新製品レビュー

Tokina atx-m 56mm F1.4 X:中庸なシャープネスを柔らかな前後ボケが支える。約6万円のバリュープライスが魅力のXマウント中望遠

トキナーの富士フイルムXマウント用交換レンズ「atx-m 56mm F1.4 X」が8月6日に発売された。同ブランドのXマウントレンズとして3本目となる本製品はどのような描写を見せてくれるのか。さっそくX-T4との組み合わせで確認していった。

atx-mシリーズとは

本論に入る前にatx-mシリーズについておさらいしておこう。同シリーズはトキナーにおけるミラーレスカメラ専用設計レンズシリーズで、株式会社ケンコー・トキナーによれば、シリーズ名の「m」はmotif(動機・創作行為)の意だという。

富士フイルムXマウント用としては、すでにatx-m 23mm F1.4 Xおよびatx-m 33mm F1.4 Xの2本が2020年12月に先行して発売。このほど、ロードマップ上で示されていた56mmが登場した格好だ。35mm判換算で85mm相当の画角が得られる中望遠レンズだ。

X-T4に装着した状態。鏡筒はマウントがまっすぐ円筒形に伸びたようなサイズ感で取り回しがしやすい
フードを装着した状態。鏡筒と同じく金属製のため鏡筒との一体感が高いデザインとなっている

これら3本は富士フイルムXマウント用としては珍しくAFに対応した製品群となっており、カールツァイスのTouitシリーズに加えて、新たなAF対応レンズの選択肢をひろげてくれることになった。

絞りリングはクリックレス仕様。絞り値は数値前後で多少の遊びが設けられており、概ね意図した値で合わせやすくなっていた
マウント側。マウント取付指標はわかりづらいが「Tokina」の「K」の字下の小さなマークが目印となっている

解像感

それではさっそく実写を通じた感触をお伝えしていきたい。特に記載のない限り、フィルムシミュレーションはPROVIAに設定している。各種パラメーターもデフォルトのままだ。

さて、本レンズの光学設計に関してケンコー・トキナーは「やわらかい味わいを実現し、中望遠ならではのボケ味を考慮した」ものだと説明している。

そこでまず近接時かつ開放F1.4時の描写を見ていった。本レンズの最短撮影距離は0.6m。中望遠レンズらしい距離感での使用が求められることになる。ほぼ最短撮影距離付近で撮影したものだが、中央部青い背表紙の本のタイトル文字部をご覧いただきたい。黒色の文字部に合焦させているが、キリッとシャープに結像しており、特段滲み等は発生していない。

シャープとはいえ、カリカリした感じかというと、そうではなく少し柔らかさを含んだ描写となっている。深度範囲内の各本の質感等をみても、どこか優しさが感じられる描写となっている。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/750秒・±0EV) / ISO 160

それでは絞り開放で遠景で捉えた場合はどうなるのか。ここでは構造物を被写体にしているが、被写体との距離があることもあり、F1.4でもほぼパンフォーカスになっている。描写は四隅にわたって破綻が見られないほか、リベットの形状やスリット状の部分まで細かく解像していることが見てとれる。これら2点を見ただけでも、開放側から十分なシャープネスを備えた現代らしいレンズだということが見えてくる。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/30秒・+0.3EV) / ISO 160

絞り開放側から十分なシャープネスを備えていることから、絞りは被写界深度の調整に使う場面が多くなりそうだ。ここではF2にして少し絞った際の描写を見た。きつすぎないシャープさは、草花や女性ポートレートなどに向くかな、といった印象。同社が本レンズの紹介を「ポートレートレンズ」と明言していることにも納得させられるものがある。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F2・1/1,500秒・±0EV) / ISO 160

柔らかめとは言っても、それは緩いという感覚とは少し異なる。ここではF4に絞っているが、シャープさの中にある柔らかさは引き続き姿を見せている印象。こうした柔らかさを感じる要因は、ボケ感にあるように思われる。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F4・1/35秒・±0EV) / ISO 160

ボケ感

特有の柔らかさの秘訣はボケ感にあるのでは、ということで、前後ボケの描写をそれぞれ見ていった。

まずは後ボケから。右手前側に結ばれた結束バンド状のものにフォーカスを合わせている。見ているのは、左奥にかけての柵の溶け具合だ。合焦面から徐々にボケが大きくなっていく描写で、急峻なボケとなっていないことがわかる。像の残り方もなだらかだ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/4,400秒・-0.3EV) / ISO 160

では、前ボケはどうか。ハーブの群生を被写体にしているが、手前側に配した葉を含め、溶けるようなボケが合焦面の立体感を強調してくれている。これら2点からも見てとれるように、前後ボケともになだらかな像の崩れ方となっていることがわかる。合焦面前後で形をある程度残しながら、徐々に大きくなるボケがエッジ部を柔らかく見せている、というのが柔らかさを感じる描写のポイントになっているのではないだろうか。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/1,700秒・±0EV) / ISO 160

質感描写・色ノリ

ここからは、質感の描写や色の再現性について着目しながら見ていきたい。

1点目は白いTシャツ。ここでは絞り値はF1.4にしている。被写体との距離はおよそ1mほどだ。中望遠らしいボケ感で、視点を置いているTシャツだけが浮かびあがっている。描写面は白のトーンもしっかりと描いており、編み目も確認できるなど細部描写まで十分満足いく内容となっている。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/1,000秒・+0.3EV) / ISO 160

絶妙な描写の柔らかさをいかして樹脂製の人工物を捉えてみたくなる。被写体は滑り台だが、きっとたくさんの子ども達が日々遊んでいるのだろう。ハイライト部に細かく入った傷が浮かび上がっている。原色の青と赤の表現も素直だ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/4,400秒・±0EV) / ISO 160

柔らかな描写は、硬質なものもどこか温かみをもって描き出してくれる。所々にヒビや欠けが入り、年月の蓄積を感じさせるレンガ積みを捉えた。表面の凹凸感もきつすぎないシャープさが程よいさじ加減になっている。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/950秒・±0EV) / ISO 160

先ほどの遊具でも見てとれたように、原色系の再現性が良い。背景に自販機のキツイ赤を配して、夏の光線が感じられる雰囲気を狙ってみた。背景の白文字の階調再現も自然だ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/4,400秒・+0.3EV) / ISO 160

夏の大気感は空と雲の描写に温かみを加えてくれるように思う。夕暮れ時の陽の光をうけて色づく雲を捉えた。上側に視線を誘導するため、手前側にあえて前ボケで柵をいれてみた。こうした表現も中望遠ならではのボケ量と、ボケそのものの柔らかさがあってこそだろう。雲のグラデーションも豊かだ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/550秒・+0.7EV) / ISO 160

黄色く色づいた葉がひとつ、影の中で遊んでいた。階調の再現性も豊かで、地面の光を反射している部分も白トビギリギリで粘っている。そこまで明暗差がきつい条件ではなかったが、全体に素直なトーン・色の描写となっていることがお分かりいただけることだろう。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/2,900秒・±0EV) / ISO 160

口径食や色収差をチェック

本レンズの絞り羽根の枚数は9枚で、最小絞りはF16だ。光学系は超低分散ガラス1枚を含む9群10枚の構成となっている。口径食は微小ながら確認できるものとなっており、その形状は少し独特。円形絞りを採用しているとのことだが、画面周辺部では均質な形状とはならなかった。レモン型ともいえない、円の片側が角ばっていたり、エッジの丸い多角形様になっていたりと様々だ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/40秒・-1.0EV) / ISO 160

その独特な形状は時として背景が複雑な被写体を捉えた際に、ちょっとボケが煩い描写につながることもある。ここでは百日紅を被写体にしてみたが、細かな枝葉、反射する葉が背景を複雑にしていた。ボケ方だけを見ると、オールドレンズ的な描写だという感想を抱く方もおられることだろう。このあたりのクセをいかすことで、二面性のある表現を狙えるというのも、使い方としてはありそうだ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/2,000秒・±0EV) / ISO 160

オールドレンズ的な描写が潜むとしたが、逆光への耐性は現代レンズらしく高いものとなっている。若干の色収差の発生はみられるものの、コントラストの低下は見られず、光のもとにうかびあがっているエッジ部もシャープ。背景ボケが少し煩い印象はあるが、立体感のある再現が得られた。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/3,000秒・+1.0EV) / ISO 160

色収差について、もう少し確認していった。先の紅葉のカットでは紫色の色収差が発生していたが、シルバーなど反射の強いパーツの場合、緑色の色収差が出ることもある。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/8,000秒・-1.0EV) / ISO 160

これら双方が出やすい状況で捉えたのが、以下のカット。とはいえ、その出方もあからさまに色収差です、といった主張をするほど強いものではないので、十分にコントロールの範囲内だろう。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F2・1/600秒・-0.3EV) / ISO 160

AF動作

本レンズのAFはインナーフォーカス式が採用されており、駆動系にはステッピングモーターを採用しているという。

ただし、AFの速度はステッピングモーター搭載かつインナーフォーカス仕様の富士フイルム純正F2シリーズのような爆速には及ばないものとなっている。今回はX-T4との組み合わせで試用していったが、イメージとしてはX-T2世代のボディにXF56mmF1.2 Rを組み合わせた時の動作速度がイメージとしては近い。つまり、少々ゆっくりめだということだ。

また挙動を観察していくと、コントラスト式で動いていると推察できる動作具合で、ガラス面など、反射の強めのものがあると、そちらにAFがひっぱられる感触だった。もっともポートレートシーンであれば、人物認識系をオンにして使うことが想定されるし、中望遠で爆速である必要は薄いという考えもあるのかもしれない。

ガラスごしに室内の照明にAFしてみたが、数十回試した中で、およそ7割くらいの確率で手前のガラス面に合焦した。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/110秒・±0EV) / ISO 160

そこまで動きの速くない被写体であれば、十分に追ってくれる。本レンズでモータースポーツをという使い方はないだろうが、人物くらいの動きであれば十分に対応できるのでは、といった感触が得られた。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/680秒・+0.7EV) / ISO 160

予測できない被写体でも試してみた。人慣れしている鴨で、自然な表情を見せてくれた。最短撮影距離付近までかなり寄っているが、しっかりとAFは応えてくれた。日常的な使用では動作速度に多少の不満は出るかもしれないが、合焦率の面で不満が出るということはなさそうだ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/1,500秒・±0EV) / ISO 160

描写雑感とフィルムシミュレーションとのマッチング

遠景を捉えた際に少し面白い気づきがあった。画面ちょい手前側にフォーカス位置を置いてみたところ、ミニチュア的な遠近感での再現が得られた。被写界深度と前後ボケの組み合わせによる視覚効果だろうが、中望遠の別な使い方を発見したような感覚だ。

左下の植え込みが若干グルグルボケ感のある描写になっているが、これは口径食のあたりでふれた特徴によるものだろう。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/5,400秒・±0EV) / ISO 160

河川清掃船。朝の早い時間帯で捉えた一場面だが、水の質感や浅い緑の船体色など、見た目に忠実な再現が得られている。本レンズの特徴に関して、ケンコー・トキナーは「フィルムシミュレーションを考慮したトーン再現」を挙げているが、ニュートラルな発色性も、それを手伝っているといえそうだ。

X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F5.6・1/170秒・±0EV) / ISO 160

ではフィルムシミュレーションを変えていくとどうなるか。PROVIAとクラシックネガ、ACROSの描写を確認してみた。

共通撮影データ:絞り優先AE(F4・1/1,500秒・±0EV) / ISO 160
PROVIA
クラシックネガ
ACROS

ETERNA ブリーチバイパスも独特の再現が得られるフィルムシミュレーションだが、植物との相性の良さが感じられた。シャープながら程よい溶け具合が立体感を引き出し、葉のシャープさを強調。そこにフィルムシミュレーションによる演出が加わり、どこか硬質で冷たさの漂う雰囲気が得られた。場面によっては、画づくりをいかして硬軟の描き分けをするという使い方もできそうだ。

ETERNA ブリーチバイパス
X-T4 / atx-m 56mm F1.4 X / 絞り優先AE(F1.4・1/2,900秒・-0.7EV) / ISO 160

まとめ

本レンズの特徴を一言で表現するならば、ごく中庸なシャープネスが全体の雰囲気を柔らかくする1本となるだろうか。中途半端という意味ではなく、それを描写の狙いとしているのだろうことは、本レンズの特徴に関してケンコー・トキナーが「やわらかさ」や「ポートレートレンズ」という表現を用いていることから見て取れるように思う。今回、試用を通じて、その解説を実感することになった。

画角でいえば、少し視点が延長される感触と言えばいいだろうか。より自分の見ているものを強調してくれるので、50mmや35mmに加えて、85mm相当となる本レンズを加えておくと、スナップなどでも表現の幅をグッとひろげてくれることだろう。

悩ましいのは富士フイルム純正のラインアップに「XF56mmF1.2 R」および「XF56mmF1.2 R APD」と同じ焦点距離のレンズが存在することだ。APD版は性格と価格が大きく異なるので、これを選択する人は「これしかない」という具合に手を出すことになるだろうが、F1.2のやわらかな描写を考えると、実に悩ましい選択ということになりそうだ。

第4世代ボディを有しているならば、AF速度の面で純正レンズのメリットが優るだろうが、これ以前のボディであれば、描写面の好みで選ぶのが良いのではないかと思う。本レンズの税込での実勢価格は約6万円前後。対してXF56mmF1.2 Rは10万5,000円前後だ。この価格差を考えると、純正56mmに手を出す予算があれば、本レンズに加えて純正F2シリーズのうち、50mm、35mm、23mm、16mmのいずれか1本も多少の足は出るだろうが、同時に加えることができそうだ。そういった意味では、これから富士フイルムXシリーズボディを導入し、ポートレート撮影をしていこうと考えているユーザーにとって、魅力的な選択肢になってくるのではないだろうか。

本誌:宮澤孝周