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稲垣徳文写真展:鶏卵紙のパリ

ギャラリー・ソラリス(大阪府大阪市)3月23日から

(c)稲垣徳文

大阪府大阪市のギャラリー・ソラリスで3月23日(火)から4月4日(日)まで開催される、稲垣徳文さんの写真展「鶏卵紙のパリ」。展示概要とともに、作家本人からのメッセージと見どころ紹介をお届けします(編集部)。

展示について

「ウジェーヌ・アジェ」の作品に出会ったのは1980年代末に銀座で開かれた回顧展だった。淡いセピア色の静謐な景色が記憶に残っている。アジェは「失われゆく景色を写した写真家」と表現されることから、その景色はもはや存在しない。そう思っていた。

2012年の秋、写真集に記載された地名をWebで調べてみると同じ名前の通りがあることがわかった。それから数日かけて写真集に収録されたすべての撮影地を確認したところ、パリの路地はこの100年、ほとんど名前が変わっていないことが判明した。

表紙の「セーヌ通り」は、ポン・デザールとサン・ジェルマン・デ・プレを結ぶ道だった。その道はこれまで何度も歩いているにも関わらずアジェの風景と思うことは一度もなかった。それは何故なのか。その答えを求めて私は大型カメラを携えて再びパリに出かけた。ピントグラス越しに「セーヌ通りの三叉路」眺めること。それが旅の出発点であった。

毎朝、パリ北駅にほど近いサン・マルタン運河沿いのホテルから共和国広場を経てシテ島へ向かう。ポン・ヌフを渡りサン・ミッシェルへ。パリはメトロも便利だがやはり徒歩がいい。空模様を伺いながらアジェのイメージを探し歩く。アジェのパリには撮れそうで撮れない密度のようなものがある。

アジェは8,000枚もの作品を残したとされる。墨一色の写真集もあるが、豪華本は必ずダブルトーンで印刷されている。しかも、版元によりその色調も異なる印象がある。それでは鶏卵紙のセピア色とはいかなるものなのか。パリを訪れるようになり3年が過ぎた頃、鶏卵紙を再現してみたいと思った。

作法はパリにある国立遺産学院(Institut National du Patrimoine)のワークショップを参考にしている。CANSONのデッサン用紙で作る鶏卵紙は柔らかな光沢感のあるプリントに仕上がる。それは19世紀当時の紙質に近いという。

鶏卵紙のモダンプリントは色鮮やかなチョコレート色をしている。現代のバライタ印画紙を凌ぐほどの階調性がある。19世紀の写真技法は逆光の石畳の質感さえ表現できるのだ。アジェが鶏卵紙などあたたかなセピア色の塩化銀紙を使い続けた理由はこのあたりにあるのではないかと思う。これらの作品はウジェーヌ・アジェと写真の黎明期を生きた写真師たちへのオマージュでもある。

使用機材

DEARDORFF 8×10
FUJINON・W 180mm F5.6 / Paris Darlot 165mm
フィルム:Kodak Tri-X、ILFORD HP5 PLUS、FOMAPAN 400
印画紙:CANSON CROB’ART(鶏卵紙)、ILFORD FB Cooltone、FOMA MG 131

(c)稲垣徳文
(c)稲垣徳文
(c)稲垣徳文

アジェを巡る旅 -近況-

アジェを巡るパリ訪問の折には必ず書店を訪れる。それは写真集から新たな撮影イメージを探すためだ。それがこの10年あまりの間にアジェ作品の収蔵する美術館や図書館のデータベースが充実し、Web上で新たな撮影イメージを探せるようになった。作品の細部をじっくりと眺め何かを読み解く作業には写真集が適していると思うものの、データベースは同じモチーフを同時に検索できる。フレーミングを変え何枚も撮影したようなモチーフへのアプローチの過程をうかがい知ることができる。

また、三脚に据えられた大型カメラやアジェの姿が、店のショーウインドーに写し鏡のように残された作品もあった。若き日に舞台俳優だったアジェは背も高く、フェルト帽にジャケットを羽織り、大型カメラを携えた屈強な姿が印象的だ。

アジェ自身の暗室を写した作品もある。ライティングデスクと作業台が並び、デスクには鶏卵紙をフラットニングするための板が置かれている。作業台近くにはプリントフレームが4枚重ねて置かれている。壁に掛けられたセーフライトはオイルランプが光源のようで小さな煙突がある。アジェがプリントに使った鶏卵紙は感度が低いためゼラチンシルバープリントのように引き伸ばしができない。ネガと印画紙を重ね日光で焼き付けてプリントを得る。そのためアジェの暗室にも引き伸ばし機の姿はない。

4年ほど前、Web検索を続けるうち、この部屋と同じ壁紙が貼られたイメージを見つけた。それはライティングデスクの反対側の壁を写しているように思われた。壁に沿って棚が並び、その手前には板を渡した作業台がある。棚にはガラス乾板のネガが整然と並び、作品なのか、印画紙ほどの大きさの包みがいくつも置かれている。棚の手前に置かれた作業台には、8枚のプリントフレームが積み上げられている。作業台の下に置かれた現像バットは厚みがあり白磁で作られている。その内面は真っ黒で、鶏卵紙プリントの硝酸銀で着色されているようだ。

窓を背に撮影したライティングや、屋外での撮影よりも低くカメラを据えた三脚の高さも同様で、この2枚は同じ日に撮影されたと思われる。

アジェは30年に及ぶ期間に、街の景色だけでなく、プライベートな室内空間や、ベルサイユなど郊外の公園も数多く撮影されている。

ここ数年は非公開の物件と郊外の公園を訪ねている。アジェの撮影当時、エリック・サティが在籍していた音楽学校の教室は、暖炉から天井のシャンデリアまで100年前のままだった。

今回、ポストカードに選んだ邸宅は、貴族の邸宅跡が数多く残るマレ地区にあった。個人宅は事前に撮影許諾を取ることも難しく、直接訪れてお願いすることになる。西向きの窓から差し込む僅かな光に目が慣れるまで待ちフレーミングを始めた。パリを訪れる楽しみは尽きない。

(c)稲垣徳文
(c)稲垣徳文
(c)稲垣徳文

鶏卵紙ワークショップ

写真展期間中の週末、ギャラリー併設の暗室で「鶏卵紙ワークショップ」を開催します(※定員に達したため、キャンセル待ちを受け付けています)。

ワークショップではキャンソンのパルプ紙を卵白と硝酸銀の水溶液に浸し、鶏卵紙を作ります。それから日光で数分から数十分、焼き付けます。ご自身の作品のネガをお持ちいただくか(デジタルネガも可)、こちらで用意したネガを使い、手作りの印画紙に作品制作をお楽しみいただく予定です。

実施日は3月27日(土)、3月28日(日)、4月3日(土)、4月4日(日)。それぞれ午前の部10時〜13時・午後の部13時〜16時(参加費5,000円)です。

展示概要

会場

ギャラリー・ソラリス
〒542-0081 大阪市中央区南船場3-2-6 大阪農林会館 地下1階

会期

3月23日(火)~ 4月4日(日)※3月29日は定休

時間

11時〜19時

作者プロフィール

1970年東京都出身。法政大学社会学部卒業。在学中より写真家・宝田久人氏に師事する。朝日新聞社「AERA」編集部を経てエディトリアルを中心に活動する。「アジアの古刹巡礼」と「ウジェーヌ・アジェが写したパリの再訪」をライフワークにしている。東日本大震災後、太陽光でプリント可能な鶏卵紙による作品制作に取り組んでいる。日本写真協会会員。

写真展
1991年『タシュクルガンへの道』オリンパスギャラリー
1995年『大陸浪人』ドイフォトプラザ
2007年『In the viewpoint of Asia / Tokyo』 gallery Litfasssaeule Munchen
2011年『巡礼』Mt.Kailas コニカミノルタプラザ
2017年『HOMMAGE』アジェ再訪 gallery bauhaus
2019年『10th gelatin silver session』参加 AXIS GALLERY
2020年『ROOTS』アジェとニエプスを辿る旅 gallery bauhaus
2020年 『巡礼』2010-2020 FUJIFILM Imaging Plaza 東京・大阪