中井精也のエンジョイ鉄道ライフ「ジョイテツ!」
新緑の東北てつたび②
ライカSLでSLを撮っちゃいました
2019年7月10日 07:00
みなさんこんにちは。鉄道写真家の中井精也です。「ジョイテツ!」連載2回目は、前回に引き続き新緑の東北てつたび②、タイトルは「ライカSLでSLを撮っちゃいました!」になりました(笑)。今回撮影するSLは釜石線を走る「SL銀河」号。この列車はほかのSL列車と違い、土曜日に下り、日曜日に上りの片道運転になります。撮影日は土曜日だったので、釜石行きの下り列車1本しか撮影できません。ただ途中駅の宮守で14分、遠野で1時間18分停車するので、その間に移動して何回か撮影できそうです。
カメラのほうのSLは、もちろんライカSL。ライカといえば単写でのんびりと撮るイメージだと思いますが、ライカのミラーレスカメラであるライカSLは、なんと最高約11コマ/秒の連写性能を誇っているので、SLどころか高速で走る列車でも快適に撮影できるのです。
さっそくSLを撮りたいところですが、SL銀河号は起点の花巻駅を出発するのが10時37分と遅いので、その前にロケハンもかねて鈍行列車を撮影することにします。
夏はヒマワリ畑などがないかぎり、あまり花がありません。そういうときはお庭の庭木などを積極的に使って、彩りのある作品を狙うようにしています。淡いピンクがとってもきれいなツツジがあるお宅を発見。さっそくお家の方にご挨拶して、撮影許可をもらいます。お花の奥に線路がバッチリ見えていますので、望遠レンズでツツジを前ボケさせて撮影することにしました。
望遠レンズに変えてみると、線路の奥の国道や道路標識が意外に目立ちます。こういうとき僕は、「画面に入れたくないもの」を意識して、それを構図から排除していきます。構図づくりでは、画面に入れたいものだけを意識しがちですが、反対に入れたくないものを意識することで、完璧な構図をつくる道筋が明確になることが多いのです。
ここでは前ボケを使って、「入れたくないもの」を隠していきます。カメラ位置を低くすることで、国道の道路標識や奥の踏切の横にある電柱などを前ボケと重ねていきます。
そして撮影したのがこの作品。鮮やかな夏の色彩が気持ちのいい写真になりました。こういう前ボケ写真の場合に一番気をつけたいのは、鉄道との距離。このような前ボケを生み出すときは望遠レンズを使うことが多いため、列車との距離が中途半端に近いと列車が大きく写りすぎてしまい、雰囲気が損なわれてしまいます。最初の現場写真を見るとわかるとおり、かなり遠くの位置で列車を撮ることで、ボケと列車の大きさが程よい「ゆる鉄写真」になるのです。
さぁいよいよSL銀河が来る時間が近づいてきたので、撮影場所を決めます。
蒸気機関車はどこでも撮れそうですが、実はそうではありません。「SLの撮影に適した場所」=「SLが煙を吐く場所」なのです。だからどんなにいい風景でも、SLが煙を吐いていないと、イマイチの作品ということになってしまうのです。だいたいの人はSLがいつも煙を吐いて走っていると思われていると思いますが、実はSLは力行(りきこう)、つまり車でいえばアクセルを踏んでいるときしか煙を吐いてくれません。というわけで狙い目は、峠など険しい勾配を登る上り坂と、駅の出発シーンがメインとなります。
また観光用のSL列車の場合は、人がたくさん集まる鉄橋などで、サービス爆煙を出してくれることもあります。でも、もっともっと簡単にSLの撮影地を見つける裏技があります。それは鉄道ファンがたくさん集まっている場所を探すこと(笑)。鉄道ファンはどこが上り坂で、どんな条件なのかを熟知しているので、中途半端な知識をもとに自分で探すよりも、鉄道ファンがいる場所を探すほうが簡単なのです。
今回撮影するポイントは、釜石線と線路がオーバークロスする跨線橋に近い有名撮影地。ここはそれほど急ではないものの上り勾配で、S字カーブが美しいポイントです。さらに国道の斜面にへばりついて撮影するので、たくさんの人がいてもその高低差を利用して撮影することが可能です。この広い風景のなかで、SL撮影に向いた構図はどのような感じなのでしょうか?
S字カーブの部分だけを見たのがこちらのカット。最終的に決めた構図が、赤枠で囲んだ部分です。赤枠の外をよく見ると、線路の両側に標識がありますね。それは先ほどお話した「画面に入れたくないもの」なので、その内側を構図の横幅とし、縦構図で狙います。
SL以外の鉄道を撮るときは車両の大きさだけを考えればいいのですが、SLは煙を含めると、実はかなり縦に長い被写体なのです。そのためアップで撮影するときは縦構図が基本になるんですね。赤枠の構図を見ると、線路を画面の下ギリギリの位置に配置した構図になっていますが、それも煙がはみださないように、あえて画面の上側に煙の空間を大きく開けているからなのです。
ただSLを待っているうちに、どんどん気温が高くなり、6月の東北としては珍しく30度を超えてしまいました。SLの煙は気温が高くなればなるほど目立たなくなってしまうので、「スカスカ」にならないかドキドキです。「スカスカ」とは鉄道ファン用語で、SLなのに煙が出ていない「残念な状況」のことをいい、反対にいい煙がモクモクと出ているベストな状態のことは「爆煙」と呼びます。お願いだから「爆煙」になってほしい!
遠くから汽笛が聞こえ、待ちに待ったSL銀河号がやってきました。ピントは一番いいであろう位置の線路に置きピン。蒸気機関車はAFで捉えにくい黒い車体であるうえに、正面に明るいヘッドライトがあるため、AFが苦手とする被写体です。最新のカメラならAF-Cで追えるかもしれませんが、僕はどのカメラで撮るときでもSLだけは置きピンで撮影しています。
そして、肝心の煙は……う〜ん、まぁ及第点という感じでしょうか。思いのほか煙が高く上がってくれたので「スカスカ」ではありませんが、ちょっと薄い感じかな。でも写真を見てもらうと、あれだけ不自然に広かった画面上部の空間に、ぴったりと煙が収まっているのがわかると思います。
でもこんなときでもがっかりしてはいけません。薄〜い煙を立派な煙に変えてくれる裏ワザがあるのです。それはPhotoshop CCのCameraRawフィルターの中にある「かすみの除去」スライダーです。
こちらがCameraRawフィルターの調整画面。下から3番目にあるのが、「かすみの除去」スライダーです。もしここに見当たらない場合は、Photoshopを最新のものにバージョンアップしてください。
このスライダーを+方向に調整するとあら不思議、薄かった煙が濃厚な煙に変わりました。SLの煙から「かすみ」を除去するという一見わけのわからない処理ですが(笑)、RAWでもJPEGでも効果がでますので、ぜひお試しください。
右側が「かすみの除去」で調整したあとの煙。2枚並べるとその効果は歴然です。煙の薄さによるガッカリ感が弱まり、かなり力強い煙になったのではないでしょうか。ただし「かすみの除去」はかけすぎると画面全体の画質に影響しますので、あまりかけすぎないようほどほどにしましょう。
この列車を撮影したあと、すぐに機材をしまい、釜石方面に移動します。列車が宮守駅で14分停車するあいだに車で追い越し、次のポイントへ先回りするのです。時間的には急がなくても十分に間に合いますので、次はご一緒させていただいた鉄道ファンの方から教えてもらった、宮守駅の先にある踏切に行くことにします。
こちらがそのポイント。先ほどがアップだったので、今度は風景写真的な構図にしてみます。青空がとてもきれいだったので、大きく空を入れて左側に新緑をあしらってみました。列車がいない構図を見てもらうと、またまた線路が画面の下すぎる位置にある感じがすると思います。でもやはり列車が来ると、ちょうどいい構図になるんですねー。
僕は年齢的に、SLの現役時代を撮影したことはありません。だから僕にとってSLはあまり身近な存在ではなく、どうしてもディーゼルカーや古い電車のほうに興味を持ってしまいます。それは本物のカブトムシを採ったことがない都会育ちの僕が、「カブトムシよりもカナブンが好き」というのと同じ感じなのかもしれません。僕にとってカブトムシは図鑑で見たり、デパートで買うもので、実際に採れるものではなかったのです。
同じようにSLも、僕にとってはどこか遠い存在で、夢物語の中の乗り物のような感じがしてしまいます。だからこそ全国各地で復活運転が始まり、本物の蒸気機関車を撮れるようになった今でも、その迫力に圧倒されてしまいます。それは何度撮影しても同じで、撮影するたびに感動して鳥肌が立つのです。そしてそのたびに、現役時代のSLを撮りたかっなぁと、つくづく思ってしまいます。
近づいてきたC58型蒸気機関車は、昔デパートで見たカブトムシのように、キラキラ輝きながらやってきました。しかも今度は「かすみの除去」する必要もないほどの爆煙! 煙が高く昇り、バランスのいい構図になりました。やっぱりSLってカッコいい!
次の撮影は1時間以上停車する遠野駅の先なので、次の場所を考えながらのんびりと移動します。次もSLをアップで撮影できる名所で撮影しようかと思いましたが、2回連続でいい絵が撮れたので、あまり人が撮らない場所でひっそりと撮りたいという悪いクセが頭をもたげてきました。
そして林道で深い山に分け入った場所から、大俯瞰撮影をするポイントにやってきました。取材車のラーダ・ニーヴァでは余裕がありますが、レンタカーなどでの通行は避けたほうがいい荒れた林道を、30分ほど走ります。
ここは列車までが遠すぎて音も聞こえず、トンネルからいつ列車が飛び出してくるかわからないポイントなので、めずらしく三脚を立てて撮影します。
ちょっと話はそれますが、ここで僕が愛用している2種類の三脚をご紹介しましょう。
僕は大小2つの三脚を使用していますが、大きい方は脚が「ジッツオ GT3542XLS システマティックカーボン三脚3型4段エクストラロング」で、雲台は「ハスキー3Dヘッド」を組み合わせています。
もともとはハスキーの4段を何十年も使っていました。しかしハスキーの脚はとても頑丈ですがカーボンより重量があるので、脚の操作性が良くてカーボン製のジッツオを選択しました。それなら雲台もジッツオで揃えたいところですが、どうしても雲台の使い勝手になじめず、慣れ親しんだハスキーの雲台にチェンジしています。ハスキーの雲台はカメラの取り付けに使うネジが大きく操作が楽なのと、とにかくシンプルなため堅牢さでは群を抜いています。
クイックシューを使わないのは、カメラごと落下するリスクが大きいのと、カメラ側のシュープレートを忘れたりなくしたりする自分の性格のだらしなさを自覚しているから(笑)。やっぱり三脚は軽くてシンプルなのが一番だと思います。
ジッツオ GT3542XLS システマティックカーボン三脚3型4段エクストラロングは全伸すると2mを超える高さを誇りますが、約2kgしかないという軽さで、脚立に乗っても余裕で三脚撮影をすることができます。身長176cmの僕と比べても、かなり高いのがわかると思います。
ちいさいほうは脚がジッツオ トラベラー2542T、雲台はセンターボール1型 GH1780をチョイスしています。現在はほとんどの自由雲台がクイックシュー式なので、このタイプを探すのに苦労しました。
ジッツオのトラベラーは脚を180度反転して折りたためるため、かなりコンパクトに収納できます。そして雲台のGH1780はしっかりとしているわりにスリムなので、収納時に脚の間に収まってくれるのが魅力です。
ジッツオ トラベラー2542Tは全伸で143.5cmなので、雲台とカメラを取り付ければほぼ目線の高さにすることができます。重量は約1.3kgと軽いので持ち運びも楽ちんです。後継機種のトラベラーGT2545Tは重さはほとんど変わらず全伸高が154.5cmになっているので、さらに良さそうですね。
話を撮影に戻します。この撮影場所は上有住駅付近を俯瞰するポイントですが、年々手前と線路際の木々が伸びてしまい、撮影が難しくなっています。尾根の間にちらっと列車が見えるだけですが、東北の山々の雄大さを堪能できるポイントです。ソニーα7R IIIで撮影したこの作品では、手前の新緑を前ボケさせて鈍行列車を狙っています。この写真のテーマは、「山々の緑の違い」。標高によって変わる緑の濃淡の美しさを、うまく表現できたと思います。
そしてSLがやってきました。拡大して見ていただかないとわからない、ウォーリーもびっくりな被写体を探せ状態ですが(笑)、駅の平らな区間にもかかわらず奇跡的に煙にも恵まれ、新緑の山々とSLを撮ることができました。これをSLの作品というには遠すぎて無理があるかもしれませんが、僕だけが撮ることができた雄大なSLのある風景。お気に入りの作品になりました。こんど大きくプリントしてみたいな。
これからはまさにSLシーズン! 全国で魅力的な蒸気機関車による列車が運転されます。ぜひこの記事を参考にしていただき、かっこいい爆煙を出すSLの勇姿を撮影してみてくださいね。
中井精也からのお知らせ
中井精也写真展「線路はつづくよどこまでも」開催
ゆる鉄画廊ギャラリースペースにて7月11日から、写真展「線路はつづくよどこまでも」がスタートします。今回のテーマは、ずばり線路だけ。チラッと列車が写っている写真はありますが、ほぼすべて車両がない線路だけを写した作品で構成しています。さらにできるだけ未発表の作品をセレクトしましたので、見ごたえのある作品展になっています。
メインビジュアルにもなったこの作品のタイトルは、「チクバン橋を超えて」。これはインドネシアの余部鉄橋とも呼ばれるチクバン橋梁で撮影した作品です。望遠レンズの効果で圧縮しているのでわかりづらいですが、このチクバン橋梁のサイズはなんと、高さ80m・長さ300mという巨大なもの。さらに渡り板もなく待避所もまばらにしかないこの橋を、巨大な荷物を担いで渡るおじさんの勇気がスゴい!まぁ毎日渡っているんだろうけど、見ているこっちがヒヤヒヤしました。画面下に人を入れることで、線路の大きさを強調し、雄大な写真に仕上げることができました。
ベトナム南北統一鉄道で撮影した作品。2人の兵士が陽炎のなか、トボトボと歩いていくシーンがとても印象的で夢中で撮影したのを覚えています。こうしてみると線路って、人生を象徴しているように思えますね。自由には生きられないであろうベトナムの兵士。決められた線路を歩く、どこか頼りなげな2人の後ろ姿。存在そのものが幻であるかのように揺れるこのシーンのタイトルは、「陽炎の彼方へ」としました。
こちらは寝台特急「カシオペア」のラウンジカーから撮影した線路。仙台駅付近の都市部の風景だと思うのですが、街の光が窓に張り付いた氷に乱反射して幻想的な写真になりました。普通なら窓に氷がついている部分を避けて撮影すると思いますが、あえて氷の部分にレンズを密着させて光を乱反射させ、低速シャッターで手持ち撮影しています。その氷が生み出すカタチは、まるで たわわに実った葡萄のように美しい! というわけでタイトルは、「葡萄色の装飾」に決めました。
関東鉄道竜ヶ崎線は東西に線路が伸びているので、ちょうどお正月ごろになると、ほぼ線路の先から太陽が昇ります。これは元日に初日の出と線路を撮影したもの。あえて両側の町並みをシルエットでいれることで、線路に生活感をプラスしてみました。日常の風景が、神々しい風景に変わる瞬間を捉えたこの作品、タイトルは「初日の出燃ゆ」にしました。
この写真もミャンマーで撮影した1枚。いつ来るかわからない列車をずっとこの場所で待っていたのですが、髪がモジャモジャの日本人が珍しいせいか、たくさんの子どもたちが集まってきました。裸足で線路を駆け回る姿は、昔のローカル線でよく見られた風景。タイトルは自分の子どものころの想い出と重ねて、「いつか来たみち」にしてみました。何もかもが窮屈でなかった時代が、少し懐かしく思えました。
ゆる鉄画廊は鉄道写真家 中井精也の公式ギャラリー&ショップ。昭和の雰囲気がそのまま残るアーケード商店街「ジョイフル三の輪」のなかにあります。今回は線路だけを写した作品を全35点展示する予定です。8月27日までのロングランですので、画廊のすぐそばを走る都電荒川線の撮影とあわせて、ぜひお越しください。
会場
ゆる鉄画廊ギャラリースペース
〒116-0003
東京都荒川区南千住1−19−3 ジョイフル三の輪商店街内
開催期間
2019年7月11日(木)~8月27日(火)
開催時間
平日:13時00分~19時00分
土日祝:10時00分〜18時00分
(お盆期間中の平日8月12〜16日は土日祝時間で営業・8月14日(水)も営業)
定休日
水曜日(ただし8月14日は営業)
ギャラリートークショー
開催日:7月13日(土)15時〜16時
人数: 40名程度
会場:都電カフェ(地図はこちら)
料金:ワンドリンク制
トークショーは参加無料ですが、都電カフェ様にてドリンク1点をご注文くださいませ。
※当日参加でも問題ありませんが、立ち席となる場合もございます。
※応募者多数の場合は先着順とさせていただきます。
事前に、下記のアドレスまで参加ご希望の連絡を頂けると助かります。
宛先:garou+1907ev@fotonakai.com
※下記を参考にメールをご送信願います。
件名:7月13日トークショー参加
本文:
・お名前(ニックネーム可、代表者さま)
・参加人数
・緊急連絡先(携帯、任意)