インタビュー

本日発売「ニコン Z fc」の“ヘリテージデザイン”ができるまで

レトロデザインと何が違う? 張り替え人気色は?

7月23日に発売日を迎えた「ニコン Z fc」について、ニコン/ニコンイメージングジャパンの担当者にQ&A形式で回答してもらった。最大の特徴である“ヘリテージデザイン”の誕生背景など、Z fcに対する理解や愛着が一層深まれば幸いだ。

なお、カメラファンの人気が最も高いと見られる「28mm f/2.8 Special Edition キット」のみ部品供給の遅延により発売延期・時期未定となってしまったのは残念至極だが、本稿の追加情報で気持ちを高めていただければと思う。

Z fcの企画とデザインについて

——Z fcの発表後、予約受付や、ニコンプラザでの展示も始まりました。どのような反響が届いていますか?

予約開始日より、想定を超える大変多くのご予約をいただいております。心待ちにしていただいている中、発売日のお届けができない場合や、Z fc 28mm f/2.8 Special Editionキットの発売延期など、ご迷惑をおかけし大変申し訳ありません。

ニコンプラザへは、購入を決めてくださったお客様が「Z fcのある生活」をイメージして実機の確認やカラー選びにワクワクされながら来館される方が多い印象です。デザインやメカダイヤルに関心を持つお客様は「所有欲を掻き立てられる特別なカメラ」と感じておられ、触って、操作して、構えて、シャッターを切って満足した面持ちで、「早く手に入れたい」という感想をよくいただきます。デザイン展示も、デザイナーのコメントをひとつひとつじっくり読んだり、写真を撮って帰られる方が多くいらっしゃいます。

ニコンプラザ東京で撮影

——どのようにグリップ部がフラットなデザインを実現しましたか? また、フラットにしたかった理由はありますか?

内部機構を見直し、バッテリー位置やシャッター位置を調整する事で実現しています。FM2の佇まいを感じさせるために、グリップレスなデザインは必須だと考えていました。

——ダイヤルが印象的なデザインですが、操作部の配置はどのように決まっていきましたか?

操作系はDfなど過去のダイヤル操作のモデルをベースに、お客様の声も反映させながら進めていきました。FM2などのフィルムカメラと同様に、上面から見たときに基本的な設定が全てわかるようにしています。Zシリーズではレンズ部分にF値の表記がないので、ボディ上面に絞り値を表示する専用の小窓を搭載しています。

——外装の人工皮革について詳しく聞かせてください。「人工皮革」と記載がありますが、一般的なカメラの“張り革”とは何が違うのでしょうか?

通常のカメラで使われているものと遜色ありません。今回は革シボの立体感やツヤ感などを調整するために人工皮革を採用しています。

——FM2の外装とZ fcの外装では、どのように違いますか? また外装素材にマグネシウムを選んだ理由を教えてください。

高い剛性と耐久性を確保するため、マグネシウム合金を採用しております。 また、FM2と外装素材が違うことから今回は塗装表現で金属質感を出す必要があり、あえてFM2よりも少し暗いトーンの塗装色を採用しました。

左がZ fc、右がFM2

——実機を見た方々から、シルバー塗装の質感に魅力を感じたという声が多いです。どのような点が難しかったですか?

本物の金属質感を塗装表現で実現するのに苦労しました。塗料に含まれる金属粒子や色のトーンを、繊細な調整幅で試作を繰り返しながら追い込み、最終的な塗料として仕上げていきました。

——外装の一部分に施された、ブラックのツヤ塗装の難しさはどこにありますか? また、FM2ブラックのような外装色は素材的に不可能なのでしょうか?

耐傷性と光沢感の両立が大変でした。今回は限られた条件の中で、品質を保ちつつ光沢感の高い塗料を採用しましたが、調整幅としては下地処理やコート数(吹き重ねる回数)、塗料自体の性能など、様々な要素がありますので、今後検討していきたいと思います。

ニコンプラザに展示されていたシルバーとブラックの塗装見本。

——Z fcのスタイリングを作り上げる過程は、どのように進みましたか? FM2のどういった部分を構成要素としていったのでしょうか。

初期検討にてヘリテージデザインの採用やモチーフとする機種の選定、操作系の検討などが行なわれ、その後に詳細設計を交えながらのデザイン検討が進み、細部の作り込みや実現性、量産性を考慮した調整が行われました。また、同時にZ fcの世界観や張替サービスの企画などの話が進められました。

スタイリング時に大切にしたのは、全体のサイズ感やプロポーションから醸し出されるカメラとしての印象です。FM2の佇まいを感じさせつつ、ミラーレスカメラの骨格に合うような調整を施しています。上から見た時のボディ部の大きさや、正面から見た時のシルバーと黒と擬革のバランスはほとんどオリジナルに合わせこみながらも、ボディとペンタプリズム部のバランスや全体のプロポーションは新しい骨格に合わせて再構築する事で、往年の風格を纏いつつ新たなミラーレスカメラのデザインへと昇華しました。

ニコン Z fcのシャッター音

——いわゆるレトロデザインと、Z fcのヘリテージデザインは何が違うのでしょうか?

「レトロ」という言葉は「retrospective」、つまり「懐古主義」を意味する語源から来ており、これは文化的側面で「古き良きものを懐かしみ、好むこと」だと捉えています。一方で「ヘリテージ」とは「heritage」、つまり「遺産」を意味する言葉であり、長年続けてきたカメラ開発の歴史は、我々にとってそれそのものが財産だと考えています。レトロデザインはどのメーカーでも出来ますが、ヘリテージデザインは長年カメラを開発してきた歴史あるニコンだからこそ出来るデザインです。

このカメラは、Zシリーズの新しいカメラを開発する上で、ニコンの歴史を紐解き、その財産である過去の名機からインスパイアされてデザインしたため、「ヘリテージデザイン」と呼んでおります。

カメラの仕様について

——Z 50をベースとしたメリットには、どのような点がありましたか? また、難しかった点はありますか?

Z 50をベースとした最大のメリットは、カメラの基本性能部分の開発が流用できる点です。

難しかった点は、外観の工夫です。フォームを変えずにZ 50をベースにするのは簡単ですが、Z fcは製品コンセプトに合わせて外観(フォーム)を大きく変えました。

左からZ fc、Z 50

まず、クラシックスタイルの外観を実現するには、カメラボディをフラットにしなければなりません。そのために、グリップ部をなくす必要があり、それに伴いバッテリーの向きを見直す必要がありました。

バッテリー自体をより小さくすれば簡単なことですが、小さくすればするほどバッテリー容量も減ってしまいます。では新しいバッテリーを新規開発しようとすると、実はそれにはとても労力がかかります。そのため、Z 50でも使用している「EN-EL25」を流用することを前提に設計しました。

Z fcのバッテリースロット

結果としてカメラの右手側にスペースが無くなったため、シャッターの駆動部を他の機種と逆向きに配置するなどの工夫を施しています。ボディをさらに厚く作れば、もう少し内部構造に余裕ができますが、それだと目指していた小型化が叶わなくなります。

実は、ISOダイヤルの下も一見スペースがあるように見えますが、機械がみっしり詰まっていて、もう動かす場所が無いくらい、限界のサイズで作っています。

——Z 50を使ったことがある方は、Z fcでも全く同じ画質を得られると考えてよいのでしょうか?

性能という観点では、ほぼ同等です。ただ、外観が違うことは大きいです。カメラの形が異なると写真の撮り方も大きく違ってくるため、異なるプロセスから生まれるアウトプットもまた、違ったものになってきます。

よりクリエイティブな映像作品を創作するために、初めてミラーレスカメラを購入しようとしている若年層向けのモデルがZ 50です。誰でもすぐに使いこなせて、旅行などにも気軽に持ち運べるカメラというコンセプトで作られました。

Z fcは、アウトプットのみならず、持っていて楽しいと感じてもらうことをコンセプトに、写真と真摯に向き合っていただいて、何をどうしたら自分好みにアウトプットできるかを認識しながら使っていただけるモデルです。

——Z 50と比べて、microUSB端子がUSB Type-C端子になり、給電にも対応しました。とても歓迎されていますが、この実現はZ 50の頃には難しかったのでしょうか?

Z 50の発売後から、USB Type-Cの給電対応についてたくさん要望をいただいたため、Z fcで対応することになりました。

Z fcのUSB Type-C端子

——Type-C端子から給電しつつ、ニコンのPCソフト「Webcam Utility」を使ってWebカメラとして連続使用することは可能ですか?

可能です。

——ニコンZ初のバリアングルモニターの採用は、どのような使い方を想定しましたか?

静止画でも動画でも、バリアングルモニターを使えば撮影時の自由度が高まり、どんな角度でも気軽に撮っていただけることが一番の狙いです。Vlog撮影時にもバリアングルを使っていただければ、外部モニターを使わずZ fcだけで動画撮影することができます。

また、液晶モニターを隠せるのも大きなメリットです。表示部を保護することができ、何よりもモニターを表に出したくないときには便利です。

——動画機能の特徴や、Z 50にない新機能があれば教えてください。

動画機能の特徴は、4K UHD/30p動画をDXフォーマットベースで、クロップなしで撮影可能な点です。Z 50では静止画時のみ瞳AF・動物AFを使用できましたが、Z fcでは動画時も対応します。

Z 50になかった新機能は、カメラ天面の表示パネル、AUTOモード時の露出補正、ライブビュー表示の消灯、AFロックオンです。

——Z fcのようなカジュアル路線やヘリテージ・デザインのモデルは、Zシリーズが立ち上がった頃からアイデアがあったのでしょうか?

Zシリーズが立ち上がった頃から、Z fcの構想はありました。

今ニコンが抱えている課題として、いかに若年層のお客様を取り込んでいくか、があります。FM2は1982年、当時高額で手に届かなかった一眼レフカメラでの写真文化を広めるために、学生などの初心者の方にも楽しんで貰えるよう、最新の技術をコンパクトなボディで、かつお求めやすい価格で販売し、その結果、爆発的なヒット商品となりました。その前例を基に、コンパクトでお求めやすいモデルを作ろうと考えたのがきっかけです。

そして次に重要になるのがデザインです。現在、多くのメーカーから沢山のカメラが販売されています。また極論を言えば“スマホがあれば良い”という時代ですが、若い世代は自分のライフスタイルに融合できる商品を探しており、一般的によく見るような黒いカメラは他人と被ってしまうこともあり、持ちたくないという方も多くいらっしゃいます。

そこで、若い世代が持っていても違和感のないカメラとは何かと考えた時、昔のFM2のイメージを借用し、性能だけでなくお客様のライフスタイルに融合できるようなカメラを作りたいと考え、このスタイルになりました。

交換レンズについて

——28mmをSpecial Editionのキットレンズとして選んだ理由を教えてください。

NIKKOR Z 28mm f/2.8 Special Editionを装着したZ fc

Z fcとの組み合わせで標準域の42mm相当の画角になるということで、28mmになりました。

——NIKKOR Z 28mm f/2.8 Special Editionのスタイリングのために、過去の社内資料を紐解いたとありました。デザインを手がけるにあたり、当時の資料に何か新たな発見はありましたか?

手書きの図面ながら、直接の指示とは関係のない部分も、非常に丁寧に描き込まれていて、ものづくりに対するニコンの伝統的な姿勢を感じ背筋が伸びる思いでした。

そのほか

——プレミアムエクステリアのカラーバリエーションはどのように選びましたか? また、現時点ではどの色が人気か教えてください。

色の選定にあたっては、カメラファンの好みはもちろんのこと、ニコンのユーザーには少ない若年層女性が使用することも意識しながら進めました。ユーザーが少しでも自分に合う色を選べるように、色数も広げ、アンバーブラウンやサンドベージュといった定番色だけでなく、コーラルピンクやミントグリーンなどの少しアクセントのあるカラーも加えています。また、全体のトーンは少しくすませ、革の凹凸部の色味をそれぞれ少し変えるなどの調整を行うことで、落ち着きのある、ライフスタイルへの馴染みが良い風合いに仕上げています。

Web直販のニコンダイレクトでZ fcを予約していただくと、予約時にプレミアムエクステリアのカラー選択ができ、ご希望のカラーに張り替えをした状態でお届けいたします。6色それぞれ大変多くのご予約をいただいておりますが、中でも一番人気はサンドベージュです。他にもミントグリーンやコーラルピンクといったカラフルな色も、当初の想定以上のご希望をいただいております。

東京・大阪のニコンプラザでは、プレミアムエクステリア張り替えをしたモックアップの展示をしていますが、どの色にしようか、楽しみながら悩まれてご相談をいただくことも多く、自分の服装や好きなカラーコーデに合わせてみたいというお客様の要望に応えられるよう、「カメラのある生活ブース」に姿見(鏡)を準備しています。幅広い層のお客様にそれぞれのカラーで様々なご意見や感想をいただきながら、好みの1台をお選びいただいています。

ニコンプラザ東京のNICO STOPコーナー
Z fcがモチーフのクッション。プレミアムエクステリアに選ばれたカラーで構成したイラストだという
モックアップの展示
Z fcのカタログ

——デザイン展示の中に、別売のエクステンショングリップも並んでいました。こちらの見どころも聞かせてください。

このカメラの価値である“小型軽量で気軽に持ち出せる”ことを優先し、より小さく最小限の形でグリップが付けられるようにデザインしました。ホールド性を高めるために、前面のメインのグリップ部だけでなく、背面のリアグリップ部まで作り込んでいます。また、装着したままバッテリーや記録メディアが取り出せることも考慮しています。

外観面でも工夫しており、金属削り出しの質感を体現するように直線的な造形で構成しながら、装着した際も後付け感が出ないような一体感のあるデザインを意識しました。また、グリップ装着前のカメラを正面から見た際、上からシルバー、黒、シルバーと3段になっているものが、グリップを装着すると底面の銀色部分が被さってシルバーと黒のツートンになります。装着することで、見た目的にもまた違った側面を楽しめるように工夫しています。

——今後、Z fc用のドレスアップパーツなどは予定していますか? レリーズボタンや、Z fcの雰囲気に似合うレンズフードを付けたいという声を見かけます。

たくさんのご要望を受けているので、市場の反応やユーザーの声に耳を傾けながら検討します。

本誌:鈴木誠