新製品レビュー

SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art

幅広いボケコントロールで被写体を様々に見せられる準広角レンズ

SIGMAよりミラーレスカメラ用レンズとして新たに登場した「SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art」を、今回試用する機会を得た。35mmという準広角の画角をいかすことを考えて、人通りのある賑やかな市街地を撮影場所に選択した。構造物や色にあふれる街中で、F1.2の明るさやボケ量は、ポートレート撮影にどのような表現力を与えてくれるのだろうか。ソニーEマウント版をα7R IVに装着して、モデルと一緒に歩きながら様々なシチュエーションでの撮影を試みていった。

外観デザイン

本レンズはSIGMAのArtラインに属する大口径単焦点レンズだ。Artラインに属する他の製品と同じく、レンズ鏡筒は35mmの単焦点としては大型の部類に入る。初めて見た時は同社の中望遠クラスのようなその風貌と、広角レンズらしからぬサイズ感に衝撃を覚えた。

本レンズは製品名に「DN」の名称を冠しているとおり、EマウントやLマウントといったミラーレスカメラにフランジバックを含め設計を最適化している。ここが、他のArtラインのレンズが一眼レフマウントにあわせた設計となっているのと異なる点だ。

初見では35mmらしからぬサイズ感に驚かされたが、バッテリーグリップを装着したα7R IVに組み合わせてみると最初の印象とは異なり、しっかりと手に収まる感覚を覚えた。

機能と操作性

本レンズは開放F値がF1.2とひじょうに明るい大口径のレンズだが、最前面のレンズ口径を大きくすることで口径食の影響を最小限に抑えようとするなど、画質面におけるArtラインならではのコンセプトがしっかりと貫かれていると感じさせる点が、まず特筆すべきポイントだろう。

絞りリングが搭載されており、直感的に絞り値のコントロールができる点も本レンズの機能性を支えている。昔からのカメラユーザーにとっても受け入れられる点であろうし、最近のソニー純正Gマスターレンズにも絞り環が備わっていることもあり、それらの操作性に慣れたユーザーにとってもありがたい措置だと思う。

レンズ自体はごくシンプルな仕上げとなっているため、特筆すべき機能は正直に言って少ない。とはいえこの削ぎ落としたソリッド感は、かえって横位置・縦位置で構えた際にスムーズに鏡筒をつかんだり、操作したりする時に妨げるものがない、ということでもある。

とはいえ、鏡筒わきにはAFLスイッチが設けられており、任意の機能をアサインして使用することが可能だ。最新世代のα7、α9シリーズでは瞳AFがシャッターボタンと連動して動作するようになっているが、それ以前の機種で、かつ瞳AF機能搭載機を使用しているユーザーは、ここに瞳AFを割り当ててもいいのではないだろうか。

昨今ではムービーを撮られる方も多いことと思う。今回は静止画メインであるため使用する機会はなかったが、こうした動画撮影もしたいというユーザー向けに、本レンズは絞りリングのクリックをスイッチひとつでオン/オフできるようになっている。

なめらかな操作感のあるフォーカスリングは、電気的なやりとりで動くバイワイヤ駆動となっている。だが、実際に指で細かく操作してみるとダイレクト感があり、微妙なフォーカス操作でもしっかりとピントを追い込むことができた。

このほかレンズフードにはロックボタンが設けられており、カメラを下げたままフードを逆付けにしての移動など敏速な場所移動にも役立った。これからリリースされるレンズにもロックボタンが設けられることを期待したい。

作例

今回はカメラの画づくりをポートレートモードに設定し、WBはすべてオートで撮影している。編集ソフトなどは使用せず、JPEGでの撮って出しとしている。なお、ボディ側のレンズ補正項目はすべてオンとした。

フラット光の下、賑やかな色が欲しかったので、グラフィカルな絵が描かれた壁によりかかってもらった。早朝からの撮影だったので、まだ日が回らず、陰影にメリハリの無い状況下だったのだが、色再現性もよく、発色も暖色系でコントラストのノリも良く申し分ない。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F4・1/125秒・+0.3EV) / ISO 640

準広角レンズの醍醐味である引きの撮影で風景を取り込んだ表現を狙った。背景に賑やかな看板があることで、より臨場感が高まった。歩き回りながらのポートレート撮影の醍醐味といえるだろう。開放F1.2の被写界深度の薄さながら、モデルの上半身にピントを合わせ、適度に背景との分離を狙った。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/320秒・+0.3EV) / ISO 100

35mmという広角レンズなのだが、最短撮影距離30cmをいかすために寄りで撮影した。さすがに開放F1.2のピント面だと手前の目から鼻筋にかけてなだらかにボケてゆく。会話をしながらの対面的なポートレートにも積極的に使える。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/640秒・±0EV) / ISO 100

街の情景も入れ込む為に少し引きで撮影した。F1.2の絞りなのに中央部からきっちり解像感があり、しかも髪の毛の1本1本まで線の細い描写であるとともに、そのグラデーションまで見事に描き出している。

モデルを中央部に配置したことにより、より背景から浮かび上がったような立体感が表現できた。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/640秒・+0.3EV) / ISO 100

路地裏で消失点を入れての奥行き感をだした撮影。モデルから後ろにかけてスッキリとなだらかにボケていく感じが気持ちいい。広角域のレンズなのだが、開放絞りでも周辺部のディテールもよく出ており、収差も少ない。消失点となっているハイライト部分のボケ味も嫌味のない自然な雰囲気で良好だ。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/125秒・±0EV) / ISO 160

アスファルトの上に散ったイチョウの葉。輝度差のあるシチュエーションだが、スッとヌケがよく細かい葉脈の感じもよく描きだされている。スナップ用途でも昼夜を問わず重宝することだろう。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F5.6・1/400秒・-1.7EV) / ISO 100

寒い時期の太陽光は思ったよりも強い。フレーム内に太陽を入れ込んでの撮影だがフレアやゴーストの影響も少なく、コントラストの低下も最小限。こうした強い光源を背景にした、撮影するには一見すると厳しい条件でも率先して撮影に臨める。

結果も思っていた以上のもの。特筆すべき点は輝度差によるパープルフリンジも出にくい印象だ。α7R IVのセンサー性能の高さも関係するところだろうが、ハイライトの飛びも最小限に抑えられている。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F2.2・1/250秒・-2.0EV) / ISO 100
ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/800秒・+1.7EV) / ISO 100

35mmは準広角レンズであるのだが、全般的にボケを意識して撮ってしまうくらいに開放F値F1.2を活用して撮影したくなる。撮影者にそう思わせてしまうほどの非常に綺麗なボケ味を描きだしてくれるレンズだ。

が、50mmレンズや中望遠系のレンズとは違い、どんな時間に? どんな場所で撮影したかの情報量は、引きで撮影している分だけより反映されている。こうした表現ができる点もF1.2ならではの楽しさではないだろうか。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/160秒・±0EV) / ISO 100

撮影場所や状況を写し込むことが、街中でのポートレート撮影におけるひとつのコツだといえるが、いたずらに背景を入れ込めばいいというものではない。こうした雑然とした情報にあふれた街角でもF1.2の開放F値を有効に利用して背景を整理した。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/320秒・+0.3EV) / ISO 100

植栽に施された電飾の玉ボケを入れ込みつつ、画面を構成した。ピンとは手前の枝葉に合わせて後ボケの点光源を狙った。画面の周辺部を見てもわかるとおり、口径食の影響も少なく夜景での撮影にも重宝することだろう。

本レンズは非球面レンズが複数枚使用されているが、玉ボケの中にこれに伴う年輪ボケは見られず、エッジのうるささも感じられない。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/125秒・+0.3EV) / ISO 640

あまり色彩のない路地裏で、赤い衣装が映える。モデルには、一箇所でなんども振り返ってもらい、動きのある瞬間を狙った。濡れた路面も功を奏し、より印象深い表現ができた。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/250秒・±0EV) / ISO 100

モデルをフレーム左側の日陰になっている部分に寄せて、背景に陽のさす路面にあえて配置した。明暗差の立体感とともに、モデルに視線を左側に投げてもらうことで、フレーム外の情景も想像させる一枚となった。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F1.2・1/2,000秒・±0EV) / ISO 100

準広角や標準系のレンズだとモデルを画面の片側によせて撮りがちだが、準広角レンズの特性をいかして、ほぼ中央よりにモデルを配して撮影した。ハイライトからシャドウにかけてのなだらかなつながりによって、パンフォーカス的な撮影の仕方をしているのだが、結果的に立体感を伴ったカットとなった。

ソニーα7R IV / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art / 絞り優先AE(F4.0・1/125秒・+0.3EV) / ISO 320

レンズ補正のオン・オフに差はあるか

これまではレンズの補正をオンにした状態で撮影してきたが、補正効果のオンオフに差があるのかを建築物を被写体に確認してみた。

補正オン
F1.2
F5.6

補正オフ
F1.2
F5.6

35mmの本レンズは広角レンズであるにもかかわらず、収差補正をオンにした状態とオフにした状態で、あまり変化が感じられないことを作例から感じてもらえることだと思う。

SIGMAは、Art、Contemporary、Sportsという3つのコンセプトでレンズづくりをしている。メーカーによれば、本レンズの属するArtラインのレンズに関しては、光学レベルで徹底的に収差を取り除いた設計が特徴とのこと。本レンズも例外ではなく、補正のオンオフに関わらず安定した描写が得られると感じた。

試用を通じて気づいたこと

冒頭でも触れているが、今回はソニーα7R IVと組み合わせて使用した。大きなレンズだが、ホールディング時のバランスは良く、フロントヘビーになることもなかった。バッテリーグリップをつけると、縦位置撮影においてもバランスは良好なものとなり、操作性の面でも快適に撮影に臨むことができた。

ポートレート撮影ということもあり、縦位置撮影が多くなる場面でも、バッテリーグリップの追加は、スムーズな撮影を支える強い味方になってくれることだろう。

ピントリングの動作はトルク感のあるもので、マニュアル撮影でのピント微調整時も追い込みやすい。α7R IVの瞳認識AFは強力だけれども、うまく認識しない場面がまったくないわけではなかった。そうしたシーンでも、微妙なピント調整ができたことで良い結果を残すことができた。

まとめ

35mmのレンズは、これまで風景写真やスナップ撮影などで重宝されて使用されてきた焦点距離だ。しかし、近年では広角的な表現をとりいれたポートレート撮影でも使い勝手の良い画角として、徐々に浸透してきている。

浸透してきている、とはいえ繁華街などでの撮影は人どおりも激しく、構造物も多い。看板や電飾もあるため、広めの画角だと画面の中に様々な情報が溢れることになる。そこで効果的なのが、ボケの活用と被写体の配置の仕方だ。

ボケのコントロールでは開放F値の明るさが命だ。本レンズのようにF1.2もの明るさとなってくると、距離感にもよるが想像以上のボケ感で被写体を浮かびあがらせることができる。よりボケをいかした表現が可能ということは、より撮影表現の場をひろげてくれることでもある。最短撮影距離をいかした寄りでの撮影や、街中で背景を入れ込んでの記録的なポートレート撮影でも、画面を整理できる幅のひろさは有効だ。

筆者はフィルム時代から焦点距離50mmのレンズを標準レンズとして街歩きでのポートレートレンズとしてきた。そういったこともあり、今回のように35mmを用いての撮影は新鮮だった。

作例を見ていただいてもわかるとおり、狭い路地裏のようなシチュエーションでも、その狭さを逆手にとって、寄りや引きで被写体と背景との距離感をコントロールできた。こうしたコントロールにおける振り幅のひろさも作例から見てとっていただけたことだろう。さらにF1.2の被写界深度の浅さが、広角的な表現でもモデルを印象的に浮かびあがらせるのに効果的であることがわかった。

このようなレンズの出現によって、これからも表現の手法は選択肢が拡がって、様々なアプローチが可能となるだろう。

モデル:アリアナ

岡本尚也

東京都渋谷区生まれ。アパレル会社、広告代理店勤務ののち、フォトスタジオアシスタントを経て独立。ポートレートを主体に撮影をこなす。現在、主にアパレル、ファッション分野のフォトグラファーとして活躍中。カラーマネージメント関係の講師も務める。ペンタックスリコーフォトスクール講師。