、パースを正常に矯正したファインダー画面を見ながらの撮影の方が、理屈にかなって気持ちが良いと言える。

 そもそも写真の歴史は絵画の歴史の延長だが、伝統的な西洋絵画を見るとどれも建物の垂直は補正されて描かれている。遠近画法の理論に従えば、見上げた建物は上すぼまりのパースに従って描かれるべきだが、それは心理的効果としては間違っている、とパウル・クレーの著書「教育スケッチブック」(中央公論美術出版)で読んだことがある。

 そう思って黎明期の写真を見ると、ニエプスもダゲールも建物の階上から撮影しているのか、建物がきちんと垂直に写されている。時代が少し下ると(起源は定かではないが)カメラにはレンズをシフトしパースを矯正するための蛇腹が標準装備となった。しかし1925年に発売されたライカAに端を発する小型カメラが主流になると、いつの間にか「見上げた建物のパースは上すぼまりに写っても良い」という風潮になったようで、それが現在にまで至っている。

 だからニコンのPCニッコールシリーズは、アートの長い歴史に鑑みると実に正統派のレンズだと言えるのだ。価値観が多様化したデジタル時代だけに、現行品はもちろん旧製品を含めたアオリレンズはもっと見直されて良いだろう。

糸崎公朗

1965年生まれ。東京造形大学卒業。美術家・写真家。主な受賞にキリンアートアワード1999優秀賞、2000年度コニカ フォト・プレミオ大賞、第19回東川賞新人作家賞など。主な著作に「フォトモの街角」「東京昆虫デジワイド」(共にアートン)など。毎週土曜日、新宿三丁目の竹林閣にて「糸崎公朗主宰:非人称芸術博士課程」の講師を務める。メインブログはhttp://kimioitosaki.hatenablog.com/ Twitterは@itozaki