インタビュー
LUMIX G9 PROからスタートした「絵作り思想」とは?
“生命力・生命美”とは何か?それを実現した方法と取り組み、そして今後について
2018年2月16日 00:00
今年1月25日、パナソニックから写真撮影に比重を置いた新型ハイエンドカメラ「LUMIX G9 PRO」が発売された。
先行して行われた製品発表会では、LUMIX G9 PROの絵作りには、「生命力・生命美」と呼ぶ明確な思想が存在しているとのアナウンスがあった。
自身の絵作りの思想を明らかにするのはカメラメーカーとしては珍しく、さらに「生命力・生命美」という意味深な言葉にも不思議を覚える。
そこで、LUMIX全体を統括するアプライアンス社イメージングネットワーク事業部の山根洋介事業部長と、絵作りプロジェクトを担当した商品企画部戦略企画担当の周防利克氏に、LUMIXの新しい絵作りの思想について聞いた。
なぜ絵作りに思想が必要なのか
−−LUMIX G9 PROの絵作りの思想として「生命力・生命美」が銘打たれています。新たにそうした思想を打ち出された背景をお話しいただけますか?
山根:私どもは2001年に初めて「LUMIX」というブランドで市場にカメラを投入しました。並み居るカメラメーカーとしては最後発です。パナソニックはビデオカメラで長い歴史がありますので、当時はそこで培った技術を駆使すれば、スチルカメラでも一定の水準を満たす製品が作れるのではないかと考えていました。
−−17年前のことですね。そこから2008年には、世界に先駆けてミラーレスカメラ「LUMIX G1」を世に出されました。
山根:ただ、いわゆる絵作りに関してもビデオカメラの考え方を引き継いだので、LUMIXの画像は被写体の色やコントラストを忠実に記録することを大切にしていたのです。それはLUMIX G1でも同じことで、見たままのものをどれだけ忠実に再現できるのかに注力していました。
−−確かに、動画は写真よりも彩度やコントラストが落ち着いている方が好まれる傾向がありますね。
山根:はい、ところが、デジタルカメラの開発を重ねていくうちに、われわれがよしと考えていた絶対的な忠実さというのは、必ずしもお客様にとっての忠実ではないことに気づいていくことになります。つまりスチルカメラの場合は見たままに忠実であることよりも、「空は深い青」、「山は鮮やかな緑」といった、人間の感覚に忠実であることこそが大切だと考えたのです。
−−そう思うようになられたのはいつ頃のことですか?
山根:実は、LUMIX G1を開発している頃にはすでに考えていました。新しいレンズ交換式のシステムカメラを世に送り出すからには、LUMIX独自の絵作りを確立すべきだと。
山根:とはいっても、そのころはまだ思想と呼ぶ段階ではありませんでした。しかしLUMIXの絵作りのポリシーはどこにあるのかを皆で考え、自信をもってお客様に提供していけるものに仕上げていこう、という試みがその時に始まりました。
山根:その後、LUMIX GH5で初めて記憶色を積極的に絵作りに取り込みました。それはわれわれにとってかなり大きな変化で挑戦でもありました。結果、国内外ともに高い評価を得ることができました。
山根:私が構想したところの「思想」が形になったのはLUMIX G9 PROです。そしてG9 PROから以降に開発・発表したLUMIXには、全て「生命力・生命美」と名付けた絵作りの思想が取り入れられています。
−−ついに「生命力・生命美」の誕生ですね。どのような意味が込められているのでしょうか?
山根:この世界のあらゆる被写体の生きる力や美しさを表現しようと言うもので、われわれの絵作りに対する思想を一言で表したものになります。
より生命力を感じられる表現とは
−−具体的にどのような絵作りをしているのでしょうか?
山根:どういったところを表現すれば、被写体が一瞬一瞬に見せる生命の輝きを描き出せるのかに着目しています。細かな部分をどのように表現したら、全体として被写体の魅力が表現できるかを分析して、データを積み上げています。
−−とすると、カメラが撮影シーン認識をして、被写体にあった絵作りをするということですか?
山根:シーン認識という手法はとっていません。ですが、画像のなかで部分ごとに最適な処理をするようにしています。ちょっと分かり難いとおもいますので、ここからは作例を見ながら話を進めましょう。
周防:例えば青空のある風景の場合、その青空の奥行き感が表現できていることが大切です。青空の見え方は遠くなって地平に近づくほど深い青から淡いシアンに変化して見えます。そのグラデーションがより綺麗に出ることで青空の奥行き感が表現できるのです。シミュレーションBでは、地平付近にグラデーションの変化が急激に起こる部分がありますが、対してシミュレーションA(LUMIX G9 PRO)では変化をなだらかに抑え、色変化も自然になっています。
−−単に記憶色で空が鮮やかに青いというだけでなく、自然と感じられる綺麗な空のグラデーションも表現しているということですね。
山根:そうです。これは青空というひとつの表現の例ですが、こうした考え方をたくさん積み重ねていけば、他の被写体を撮った写真でもより奥深い絵作りができるようになると考えています。
−−空の綺麗なグラデーションはどのようにして作るのですか?
周防:3次元色コントロールという技術を画像処理エンジン(ヴィーナスエンジン)で処理しているのですが、そこで明度に合わせて微妙な色相や彩度を高精度に調整することができます。LUMIX G9 PROでは3次元色コントロールによる色再現性や色補正精度を向上させることで、「生命力・生命美」を表現しうるスムーズな階調表現を可能としました。
周防:このアジサイの場合、生き生きとした様子を表現することが思想につながっていきます。明るい部分では明るい紫色が、暗い部分では暗い紫色と言ったように、同じ紫色でも微妙な違いがキチンと表現されるべきだと思います。
ただシミュレーションBでは、明るい部分の紫色が表現しきれず白が多くなっています。シミュレーションA(LUMIX G9 PRO)はギリギリの淡い紫色も表現できるように色再現を調整した絵作りをしています。
−−本当にわずかな違いですけど、確かにLUMIX G9 PROの方が瑞々しさを感じますね。
山根:そのわずかな違いを積み重ねることで「生命力・生命美」が成立しています。記憶色を取り入れたことでLUMIX GH5は鮮やかな紫色を表現できるようになりましたが、LUMIX G9 PROはそこからさらに進んで「生命力・生命美」を表現できるようになりました。
周防:レッサーパンダの毛の1本1本を明確にするためにシャープネスを過度にすると、シミュレーションBのように固く刺々しくなってしまいます。
シミュレーションA(LUMIX G9 PRO)ですと、毛の1本1本の立体感を残す適度なシャープネスをかけることで、精細さと柔らかさを両立することができます。この場合は撫でたくなるような毛並みの柔らかさの表現が「生命力・生命美」です。
−−シャープネスの調整も絵作りの一要素と。
周防:シャープネスとノイズリダクションのバランスをとることで微妙な質感再現を調整しています。
山根:ディテールにつきましては、どのような調整をするとどんな見え方になるか膨大な解析をして、最も「生命力・生命美」を表現するのに適するように工夫しています。
周防:被写体の輪郭やディテール、平坦部を画像処理エンジンが認識し、シャープネスやノイズリダクションの調整をそれぞれ適切に処理することで、被写体が目の前に存在するかのようなリアルな質感を表現することに成功しています。
周防:人物の場合は、髪や肌の柔らかさ、瞳の輝きなどがしっかり表現できていると美しさを感じることができると思います。肌色では暗部から明部に至る階調を重視しています。LUMIX G9 PROでは色ムラを抑えた綺麗な肌色の階調で表現できています。
−−車や電車など生き物以外の被写体は今回の絵作りの対象にならないのですか?
山根:その質問はよく受けます。「生命力・生命美」は動物や植物はもちろん、あらゆる被写体を対象にしています。本来なら生命とはいえない被写体であっても、それが作られ、そして役目を終えるまでを一生に例えると、その時々に生命力や生命美といったものが見出せると考えます。
周防:「生命力・生命美」の質感調整はモノクロでも活かされています。雲が流れている写真では雲の滑らかさや湿った感じを上手く表すことができていると思います。
−−「生命力・生命美」は色だけでなくシャープネスやノイズリダクション・コントラストなども調整しているので、色のないモノクロ写真でも有効と言うことですね。たくさんの被写体を分析して積み上げていくことで「生命力・生命美」が成り立っていることがよく分かりました。
周防:特定の被写体だけを特別に綺麗に表現することも可能ですが、どの被写体を撮ってもお客様に納得していただけるような絵作りを提供するのが大前提であると思っています。
社内有志「絵作りプロジェクト」に結集
−−「生命力・生命美」を作ったプロジェクトチームの名称は何というのでしょうか?
周防:正式には「絵作りの思想構築プロジェクト」なのですが、長いので普段は「絵作りプロジェクト」と呼んでいます。
山根:LUMIX G9 PROに向けて「絵作り」を強化してプロジェクトを発足すると、事業部全員に向けて発表したのがおととしの12月になります。そこでメンバーを募ったのですが、私が思ったよりも多くの人間が熱意を示してくれ、周防をリーダーとして発進することができました。チームには10名ほどの人間がいます。
−−事業部の皆さんへはどのようなお話をされたのですか?
山根:「この絵作りプロジェクトは、まずLUMIXとしての絵作りに対する“思想”を作り、その思想に基づいて作った絵をもって『これぞLUMIXの絵です』とキチンとお客様に伝える、そういう活動をわれわれは真剣にやっていくんだ」といった話をしました。
−−「生命力・生命美」という言葉は、どのようにして決まったのですか?
山根:ある意味感性に訴えなければならない思想を明文化するという難しい作業です。非常に多くの論議を繰り返しておりまして、「生命力・生命美」以外にも多くの方向性が検討されました。
周防:40案くらいはありました。今考えるとちょっと恥ずかしい案も含め、さまざまなアプローチの案が出されて、それを皆で話し合って決めました。
−−やはり思想を言葉に落とし込むことが重要ですか?
周防:そうですね。思想を表現するには「一言」で言い表した名称、それを説明するための「文章」、具体的な「作例」の3つが必要と考えました。その3つがあれば思想を定義づけできるはずだと。一言は「生命力・生命美」、作例は先ほどお見せしたもので、文章がこちらになります。
山根:「生きとし生けるもの、移ろいゆくもの、その息吹の、その歴史の、感動を表現する」ってかっこいいと思いませんか? 写真と言うのはただモノが写っているだけでなく、それにまつわる命の営みや歴史まで感じることができるから感動すると思うのです。その命の営みや歴史も含めて表現できる絵作りを目指そうと思ったのです。
−−それにしても大変な作業ですね。
山根:私が無茶な要求をするものですから(笑)周防のストレスは相当なものだったと思いますよ。でもその方向で議論をして絵作りを繰り返していくと、目指す表現に近づいていることがだんだん見えてくるのですよね。今日、彼の話が熱を帯びているのは目指したところに近づいたという自負があるからです。
−−海外での「生命力・生命美」の展開は?
周防:海外でも同じ思想を展開することになりますが、「生命力・生命美」という言葉は日本でしか通用しませんので、ニュアンスを同じくした別の言葉をそれぞれの国で考えていく予定です。英語に関してはすでに用意しておりまして「(被写体の)全てを描ききる」と言う意味で“Capturing it all”です。
今後の機種にも引き継がれる思想
−−「生命力・生命美」は今後の新機種にも引き継がれていくのですか?
山根:この思想はこれからのカメラにも活かしていきます。機種によって絵作りがバラついてしまうとLUMIXというブランドが成り立たなくなると考えています。現状ではLUMIX G9 PROとその次に発売された「LUMIX GH5S」に「生命力・生命美」の絵作りが反映されていますが、春に発売予定の「LUMIX GF10/GF90」「LUMIX GX7 Mark III」「LUMIX TX2」の3機種にも引き継がれますし、やがては全てのLUMIXがひとつの思想で統一されることになります。
まとめ
LUMIXの新しい絵作りの思想である「生命力・生命美」は大変な苦労の末に作り上げられたものだということが分かった。これを実現するために画像処理エンジンも非常に複雑な処理を行っているからこそ可能となったそうだ。
LUMIX GH5で記憶色という概念を取り入れ、LUMIX G9 PROで思想として完成を見て、つづく新型LUMIXカメラに引き継がれていくという経緯にも納得できる。つまり「生命力・生命美」は最新のデジタルカメラにこそふさわしい新時代の絵作りであるとも言える。
実は筆者は、LUMIX G9 PROで実写する機会を得た当初、この「生命力・生命美」について知らなかった。一通りさまざまな撮影をした後、PCで撮った画像をチェックしていると、これまでのLUMIXの画像とは何かが違うことに気づいた。それは1枚の画像についてどこがどうよくなったという話ではなく、撮影した画像をいくつも眺めているうちに不思議と感じる気持ちのよさだ。
今回のインタビューでは作例をもとに技術的な詳しい話を聞くことができたが、やはり写真にとって大切なことは筆者が感じたような自然発生の感情だろう。「生命力・生命美」を宿したLUMIX G9 PROにはその力がある。新しい絵作りの思想は新しいLUMIXのカメラとともに、多くの人に感動を伝えていくことだろう。
CP+2018のパナソニックブースに「生命力・生命美」LUMIXギャラリーが登場!!
カメラと写真映像のワールドプレミアショー「CP+2018」が今年も開催!
パナソニックブースでは「G9 PRO」「GX7 Mark III」「GF10/GF90」「TX2」といった新製品のタッチ&トライはもちろんのこと、著名写真家が参加した「LUMIXギャラリー」も必見だ。今回のインタビューのテーマでもある、絵作りの思想「生命力・生命美」を写真プリントで確認しよう。
またセミナーステージでは、ハービー・山口さん、広田尚敬さんをはじめとした様々なジャンルの写真家が登壇。連日トークを繰り広げる。無料のLUMIX点検クリーニングサービスも行われるので、LUMIXユーザーはぜひ足を運んでほしい。(編集部)
CP+2018概要
会期:3月1日(木)2日(金)3日(土)4日(日)
開催時間:10時00分〜18時00分(最終日のみ17時00分)3月1日午前はプレスタイム
会場:パシフィコ横浜(展示ホール、アネックスホール、会議センター)/大さん橋ホール
制作協力:パナソニック株式会社