カメラバカにつける薬 in デジカメ Watch

EOSの目覚め発動篇 制作ノート

2019年11月1日から12月20日にかけて「カメラバカにつける薬 in デジカメ Watch」で掲載しました「EOSの目覚め発動篇」の制作ノートを公開します。

「EOSの目覚め発動篇」は、デジタルカメラ黎明期の歴史を漫画で再現するという試みのもと、作者の飯田ともき先生がいつになくノリノリで制作しました。ダイナミックなコマ割り、仰々しいオノマトペ、お約束なセリフ回しなどからおわかりの通り、本連載ではこれまであまりなかった、能力バトル・格闘漫画へのオマージュともなっています。

このページでは飯田先生が制作前に準備したメモや設定画などを使用しながら、制作ノートというかたちで「EOSの目覚め発動篇」を振り返ります。本篇とあわせてご覧いただきますと幸いです。(編集部)

※登場するすべてのキャラクター、背景、設定、名称などはフィクションです。

プロローグ

ここに書こうとして何度も消した文章があったが、消した理由は、その内容は漫画でこそ語るべきであると思ったからです。だからここに解説文はありません。解説文があっても漫画より面白く書ける自信は全くないし、そういうのは得意な人に任せたほうがいいんじゃないかと思っているくらいなので、まずそれは謝らないといけない。だから「解説」ではなく「制作ノート」というタイトルにして誤魔化しているところはあります。ただ解説が欲しいだけなら参考文献を「EOSの目覚め 其の柒」に書いたので、それを追えば分かります。分かるというよりもっと理解が深まるのでそうしたほうがいい。事実を追うだけであれば。

ただ事実を追うだけではこの漫画が「なぜ」アルファを追っていたのかが次第に分からなくなると思います。それは読者のみなさまにとっては事実よりも重要なはずで、いますでにそれは十分伝わっている事柄ではあるのですが、事実のほうが重いからそれはどうしようもないのです。事実は事実、しかしフィクションはフィクションとしてしっかり受け止めていただければ、制作ノートをこれから一緒に読んでいただく意味もあろうかというものです。

ひとことで表せば、タイトルこそ「EOSの目覚め」ですが、これはあくまでも僕個人的な感想なのですが、「アルファに捧げるレクイエム」と言っていいかも知れません。しかしあくまで主人公はEOSです。なぜなら勝者だけが歴史に残るからです。ここは残酷ですが歴史がそうなっている以上、仕方がありません。

まずは年代ごとのカメラのピックアップ

制作時のメモ

アルファは4つの世代に分けることができます。初代、i、xi、一桁の4つです。代表的にはα-7000、α-7700i、α-7xi、α-7です。ちなみに現行機であるソニーのミラーレスはα7のようにハイフンがありません。ベクティスは3.5世代として数えました。このころにAPSがスタートしているわけです。このなかでそれぞれの性能や特徴を拾っていき、EOSの良きライバルとなる機種を選定していきます。

メモの2行目を見てください。発動篇其の壱に登場するキャラクターが揃っていますね。

たとえばここにF90が登場すると歴史改変になってしまうので注意が必要です。まぜこぜのワールドもそれはそれで面白いのですが、これはそういうお話ではない、ということです。

其の参ではgen.3のEOS-5が登場します。このように1話あたりで1世代進むように作っていました。だんだん追いつかなくなるのですが。

メモにはCONTAX AXの名がありますが、ネームでは存在していたもののボツになります。あまりに冗長になってしまうからです。AXは独特のAFシステムなので漫画に入れたかったのですが、それが独特である事を説明するためだけにコマをかなり消費したのが理由です。

他にも説明していない事があるのになぜAXの説明を必要としたかについて少しお話しますと、それは言語学のシニフィエとシニフィアンの違いに似ています。この漫画はハイコンテクストと言われますがそんなことはなく、知っていればより面白いだけです。知らなくてもナースさんやアルファを見ていれば進むことはできる。これがキャラクターの強さです。数式とは違う点ですね。

ただ、物語上で知らなければ進めないものがもちろんあります。ニッコールちゃんがフジ子と仲良くしていた時に渡したイヤリングがD1の爆風で割れるシーンがあります。

読者はニッコールちゃんとフジ子が決別した事を知ればいい。これがシニフィエです。あのコマに、フジとニコンが共同で縮小光学系(イヤリング)の入ったカメラを開発していたが、D1以降それが見られなくなったという意味まで読むことがシニフィアンです。

ですがそこまで読まなくても漫画は進みます。AXの場合は、そこを読まないと進めない展開だったので、シニフィアンをシニフィエまで上げないといけなかったんですね。そうなるとどうなるかの例としてボツネームを置いておきます。

ボツネーム。コンタックスちゃんには「否!」という口癖があるのでしょうか。オートフォーカスはレンズにメカ部分の負担を求めますが、レンズは光学にのみ集中したいという過激派の主張があります(絞りさえ取っ払うことが最終目標だそうです)。ペリクルミラーはD1と戦う時に使われましたね。

1995年という特異点

1995年前後をひとつとして考えると、カメラはとても豊作です。1994年のカシオQV-10、1995年のRD-175、1996年のCONTAX AX。それぞれとても特徴的なカメラです。

QV-10はデジタルカメラというよりガジェットとして市民は受け止めたようです。GoProなどのアクションカムも出始めはカメラ好きというよりガジェット好きに受けていたように思いますが、近いものを感じますね。

この中で漫画ではEOS-5とVECTIS S-1、RD-175が採用されています。中心はあくまでもEOSとアルファであることを忘れてはいけません。QV-10とF90、E2Nが同世代というのが面白いですね。外伝などでやってみたいところではあります。

すでに漫画に盛り込めないほどのたくさんの機種をピックアップしていますが、ペンタックスについては下調べもしていない事がわかります……これは全く別の意味はありません……何を描き、何を描かないかを徹底しないといけないのです。描ききるのは無理だろうなというのは、始める前から分かっていたのです。

しかし別でペンタックスをテーマにした新しい漫画をいま構想中です。とても面白い仕上がりが期待できます。ひとりで面白がっているところです。

2000年をデジタル元年と考える

200万円や300万円していたデジタルカメラが2000年を前後に100万円を大幅に下回る価格になります。ここをデジタル元年とすれば初学者にとっては理解を助けると思いますが、間違いであるという指摘もあてはまります。RD-175はもっと早かったのですから。

漫画ではここが最終決戦になりますのでスペック比較をします。先鞭をつけたニコンのD1は1999年で、2年後の2001年にはEOSのフラッグシップデジタル機であるEOS-1Dが発売されます。なんとα-7000が1985年でEOS 650が1987年とここでも2年の間隔であるので、歴史の妙味というものでしょう。

スペックを比較したところでほとんどは漫画に採用されていませんが、これはむしろ間違った内容を描いてしまうのを防ぐためです。

コマごとに作者の考える萌えポイントを見てみよう

これは其の壱からの1コマです。塗りレイヤーを外しました。黒ベタと斜線と白抜きの使い方、フキダシの形にいたるまで実にアメコミっぽいですね。

額のF4の文字は色を塗るとほとんど見えなくなってしまいましたが、それは問題ありません。F4の重く強大で頑丈な感じを受けていただけるはずです。

◇   ◇   ◇

ナースさん登場シーンです。パースがきついため、右のようなモデルを先に描きます。人間は直方体と円柱で出来ています。

デッサン人形は使ったことがありませんが頭の中にはヴァンツァー(SQUAREのゲームソフト「フロントミッション」に登場する戦闘用ロボ。とくに「フロントミッションオルタナティブ」は、作者が昼夜を忘れてやり込んだ思い出のゲームである)がインストールされているのでこういうものはスラスラ描くことができます。もちろん漫画なのでデフォルメによる省略や誇張を、顔と目と手に違和感ないよう与えています。背景で魚眼レンズによる遠近感を演出するのも、きついパースと相性がいいですね。

左右逆になっているのは下書き段階では左向きだったのを、完成版では右向きに反転させているからです。前のコマでアルファが左に飛んでいるのを踏まえて完成段階で視線誘導を考えた結論です。このような調整は頻繁に行われます。

こういった不安定感を魅せるコマにおいて、フキダシの位置が安定している(=顔の左右、コマの最上)のは必須だと思っています。安定を用いてのみ不安定を演出することができるはずです。

◇   ◇   ◇

アルファが撃破されたコマです。コマ漫画では爆発のあとに飛ばされるコマや地面を滑るコマなどで破壊力を演出できますが、使えるコマが少ない場合、1コマでそれらを演出する必要があります。

ここでは頭を横にむける、目一杯手をひろげる、顔を隠すことで表現しています。状況を強調するためにはそれなりのアップにしなければならず、それでこれらを達成するにはこのアングルしかありません。

◇   ◇   ◇

ベクティスが駆け寄るコマです。微妙ですが、よく見るとアルファの右腕が折れています。起き上がろうとする姿とは合わない位置と脱力の手でわかります。

今回の話にダメージ表現は欠かせませんが、ダメージ表現というのは慎重に行わなければなりません。ここで重要なのはアルファのダメージではなくベクティスの絶望ですが、それはアルファが立ち上がろうとしてもできない事に由来するので、その原因である右腕の負傷としてただ存在すればいいのです。

ベクティスの絶望の表情だけでもこのコマの意味は伝わるのでいいのですが、さらに右腕にまで気づく読者には、それ相応のものを用意しているという話です。

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ナースさんとニッコールちゃんが、フィルムにできる事はまだある(=フィルムフラッグシップ機をこのあと出す)と言い合っているのを見ているフジ子。なんとも悪い顔……というか、ニヤついた顔です。上からのアングルだと下心があり良からぬ企みがあるように見えてしまうので、フジ子とはあまり合わないため、下からのアングルです。

フィルムカメラが売れると次に何が売れるか…を考えると、なぜこのおどろおどろしいフォントで表現しているかが分かります。ここでも重要なのはキャラクターの表情とそれを支えるアングルです。

ニッコールちゃんタイプD1です。さきほどのナースさんと同じようにパースの下書きがありますが、これは単なる四角であまり目安にしてはいません。腰回りの大きさ(大きい)とビューポイントを見誤らないようにする目的です。

其の壱のF4よりもより一層SFっぽさを出すためにサイボーグになっています。

◇   ◇   ◇

このあたりの変形ゴマラッシュは、面白さのためというよりは観念しましたということです。

①RD-3000を発見し、②RD-3000を写し、③踏み込みがあり、④打撃があり、⑤弾かれたコマがあり、⑥戦慄するコマがありますが、すべて必要なコマです。これ以上の省略は僕には不可能でした。

素直に4コマ漫画だけでやるとすぐにページが尽きてしまいますが、それ以上に避けなければならないのは、①や③や⑥に大きいコマを使ってしまうということです。これらは小さくあるべきで、テンポを良くたもつために変形ゴマを多用したのです。

なおコマが増えると描くことも増えますが、締切が延びるわけではないので、苦しむのは自分です。

◇   ◇   ◇

RD-3000の苦闘を圧縮する必要があったのは、このアルファ生産再開……!のコマを大きくとるためです。必要な場所に必要な尺を与えるのです。それは同時に、ほかから取ってくることに違いありません。自分で提案したものを自分でカットする苦しみに耐える精神力が必要です。アルファの左手にその苦渋がぶつけられていて、とてもいい構えになりました。

すべてを賭けたVマウントがたとえ倒れたとしても、そのあと不撓不屈の精神で立ち上がり、α-9でカメラグランプリを受賞し、のちのα900まで続く軌跡を残すにふさわしいアルファの勇姿です。

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DCレンズとSTFモードの一騎打ちを思いついた時は、もう自分のアイデアに悶え苦しんだことこの上ないほどの喜びでした。EOSの目覚めは好きなコマばかりなのですが、一番好きなのはここかもしれません。

DCレンズもSTFモードも写真のボケに創作意図を付加する技術です。ニッコールちゃんのこのセリフは、ニッコール千夜一夜物語の第三十二夜(Ai AF DC Nikkor 135mm F2S)で、「このレンズは、ぜひデジタルカメラでも使っていただきたい」から。

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採用
ボツ

思い出しました。最大の迷路がここにありました。最初ティースターコーティングの漢字は「太極図」だったのですが「位相遮蔽」に変えました。どっちがどう違う……というのはもう感覚的としか言えません。

また大きくコマ割りも変わっています。色も塗っているように、一度は自分で完成させたものですが、自分でボツを出しています。この精神力とそれを許す締切の余裕がこの漫画を支えています。

Tと☆を使った何か魔法陣のようなものを考えていましたが、コマが狭いためと想像力の欠如でどうにも悪手しかとれず(直感でこれが悪手であることだけは分かるんですよ、解決法は教えてくれないんですが)、最終的にはぶちぬきと奥行きでダイナミズムに頼ったコマです。Tと☆を抜いた円が残っているのは、これを使ってどうにかできないものかと思案して無理だったものがそのままなんですね。

最後に

ちょっとだけ個人的なことですが、なぜ僕がここまでミノルタに惹かれるのかを考えた時、僕の両親が出会うきっかけにミノルタの堺工場が小さくない役割を果たしているから……かも知れません。

実はそこで偶然にもバイトをしたことがあって、当時カメラには興味がなかったのですが、今ならきっとその功績の跡を探して工場内を隈なく見て回ったでしょう。当然、怒られるでしょうけど。

(了)

飯田ともき

2010年に漫画サークル「ていこくらんち」をはじめる。2015年に出した同人誌「カメラバカにつける薬」が、あれやこれやでデジカメ Watchで連載させていただくまでになりました。カメラだけじゃなく、その向こう側にいる人たちの想いを伝えていければいいなと思っています。これからも、あれやこれや考えずに楽しく読んでいただければ幸いです。