インタビュー

ライカ使いの写真家兼、IT社長が写真集を出版…プリントオンデマンドで広がる可能性

武井信也さんに聞く写真集「出版」の意義

POD(プリントオンデマンド)で写真集を出版された武井信也さん。ご自身の写真集『THE TIME TRAVELER』を手に

「自分の写真集を作りたい」——プロでもアマチュアでも、一度は自分の作品による写真集の制作・出版にあこがれるのではないだろうか。

サイト内検索「MARS FINDER」やWebカタログ検索 「MARS SCREEN」などのサービスで知られるIT企業、株式会社マーズフラッグの代表取締役社長、武井信也さんのファースト写真集がエイアールディーから出版された。エイアールディーと武井さんが利用したのは小部数から出版できるPOD(プリントオンデマンド)だ。

写真家専業ではない武井さんが写真集の出版まで思い立った経緯、出版したことによる変化、PODの利用体験などを武井さんに聞いた。

生まれた時から写真文化に触れて育った

——まず、武井さんが写真を始めたきっかけを教えてください。

私自身、写真文化が身近にある環境で育ちました。母方の実家は長野県松本市で100年以上続く日本では初期の写真館なんです。英国人のウォルター・ウェストンが1890年代に欧州に日本アルプスを紹介して以降、アルプスの街松本市にはアルピニストがヨーロッパからやってきたそうです。彼らが使うカメラは小型だったライカであることが多く、日本人も写真に興味を覚えて仕事にしていく……松本市にはそうした歴史があり、その中に祖父もいたらしいです。

祖父から事業を引き継いだのは叔父ですが、母も写真を撮るような環境でしたし、母の実家の写真館には「写場」がありましたので、生まれた時から写真文化は身近にありました。まるで息を吸うように写真文化に触れる。それが当たり前のことだったのです。

私は特に写真家になろうとか、写真や写真機に対して特に憧れがなかったです。そのまま今も続いていて、カメラはどこにでも持っていくし、体の一部のようになっています。

——普段はどんなものを撮られていますか?

いわゆる撮影ジャンルを意識したことはありません。自分の意識の延長として、見たものを美しいと感じたらなんでも撮ります。

強いて言えば、自分の美意識を具現化するものが私にとっては写真です。画家の絵筆、作曲家のピアノと同じようなものだと思います。

——好きなカメラとレンズを教えてください。

M型ライカですね。フィルムの頃から使っていて、いまはデジタルです。M型ライカはフルマニュアルですが、体の一部になっていますのでカメラボディももレンズも見ずにノーファインダーで撮れますし。焦点距離10mmから35mmあたりの広角レンズが特に好きです。仲間内では半分冗談で「10mmが標準」と言ったりしていますが。

先日、祖父が私を48年前に撮ったのと同じレンズ(Summicron 35mm 1st)で私が息子を撮りました。同じレンズが代々使えるというのは、他のカメラではなかなかないですよね。いつか自分の子どもがまた同じレンズで子孫を撮ってくれる日がくるかもしれません。

きっかけはコロナ禍とSNS

——今回、写真集を出版されたきっかけを教えてください。

コロナ禍以前、私はあまり日本にいない人でした。ビジネスや撮影で海外に出向き、写真を撮っていたのですが、コロナ禍に二人目の子を授かったのもあり、海外へ行かない日々が続きました。

そこでこれまでよりも写真整理する時間ができたんです。同時にSNSへの作品投稿も積極的にやるようになりました。

そうすると、写真を見てくださった世界中の方からフィードバックがあるんです。たくさんの価値観・美意識を共有できる友人ができました。

フィードバックをいただくなかで、個展を開催して欲しいというご意見も多く頂戴しました。しかしコロナ禍ではそれも実現が難しい状況でした。

そうした中で今回出版していただくことになるエイアールディーさんと「写真集」を出版できるという運びとなり、PODのネクパブ・オーサーズプレス(インプレスR&Dが運営)に出会いました。紙質も色も私には許容範囲で、ここで作ってみようと思ったのです。

モノがここにあるという喜び

——写真集を作る際、データのやりとりなどはどのように行ったのですか?

まずはdropboxを担当者と共有し、そこに軽めのJPEGデータを大量にアップロードして、担当者にセレクトしてもらいました。自分としては意外なものが選ばれていたりして面白かったですね。テーマである「THE TIME TRAVELER」という世界観や、表紙背表紙は自分でデザインしましたが、順番、組み合わせも基本的にはやっていただきました。その後はPDFで草稿を作成してもらい、セレクト後に本番用の現像を始めるという流れでした。

その後はPDFで草稿を作成してもらい、セレクト後に本番用の現像を始めるという流れでした。

見本誌が送られてきたら、トリミングの確認をします。裁ち落としのページの細かな部分を確認して、自身で色調やトリミングを数ピクセル単位で修正して編集の方へ依頼し、完成しました。とても合理的で、私の作業時間は正味数時間でした。

——仕上がりはいかがでしたでしょうか?

結果的には思ったより売れていますので、PODで無くとも良かったかもしれませんが、POD出版の良さはそのリスクの低さに尽きると思います。私の場合出版社さんが付いていただけましたが、完全な自費出版の場合にはもっと魅力があると思います。

個人的にはPODの画質は写真家にとって十分表現を発信するに値するレベルに来たと感じました。

また本を手にとって触れることのできる楽しさに感動がありました。写真はモニターではすごくきれいな状態で見ることができますが、見る人によって環境が違うため、私と同じ環境で見ている人ばかりではありません。でも、紙は安定したクオリティで見せることができます。

Amazon.co.jpでも販売してもらえますし(ネクパブ・オーサーズプレスのサービスに含まれている)、人へのデリバリーの仕方にバリエーションができるのも素晴らしいです。親戚や、ご高齢な方はインターネットを利用されていないので、送ったら喜んでもらえましたし、フィードバックがあってとても楽しかったです。

本の良さはモノとして残ること、ゆくゆくは子どもや孫にも見てもらえるという「残る価値」にあると思います。頭ではわかっていましたが、実際にやってみると、私がこれまで経験したビジネス書を作る文字ベースの仕事とは違い、写真集の出版は簡単でした。

PODへの仮説も確信に変わりましたので、多くの人に勧めたいです。本の方が実際に自身で写真集を見て、もっとこうしたらよかったと反省できて撮り手としての伸び代できました。いつか写真集をと思っているなら「今」作った方がいいですよ(笑)

米国や欧州のAmazonでの販売できます。そのときは海外で印刷され、紙質が日本と変わるそうです。海外デリバリーもできるという面でも、すごくいいサービスだと思います。

次の写真集の構想も

——写真集を作ったことで変わったこと、気付きはありましたか?

知人や友人に写真集をお渡しすると、一枚一枚ページをめくりながら目の前で見てくれるんですね。すると意外な写真をじっと見ていたり、よかったと思う写真について感想を聞くことができたり……フィードバックを生で頂くのは至福の時間でした。これからはまた昔のように写真をプリントして見せるということをやってみようかなと思いました。

ネクパブ・オーサーズプレスで出版すると、Amazon.co.jpで販売できます。しかもPODなら在庫を抱えるというリスクを負うことがありません。売れなかったらどうしようというプレッシャーもなく、自分の趣味でフルスイングできるわけです。写真家だけでなくさまざまな人が出版にトライできますし、これから期待できるサービスだと感じています。既に次の写真集について構想中です。

制作協力:マーズフラッグ株式会社

笠井里香

出版社の編集者として、メカニカルカメラのムック編集、ライティング、『旅するカメラ(渡部さとる)』、『旅、ときどきライカ(稲垣徳文)』など、多数の書籍編集に携わる。2008年、出産と同時に独立。現在は、カメラ関連の雑誌、書籍、ウェブサイトを中心に編集、ライティング、撮影を務める。渡部さとる氏のworkshop2B/42期、平間至氏のフォトスタンダード/1期に参加。