インタビュー

東京2020でボブ・マーティン氏が試した「ソニーα1+Xperia PRO」

5G通信で広がるスポーツ報道の可能性

ボブ・マーティン氏。Web会議ソフトを通じてインタビューを行った

ソニーは東京2020大会において、プレスセンター内に同社初となるサービスブースを展開。また、ミラーレスカメラ「α1」と5G対応スマートフォン「Xperia PRO」を組み合わせた報道写真の即納ソリューションをフォトグラファーに提案した。今回はパラリンピック閉会式の翌日、これを利用したIOCオフィシャルフォトグラファーのボブ・マーティン氏に話を聞いた。

——今回はどのような機材を使いましたか?

縦位置グリップを装着したα1に、たくさんのレンズです。600mm F4、1.4倍/2倍のテレコンバーター、400mm F2.8、2本の70-200mm、50mm F1.2、135mm F1.8、24-70mm、16-35mm、24mm F1.4、28mm F2、55mm F1.8、2本の12-24mmなどです。α1は6台使いました。

競技会場にはプレス用のEthernetソケット(有線LANポート)が用意されているので、それが使える場所ではEthernetケーブル(LANケーブル)でカメラを直接繋ぎます。それ以外の場所での通信には、5GスマートフォンのXperia PROを使いました。Xperia PROのUSB Type-C端子に一般的なEthernetアダプターを繋ぎ、α1の有線LAN端子にLANケーブルを接続しました。

Xperia PROに有線LANアダプターを接続し、α1をEthernetケーブルで接続する

フォトグラファーは皆、プレスセンターのみならず競技会場にも用意されたEthernetソケットを使って撮影した写真を送りますが、ソケットがある撮影ポジションを離れると写真を送れません。そこで私はXperia PROで5G通信のテザリングを使いました。これにより、Ethernetソケットの配置に左右されず、好きなポジションからの撮影が可能になります。速度も、α1のRAWデータ1枚を2〜3秒で送信できますし、複数の端子を持つEthernetアダプターを使えば、1台のXperia PROで複数台のα1を同時に5Gネットワークに接続することもできます。

今回は会場の通信環境もとても良かったのですが、陸上競技のトラックの中やバスケットボールのフィールドの近く、スタンドの上の方などで撮影しようとするとEthernetソケットがないため、そこでは5G通信のテザリングを使いました。このおかげで撮影後にプレスセンターへ戻ったり、写真を送るためだけに撮影ポジションから移動するなどの手間がありません。従来のワークフローに比べて、写真の送信に関して1〜2時間の短縮ができたと思います。革命的でした。

©Bob Martin
α1 FE 400mm F2.8 GM OSS(F2.8・1/1,600秒)ISO 2500
©Bob Martin
α1 FE 400mm F2.8 GM OSS(F2.8・1/1,600秒)ISO 2000
©Bob Martin
α1 FE 600mm F4 GM OSS(F4・1/1,250秒)ISO 800

——撮影から送信までの手順を教えてください。

シャッターボタンを押して撮影したあと、カメラの背面モニターで再生しながら写真を選びます。そしてカメラ背面のFnボタンにショートカットを割り当てたFTP機能を起動し、メインプレスセンター(MPC)にある我々のサーバーに有線LANか携帯電話回線で送信します。メインプレスセンターに立てているPCサーバーには2〜3秒で送信できます。

有線LANと携帯電話回線の両方を使えることが重要となる理由があります。こうしたスポーツイベントでの写真転送にWi-Fi(無線LAN)を使おうとする人もいますが、大会によってはWi-Fi通信がブロックされている場所が存在することがあります。

従来はカメラをLANケーブルでEthernetソケットに繋ぐか、その環境がないところでは代替手段としてWi-Fiを使っていました。また、大会によっては放送局がワイヤレスマイクを使うなどの事情でWi-Fiがブロックされていて使えないかもしれないという場合は、移動して有線のEthernetソケットを探すことになります。これはオリンピック会場だけでなく、FIFAや世界陸上でも同じです。そのため変わったアングルから撮影したいとか、Ethernetソケットのない場所からすぐに写真を送ることは叶いません。今回は5G通信のテザリングのおかげで、それがどこでも行えたのです。

©Bob Martin
α1 FE 600mm F4 GM OSS(F4・1/1,250秒)ISO 800
©Bob Martin
α1 FE 400mm F2.8 GM OSS(F2.8・1/1,600秒)ISO 1000

スポーツに加えて、写真を送るために5G通信が今後活躍しそうな分野は、ニュースですね。国家元首のような要人が訪れる現場では、だいたい現場のセキュリティの関係でWi-Fiはブロックされます。ただ、そうした現場でも4G通信は使えます。今回のようなスポーツ写真の現場は、競技会場にEthernetソケットが用意されているので恵まれているほうだと思います。高度な安定性という意味で有線接続の手段があったほうが、より多くのフォトグラファーに安心を与えてくれますが、撮影してその場からすぐに転送ができる5G通信は、より柔軟性と自由度を与えてくれる存在として、フォトグラファーの武器になっていくと思います。

——ワイヤレス技術を使ったソリューションについて、今後の期待を聞かせてください。

リモートカメラコントロールに期待しています。例えばヨット競技で、海の中や海上のブイにカメラを設置するような可能性です。今までなら設置できなかった場所に何時間も前からカメラをセットしておき、自分はどこか別の場所にいて、露出や色味といったカメラの設定から撮影した画像の転送までを5G通信を使ってリモートコントロールできるようになったら、“新しい写真”(new pictures)が撮れると思います。

また、ネットワークの技術的課題で今すぐには実現できないかもしれませんし、私自身もこうした技術を使い始めたばかりでまだトライはしていませんが、例えばUKに居ながらオーストラリアに設置したカメラを操作して撮影するようなことも、遠くない未来のことだろうなと期待しています。

——ソニーのサポート体制はどうでしたか?

以前はソニーにはプロ用のモデルがありませんでしたし、サポートも最初から整っていたわけではありませんでしたが、ソニーはプロフォトグラファーの声に耳を傾け、必要な機能や製品を出してパフォーマンスを向上させてくれました。私は長年別の機材を使っていましたが、そこでミラーレスカメラに切り替える決断をしました。いろんなスポーツの写真家達がソニーに切り替えるのも、それが理由だと思います。

例えば、これまで“135mm F1.8”や“50mm F1.2”というスペックのレンズは、スポーツ撮影に対応するような高速性を持っておらず、いわゆるポートレート向けでした。しかしソニーのこれらのレンズはα1との組み合わせでとても速いAFが使えるため、今までになかった創造の余地を与えてくれました。

昨日はバスケットボールの撮影にFE 135mm F1.8 GMとFE 50mm F1.2 GMを使いましたが、特に135mm F1.8はお気に入りです。私は“short telephoto lens”と呼んでいます。

他のブランドとの経験で、フィードバックを反映してくれることは諦めていましたが、ソニーは違いました。5GスマートフォンのXperiaについても、6〜7か月前からディスカッションを重ね、今回のようなソリューションを用意してくれました。困った時はすぐにチャットでエンジニアとやり取りし、「このケーブルを使ってみて」などと解決策を提供してくれるなど、サポートが必要な時に現場にいてくれました。こうしたサポートはカメラに関しても同じでした。

私はこれまでスポーツ撮影にα9 II、ポートレートにα7R IV、光量がないシーンではα7S IIIを使っていましたが、今はα1だけです。唯一心配なのはファイルサイズが大きいことでしたが、先に述べたように、実際に5G通信で写真を送ってみると問題にはなりませんでした。

——今回のオリンピック/パラリンピックは無観客開催となり、多くの人が写真報道を楽しみにしたと思います。撮り方や伝え方に変化はありましたか?

こうした大きなイベントには「観客がいる」ということがとても重要なのです。観客の歓喜する姿を作品に取り入れることで熱気を伝えられます。ですから今回は、出場するアスリートの反応も観客がいた時とは大きく違っていて、悲しかったです。

そこで私は、その「いない」という悲しさをあまり意識させないような写真を目指しました。撮影にはいろいろ制限がありましたが、より長焦点のレンズを使って切り取ったり、ワイドな画角を避けたりしながら、観客がいない寂しさが出ないようにしました。

©Bob Martin
α1 FE 24-70mm F2.8 GM(F2.8・1/1,600秒)ISO 2500
©Bob Martin
α1 FE 70-200mm F2.8 GM OSS+1.4X Teleconverter(F4・1/1,000秒)ISO 2500
©Bob Martin
α1 FE 50mm F1.2 GM(F2.5・1/250秒)ISO 50 フラッシュ使用

——コロナ禍の影響など、あなたの今の状況を教えてください。

18か月前の私はとても忙しく過ごしていましたが、たった1か月で全ての仕事がキャンセルになりました。イベント自体の開催がキャンセルになるとか、現場への移動ができないといった事情です。その1年後ぐらいに少しずつ状況が戻り始めて、今はスケジュール帳にも予定が書き込まれている状態です。

ただ、今の撮影活動にも制限があります。例えば今回は、日本に来るためだけに3回のCOVIDテストを受け、30枚ほどの書類を提出する必要がありました。これはオリンピックに限りませんが、日本に来てからもスタジアム内の撮影では好きなように動けず、撮影アングルに制限がありました。ほんの数十センチのカメラ位置の違いで、写真は大きく変わってしまうのです。とはいえ、こうしたあらゆる制限の中でも、写真を撮る仕事こそが自分にとっての情熱であるため、状況が戻りつつあることは嬉しいです。

本誌:鈴木誠