新製品レビュー
SIGMA 85mm F1.4 DG DN|Art
ハンドリング良好 今まで撮らなかった1枚も狙えるように
2020年10月28日 00:00
SIGMAより8月27日に発売されたミラーレスカメラ用レンズ「SIGMA 85mm F1.4 DG DN|Art」(Eマウント版)のポートレートを主体としたレビューをお伝えする。今回はα7R IIIと組み合わせて使用した。
機能と特徴
本レンズはSIGMAのArtラインに属する大口径の中望遠単焦点レンズだ。同社Artラインには、すでに同スペックの製品が存在するが、本レンズとは、そもそもの設計からして異なる。
まずはボディに装着した状態をみてみよう。既存の「SIGMA 85mm F1.4 DG HSM|Art」と比べると、本レンズは長さで152.2mmから94.1mmに、フィルターサイズは86mmから77mmに、質量も1,245gから625gに、と劇的なダウンサイジングを遂げている。
この小型軽量化実現の背景には、ミラーレスカメラでの使用を前提に、ショートバックフォーカスに最適化したことが効いている。DG HSM自体もEマウントとLマウント用をラインアップしているが、出自が一眼レフカメラ用に設計された製品である点が、大きな違いとなっている。
明るさはF1.4。実際に手にしてみると、各社がリリースしている85mm F1.4クラスのレンズと比較しても考えていた以上に小ぶりな印象で、太すぎず細すぎることもない鏡筒デザインは良好なホールディングスが得られる仕上がりだと感じた。
光学設計は11群15枚。SLDガラス5枚、高屈折ガラス4枚、非球面レンズ1枚が用いられている。スイッチ類はシンプル。AFとMFの切り替えスイッチと、絞りリングのロックスイッチ、絞りのクリックオンオフ切り替えスイッチ、任意の機能をアサインできるAELボタンで構成。
レンズ外装には金属素材がふんだんに用いられており「隙の無い作り」という印象。ソリッドな質感と相まって所有感をも満たしてくれる仕上がりだ。絞りは最小でF16まで。1/3段ステップで調整できる。
作例
撮影序盤に撮影した中の1枚。あえて順光でレフ板を使って瞳にキャッチライトを入れた。太陽はちょうど頂点に差し掛かろうかという時間帯で、まだまだ夏の光線だった。太陽を背にするようにして逆光の状態をつくりだし、青い空や綺麗なグリーンの芝もしっかりと描き出すために露出補正をマイナス側にふって調整した。周辺減光はみられるけれども、嫌味の無い落ち方なので表現の方法として積極的に使うのもアリだと思う。
開放F1.4という被写界深度の浅さも本レンズの大きな魅力だ。これは、背景を整理したい時にも有効。ボケ方も上品な印象で、ピント面から溶けていくような描写をみせる。かといって描写に甘さがあるわけではなく、ワンピースのペイズリー柄のプリントをみてもわかるように質感を伴った、繊細な描写が得られる。
ここまでは、現代レンズなら当然となってきている領域。しかし、頂点付近の強い太陽光の下でもハイライトが粘っており、階調に不自然さがない描写からは、α7R IIIのセンサー性能の優秀さはもとより、レンズ自体のコーティング技術がかなり高いレベルにあることが実感できる。
自然のそよ風を利用したカット。顔にかかる影で立体感を演出している。注目してほしいのは、耳元のピアス。かなり輝度差のある条件下での撮影にも関わらず、パープルフリンジや軸上色収差が見られなかった。
壁面からの透過光を利用したカット。壁の外とモデルの位置の輝度差がかなりあるが、コントラストの低下もなく壁際の点光源の形も素直でアクセントになっている。さすがに背景は一部とんでしまっているが、色に偏りはなく、モデルの肌の白さを引き出してくれた。
最短撮影距離付近まで寄っての撮影。フルサイズ機と中望遠かつF1.4クラスの組み合わせでは、ピント合わせが演出上の大きな工夫ポイントになる。ポートレートの場合、上まつ毛の先端にピントを合わせるか、下まつ毛に合わせるかで、見え方が大きく変わってくるからだ。
上まつ毛の先端にピントを合わせると、絞り開放では被写界深度がかなり浅いので黒目の部分がボケてしまう。そこで、作例では下まつ毛と瞳の輪郭部分にフォーカスポイントを置いた。黒目の部分までくっきりピントが合っていることをご確認いただけるだろう。
もちろんF1.8からF2くらいまで絞ればきっちり瞳全体にピントがくる。ここでなければダメというものでもないので、表現したい方向性にあわせてフォーカスポイントは決めていい。逆に言えば、そうした創意工夫のしがいがあるレンズでもあるわけだ。
こちらのカットは縦位置で上まつ毛の根元側、ちょうど上まぶたの部分にフォーカスポイントを置いた。瞳だけにF1.4でピントをあわせ、全体的な顔の輪郭部分はボカして夏の終わりの刹那感を演出した。モデルにはフレーム外に視線を投げてもらい、フレーム外の情景も想像させる一枚にした。
室内でローライトとなる条件をテストした。少し暗めの室内と背景の大きなガラス窓から差し込む光線でAFにとっても難しい条件だ。αシリーズの認識系AFは信頼できるものだが、このようなシュチュエーションだと顔認識・瞳認識機能をオフにしてダイレクトに測距点を移動させた方がよい結果が得られるように思う。
モデル衣装の縁取りにパープルフリンジは見受けられなく、かつ、シャドウ部分もつぶれず申し分ない結果が得られた。
路地裏でのカット。ちょっと入るだけで急に明るさが落ちる場所もある。開放F1.4での撮影だが、このようなフラットな光源下でもコントラストの低下もなく、すっきりとヌケのよい描写が気持ちいい。モデルを右側に寄せて、左に大きく消失点をつくって背景を整理した。さらに撮影者側の動きで画面構成を整えて、なだらかに溶けていく奥行き感と立体感を狙った。
並木道の前方の日陰にしゃがんでもらい、比較的距離をつめていった。木々の合間から降り注ぐスポット光を入れ込みながら、背景に繋がる光のグラデーションを意識した。
消失点はフレームの左側に置いて奥行き感を演出。点光源も賑やか過ぎず、しっとりとした描写で好感がもてる。モデルの肌、衣装に当たったスポット光も強い光線状態にも関わらず、しっかりとディティールを保っている。
光に強さではなく温かみが加わりだした頃のカット。ピーカンかつ遮蔽物がないロケーションだと、ついモデルの背後に太陽を配置して背景をトバし気味に処理してしまうケースがみられがちだが、それだと周囲の状況がなくなってしまい“いまどのような場所や時間で撮影しているのか”が伝わらないカットになってしまう。
季節や場所・天候に応じてフラットな光のまわし方が必要な時もあるけれども、写真は光と影で成り立つもの。積極的に影を取り入れた撮影も表現の幅をひろげてくれるはずだ。
夕暮れ時。だいぶ低くなってきた太陽をフレームの右上に収めた。肉眼では直視できないまぶしさだが、EVFならしっかりと確認できる。顔認識・瞳認識機能も大きな助けとなった。
もちろんセンサー面を使用しているため、長時間強い光をフレームに入れ続けることは焼きつき等が発生する可能性があるため注意が必要。それでも光学ファインダーでは難しい撮影領域を拡張してくれるミラーレスの恩恵は大きい。
たまにAFを大きく外す場面もみられたが、太陽光をフレームから外してもう一回AFでピントを拾うことですぐに撮影に復帰することができた。少しばかり意地悪な条件であったこともあり、周辺部にゴーストの発生も見られるものの、実際には光源をフレーム外に外すことで回避できる範囲内だ。
壁面にわずかにスポット光がさしている場所があった。光源の対角線上からゆるくレフ板で光をおこし、露出をハイライト側に合わせて全体的にローキーで表現した。
日陰なのだが、コントラストのノリと諧調が豊か。何よりも首もとのハイライト部分の粘りは特筆すべきポイントだろう。空気中のしっとりとした湿度感までも描ききることができている。
細かい枝葉に光が反射して、絶妙な木漏れ日をつくりだしていた。枝葉が少しかぶるくらいの位置に立ってもらい、斜め上からレンブラント光を意識してシャッターをきった。枝葉がディフューザーの役割となり、モデルを柔らかい光が包んでいる。髪の毛の透けた状態やすっきりとした立体感も絶妙だ。絞りはF2.5。これくらい絞ると周辺減光も解消されるようだ。
瞳認識にフォーカスを託して、筆者のほうも動きながら撮影した。モデルともコミュニケーションを取りながら構図づくりに集中し、動きのあるカットを狙った。ボディ側の機能とコンパクトなレンズの合わせ技は、機動性に自由を与える。全体的に躍動感とナチュラルな表情が得られた。絞りはF1.4。シャッター速度を高速にしてしっかりと止めている。
太陽が速度を増して落ちていく。画面右側に太陽を入れて夏の終わりが感じられる印象にまとめた。この日の光はとても柔らかく、優しい雰囲気で彼女を表現することができた。
描写面の話をすると、このカットからもみられるように髪の毛1本1本までをしっかりと解像していながら柔らかな描写という印象が強い。背景にかけてのボケもニュートラルだ。画面周辺部などを細かく見ていけば、若干の口径食は見られるけれども、嫌な感じの形状ではない。
絞り値別の描写
F1.4からF8までの絞り別の描写をみていった。解像のピークはF4辺りから。スナップや風景などで遠景を撮影する場合はF8まで絞り込めば充分な解像感が得られるはずだ。F1.4だと若干の周辺光量落ちが認められるものの、自然な落ち方なので作画意図に応じた味つけとして利用してもいいだろう。
※画像は一部をクローズアップ。クリック拡大で全体表示に切り替わります。
逆光耐性(木漏れ日)
細かい枝葉と太陽を画面に収めて、逆光耐性をチェックした。いわゆる高周波な被写体で、フリンジや色収差が出やすい条件だ。開放のF1.4では若干のフレアーが見受けられるものの、撮影する角度を変えれば回避できる範囲内。F2.8まで絞ると同じ立ち位置からの撮影でもゴースト・フレアーの影響は見受けられなかった。コントラストの低下もみられず、放射状にでる光芒も綺麗だ。
フリー作例
最短撮影距離まで寄って背景を整理した。夏の終わりの時期のもので、夕日の斜光が美しい。白い花にピントを合わせているが、額から茎にかけての産毛まできっちり描写している。
スクーターのヘッドランプ。手前のリムにピントを合わせているが、パープルフリンジや軸上色収差の影響は見受けられない。背景にかけてのボケも素直だ。
川岸に咲く花。このようなシチュエーションの場合、コントラストの高い部分にAFがもっていかれてメインの被写体にピントが合いにくい場合も多々ある。こういう状況だと、フォーカスモードを拡張フレキシブルスポットに合わせてピンポイントでAFを合わせるか、レンズ側のAFスイッチをMFに変えてマニュアルフォーカスで追い込んだ方が良い結果が得られることが多い。本レンズのフォーカスリングは、回す速度に応じて移動量が変わってくるバイワイヤ式だ。ゆっくりと回してあげると、すっとピント面がたちあがってくる。
まとめ
ポートレートを主体に、日常的なスナップを通じてレビューをお伝えしてきた。特筆すべきは何といっても軽さと取り回しのしやすさだ。今回の組み合わせだと、α7R III(約657g)+レンズ(質量625g)で、記録メディアやバッテリー込みでも総重量は約1.3kg。サイズバランスの良さもあり、動き回っての撮影で特に力を発揮すると感じた。
ボディ側の補正機能を積極的に活用したところも小型・軽量化実現のポイントとなっている。周辺光量と歪曲収差に限定してカメラ側にある程度の補正を任せているわけだ。
もちろんすべてを任せているわけではない。像面湾曲や非点収差、軸上色収差、倍率色収差、サジタルコマフレアについては光学設計での補正となっているようだ。
これまでの作例を見ていただければ分かるとおり、ニュートラルで前後に偏りのない綺麗な描写という点も見逃せず、被写体から背景にかけての分離もよく、色にじみによる解像感の損失もほぼ認められない。順光、逆光などの輝度差のある撮影状況でもキレのある描写をみせ、光線状態に左右されることなく、絞り開放から積極的に撮っていける安心感は、やはり大きいし使いどころのポイントだ。
AFスピードも問題はない。顔認識や瞳認識もしっかりと働くので、動き回っての撮影にもしっかりと応えてくれた。
85mmという焦点距離は目線の延長線上の表現したい要素を強調し、切り抜いていける画角でもある。先にも述べたが、スナップ撮影で本レンズ1本勝負的な使い方でも、写真撮影の楽しさや醍醐味を深く味わえることだろう。
モデル:高野祐未