赤城耕一の「アカギカメラ」
第27回:Leitz Phone 1があると人は幸せになれるのか?
2021年8月5日 09:00
エルンスト・ライツ創業者のエルンスト・ライツ1世の言葉「ユーザーと共に、ユーザーのために」は、現在のライカカメラ社の企業方針の礎になっているそうです。 またライカの生みの親であるオスカー・バルナックは、1914年に小型軽量な35mmカメラの始祖的な存在(後にライカと命名される)を開発しますが、これは“常に自分とカメラは共にありたい”と考えたことも理由のひとつとしてあるのかもしれません。ライカは常にユーザーと共にあれば、ユーザーにもライカカメラ社にも幸せをもたらすと考えているのでしょうか。
もっとも現代人は、特別に意識しなくても「常にカメラと共にあります」。なぜならとても多くの人がスマートフォンを使用しているからです。スマホには内蔵カメラが欠かせない存在ですので、私たちは常にどころか、肌身離さずカメラと共にあるわけです。たまにスマホを忘れて出かけたりすると、電車にも乗れず、ラーメンも喉を通りません。
コンパクトカメラを駆逐したのはスマホではないかと言われているくらいですし、なんだか筆者自身の仕事が減ったのもスマホの台頭が原因とひとつにあるのではないかと思い始めています。皆さんも経験があると思いますが、カメラを使ってあれこれ悩んで撮影したのに、軽くスマホで撮影した写真が一番良かったなどという恐ろしい状況を体験したりすると、背中にイヤな汗が流れます。
と、今回は珍しく堅い論評から始めてみましたが、こんにちは。毎日暑い日が続きますが、元気でお過ごしですか。ナビゲーターのアカギです。
さっそく今回も始めたいと思いますが、ついに出てしまいましたね、Leitz Phone 1が。そうですライカのスマートフォンの登場です。
これまでのように、“ファーウェイのスマホにライカブランドのレンズを搭載した”とかいうような話とは大きく違います。今回はライカカメラ社がトータルで監修した初のスマホの登場ということになります。カメラメーカーがスマホを総監修したということは特筆に値するでしょう。それがなんとライカということで、かなりの話題です。ええ。ニコンでもキヤノンでも話題になると思いますけど、とにかくライカなわけです。
Leitz Phone 1は「電話」より「カメラ」側に比重が置かれた設計思想であるという考え方で良いのかもしれませんが、スマホをインターネット回線に繋がずに使うということはもはや考えられず、撮影した写真は世界中に即発表・共有できる時代となったわけです。オスカー・バルナックもさすがにこの未来は想像できなかったでしょうねえ。今ごろ天国で驚いているんじゃないですかねえ。
ちなみにLeitz Phone 1はソフトバンクの独占販売であり、日本国内でしか買えないようです。ベースモデルはシャープ製のスマホ「AQUOS R6」なのですが、こちらではライカはカメラ機能のみを監修しているそうです。きちんと両者を差別化していますねえ。両者の価格差も1.5倍くらいの開きがありますが、ここでそのことを突っ込むのは野暮というものでしょう。
これはデジカメ Watchの連載ですから、「Leitz Phone 1」のカメラ的な魅力を重視して話を進めてみます。
まずは外観の特徴ですが、なかなかに渋めで落ち着いたオトナの仕上がりですねえ。背面側のカラーはグレーで、かっちょいいです。ツメで擦ったらキズが付きそうだなあと思ったら、ここはマットブラックに仕上げられたガラスなんだそうです。
本体外周にはアルミ削り出しによる細かなローレット加工が施されていて、本体にもLeicaの赤丸マークがプリントされていて、同梱の保護カバーにはライカM10やM10-Rと同様の立体的なLeica赤バッヂが存在します。
このライカ赤バッヂの存在は人によって好みがわかれますが、2年後に登場予定の「Leitz Phone 1-P」では赤バッヂはマイナスネジに置き換わるかもしれません。はい、嘘です。筆者の単純な妄想ですから、どうかお気にされませんように。
搭載レンズはズミクロン19mm F1.9 ASPH.と記されています。おいおいズミクロンといえば開放値はF2だろと、突っ込むのはヤメた方がいいと思います。融通の効かないジジイと思われる可能性があるので、私も今のところは静かにしています。F2.4のズマリットとかもあるし。あ、なんのことだかわからない人は正常な人生を歩んでいますから心配ありません。
センサーは有効2,020万画素。手ブレ補正は電子式ですね。レンズに似せた円形の出っ張りの中に撮影レンズがポツンとあります。ギミックとはいえ、カメラとしてのなかなか良いデザイン処理だと思います。本機には1型のCMOSが搭載されています。もうこれだけでも十分に“コンパクトカメラ”なわけです 。1インチのセンサーと聞くとすぐにソニーの「RX100」シリーズを想起してしまいます。
驚かされるのは、このレンズ部分のデザインに合わせて金属製のかぶせ式レンズキャップが用意されていることです。ええ「Leica」なんだから当たり前ですね。大事なズミクロンに線キズなんかつけたら眠れなくなりますから、重要です。
キャップにはみなさんの大好きな「Leica」の筆記体文字が大きめにエングレーブされています。レンズの周りには磁石があり、これで金属キャップは固定され、装着するとそう簡単には外れないようにできています。キャップと本体のそれぞれに磁石を埋め込むことで、装着時にはライカのロゴが正対するように工夫されているところなど、落涙寸前の工夫を感じさせます。このキャップの装着感は、あのクラシックなライカにある、レンズキャップをかぶせると空気が抜けてゆくようなしっとりとした感覚に似ています。わかる人にはわかると思いますが、わかる人はかなり病的ですね。気をつけましょう。
ちなみに筆者はキャップ紛失の名人で、過去、レンズ購入から15分でキャップを紛失した世界記録を保持しています。今回はキャップはダイジダイジにして、自宅に置いて撮影に出かけました。怖いので、パーマセルテープで防御したりして。
が、居酒屋でカメラクラスタの集いがある場合はLeitz Phone 1を見せびらかす絶好の機会ですから、忘れずにキャップを装着してゆく必要があります。居酒屋で刺身醤油をかけて汚すとか、紛失には十分に注意してください。あ、集会はコロナ収束後にお願いしますよ念のため。
カメラ機能を立ち上げると、6.6インチのディスプレイにライカMシリーズのブライトフレームのような枠線が現れます。フレームの四隅は少し切れており、このあたりのマニアックなデザインにリアリティを感じてしまうのが自分でもイヤになります。このフレームの外までを見ることで、“写らない”範囲に何があるかを知ることができるわけですが、ライカユーザーはこういう理屈にグラっときて、注文ボタンをポチすることになると思います。気をつけねばなりません。
ただし、ディスプレイの表示は美しいですが、長辺方向の画面端が外側に向かってカーブしていて、表示画像がこれに伴い曲がって表示されるので、せっかくのズミクロンの描写が損なわれる感じがします。最近のスマホ業界のトレンドだそうですが、これは問題ですね。
搭載されているズミクロン19mm F1.9 ASPH.の19mmとは、35mm判の換算時の画角の焦点距離ですね。実焦点距離6.9mmですので、F1.9とはいえ被写界深度はそれなりに深いです。絞りはありませんからF1.9の絞り開放で全ての撮影を押し通します。
画角変更は指二本を使ったピンチ操作のほか、画面上のズームボタンをタップすることで1倍、2倍、0.7倍の3段階の画角を選んで使うことができます。単焦点レンズですからデジタルズームを使用します。このため光学的な理屈で言えば、0.7倍の設定が最も純粋な画質(フル画角)です。ところがカメラを起動した時には1倍(24mm相当)画角が基本になるので、常にフル画素で撮影したいという人には少々面倒でしょうが、ライカとしてはこのフレームを見せたかったんだろうなと想像します。
ただこれならばいっそのこと、広角、標準、望遠とレンズを3つ搭載し、エルマリート、ズミクロン、ズマリットとすればさらに魅力的になったかもしれませんねえ。これだと想定売価は45万円というところで次回いかがでしょうか。
今回は試していませんが、マニュアル撮影モードではRAWの同時保存も可能だそうです。ま、じっくり後処理をするならライカM10-Rとか買った方がいいような気がするのですが、これだと話の意味が違ってきますね(笑)。
ズミクロン19mm F1.9 ASPH.は超広角レンズだからでしょうか、周辺部は少し乱れますね。とくに至近距離での乱れは、フローティング機構が搭載されていないオールドな広角レンズみたいで興味深いですね。
周辺光量の低下も若干ありますし、光源が画面外にあっても割と派手なゴーストが発生することがあります。ところが、こうしたレンズの欠点が、さほど気にならないのは、ライカのスマホというひいき目だけではなく、画像処理を含めた全体の写真完成度の高さかもしれないですねえ。この仕上がりですごく得をしています。
また、「Leitz Looks」という撮影モードに切り替えて撮影すると、独自の雰囲気のモノクロ写真に仕上げることができます。ライカM10モノクロームの仕上がりとは比べることはできないでしょうし、うまく言えませんが、雰囲気があるわけです。
ディープシャドウからハイエストライトまでの階調の繋がりがなかなか秀逸で、いずれも品位の高い完成度の高いモノクロ写真に仕上げてくれました。もっとも、撮影後にユーザーが行える調整が少ないのは惜しいところです。画像調整や加工を施したい場合はアプリでお願いします、ということなのでしょう。
それにしても何故これは「Leitz Phone」という名前なんでしょうねえ。「ERNST LEITZ」社は存在していないわけですし、「LeitzのCamera」だから「Leica」になるんじゃねえのかよとずっと信じてきたジジイとしては細かいことにケチをつけられた印象です。ええ、長くライカユーザーをやっていると性格が歪んだりしますので注意せねばなりません。
“Leica Phone”にならなかったということは、ライカとしてもまだスマホを「Leica」の名前にするのは時期尚早と思ったからかもしれないですし、カメラの敵であるスマートフォンに「Leica」名を冠するのはどうよというブレーキが働いたのかもしれませんねえ。あ、これは筆者の単なる妄想ですので念のため。
短時間の試用ながら、あれこれと「Leitz Phone 1」をいじくりまわし、自分でも使う前は1mmも想定はしていなかった物欲モードがもたげてきました。しかし、現在に至るまでiPhoneをずっと使ってきたこともあり、Androidを使いこなすにはUIもまた勉強し直さねばなりません。設定とか移行とか面倒くさいし。
ただひとつ確実にいえることは、このLeitz Phone 1で撮影をするのは間違いなく楽しいということです。特別に優れたスペックを有しているというわけではないのに、これは謎ですね。もっともライカのカメラ全般にこれは言えることで、Leitz Phoneもライカの仲間なのですから当たり前のことです。ブランドの力がそうさせたのかと思うと、ライカの策略に見事にハマったようで、ちょっとだけ悔しいですけどね。
筆者のスマホのキャリアはソフトバンクではありませんので、Leitz Phone 1自体はSIMフリーとはいえ、物欲は現在沈静化しています。お借りしたLeitz Phone 1には当たり前ですがSIMは入っていませんでした。最近は電話することは滅多になくなりましたが、「今さ、Leitz Phone 1で電話しているんだぜ」って誰かと一度お話ししたかったですね。もちろん「だからどうした」と言われてそれでおしまいになると思いますけれど。でも「ライカで電話する」ことにも歴史的な意味があるわけです。ほとんど中学生の発想ですが。
MNPしちまうことも一瞬アタマをよぎりましたが、冷静に考えてみると、この価格だとフォーサーズセンサー搭載のライカD-LUX 7が買えてしまうのではないかと思いとどまりました。はい。それでも明日のことは誰にもわかりません。ご安全に。