カメラバカにつける薬 in デジカメ Watch

[番外編]スマホで光学遊びをしよう!を解説する

当誌連載中の『カメラバカにつける薬 in デジカメ Watch』、2020年4月24日に掲載した「スマホで光学遊びをしよう!」と5月1日に掲載した「凹凸か? 凸凹か? それが問題だ」は、それぞれ光学シミュレーションアプリや、光学につっこんだお話となりました。難解な内容を含んでいたこともありましたので、飯田ともき先生に「Pocket Optics」の遊び方やレンズ光学について、もう少し突っ込んだ解説をしていただきました。(編集部)


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いきなりですが、読者諸氏は28mmというレンズをどう思いますか。もちろん私も大好き。で、この2つの28mmのレンズ構成図を見てほしい。

焦らないで! いきなり構成図を見せられても意味がわからないだろうけど、もうちょっと読んでほしい。これはどちらも28mmと呼ばれているもの。なんならコンデジに使われていてAPS-Cサイズのセンサーに装着することを前提に設計されているところまで同じ。カメラの見た目が黒いのも同じ。でもこの2つのレンズ構成図、全然違いますよね。

あくまで28mmというのは何かをした結果、つまり足し算でいうイコール(=)の右側であり、この構成図がイコールの左側ということです。それぞれの設計者はなぜ28mmのレンズを作るために、ここまで異なった足し算を行ったのか。そこには理由があり、その理由はかならず描写にも関わってくるのです。これを知らずにカメラやレンズを選ぶというのは間違って、……いるとまでは言いいません。が、もしメロンを選ぶときに重さを気にするのであれば、もっと高いレンズで中身を気にしないのも不思議な話。ではありませんか?

今回は制作ノートと解説編でのお届けです

とはいうものの、レンズの目利きは簡単でないことも、また事実。だからといってトントン相撲して勝敗を決めたり100gあたり“いくら”で競ったりするよりも少しばかりアプリを動かせばその片鱗を味わうことはできますよ、というのが今回あらためて解説回を書いている理由です。お家にいる時間が長い昨今、いっしょにレンズ設計で遊んでみませんか。

レンズと光線を置いてみよう

さて、まずはお手元にアプリ「Pocket Optics」をご用意ください。このアプリ、Android用しかないのですが、簡単な光学のしくみをシミュレーションできて、素朴な光学の疑問が文字通り、なぞるように理解できるすぐれものです。お手元に対応端末がある方は、ぜひ使ってみてください。

このアプリを使う圧倒的なコツは、マウスを接続してタブレットでやることです。とてもとても操作しやすくなります。私はなぜか指を使ってAQUOS R2 compactで頑張っていましたが、さすがアンドロイド、マウスが接続できるんですね。

では、具体的に操作してみましょう。まず凸レンズを置きます。上の丸いところの右から3つ目がレンズです。このレンズアイコンを押し、軸上を押すとレンズが出現します。

次に光線を置きます。光線は一番左の四角いヤツです。

光線を置くとその光線が凸レンズで曲がって焦点に光が集まる様子が描かれますね。1枚の凸でばっちり集まっています。不思議ですね。でも、これはこのアプリが「ただし収差はないものとする」からなのです。

レンズ設計のもうひとつの醍醐味といえば、どう収差をバランスするか? なのですが、これについては楽しむことができません。残念というかほっとしたというか……。

ここでプレイヤーが操作できるのは、レンズの位置と焦点距離です。位置を2、焦点距離を1にすれば3の位置に焦点が結ばれるはず。

さて、続けてもうひとつ凸レンズを配置してみましょう。ブルーのひし形をレンズの方へ動かしてみます。レンズがどんどん太くなって、ひし形はレンズを貫通。焦点距離がマイナスになると凹レンズになります。ここでも焦点距離を1にしておきます(図はマイナス0.38になっています)。

凸凹と凹凸をつくってみよう

「テレフォトタイプ」や「レトロフォーカスタイプ」という呼び方を聞いたことがあると思います。それぞれ凸凹、凹凸の順番でレンズが並んでおり、特徴を持っているんですね。これらはこのアプリで再現しやすい上にレンズ設計の基礎なので、これを作って遊んでみることにします。ポイントは、レンズを動かして焦点や主点がどう動いているかを見つめることです。

まずテレフォトを配置してみましょう。焦点距離1の凸と凹をつくって、凸を2の位置に、焦点が4の位置に来るように凹を配置します。凹は2と3の間、2に寄ったところになるはずです。主点は入射光と射出光の交点(なおこの補助線はタブレットに物差しを置けば分かりやすいです)なので、場所はだいたい1.3というところでしょう。焦点である4からの距離は2.7ほどとなりますが、これが焦点距離です。なんと焦点距離1のレンズふたつで焦点距離2.7のレンズができました。さらにこのレンズ自体の全長はわずか0.4ほどしかなく、バックフォーカスをあわせても長さは2です。焦点距離のほうが長いですね。

次は、レトロフォーカスで焦点距離1の凸と凹を使って、焦点距離1の配置を考えてみます。3の位置に凹、4の位置に凸を置けば、おおよそ6の位置に集光します。これでレトロフォーカスが完成しました。簡単ですね。

レンズ後端から焦点まで2マスありますが、主点の位置を見ると焦点距離は、だいたい1です。凹で拡散してどこかへ行ってしまった光束がもったいないですが、これはフレアなどになってしまうので絞りでカットしましょう。こちらはレンズの長さが1、バックフォーカスを含めると長さは3です。焦点距離のほうが短いですね。

同じ焦点距離1の凸と凹にも関わらず、前後を入れ替えるとこれだけ違いが出てくるのです。原理は簡単ですが、レンズを大きく決定する要素、というわけです。

遊ぼう!

ではここからが遊びです。さきほどのレトロフォーカスで、凸レンズの位置を動かして、焦点を6より手前にできますか? 実は無理なんですね。凹を動かしてもなかなかうまくいきません。だって、これがレトロフォーカスなのだから。でも光学に不可能はありません。凸の焦点距離を変えてみましょう。レンズを太くしてみます。

……もちろんうまくいきますが、今度は焦点距離が変わってしまいました。レンズ位置を動かさなければなりません。あと屈折の角度も急になったので収差を呼びそうです。なにより無理やり感が否めませんので、美しいとは言えません。太いものはだいたい好きなんですが、ここではあまり良くないようです。

試しにこのまま焦点距離2.8のレンズを作ってみましょう。タッチでの作業は微調整が困難を極めましたが、おおむねこんな感じです(マウスを使えばいいっていうのは、あとでマニュアルを読んで気づきました)。

焦点距離2.8といえば、さっき設計したテレフォトレンズと同じです。レンズの長さは似ていますがバックフォーカスが異様に長くなり、4に近くなっています。しかし例えば…ここに3マス分の大きさの’何か’を入れなければならないとすれば、このバックフォーカスが必要になります。そういう制約があれば、テレフォト方式を選ぶことはできないわけです。邪魔しないでくれよ〜と思うんですが時代が許してくれません。その何かというのは……、そう!

ミラーです。一眼レフカメラの時代がやってきました。パララックスがなく望遠でも正確にピント合わせができる一眼レフは、その便利さゆえ大人気となり、35mmカメラのスタンダードになりました。しかしレンズ的にはミラーが入ってくるのでバックフォーカスが大量に必要になり、設計が難しくなったと言われています。

いや、アプリで実際にやってみましたが、本当に難しい。さらに、本当はこれに絞りが入るんです。あと収差補正とか、マウント径の制限とか、カム設計が入ってくるんですよ。理想の動きを実現するカムがない、みたいな事もあったわけです。じゃあその分はレンズが無理するしかないんですね……、みたいな。

さらに時代が進むとレンズにはモーターが入ってきて、手ブレ補正が入ってきて、落としてすぐ壊れるといけないから堅牢性も求められて、果ては防塵防滴まで……? 本当にレンズ設計者の皆様には頭があがりません。もう絞りくらいはなくしてもいいんじゃないでしょうか。


◇   ◇   ◇[閑話休題]◇   ◇   ◇

現在はミラーレス時代となり、再びレンズ設計は大きな自由を取り戻しています。ボディ側のマウント経が大きくなって、高感度にも余裕で耐えられるようになったおかげで、レンズが無理をしなくてよくなったからです。

かつては暗所撮影のために他の何かを犠牲にしてでも明るくしたレンズもあったでしょう。これからは、明るさは描写のために設計できるのです。そんなレンズがとても楽しみです。


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レンズの目的を考えよう

さて、このアプリ。同じ焦点距離のレンズでも、目的によって作り方を変えるという事を体験できたと思います。ここではバックフォーカスの例をあげましたが、目的は他にもあります。収差を補正するのはもちろん、そのレンズが実現したいものが解像力か、コントラストか、いや大きさや重さかもしれないし、価格だって目的のひとつです。そうやって設計を分けているんですね。

ここでさきほどのみんな大好き28mmをもう一度見てみましょう。今得た知識で分かることは、凸ではじまるのか、凹で始まるのかぐらいですが、それでも想像をふくらませることはできるでしょう。……ということは、上のレンズはバックフォーカスが短く、下は長いのでは?? と思いませんか?

実はそのとおり。上がレンズ固定で下が沈胴式なんですよ。沈胴式かどうかはさっきは隠していましたが、構成図だけでもわかるものだったわけです。

もちろん、すべてのレンズが必ずそうなっているわけではありません。凹で始まっても強い凸があれば、フランジバックは短くなります。でもそれはさきほど試して、強い凸では収差も大きくなるというデメリットがありましたね。

他の手として、非球面レンズやEDガラスを使うという手もあります。しかしEDガラスを非球面化するのはとても難しく、今度は価格に跳ね返ってきます。コンデジではなかなか難しいですよね。だからこの構成図には確固たる理由があるのです。

ちょっと落書きをしてみました。ここからは私の妄想ですが、ご覧ください。

さて、図の上側に描いた構成図を見てください。レンズは凸凹のようです。凸凹で広角レンズを設計するのは難しいはずですが、なぜでしょうか。……それは、おそらくコンパクト化(主点がレンズより前に出る)と沈胴させない(バックフォーカスが短い)ためです。

小さくするためにかなり気を使ったのでしょう。その分後群がとても大きくなり、収差が出やすいデメリットがでてきます。そこで、非球面レンズを使って補正しているのでしょう。5枚目と6枚目の間の空間と、分厚い6枚目と7枚目にイメージサークルを大きく取ろうという設計意図の強さが見てとれます。

有効経が小さいですが凸先行なので明るくできた感じもします。総じて、沈胴せずに28mmの画角を得る目的で非球面の使用を前提とした、比較的新しい設計がされている印象です。

次に、上図下に描いたレンズですが、構成は凹凸凹でしょうか。トリプレット(凸凹凸)の逆といえます。良好な収差補正と凹先行による周辺の画質向上が期待できます。

凹先行は暗くなりがちですがこれは有効口径が大きいのでこのレンズタイプにしては明るめなのではないでしょうか。図よりも光束は太くなるかも知れません。似たものに、凹凸凸凹がありますが、これはとある広角レンズの金字塔です。しかしそれなりに大きくなってしまうので、コンパクト化を重視して凹凸凹で対称性を崩したタイプを選んだのではないでしょうか。

総じてこちらは伝統的な広角レンズだと言えます。“伝統的な”、というのは今まで数多く検証され続けたけれども、今もなお通用する確実な性能がある、という意味です。どこかに非球面レンズや新しい硝材を入れた現代風の味付けになっているかも知れません。

凸凹凸のズームであそぼう

このアプリでは複雑な動きをとらせることは難しいので、わかりやすく面白いものはないかと探してみました。と、そこに天からの啓示が。そうだ、凸凹凸でズームレンズをつくって試してみてはどうだろうか、と。

このズームを設計するコツは、レンズを凸凹凸と配置しそれぞれのパワーを弱強中と設定することです。たとえば、1群の凸を焦点距離3、2群の凹を焦点距離-0.5、3群の凸を焦点距離0.7に設定します。配置は2の位置に1群凸、4の位置に3群凸、そして2群凹は1群にできるだけ寄せて5の位置に焦点が結ぶようにします。絞りで光束を中央の3本だけにしておくと見やすくなります(絞りたくはないのですが)。すごい焦点距離になりました。

ズーミングは2群凹を1群凸から離していくことで行います。少し動かすだけで、3群凸から焦点に向かう光束が急角度になっていくのが分かります。しかも焦点の位置はほとんど動いていません。これはラッキーです。補正が簡単です。ここが動くとピンぼけになります。ほとんど動いていませんが、よく見ると少しだけズレました。1mmでも余裕でアウトなので、3群凸を動かして焦点の位置を補正します。これがズーミングの動作です。

ズームレンズで遊ぼう!

2群凹のかわりに1群凸を動かしてみればどうでしょうか。焦点の移動がさらに減ったので3群を動かす必要がないためズームレンズとしてはこのほうがいいかも知れません。ひょっとして天才か?と思いましたが変倍率はどうでしょうか。1群凸を動かしても2群凹のようには角度(図でいうZOOMZOOMのところ)がつきません。これではあまり大きなズーミングはできないのです。やはり2群凹を動かして3群で補正する方法が、高倍率なズームには必要なようです。3群凹を動かすとどうなるでしょうか。一緒に焦点も動きますね。ズーム効果はないように見えます。それぞれのパワーを変えるとどうでしょうか?位置とパワーを変えて新しいズームを探してみてはいかがでしょうか。


◇   ◇   ◇[閑話休題]◇   ◇   ◇

実際の写真レンズでは、凸凹凸ズームは2群凹ではなく1群凸と3群凸を動かす仕組みになっているようです。ただ、それをアプリ上でやろうとしても、どうしても再現できませんでした。色々な方法を考えましたが、私の休みが1日潰れただけでした。遊んで1日潰れるのはいいのですが……。リレー系として4群凸を置くと似た感じになりましたが、それって4群ズームじゃん、と思ったり……。


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さて、「スマホで光学遊びをしよう!」回の解説編として、「Pocket Optics」の遊び方と、光学話をお伝えしてきましたが、このあたりで締めとしたいと思います。

凹凸凹はバックフォーカスが短い構成だと思っていましたが、今回アプリで28mmのレンズ構成を検証しているときに、凹凸凹よりも凸凹で広角を作るほうが短くできるとわかりました。

こういう使い方が、このアプリ本来の姿なのかも知れません。長いお休みもあっという間に吹き飛ばすレンズ設計アドベンチャー、ぜひやってみてください。

飯田ともき

2010年に漫画サークル「ていこくらんち」をはじめる。2015年に出した同人誌「カメラバカにつける薬」が、あれやこれやでデジカメ Watchで連載させていただくまでになりました。カメラだけじゃなく、その向こう側にいる人たちの想いを伝えていければいいなと思っています。今度から好きなレンズは? って聞かれたら「凹から始まって非球面が入ってる明るいレンズ」と言います。