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「カメラグランプリ2022」贈呈式レポート。各社が開発秘話を披露

ダブル受賞のニコン Z 9、シャッター設計者が決めた“メカシャッター非搭載”

6月1日、カメラ記者クラブは「カメラグランプリ2022」の贈呈式を都内で開催した。コロナ禍の影響により、リアル開催されるのは2019年以来。

既報の通り、ニコン「Z 9」が大賞およびあなたが選ぶベストカメラ賞をダブル受賞した。レンズ賞はソニー「FE 50mm F1.2 GM」。カメラ記者クラブ賞はニコン「Z fc」が企画賞、キヤノン「EOS R3」が技術賞となった。

贈呈式では、各社から製品へのコメントと開発時の秘話が披露された。

贈呈式は東京・恵比寿の東京都写真美術館で行われた

大賞およびあなたが選ぶベストカメラ賞:ニコン Z 9

賞状とトロフィーを受け取った大石啓二氏(株式会社ニコン 映像事業部 UX企画部 部長)は、「非常に名誉ある賞を2つも頂くことができました。関係者、ニコンを支えてくれているファンの皆様の力強い支援のおかげであり、お礼申し上げます」と喜びを語った。

大石啓二氏(右)

「Z 9は当社で初めてのミラーレスのフラッグシップ機として企画しました。携わった一人一人がこれまで以上に妥協無くトップを目指し、カタログスペックだけでは無く、ユーザーが使う環境を想定しながらしっかりと思いを馳せて期待に応えられるようにしました」

「途中の試作品で、『このレベルまでできれば十分では?』という事も何度もありましたが、その体験価値で本当にいいのかと何度も作り直しました。その甲斐もあって、光学ファインダーのようなEVFやプロに使ってもらえる動画性能などを盛り込んだ製品を作ることができました」

「4月に大型ファームアップをしましたが、これで終わりだと思わず市場の声に耳を傾けて、しっかりファームアップで育てていきたいと思います」

ニコン Z 9

開発秘話を披露したのは、村上直之氏(株式会社ニコン エグゼクティブ・フェロー 映像事業部開発統括部長)。

「ファインダーはF一桁、D一桁のユーザーが進化を感じてもらえるものを目指しました。撮像センサーのデータをライブビュー画像と撮影画像で同時に読み出すことで、ライブビューを表示したまま撮影できます。これによって、不連続な見え方になることを防止しました。このように、感性レベルで満足できるところを目指しました」

「カメラの開発では実写を積み重ねてデータを取って仕上げますが、今回はコロナ禍でスポーツイベントで十分に実写ができませんでした。社員に被写体になってもらいましたが、動きにキレが無い。そこで体育館やスケートリンクを借りて選手に来てもらってデータを取りました」

「私はメカ設計者としてキャリアをスタートして、シャッターの設計をずっと手がけてきたので、今回の“メカシャッター非搭載”は自分としては断腸の思いでした。しかし読み出しスピードの速いシステムが完成したことで、メカシャッターを搭載しないことになりました。それについては、私が反対しなかったことで、さほど揉めませんでしたね(笑)」

村上直之氏(右)

出席したニコンの関係者

レンズ賞:ソニーFE 50mm F1.2 GM

レンズ賞を受賞したソニーからは、岸政典氏(ソニー株式会社 イメージングプロダクツ&ソリューションズ事業本部 レンズシステム事業部 事業部長)が賞状などを受け取った。

岸政典氏(右)

「我々のαシステムの中で初めてのF1.2のレンズということで、非常に気合いを入れて企画、開発をしました。F1.2は大口径で重くなり、AFも思うように動かない領域に入ってきますが、技術をフルに投入して小形軽量でスムーズなAFを実現しました。ユーザーからはAFの静粛性に高い評価がありました。ストレスが無い撮影ができるようになったと考えています」

「MFの操作性の高さも受賞理由に入っていますが、大変こだわった部分。そこが評価されたことが個人的に嬉しく思っています。本レンズの登場で、また新たに表現の幅が広がったと思います」

ソニーFE 50mm F1.2 GM

ソニーからは宮井博邦氏(ソニー株式会社 イメージングプロダクツ&ソリューションズ事業本部 商品技術センター コア技術第1部門 部門長)が開発秘話を話した。

「我々にとって初めてのF1.2のレンズですが、Eマウントレンズの60本目という節目のレンズでもあります。これまで歩んできた道に向き合いながら開発しました。大切にしてきた小形軽量、快適なスピード、心地よいフィーリングという部分と、高い解像性能や感性に響くボケ描写を両立させることがチャレンジでした」

「小形軽量のためレンズの枚数を減らしながら解像性能を担保して、色収差などを極限まで減らすレンズレイアウトに取り組みました。一番貢献したのは、内製のレンズエレメントであるXAレンズ。これまで以上にボケにこだわっていたので硝材を吟味し、高精度の金型を採用するなどして満足いく性能を出すことができました」

「とはいえ、フォーカス駆動面では重いレンズです。フォーカスをスムーズにするためにフォーカス群を2つにしたフローティングフォーカスとそれをダイレクトに動かすリニアモーターの開発で解決しました。被写界深度の浅いレンズなので高度な制御が必要で、想像よりも技術開発の難易度は高かったですね」

宮井博邦氏(右)

出席したソニーの関係者

カメラ記者クラブ賞(企画賞):ニコン Z fc

Z 9に続いて、ニコンの大石啓二氏がダブル受賞の喜びを語った。

「こちらも大変名誉ある賞を頂きました。Z 9もかなり振り切った企画でしたが、Z fcも別のベクトルで振り切った企画になっています。ニコンを長くご愛顧いただいているユーザーからも『FM2のデザインだね』というコメントを頂いています」

「一方、そうして楽しんでもらうことはもちろんですが、その先にいるこれまでニコンに接点の少なかった若年層や女性のお客様にもぜひこのカメラを楽しんでほしいという願いを込めました。スマートフォンでは体験できない操作ギミックや、ファインダーを覗いて切り取る体験をしてもらえたものと感じています。“撮影はしないが持ち歩いている”という人もいて、大変大きな反響がありました」

ニコン Z fc

開発秘話はZ 9と同じく、ニコンの村上直之氏が披露した。

「FM2をインスパイアしたというキャッチフレーズになっていますが、『電池が無いと動かないじゃないか』、『P/S/A/MのレバーがあるからニコンFAじゃないの?』、『前から見ると右と左のバランスがFM2と違う』など、いろいろなご意見があると思います。私もNew FM2を使っていて馴染みがあったので、細かいところは違うと思っていますが、質感や操作感はFM2のDNAをしっかり引き継ごうという思いで開発しました」

「試作の初号機を手に取ったとき、思った以上に軽かったので焦りました。FM2の感覚でみると、こんなに軽くていいのかと思いましたが、そう感じた私は少数派だったようです。やはり軽いのは正義ということで、社内でも受け入れられました」

「擬革の張り替えサービスも多くの方に使ってもらえました。持って歩くだけでも楽しいといった方もいて、さらに多くの方に共感してもらえると開発者として嬉しい限りです」

カメラ記者クラブ賞(技術賞):キヤノンEOS R3

代表して登壇したのは浄見哲士氏(キヤノン株式会社 イメージコミュニケーション事業本部 ICB事業統括部門 統括部門長)。

浄見哲士氏(右)

「EOS R3は、当社で初めて裏面照射積層型CMOSセンサーを搭載したモデルで、プロ・ハイアマチュアの要求に応えながら耐久性を兼ね備えたモデルとして発売しました。今回、プロの皆様から選出されたことで大変光栄に思っています」

「特徴としては視線入力AFを搭載しました。1992年にEOS 5で初めて搭載した機能ですが、その後いくつかの機種でスペックを高めながら今回本格的なプロフェッショナル向けの機種に搭載しました。また、高度な通信ができるマルチアクセサリーシューの採用など正常進化だけでなく、新たな技術を積極的に取り入れました。北京オリンピックで評価されたことも大きな励みになっています」

キヤノンEOS R3

開発秘話を話したのは清田真人氏(キヤノン株式会社 イメージコミュニケーション事業本部 ICB開発統括部門 ICB製品開発センター 部長)。

「視線入力AFはとても開発に苦労しました。社内外から『そろそろ搭載するのでは?』との声が聞こえていましたが、どうしても突破しなければならない壁がありました。技術的な面もそうですが、実はフィルム時代に視線入力をやっていた重鎮たちを説得するのが壁でした(笑)。ミラーレスになって被写体認識、撮像面AF、EVFが発展して視線入力とのマッチングが非常に良くなり、ぜひやりたいと説得して英智を集合させて、やっと搭載できました。重鎮たちが当時の技術の生の声を届けてくれた事も完成にこぎ着ける力になりました」

「開発日程として、2021年の発売が決まりました。東京オリンピックが1年延びたことで、なんとかしてオリンピックで使ってもらおうと開発メンバーが一致団結して頑張ることができました。2021年の6月頃にオリンピック投入への品質確認会があり、その日に遅延すること無く、所望の性能を確認できたことが製品チーフとして嬉しかったのを覚えています」

清田真人氏(右)

出席したキヤノンの関係者

カメラは平和なところで使われることを願う

カメラ映像機器工業会(CIPA)の事務局長である伊藤毅志氏はウクライナ問題に触れ、「スマホで撮られた画像がSNSにアップされて凄惨な状況が伝わっています。昔は勇敢な報道写真家が厳しい状況を伝えていましたが、現在の技術の進歩をそうした部分でも感じてしまうところ。例えば一ノ瀬泰造さんだと銃弾が撃ち込まれたニコンFが思い出され、今回のZ 9もそのフラッグシップの流れにある機種。フラッグシップモデルは過酷な現場で使われることを想定したカメラですが、できれば戦場ではなくスポーツの競技場など平和なところで使われることを願っています」と述べた。

また、3年連続でリアル開催を見合わせているCP+についていは、次回のCP+2023のリアル開催に向けて努力していると話した。またメーカーに対して、コロナ禍の終息による新しい生活に向けた技術、製品、サービスを作り上げていく事を期待していると結んだ。

伊藤毅志氏

次回はカメラグランプリ40周年

最後に、カメラ記者クラブ代表幹事の柴田誠氏が挨拶した。

「カメラグランプリは来年いよいよ40回という節目を迎えます。この2年間はコロナ禍で生活が停滞し、贈呈式の開催もできませんでした。しかし、毎年カメラとレンズが生み出され、我々もグランプリを続けました。写真の歴史200年に比べればまだまだ短いですが、続けてきたことは自負するところで、喜ばしいことです」

「世界的にみると、半導体不足など部品調達や物流の混乱、燃料費の高騰など様々な問題が山積みです。しかし、これからどんなカメラがやレンズが登場するのかと期待しているユーザーがたくさんいます。その方たちをいい意味で裏切る素晴らしい製品を作り続けて欲しいと期待しています」

柴田誠氏

1981年生まれ。2006年からインプレスのニュースサイト「デジカメ Watch」の編集者として、カメラ・写真業界の取材や機材レビューの執筆などを行う。2018年からフリー。