特別企画
原点回帰のフィルムカメラ「ライカM-A」を使ってみて
完全機械式のライカが、まさかのレギュラー製品化
Reported by藤井智弘(2015/2/23 09:00)
ライカM-Aを初めて見たのは、2014年の春。ライカ誕生の地であるドイツ・ウェッツラーにライカカメラ社が移り、その新社屋オープニングを取材したときだった。電源不要の機械式シャッターを採用し、今では珍しく露出計すら内蔵しないフィルムカメラだった。
だがそれはライカ100周年を記念した限定モデルで、デジタル機のライカMモノクロームとレンズ3本も組み合わされていた。すべてステンレス削り出しの特別外装になっていて、101セット限定生産のうち1セットは、オークションで約1,600万円の値を付けたと聞く。
デジタル全盛の現在、そしてライカ誕生100周年・M型ライカ登場60周年の節目の年に、あえて露出計なしの機械式フィルムカメラを送り出してきたことに驚いた。と同時に、これが限定で終わってはもったいないと思った。
そしてレギュラーモデルに
そうしたら、秋のフォトキナで本当にレギュラーモデルとして発表された。このときのフォトキナといえば、液晶モニターのないライカM Edition 60が大きな話題となり、ライカM-Aはどちらかといえばひっそり登場したが、私はライカM-Aにワクワクした。
「背面モニターを持たないデジタルカメラ」と「露出計を持たないフィルムカメラ」。1954年のライカM3に始まるM型ライカの60周年は、M型ライカの原点回帰という印象を受けた。
ライカM-Aは、現行フィルム機のライカMPを踏襲した外観。巻き上げレバーにライカM4以降のプラスチックの指当てはなく、それ以前のライカM3やライカM2とほぼ同じ形。巻き戻しもクランクではなくノブ式を採用し、クラシカルなスタイルだ。
機能でいえば、ライカMPから露出計を省いたモデルといえる。シャッターも機械式なので、バッテリーは一切必要なくなった。そのためボディ前面にバッテリー室がなく、しかもセルフタイマーもないため、とてもシンプルな顔つきだ。
ボディカラーはシルバーとブラック。シルバーは、トップカバーにかつての筆記体の「Leica」刻印が帰ってきた。しかも「WETZLAR」の文字まで入る。これは長年のライカファンには涙が出るほど嬉しい。
そんなわけでシルバーを使ってみたかったのだが、今回借りられたのはブラック。最初は残念に思ったものの、実機を見るととても精悍で引き締まっている。残念な気持ちは、あっという間に飛んでしまった。
ライカM-Aのブラックは、ペイントではなくブラッククローム。こちらは逆に、ロゴは何も入らない。ライカMモノクロームのブラックと同じ仕様だ。ブランド名がない真っ黒い小型カメラは、街のスナップで目立たず撮影できる。とはいえ、いずれトラディショナルなシルバーボディを見るのも楽しみだ。
フィルムライカの軽快感、いまだ変わらず
底面のキーを回して底蓋を外すのはデジタルのM型ライカでも同じ。ライカM-Aのフィルム装填は、ライカM4以降のいくぶん簡単な方式(ラピッド・ローディング・システム)になっているが、とはいえ一般的な35mm一眼レフと比べると面倒で、ライカのフィルム装填は「儀式」とまでいわれたほどだ。
しかしフィルムを装填していると、かつてよくライカM3やライカM6を使ってきたのを思い出し「これからライカで写真を撮るぞ」というモチベーションが高まってくる。
フィルムのM型ライカと、デジタルのM型ライカで決定的に異なるのがボディの厚みだ。デジタルばかり使っていると慣れて大して気にならなくなっていたが、ライカM-Aを手にすると、フィルムライカの軽快感がよみがえってきた。
サラ・ムーンが監督したアンリ・カルティエ=ブレッソンのドキュメンタリー映画「アンリ・カルティエ=ブレッソン 疑問符」の中で、ブレッソンはライカを「手のひらに収まる素晴らしい機械」と表現していたのを思い出す。
この軽快感は、装着しているレンズによるところも大きい。ここで使用したのは、ライカM-Aと同時に発表された、新型のズマリットM f2.4/50mm。明るさは抑えながらコンパクトで軽量に仕上がっている。しかもフードも小型で、ライカM-Aと見事にマッチしている。個人的には、非球面レンズを採用した35mmも興味がある。
カメラに露出計がないので、露出決定には単体露出計の出番となる。私は入射光式を使用。被写体に当たってくる光を測るため、被写体の反射率に影響されない。ただどんな条件でも露出計の光球をカメラ側に向けて測定すればいいというものでもなく、その辺りの感覚はこれまでの経験が活かされる。
またある条件なら、だいたいのデータを持っているので、場合によっては露出計を見なくても絞りとシャッター速度を決められる。例えば「晴れた日の順光なら、ISO100のフィルムでF8の1/250秒」などだ。
ただそこから「ハイライトを強調したいから、少しアンダーめに」とか「少し光が弱くなったから1/2段明るく」など、微妙なコントロールも行う。もちろんフィルムだから、現像されるまで、どんな仕上がりになっているかわからない。だがわからないからこそ、その場の光をよく見るようになる。
しかもレンジファインダーは、レンズの絞りによって変化するボケもわからない。すべて頭の中でシミュレーションしながらの撮影となる。シャッターを切る瞬間は、勝負をしているような感覚だ。さらにフィルムカメラだから、撮影の途中で感度を変えることもできない。
だが、わからないことやできないことは、現場で気にする必要はない。ライカM-Aを使っていると、露出計なしのフィルムカメラだからこその開放感が感じられる。
今買える、究極の機械式カメラ
単に露出計を持たないM型ライカなら、初代M型ライカのライカM3をはじめ、ライカM2、ライカM4などが中古で手に入る。ではあえてライカM-Aを選ぶ理由とは?
例えばライカM3は発売から60年が経っていて、現在でも使用可能だ。ただ、それにはメンテナンスが不可欠。“古いライカの方が感触がいい”、という話もよく聞くが、メンテナンスした業者によっても感触は変わってしまい、何が正しいのかわかりづらい。その点、新品で手に入るライカM-Aにはそうした不安がなく、撮影に集中できる。
何十年も前のライカを眺めながら、どんな人が手にしてきたのか思いを馳せるのも楽しく、古いライカを買うことを否定するつもりは全くない。だが、「60年前と同じ機能を持つカメラが新品で買える」ということも大切にしたい。
新品で買えるライカM-Aなら、自分が最初のオーナーになる。露出計もない機械式カメラは、フィルムがある限り、次の世代、さらに次の世代へと受け継ぐことができるだろう。
そして撮影していると、どうしてもキズは入ってくる。そのキズひとつひとつが、自分がライカを使ってきた印となる。ライカM-Aを手にしたオーナーは、このカメラそのものの歴史を作っていく、といえるのかもしれない。