インタビュー

ライカがスマホを作った理由。「Leitz Phone 1」担当者に聞く

カメラメーカーとして考える“コンピュテーショナル・フォトグラフィ”とは?

ライカカメラ社が全体を監修し、シャープが製造を手がけ、ソフトバンクが販売するAndroidスマートフォン「Leitz Phone 1」について、ライカカメラ社の担当者にインタビューする機会を得た。限られた時間だったため、本誌では主にカメラ的な観点や、コンピュテーショナル・フォトグラフィに対するライカの考えについて聞いた。

回答してくれたのは、モバイルサービス グローバル・ディレクターのジェーン・ツイ氏、開発者兼プロジェクト・マネジャーのフロリアン・ヴァイラー氏、シニア・インダストリアル・デザイナーのデイビッド・スー氏の3名。

なお、Leitz Phone 1のコンセプトやネーミングの由来、協業に関する話題については、僚誌ケータイ Watchのインタビューも併せてご覧いただきたい。

ライカがスマホを作った理由

——スマートフォンを自社でデザインした一番の理由は何ですか? ライカ自身がスマートフォンを手がけるぐらい、世にあるスマートフォンに物足りなかった部分はどこですか?

ジェーン・ツイ氏: 世の中には沢山のスマートフォンがあり、OEMの会社もあり、成熟市場といえます。先日のiPhone 13の発表イベントでも話題になりましたが、消費者がスマホを選ぶにあたりカメラ機能は非常に重視され、決め手のひとつになっています。

ジェーン・ツイ氏(Jane Cui)。2016年入社。現在はライカカメラ社のモバイル・サービス・グローバル・ディレクター、エルンスト・ライツ・ラボラトリーズのファウンダー兼マネージングディレクターを務める。

スマートフォンの市場では、搭載するカメラの数など、ハードウェアの面での工夫もありますが、我々はカメラを作る会社として、まだまだスマートフォンが完璧な形やパフォーマンスではないと考えています。本来はスマートフォンでもコンパクトカメラのような性能は実現可能ですし、コンピュテーショナル・フォトグラフィの技術もありますから、その中で「いい写真」はできるはずだと考えています。

AI技術やコンピュテーショナル・フォトグラフィを活用したアルゴリズムの搭載は広まっていますが、それらは写真として非現実的な絵になると考えていました。空が青すぎたり、コントラストが強すぎたり、人物の肌がツルツルになりすぎるといったイメージです。そこで、「真の写真」とは何かを考え、それがスマートフォンユーザーの体験を最高にする形で提供したいと考えました。

また写真撮影の観点では、スマートフォンがカメラに置き換わる部分もあるでしょうし、初めて使うカメラがスマートフォンという新しい世代も出てきていると思います。そんな彼らにも、最高の撮影体験や撮影画像に触れてもらえる機会を提供したいのです。

——まずLeitz Phone 1を手にして、側面の大胆なローレット加工が印象的でした。また、普通のスマートフォンならレンズ部の厚さを隠したいところでしょうが、Leitz Phone 1ではレンズキャップを用意し、むしろ存在を強調しました。このアイデアはどのように生まれましたか?

側面のローレット加工

デイビッド・スー氏: ライカのデザインとして、機能性を重視したり、シンプリシティを表現できました。マグネット式のレンズキャップも、着脱を通じて写真という体験を表現できたので嬉しく思います。

ディビッド・スー氏(David Suh)。2018年よりライカカメラ社シニア・インダストリアル・デザイナー。カメラ、新規事業、コラボレーション製品など、ライカ製品のデザインを牽引。

スマートフォンは沢山ありますが、本当の「ライカ体験」とは何かという点について、機能性だけでなく気持ちの面も重視しました。あえてライカが出すのであれば、しっかりと機能で差別化して認知されなければいけませんし、どうすればライカらしさ(=ライカ体験)が盛り込めるかも考えたのです。その中で、ワクワク感を醸成できるようなデザインにも辿り着きました。

マグネット式のレンズキャップ

画面内のデザインも同様に、ライカらしさというテーマから始まりました。物理的にハードウェアを見る・触れるという体験をどうデザインできるか、こだわりを持ってライカらしさを追求しました。ルック&フィール、ライカルック、といったキーワードがあり、起動時のアニメーションがあったり、書体もライカのものを使ったり、画像処理のみならず端末全体を通して、ライカ体験を提供することに注力しました。

画角の理由、コンピュテーショナル・フォトグラフィについて

——大きな1型センサーのカメラを1つだけ搭載するという方向性は、ライカが提案したものですか? また、19mmの画角を持つレンズで、メインとなる画角は24mm相当としたのは何故でしょう。ブライトフレームを模した撮影UIの副産物なのでしょうか。

フロリアン・ヴァイラー氏: この選択は、様々な異なるコンセプトがあったうちの一つでした。実際にはライカとシャープのどちらの提案だったというわけではなく、色々なアイデアを出すところから始まり、その中にあった一つのアイデアが1型センサーでした。

我々はカメラメーカーなので“1型センサー”はごく一般的な存在で、採用を支持しました。これが一番の苦労でもありましたし、ワクワクする点でもありました。これによって最高品質の画質が提供できますから、そこを我々としては死守したかったのです。

フロリアン・ヴァイラー博士(Dr Florian Weiler)。2011年に入社し、カメラレンズのフォーカスの品質管理に携わる。2016年からスマートフォンカメラのテクニカル・プロジェクト・マネジメントを担当し、ミニチュアレンズの研究開発を開始。

Leitz Phone 1のレンズは、フルで使えば35mm判換算19mm相当の画角で撮影できます。基本となっている24mm相当は現在一般的な画角のひとつで、そこにM型ライカのような撮影体験としてブライトフレームを入れました。

デイビッド・スー氏: ブライトフレームについては議論がありましたが、ライカのカメラを使う人にとっては、いいアイデアだなと思いました。

フロリアン・ヴァイラー氏: フルの画角が19mm相当である理由は、一般的な24mm相当の画角で撮影しながらブライトフレーム(写る範囲を示す)の周囲も見渡せるという目的だけではなく、風景の撮影などに好ましい広さのある画角だったので、Leitz Phone 1を旅行に持っていくようなシーンを想像しました。24mmや19mmという数値にこだわったわけではなく、こうしたいくつかの要素を踏まえて全体的によいと判断したのが、19mm相当のレンズとなった理由です。ブライトフレームを表示すればM型のような撮影体験ができるし、風景に良い焦点距離でもあるし、といった具合です。

レンズ名の表記は「SUMMICRON 1:1.9/19 ASPH.」

——スマートフォンで得たコンピュテーショナル・フォトグラフィの技術や知見は、ライカの伝統的なカメラにもフィードバックされていくのでしょうか。

フロリアン・ヴァイラー氏: コンピュテーショナル・フォトグラフィは、スマートフォンにおいてはとてもパワフルな技術で、ここ数年の画質改善に大きく貢献してると思います。マルチフレームからの演算、HDR、ノイズ低減といった、小さいセンサー向けの技術です。

これが伝統的なカメラのような大きなセンサーだと、状況が違ってきます。そもそも多くの光を集められるためです。スマートフォンにとって最高の技術が、必ずしも大きなカメラには適していないというケースもあります。ですから既に画質の良い伝統的カメラにコンピュテーショナル・フォトグラフィの技術を急いで搭載しなければいけないとは考えていませんが、これによって興味深い改善があることは確認できています。

私達ライカの目指すところは、なんと言っても自然、本質的な画像を撮ることにあります。必ずしもコンピュテーショナル・フォトグラフィによって、非現実的な、非自然な画像にしていくことは考えていません。いずれは大きなカメラで採用することもあるかもしれませんが、現在のライカではそうした手段を積極的に使っていく考えはありません。

ジェーン・ツイ氏: アメリカに「エルンスト・ライツ・ラボラトリーズ」という研究開発拠点があります。コンピュテーショナル・フォトグラフィを大型カメラにも拡張することは有り得ますが、あくまでカメラ全体の体験が良くなるように用いることになります。写真を意図的に作り物のようにしてしまうのは、我々の意図ではありません。ライカのDNAを踏襲するためにコンピュテーショナル・フォトグラフィを活用することにこそ意味があると思っています。

ライカは、見たままを撮ることを重視しています。ファインダーで見たものをそのまま残せるということです。Leitz Phone 1のユーザーにもそれを届けたいので、そのためであればコンピュテーショナル・フォトグラフィも使います。スマートフォンの制約を補ったりバランスを取るために使うのは“あり”ということです。

アメリカのラボでは、そうしたバランスについての研究開発を行っています。ライカ体験をスマートフォンユーザーに提供できるようにするにはどうすればよいかを考える旗振り役として、私も関与しています。

スマホカメラの被写界深度、ライカのラインナップにおけるLeitz Phone 1

——スマートフォンのカメラは被写界深度がどんどん浅くなり、ボケが大きく芸術的ではありますが、記録用途では物足りなさを感じます。絞りユニットを搭載するような考えはありますか?

フロリアン・ヴァイラー氏: ライカには「レンズは絞り開放で使うのが良い」という考えがあります。マクロ撮影であれば、フォーカス・スタッキング(ピント位置をずらした画像を重ね合わせ、被写界深度の深い写真を得る)のような技術が考えられるかもしれません。

絞りユニットはスマートフォンに載せるものではないと思っています。なぜなら、スマートフォンは得られる光量が元々少ないため、絞り開放で光を多く取り入れるほうが画質的にメリットがあるからです。将来的には他のアイデアもあるかもしれませんが、そうした光量の問題や回折限界のことも踏まえると、現在はこのような考えになります。

——ライカTLシリーズという、スマートフォンに通じるユニボディやマルチタッチ操作を取り入れたカメラが先にありました。Leitz Phone 1はそれに通じる部分があると感じましたが、これらは今後融合していきますか?

LマウントのAPS-Cミラーレスカメラ「ライカTL2」。シリーズ初代モデルは2014年登場

ジェーン・ツイ氏: 私はライカに入社する前からライカTLシリーズを持っていて、当時は、素晴らしいハイ・テクノロジーだと思いました。デザインも素晴らしいと思って感銘を受けていたのです。ユニボディ、表面仕上げの繊細さ、マルチタッチ操作などです。こうしたデザインはその後も世の中にたくさん取り入れられ、広まっています。

我々は、Leitz Phone 1をスマートフォンカメラではなく、ライカのカメラにスマートフォンがついていると位置付けています。つまり、すでにライカファミリーとしてポートフォリオ上にあります。今後どう進化していくかは決まり次第お知らせします。楽しみにしていてくださいね。

——Leitz Phone 1の専用アクセサリーは更に増えますか?

ライカカメラジャパン: 今後も増やしていければと考えています。ライカはカメラが本業なので、“カメラとLeitz Phone 1を一緒に使えるような製品があったら面白い”という声もあるため、ライカらしさを今後も模索していきたいと思います。

同梱のケース(左)。レンズキャップと共に、カラーバリエーションが発売済み。その他にもアクセサリーを計画中だという。
本誌:鈴木誠