インタビュー
「ライカM10」プロダクトマネージャーに聞く
ボディ構造から見直し 絵作りはライカM9寄りに
2017年2月6日 12:00
日本国内でも1月28日に発売された「ライカM10」について、写真関連製品のグローバルディレクターであるステファン・ダニエル氏と、M型のプロダクトマネージャーであるイェスコ・フォン・エーンハウゼン氏にインタビューした。
取材は1月20日にドイツ・ウェッツラーのライカカメラ本社で実施。イェスコ氏は本誌インタビューに初登場で、祖父から受け継がれたという80年前のライカレンズ(ズマール5cm F2)をライカM10に装着していた。また、国内発表会のために後日来日したステファン氏には、いくつかの追加質問にも答えてもらった。本稿はそれらをもとに構成している。
製品名はナンバリングに回帰
——まず、ライカM10というネーミングに驚きました。2012年にライカM(Typ240)が出たときは、「今後は製品名をライカMに統一する」という話でした。
- 【フォトキナ】製品担当者に現地で聞いた「ライカM」詳細(2012/9/24)
当時はM型カメラを「M」と呼んでほしくて、ライカMにTyp240というタイプナンバーを設けました。しかし実際には「M240」(エム・ツーフォーティー)と呼ばれるようになり、我々の本来の意図とズレてしまったのです(筆者注:日本でも"エム・ニーヨンマル"などと呼ばれることが多い)。なので、今後はM型に限らず機種名+ナンバリングのルールに変更します。
——底蓋に書かれた"Type No.: 3656"という4桁番号はどういう意味ですか?
これは"Typ240"や"Typ262"といったタイプナンバー(製品名)と異なり、製品の位置づけなどを示す意味を持たない「品番」です。各国の認証を通す際に、発表前のタイプナンバーが出てしまうのを避けるためです。
ライカM(Typ240)も併売。シンプルが喜ばれるM型ライカ
——ライカM10とライカM(Typ240)の上下関係はどうなっていますか?
並列です。動画記録機能の有無などが違いますし、ライカM(Typ240)にはシンクロ端子やテザー撮影用のUSB端子が付いたマルチファンクションハンドグリップもオプションで用意されています。
2012年にライカM(Typ240)を発表したときに、従来機「ライカM9」のプラットフォームを元にした「ライカM-E」というモデルを出しましたが、今後もそういう戦略で従来モデルを併売していくことを考えています。例えば、交換レンズをセットにしたオファーなどが考えられます。
——ライカM10で取り組んだという「これまでのMデジタルに寄せられた要望」とは、具体的にどのようなことでしたか?
一番は「薄いボディ」でした。我々が一番驚いたのは、Mデジタルをスリムにしてほしいというのが要望の上位にあったことで、これは意外でした。また、「動画機能の非搭載」というのも要望のひとつにありました。M型ライカは新機能を加えようとすると反応がよくなく、シンプルにすると好評です。
——シンプルといえば、画像削除(DELETE)ボタンの省略を高く評価する人がいます。逆に、不便になったという人もいるようですが。
画像を再生しながらMENUボタン→決定ボタンの順で押せば削除できるので、操作のステップ数は以前と同じです。日本製カメラのように「本当に削除しますか?」とは確認しませんが、もし間違って削除してしまってもSDカードをフォーマットしなければデータ自体は残っていますから、復旧は可能です。
ファインダー周りの仕様について
——ライカM10でファインダー周りが新しくなりました。
もともとM型がデジタル化してボディが厚くなった時に、ファインダー倍率が落ちました。しかしライカM10ではボディを薄くした事でアイピースが近くなり、視野を失わずに拡大率を上げられました。今回はより屈折率の高いガラスなども使っているので、以前の0.72倍(デジタルでは0.68倍)から0.73倍に改善できています。"0.73倍"という数字そのものは意識しておらず、企画段階から「できるだけ大きく見える」が目標でした。
また、ライカM10ではレンジファインダーのメカデザインを再計算しています。具体的には、レンズマウント面が以前よりさらに少し前に出たことで、レンズマウントとファインダーと距離計のコロ(レンズマウント内にある可動部品。レンズ側のフォーカシングによるカムの繰り出しを受け、ファインダー中央部の距離計像を動かす)の位置関係が変わり、それに合わせるためです。
M型ライカのファインダーは、1958年に登場したライカM2の光学系(M型初号機のライカM3から構造を簡略化。以降のスタンダードとなる)を基本的にずっと継承しています。途中ではライカM7(2004年)とライカMP(2003年)の時に二重像のホワイトアウトを抑えるよう改良したぐらいで、大きな変更はありません。
——ブライトフレームは、今まで通りマスクを使って表示していますか?
はい。暗いところでも快適に撮れるよう、ブライトフレームの照明はライカM(Typ240)の時に自然採光からLED照明に切り換えています。そのため前面にあったブライトフレームの採光窓がなくなっています。
——ライカM(Typ240)で一度省略したフレームセレクターを復活した理由は何ですか?
ライカM(Typ240)を企画しているときに「フレームセレクターレバーを最後に使ったのはいつ?」と周囲に尋ねたら、「思い出せない」と言われるほど使用頻度の低いパーツでした。なので省略したのですが、今度は「なぜなくなったの?」と言われるようになりました。
——フレームセレクターは、マスクプレートと機械的に連動しているだけですか?
ライカM10のフレームセレクターレバーには、レバーがどの位置にあるかを検知する電気的連動も備わっています。それは装着レンズを検出する6bitコードの働きをチェックするとともに、将来への可能性として、レンズマウントの爪の形(装着レンズがどのブライトフレームを表示させるべきかをカメラに伝える物理的連動)を6bitコードのオマケのように使える仕組みです。あくまで「いつかやろうと思えばできる」というレベルの話ですが、例えば同じ6bitコードでも、爪の形が違えば別のレンズとして検出できるようになります。
——カメラ正面のライカロゴ付近にある丸い受光部は、何に使われているのですか?
これまでは、レンズを通った光と、丸い受光部で測った環境光の差を見て、だいたいの絞り値を算出してExifデータに書き込んでいました。しかしその数値が正確ではないため「実際に設定した値と違う!」とクレームになり、やめることにしました。
ライカM10では、ブライトフレームを照らすLEDの明るさ調整のほかに、絞り優先AEの測光と、周辺光量補正の度合いを絞り値によって変えるのに使っています(絞るごとに周辺光量落ちは改善されるため)。この方式での周辺光量補正は、Mデジタル初代のライカM8からやっています。
——M型ライカにEVFを内蔵することは考えませんでしたか?
レンジファインダーはM型のコアです。また、撮影するフレームの外の部分も見ながら撮れるのがM型ライカのスタイルとして重要であり、外せないポイントです。別売の「ライカ ビゾフレックス」を外付けすればEVFで視野率100%のライブビューもできますから、この形が一番いいかなと考えました。
——新ファインダーはメガネ装用時の撮影にも配慮されていますが、一番外側にある28mmのブライトフレームを見るのは、メガネを掛けた私にはまだ難しかったです。28mmの外付けビューファインダーを再販しませんか?
外付けの光学ビューファインダーはかなり経験を積んだユーザーでないと良さがわかりませんし、今では外付けビューファインダーとしてEVFを使うユーザーが増えているので、それでカバーできていると考えています。21mmや24mm用の光学ビューファインダーはまだ販売しています。
——今回、電子水準器の表示機能はなくなりましたか?
省略しました。ただ、写真の向きをExifに書き込むためのセンサーは入っています。
CMOSセンサーや絵作りについて
——今回は絵作りの傾向を変えていると聞きましたが、本当ですか?
ライカM10を開発する前に、iPhoneやライカM(Typ240)など何種類かのカメラの撮影画像を並べて「どれが好き?」というWebアンケートを行いました。そこではっきりしたのは、ライカM9(2009年発表のフルサイズCCD機)の評価が高いということでした。なので、ライカM10ではライカM9のような色再現を意識しました。
——ライカM9のような絵とは、端的にどんな感じですか?
「Gentle & Warm」です。あと、「Cozy」ですね。
——ライカM10は高感度特性がよくなったと評判ですが、特にカメラ内JPEGの高感度ノイズリダクションが優秀だと思いました。新しい画像処理エンジンのおかげですか?
そうです。「Maestro II」(ライカS、ライカQ、ライカSLに先行採用)の高速処理を使いながら、Mデジタル登場以来の10年間で得られた経験も盛り込んでいます。
——ライカM10で、最も広いダイナミックレンジが得られるベース感度はいくつですか?
ISO100です。
外装について
——ボディの構造など、表から見えない部分に変更点はありますか?
従来通り、シャーシがマグネシウムで、上下のカバーは真鍮製です。構造の違いでいうと、ライカM(Typ240)ではフロント側からパーツを組み込んでいき、リア側はほとんどフタのような部分のみでした。それがライカM10ではモナカのようにシャーシ部分がフロントとリアに分かれていて、ベースプレートを外すと底面に切れ目が見えます。
今回はボディを薄くするためにフロント部分に多くのパーツを組み込んでいます。そのためには開口部を広げる必要があるので、こうした構造になりました。あくまで組み立て方の違いであり、ボディの頑丈さに違いはありません。
ボディ構造については、ライカM9世代からライカM(Typ240)世代に進んだときに頑丈さを高めました。ライカM9ではフロント側のシェルが薄かったので、ライカM(Typ240)ではマウント部の周辺を頑丈にしたり、三脚穴をベースプレートから本体シャシーに移すなどの改良を施しました。ライカM10もその頑丈さを継承しています。
——金属外装なので電波が通りにくそうですが、Wi-Fiアンテナはどこに入っていますか?
電波を通すためには外装の一部をプラスチックにしないといけません。表から継ぎ目が見えてしまっては美しくないので、貼り革の下に隠れる部分に入れました。
——本体の上下カバーに真鍮素材を用いるメリットをどう考えていますか?
ライカ伝統のシルバークロームメッキが可能になります。これは特殊なメッキのため、真鍮の上にしかかけられません。仮にアルミだとクロームメッキをする方法がまだありませんから、アルマイトになってしまって色が異なります。M型ライカとしては、伝統的な真鍮ボディ+シルバークロームにしたかったのです。
——カラーバリエーションに、ツヤのあるブラックペイントでなく、マットなブラッククロームを選んだ理由は何ですか?
社内でもブラックペイントとブラッククロームのそれぞれにファンがいて、議論になりました。ブラックペイントは塗装の剥がれた趣が好まれています。 ただ、クロームのほうが強い仕上げのため「買ってきた日」のような状態が長持ちします。また、機械っぽい見た目だったり、マット仕上げのためにカメラが目立たないなどの意見もあります。
傾向として、ヨーロッパではブラッククロームのように頑丈で傷まない塗装が好まれますが、日本のユーザーにはブラックペイントの剥がれなどが好まれますね。根本的なM型ライカの機能などに関する要望は、世界のどの地域でも大きく変わりません。
製品ラインナップや今後について
——ライカM10が往年のフィルムライカの手触りを目指したように、1950年代のスクリューマウントレンズを復刻した「ズマロンM 28mm F5.6」も話題を集めています。どのような狙いがありましたか?
デジタルカメラの時代になってから、オールドレンズで撮影するという趣味がポピュラーになりました。ライカの製品発表会にいらっしゃるお客さんも、半数ぐらいは最新レンズでないものも使って撮影を楽しんでいます。そういったトレンドがあるので、古いレンズの復刻を楽しんでもらうことを考えました。今回のズマロン28mmはその第1弾で、今後もあるかもしれません。
——たとえば、沈胴式レンズでライカのコンパクトさをもっと楽しめるような?
沈胴式レンズは可動部が多いので、メカ的な誤差による精度調整に難しさがあります。今は大口径レンズが人気なこともあり、沈胴できるような小型のレンズはそれほど需要がないのかなと考えています。しかし現行製品でもマクロ・エルマーM 90mmという例があるように、開放F4ぐらいであれば沈胴式でも精度を保てます。
——まだ発表されたばかりのライカM10ですが、今の満足度を聞かせてください。
もちろん100%と言いたいですが、やり残したところもあります。 例えば液晶モニターはまだ背面から出っ張っていますから、いつか完全にフラットにできたら…といったところです。将来のモデルで取り組みたいですね。