コラム

19世紀の写真技法「鶏卵紙」とは

ハンドメイドによる"自分だけの一枚"ができるまで

ギャラリー・ソラリスで3月23日から開催される稲垣徳文写真展「鶏卵紙のパリ」に寄せて、鶏卵紙を使った作品づくりの方法について、稲垣徳文さん自身による解説をお届けします。(編集部)

写真データをデジタルネガに出力して銀塩プリントで残す。これはアナログのフィルムや印画紙とデジタルの融合であり、いま私達の生きる21世紀初頭が、いかに写真の多様性に満ちた時代であるかを感じさせます。

19世紀、いわゆる古典技法の時代、写真家は現像からプリントまでのすべてをたった一人で作業していました。その作法も、写真師の数だけ存在したとされています。

銀塩フィルムのように工業生産される以前の鶏卵紙は、特別な道具を必要とせずにハンドメイドできます。用紙を選んで色味をコントロールすることや、必ずしも思うようにはならない奥深さなど、創意工夫で自分だけの一枚を作ります。そのため、ゆっくりと時間をかけて、このプロセス自体も楽しむことができます。

鶏卵紙(アルビューメンプリント)とは?

1850年にフランスの写真家、ルイ=デジレ・ブランカール=エブラールにより発明された、卵白の柔らかな光沢感が美しい印画紙のことです。そしてこれが、19世紀後半の人々が眺めていた写真の色です。コロジオン湿板のガラスネガと組み合わせたゼラチン・シルバープリントが開発された1880年以降も、ゼラチン乾板と共に20世紀初頭まで使われました。

鶏卵紙は、塩化金を使って調色します。金調色を施されたプリントは深みのあるチョコレートブラウンになります。鶏卵紙はゼラチン・シルバープリントに比べ耐光性が弱いとされていますが、プリントから150年を経た美しい作品も残っています。

1.鶏卵紙制作の処方と手順

卵白液を作る

材料:卵白 350cc(8~10個)、食酢 小さじ1杯(2cc)、食塩(塩化ナトリウム)7〜9g

1.卵を卵黄と卵白に分ける。

2.卵白に入ってしまったカラザや殻の破片を取り除く。

3.卵白がほぐれるまで泡立て器やミキサーなどで撹拌する。

4.食酢(卵白の流動性を高める)、食塩(塩化ナトリウム)を加え角が立つまで攪拌する。

5.撹拌を続けるとメレンゲがぼそぼそになり、水分が分離したら完成。半日ほど放置する。

6.表面に残った卵白の残りをザルで漉す。液体のみ瓶に入れ保存する。

用紙の選び方

鶏卵紙の用紙には、薄手の中性紙が適しています。オススメの用紙は「ピュアガード70」。卵白を塗布すると半光沢の柔らかなテクスチャーに仕上がり、ネガの情報を繊細に表現できます。

紙厚は70g/平方mと薄手のため、定着や水洗も比較的短時間で作業できます。ピュアガードはバライタ印画紙を重ねて保存する際の間紙や、ブックマットの三角コーナーとして使われる中性紙なので、保存性も優れています。

全ての紙には「裏」「表」があり、卵白の光沢感によりテクスチャーが現れてきます。ピュアガード70より厚手の「ピュアガード120」は、ガーゼのような、網目のようなテクスチャーになります。また、プラチナプリントに用いられる薄手の和紙も適しているように思います。

厚手の用紙は水を含んでも折れにくく、作業も容易になりますが、卵白や薬液を吸い込むため定着や水洗時間が長くなり、残留薬品による変色、退色の原因にもなります。

卵白紙を作る

1.卵白液をバットに注ぐ。(現像用バットは凹凸がムラの原因になるので、平らなトレーを使う)

2.表面に気泡やホコリなどが浮いていないか確認し、あれば紙片などで除去する。

3.用紙を持ち上げやすいように、どこか一辺に1cm幅の「折りしろ」を作っておく。

4.用紙を両手で持ち、中心から卵白液に浮かべゆっくりと両手を離す。

5.用紙が反ったり内側に空気が入ったり、浮いている部分がないかを確認。3~5分間待つ。

6.「折りしろ」を持って静かに持ち上げ、流れ落ちる卵白がなくなるまで待つ。(裏面に卵白がつかないように気をつける)

7.クリップに吊るし乾燥させる。用紙下部に液だまりができるので、ティッシュなどで吸い取る。

8.乾燥後に用紙がカールしたら、クリアファイルなどに挟みフラットニングする。卵白紙は長期保存可能。

2.硝酸銀水溶液を作る(12%の硝酸銀水溶液)

材料:硝酸銀 36g、蒸留水(精製水) 300ml

注意点
・硝酸銀は水道水の塩素に反応するため、精製水を用いる。
・肌や衣服に付着すると感光して黒いシミができるため、必ずゴム手袋や作業着を着用する。
・硝酸銀水溶液が目に入ると危険なためゴーグル、眼鏡などで必ず保護すること!

1.蒸留水に硝酸銀を溶解する。

2.蓋つきの茶色のガラス瓶で保管する。

↓ここから暗室作業

硝酸銀水溶液に卵白を塗布した面を浸す「銀付け」

1.鶏卵紙は一般的な印画紙ほど感度が高くないため、セーフライトなし作業できる。

・減光したタングステンライト(20〜30Wの白熱灯)で作業する。
・硝酸銀は飛沫が目に入ると危険なため、必ずゴーグルや手袋を着用する。

2. 硝酸銀水溶液をバットに静かに注ぐ。

3.表面に気泡やホコリなどが浮いていないか確認し、あれば紙片などで除去する。

4.卵白紙を両手で持ち、中心から硝酸銀溶液に浸し両手を放す。

5.気泡が入ったり、浮いている部分がないか確認し、3~5分間待つ。

6.折りしろを持って引き上げ、流れ落ちる硝酸銀水溶液がなくなるまで待つ。

7.クリップに吊るし乾燥させる。

8.卵白紙の下部に生じる液だまりを、ティッシュで吸い取る。

9.乾燥後はフラットニング。プリントフレームで「焼きだし」に移る。

注意:遮光性のある袋に入れて保管できるが、24時間ほどで感光性が失われてしまうため、この作業は「焼き出し」の直前に行う必要がある

3.日光でプリントする「焼き出し」

露光:鶏卵紙は紫外線に感光する

一般的な印画紙より感度が低いため、ネガを感光面に密着させて太陽光または紫外線露光機で数分〜数十分、長時間露光を行う。透明ビニールの食品用真空保存袋が便利。コンタクトプリント用のプリントフレームなしでも作業できる。

1.「銀付け」を終えた卵白紙とネガを真空保存袋に重ねて入れ、空気を抜く。

袋に気泡が残らないよう、タオルなど柔らかく厚手の布で気泡やシワが残らないようにする。

2.フレームにセットし、日光で「焼き出す」。

露光時間は直射日光で7~10分、日陰で30分~1時間。日陰は日向の1/4程度の紫外線量がある。

3.コンタクトフレームから、ネガと画像が現れた鶏卵紙を取り出す。

「焼きだし」後の工程。金調色液・定着液の作り方

・金調色溶液作成法
材料:A液 ホウ砂 4g、水道水 970ml、B液 塩化金 1g、蒸留水(精製水)500ml

1.水道水にホウ砂を溶解する。

2.蒸留水に塩化金を溶解し蓋つきの茶色のガラス瓶で保管する。

3.A液に30mlのB液を加え使用する。

・定着液作成法
材料:チオ硫酸ナトリウム(単ハイポ)200g、水道水 1L

単ハイポに水道水を加え、1Lとなるよう溶解する。

4.「焼き出し」後の暗室作業。画像を安定させる

(水洗→金調色→水洗→定着→水洗→乾燥→フラットニング)~保管

1.水洗10分。(鶏卵紙は現像不要)

定着が終了するまでは感光性があるので、20W程度の暗い部屋で作業すること。窓から差し込む光でもカブルるので注意。

画像面に水圧がかからないように注意し、白濁がなくなるまで流水で水洗し、余分な銀をしっかり洗い流す(不十分な水洗は金調色の効果がなくなる)。

硝酸銀は水道水の塩素と反応し、白い沈殿物となる。食塩を一つまみ加えた水道水で洗浄するのも良い。

白濁が見えなくなるまで連続攪拌の置換水洗を行い、流水で水洗する。

2.金調色5分。調色液に浸し、バットを優しく揺らして連続撹拌する。長く調色を続けると仕上がりの色が変わるので、好みの色で引き上げてもよい

調色を行うと溶液が疲労し、効果が落ちるため、8×10インチを処理した場合は1枚終えるごとにA液、B液ともに5〜6ml加える。

3.水洗3分。バットを優しく揺らし連続撹拌。

4.定着5分×2。定着は2浴行い、第1定着、第2定着ともに5分ずつ連続撹拌する。

5.最終水洗20分。画像面に水圧がかからないように注意し、流水で水洗する。

6.スポンジなどで水気を優しく拭い、自然乾燥させる。

7.乾燥後、カールした印画紙をファイルで挟み フラットニングして出来上がり。
(ドライマウントプレス機は100度、90秒)

保管について

・鶏卵紙は耐光性が低いため、直射日光の当たらない場所で保管する。
・酸化すると黄変してコントラストが下がり画質が低下する。
・急激な温度変化で卵白層にひび割れが起きることがあるため、温度差の激しい窓際や、湿度の高い風呂場の近くでの保管は避けるようにする。

稲垣徳文

(いながき のりふみ)1970年東京都出身。法政大学社会学部卒業。在学中より写真家・宝田久人氏に師事する。朝日新聞社「AERA」編集部を経てエディトリアルを中心に活動する。「アジアの古刹巡礼」と「ウジェーヌ・アジェが写したパリの再訪」をライフワークにしている。東日本大震災後、太陽光でプリント可能な鶏卵紙による作品制作に取り組んでいる。日本写真協会会員。