インタビュー
タムロンが富士フイルムXマウントに参入! その意図と新レンズについて聞いてみた
期待の高倍率ズーム「18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)」のコンセプトとは?
2021年7月21日 18:00
この数年、数々の特徴的なミラーレスカメラ用レンズを発売してきたタムロンから、新たに「18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)」の開発が発表された。タムロンのミラーレスカメラ用レンズは、そのほとんどがソニーEマウント対応の交換レンズなので、今回もその流れで来るかと思いきや、Eマウントに加えて富士フイルムXマウントも登場するという。
……タムロンのXマウント参入である。これは吉報!
このレンズはAPS-C対応のズーム比16.6倍の高倍率ズームとのこと。しかし、高倍率ズームのパイオニアとされるタムロンだけに、どうやらただの新製品で話は終わりそうになさそうだ。と、気持ちがソワソワしていたところ、当の開発者に直接インタビューさせていただく機会に恵まれたので、これ幸いとレンズの詳細と開発の経緯をお聞きしてきた。
タムロン初のXマウント用レンズ
いまなぜXマウントへの参入を決めたのでしょうか?
沢尾貴志氏(執行役員 映像事業本部 本部長。以下、沢尾) :実際にレンズの開発を始めたのは1年以上前のこと。われわれはタムロンブランドのレンズに対して「Human Focus」というブランドメッセージを掲げており、実際に写真を撮られている方々に快適な撮影体験を提供したいという想いで日々ビジネスを展開しています。使い勝手が良くリーズナブルな商品を展開し、できるだけ多くの人に使っていただきたい。これまではミラーレスカメラ用の交換レンズにはEマウント中心のラインナップを構築してきましたが、Xマウントの富士フイルムさんとは事業所が同じ埼玉県さいたま市ということもあって仲良くさせていただいた経緯もあり、その中で、今回、Xマウントの仕様を公開していただけることになりました。これが当社の「できるだけ多くの方々に使っていただきたい」という考えに合致しましたので、この度Xマウントに参入させていただく運びとなりました。
ソニーEマウント用に加えて、Xマウント用レンズの登場はとても嬉しいニュースです。
沢尾: 確かに現状ソニーさんは大きなシェアをもっていらっしゃいますが、富士フイルムさんのXマウントも十分に大きなシェアをもたれていると見ていて、ビジネスとしても十分に成立すると考えました。また、ソニーEマウントだけでなく他社マウントへの展開を求める声を、多くのユーザー様からいただいているという事実もありました。
Xマウント初の製品として高倍率ズームを選定した理由はどこにありますか?
沢尾: 富士フイルムさんのラインナップを見ますと、高倍率ズームと呼べるカテゴリーの製品が「XF18-135mmF3.5-5.6 R LM OIS WR」しかありませんでした。高倍率ズームのパイオニアを自負する当社としましては、われわれの技術力ならもっと望遠側を伸ばせる、現状のラインナップを補充する製品を投入することができると判断してAPS-Cサイズ対応の18-300mmを投入することにしました。これはソニーさんのレンズラインアップでも同じことが言えます。
三澤幸大氏(映像事業本部 マーケティング企画部 部長。以下、三澤): レンズ交換せずにレンズ1本で撮影を済ませたい、標準ズームはあるけどもっと望遠側が欲しい、旅行に行くときなるべく荷物を減らしたい、という要望はやはり多く寄せられています。そうした方々にこそ使っていただきたい高倍率ズームです。
高倍率ズームという括りにしても、″18-300mm″ ″16.6倍ズーム″というのは、ミラーレス用レンズとしては新しい挑戦になりますよね?
沢尾: そうですね。ソニーEマウント対応を含めても、焦点距離300mmまで届いて高画質と言えるような高倍率ズームというのは現状存在していませんでした。社内でも、望遠端を200mmにして無難な性能とサイズにするという案もありましたが、ここはタムロンらしく300mm(35mm判換算で450mm相当)に挑戦したいというのが、今回のこのレンズのアピールポイントでもあります。
デザイン・サイズなど、富士フイルムXボディとの親和性は考慮されたのでしょうか?
沢尾: われわれタムロンとしては、ブランドメッセージである「Human Focus」に並ぶデザインコンセプトとして「Human Touch」を掲げています。これはユーザーの皆さまが、使っていてよく手に馴染み、温かみを感じていただけるように配慮した、人間工学に基づいたデザインになっています。当社の製品いずれにも共通しておりまして、そうしたコンセプトを変更することはありません。
三澤: Xマウント専用に何かをカスタマイズしたデザインになっているのではなくて、われわれのコンセプトに基づいて造られたレンズがXマウントにも装着できるとお考え下さい。
確かに、小柄なX-S10との組み合わせでも違和感はまったくありませんね。それにしても、16.6倍、18-300mmとは思えないほどコンパクトに仕上がっていることに驚きます。
沢尾: 小型軽量で高性能なミラーレスカメラが多く登場している今ですので、やはりレンズも相応に小さく軽くなければ納得してもらえないと思い、ここは頑張りました。はじめ試作品ができた時はずっと大きかったのですが、何度も設計とやり取りを繰り返して、光学性能や操作性を維持しながらようやくこのサイズにまで落とし込むことができました。
高倍率ズームのパイオニアであるタムロンだからこそ、これまでに培ったノウハウを活かすことができたということでしょうか?
三澤: それももちろんあります。それもありますが……われわれの事業部は大体170人前後の人間が所属しており、商品企画から設計、営業やマーケティングまで1本のレンズができるまでにかかわる部署が全部同じフロアで机を並べているのです。ですので、なにか問題や疑問が提起されたらみんなが直ぐにバッと集まって意見交換しています。即時対応の円滑なコミュニケーションが当社の強みであり、だからこそ、今回のこのレンズも完成を間近に見据えることができたのだと思います。
◇ ◇ ◇
新しいタムロンの高倍率ズームはここがスゴイ
ズーム倍率16.6倍というのはやはり意欲を感じますね。
市川浩氏(映像事業本部 マーケティング企画部 商品企画課 係長。以下、市川) :はい、APS-Cミラーレスカメラ用の高倍率ズームとしては世界初になります。
18-300mmの16.6倍ズームを小型化するのは大変な苦労があったのではないでしょうか?
仲澤公昭氏(光学開発本部 光学開発一部 部長。以下、仲澤): ミラーレス用のレンズとなりますと、フォーカス系のレンズ群をモーターで直接動かす必要があります。本レンズの場合は、絞り羽根の開閉や手ブレ補正機構VCのためのモーターも必要ですので、合計3つのモーターを内蔵しています。これがうまい具合に配置させないと鏡筒が太くなってしまうのです。
光学系を工夫すれば小型化できるというわけではないと。
仲澤: 光学系も難しい問題がありまして、小さなモーターで駆動させるために、フォーカス系のレンズ群はなるべく軽くする必要がある。フォーカス系レンズ群に制約がありながら、最新の高性能カメラに合わせた高い次元の画質を求められるところが設計上大変なところでした。
私たちユーザーは当たり前のように高画質を求めますけど、そんな隠された苦労があるのですね。
仲澤: しかしおかげで、今までとは違うレベルの高画質な高倍率ズームになっていると思います。まあ、レンズの小型化で一番苦労したのはある程度できた部品をコンマミリ単位で配置するメカ屋ですけどね。なかなか上が納得してくれる大きさに落とし込めなくて、何度もやり直しすることになります(笑)
メカ屋、ですか?
杉本陽平氏(映像事業本部 設計技術二部 設計技術一課。以下、杉本): 「機構設計」のことです。社内用語ですが設計しているわれわれとしては、この方がシックリきます(笑)高倍率ズームはカムに沿って各ズーム群の移動に合わせて鏡筒を伸縮する必要があります。そうした複雑な機構の中に製品サイズが肥大化しないよう、干渉しないように、いろんな部品を配置していくのが機構設計の仕事です。
仲澤: 地味ですけど実は一番時間がかかる大変な仕事です。
杉本: 今回はズーム倍率が16.6倍ということもありまして、昨年発売した(フルサイズ対応の)28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD(Model A071)より各ズーム群の移動量が格段に多く、さらにはA071にはなかった手ブレ補正機構も内蔵していますので、設計の難易度は大幅に上がりました。
フルサイズの大口径標準ズームより設計が難しいのですか? シロウトとしましては大口径ほど難しいイメージですが……
杉本: A071にはA071としての設計の難しさがありますが、時間がかかったという意味ではこちらの方が大変だったかもしれません。しかしながら、ズームカムの設計を一から見直し、金属筒部品を増やすことで最大径を抑えつつ、ズームトルクとバランスのとれた機構が成立できました。
市川: 本レンズ(Model B061)はいうなれば機能てんこ盛りのレンズですので、要求されたサイズにまで小型化するのはかなり大変だったと思います。最初の試作品では最大径80.5mmだったのが、最終的にはかなりシェイプアップしましたからね。最大径を1mm小さくするだけでも、光学・メカ含めて血の滲むような苦労があります。それをかなり小さくするというのは、本当に凄い事だと思います。フィルター径も67mmとなり、他の当社製品と共通にすることができました。そんな大変なサイズのお願いをしたのは私なのですが。
フィルター径が67mmでシリーズ共通だとNDやPLフィルターを共有できて便利ですね。サイズが小さくなっただけでなく重量も軽いレンズだと言えますか?
市川: 重量は620g程度になる予定です。27mm相当の広角から450mm相当の超望遠を1本に内包したレンズと考えれば、十分に軽いレンズだと言えると思います。推奨はしませんが、人によっては片手もちで撮影することだって可能だと思います。
杉本: 軽量化については、金属部品とエンジニアリングプラスチック部品を適切な箇所に配置することで、製品強度と重量のバランスをとりながら達成しています。
高倍率ズームのパイオニアとして知られるタムロンですが、最近は最短撮影距離の短さも評判になっていますね。
市川: はい、本レンズも最短撮影性能は非常に高く、ワイド端18mmでの最短撮影距離は0.15m、ワーキングディスタンスはおよそ5mmとなっています。
およそ5cmでなく5mmですか?
市川: センチではなくミリです(笑)。フィルターを付けていると接触してしまうくらいに寄れますね。
仲澤: 近接撮影性能を高くすることは初めから目指していたことですし、原理的にはもっと寄れることも分かっていました。しかし、それではレンズ前玉に被写体が衝突するので、実使用も考慮し、敢えてストッパーをかけています。
5mmとは驚異的ですね。実際にそのワーキングディスタンスでどんな写真が撮れるのか想像するのが難しいくらいです。
仲澤: われわれも性能的なことが心配だったので、実際に写真を撮ってみています。すると、想像できなかった分だけ非常に面白い写真が撮れることが分かりましたので、ぜひこの新しい広角マクロの世界をユーザーの皆さまに体験していただきたいということになったのです。
なるほど、想像できない世界だからこそ面白い。実写作例を楽しみにしています。
市川: スマートフォンなら寄れるのは当たり前ですので、最短撮影距離という制限が事実上ない製品を、多くの方に受け入れていただけるのではないでしょうか。ただ、近接撮影時には装着されているフィルターが、被写体に接触したり、レンズがぶつかったりする可能性があります。われわれもB061ならではの特殊な撮影方法と注意点をよく理解していただけるよう準備していくつもりです。
画質についてお聞きします。クラス最高レベルの高画質とお聞きしましたが実際その通りでしょうか?
仲澤: クラスとはこの場合、高倍率ズームとしてという意味になりますが、高倍率ズームに自信のある、当社の他製品と比べたなかでも最高レベルになっています。画質のために7群という多数のズームレンズ群で構成されていますが、機構設計の方がまた苦労してくれたおかげで、複雑な各群の動きを高精度かつスムーズに制御することに成功しています。
杉本: これまでの話と重なりますが、16.6倍の倍率のなかで7群のズームレンズ構成をコントロールするのは大変なことに違いありませんでした。手ブレ補正機構VCの制御も絡んできますので、話はさらに大変になります。それでも目標を達成できたのは、当社に蓄積されたノウハウがあったことと、チームワークのおかげです。
仲澤: いまは製品化に向けて細かな造り込みを進めている段階ですけど、間違いなく画質は悪くないですよ。ミラーレスカメラならではのデジタル的な補正も活用できますが、それを使わなくても、十分に最新のデジタルカメラの性能をカバーするレベルの高画質になっています。
AF性能についても教えてください。高倍率ズームというと、AFの速さや精度に不安を感じるユーザーもいると思いますが、本レンズはいかがでしょうか?
市川: B061は、タムロンの高倍率ズームとしては初めて、リニアモーターのVXD(Voice-coil eXtreme-torque Drive)を採用しています。VXDは当社の70-180mm F/2.8 Di III VXDで初採用されましたが、非常にAFが速く正確ということで多くの好評価をいただきました。本レンズB061でも、高倍率ズームだからとAF性能に不満を感じるようなことはないと考えています。
動画撮影にも配慮されているのでしょうか?
杉本: VXDはリニアモーターですので動画撮影においても、他のモーターに比べて大幅に雑音を抑制することができます。
三澤: 動画について言うと、当社の調査でも写真だけでなく動画も一緒に楽しまれているお客様が多いことが分かっています。ですので、本レンズB061ももちろんですが、ひきつづき静寂性を重視したアクチュエーターの採用や開発、フォーカスリングの作動感の改善等を図っていきたいと思います。
取材を終えて
以上、ソニーEマウント用とともに、タムロン初となる富士フイルムXマウント用レンズの開発が発表された、18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD (Model B061)についてのお話を聞くことができた。
筆者は、ソニーEマウント・富士フイルムXマウントのミラーレスカメラをともに所有しており、どちらも愛用している。ただ、ソニーEマウントは純正以外にもAF対応のサードパーティー製レンズが豊富に存在しているのに対し、富士フイルムXマウントにはそれがあまりなく、選ぶ楽しみが少ないところを悲しんでいたのである。だからこそ、今回のタムロンのXマウント参入は、何よりも聞いて嬉しい発表となった。
今回のインタビューでタムロンのXマウント用レンズについては、「他のXマウント用レンズも企画しています、いつと申し上げることはできませんが、期待してお待ちいただければと思います」(沢尾)という心強い返事をいただいている。しかも、Eマウント、Xマウント以外の他社ミラーレスカメラマウントについても「当社製品で快適な撮影体験をしていただきたいので、検討は常にしています」(三澤)とますます嬉しくなる回答までいただけた。
高倍率ズームはかつてと違い、ここ数年で画質をはじめとした各性能が目覚ましく向上し、作品撮りにも十分対応できるだけの実力を備えてきている。実に意欲的な展開を始めたタムロンの高倍率ズームを手に入れて、これからのシステム作りに夢をはせるというのは、われわれユーザーにとって、かなり具体的かつ有益なのではないだろうか。
制作協力:株式会社タムロン
撮影:山本春花