新製品レビュー
Canon RF85mm F1.2 L USM DS
大口径ならではのボケ描写をさらに滑らかに表現
2020年1月6日 12:45
先月19日に発売されたばかりのキヤノンのフルサイズミラーレスシステムEOS Rシリーズ用の大口径中望遠レンズ「RF85mm F1.2 L USM DS」。キヤノンは、本レンズと同じ焦点距離・同じ開放F値の「RF85mm F1.2 L USM」を今年6月に発売済みである。その描写については、以前本誌でもレポートしたとおり。RFマウント用の交換レンズとしては、ちょうど10本目となる。
通常版とDS版の違いとは
同じ焦点距離・同じ開放F値のレンズが2本? と疑問に思う方もいることだろう。サイズや重量すらも同じこの2本の違いは、レンズ名称の末尾に付く「DS」という部分にこそある。DSとはキヤノン独自のDS(Defocus Smoothing)コーティングという特殊な蒸着技術の名称で、レンズの中心部から周辺部へ向けて透過率を徐々に下げながら光を遮る効果をもつ技術だ。
これによりボケ像の輪郭を柔らかくボカし、これまでの通常のレンズよりも滑らかで美しいボケ描写を実現しているわけだが、ここにこそ本レンズの最大の特徴があらわれているというわけだ。殊にポートレートなど、人物撮影におけるやわらかいボケ味を狙う場合などには、この効果は特に威力を発揮するだろう。
参考までにレンズのスペックを以下に挙げておこう。
【主な仕様】レンズ構成:9群13枚、絞り羽根:9枚(円形絞り)、最小絞り:F16、最短撮影距離:0.85m、フィルター径:82mm、外形寸法:最大径約103.2×長さ117.3mm、重量:約1,195g
外観・デザイン
82mmのフィルター径を持つF1.2大口径の前玉の迫力は圧巻である。ISO感度や露出補正などの機能を任意で割り当てられるコントロールリングはレンズ前玉に近い位置に配していて、小刻みなクリックで気持ちよく動く。これが苦手な方のためにはをクリック感を無くす施工もサービスセンターにて有償で実施されている。動画用途でも本レンズの滑らかなボケが使用できるのは、表現面での大きな強みになることだろう。
筐体左側にあるのは上部にフォーカスモードAF/MFの切替スイッチと、下側に撮影距離選択スイッチ。これも通常版の「RF85mmF1.2 L USM 」と同じ配置だ。
写真左が本レンズ「RF85mmF1.2 L USM DS」、右が通常版の「RF85mmF1.2 L USM」だが、外観デザインのみならず重量やサイズまでもミリ単位でまったく同じであるので、下側にある「DEFOUCUS SMOOTHING」の刻印以外には違いがわからない。
付属の専用レンズフード「ET-89」を装着した状態。
レンズフード「ET-89」に加えて、別売のEOS R専用バッテリーグリップ「BG-E22」を装着した状態。レンズとの重量バランスのためにもバッテリーグリップを使った方が縦位置撮影時などには安定感が増す。
絞り値による変化
絞り値の変化によるボケの違いを見た。一般的には開放絞り値がF2.8とかF2くらいが多いのだが、それよりも明るい大口径レンズのF1.4くらいからはボケ量がグッと増してくる。開放F値F1.2へ向かうほどに人物の合焦部分はキレ味抜群でありながら、煩雑な背景を柔らかなボケ方で画面を整理できた。
通常版との比較
通常版のRF85mm F1.2 L USM とRF85mm F1.2 L USM DSのボケ味を比較した。どちらも開放F1.2で撮影しており、人物まわりのフォーカスが合っている部分はバシッと合焦。背景にかけては滑らかにボケている。両者を見比べると、木漏れ日の複雑な玉ボケなどはDSレンズの方があきらかに優しく画面に溶け込む自然なボケ描写となっていることがわかる。
作例
開放F値F1.2で前後のボケ表現を確認するために紅葉する楓の間にモデルに立ってもらうが前後ともに優しいボケを見せてくれた。
全身を入れるために数メートル引いても背景をボカしての立体的な描写がだ。ここまでのボケが得られるのもF1.2の大口径があってこそだ。
極端なコントラストと激しい明暗差のある難しい条件を選んでの撮影を試みたのだが、暗部の壁面から直射日光を浴びる白い衣装まで豊かなトーン描写とともに克明な質感描写の再現も実感出来た。
レンズ至近距離の前ボケもやわらかい表現だ。
背景の輝度が高くハイキーな露出にふった場合でも、ボケの輪郭が自然に感じられる。
F5.6まで絞るとフォーカスの合う被写界深度もグッと増してきて、背景も衣装も質感が克明になってくると同時に85mmという中望遠の焦点距離でありながら標準画角に近い表現も可能だ。
前後の枯れ葉のボケが彼女を優しく包んだように感じられた。
かなり強い日射しの順光でも肌の白トビも少なく陰の部分も克明再現されている。
日没直後の風景。残照が明るく染め上げる空の部分とビルの陰になった鉄橋あたりのアンダー部分に至るまで、広い範囲でなだらかなグラデーションをカバーしている。低照度においても暗部が黒くツブレてしまうこともなく、微妙なトーンのねばりが感じられる。
美しい木漏れ日が陰影をつくりだす。何かもうひとつ動きが欲しいなぁ、と思った瞬間に運良く風が味方してくれた。
絞り開放時でも合焦面のキレの良さが際立つが、ちょっと絞るだけで指先の肌感や繊細なレースの質感も鮮明に描き出す。
正面からアップで。ワンポイントが欲しいなと思っていたところ、椿の落花を見つけた。モデルに自由にもってもらい、表情を捉えていった。
遅い午後の斜めの光線はときにマジックを見せてくれる。
可憐に咲いているとっても小さな花は寒桜の仲間。最短撮影距離(0.85m)でクローズアップ。細い枝が多く、ともすると背景がうるさくなってしまいがちなシチュエーションでも、大口径F1.2の明るさとなだらかなボケが一輪の花弁を繊細に描き出す。
実際は背景に大勢の人がいる公園だがF1.2の大口径とDSのボケが誰も居ないかのように見せるのも可能だ。
明るい衣装も暗い背景も的確に安定したトーン描写をしてくれる。
薄暗くなり、点いたばかりの外灯にフォーカス。正面からの光源でもフレアやゴーストは見られず、前ボケも自然な描写だ。
日没に近い時間帯になったが小さなLEDだけで撮ってみた。低照度での強みはやはりF1.2という大口径ならではである。
水銀灯の灯りだけでモデル撮影。肌の質感も自然で背景のビルのネオンや車のヘッドライト、信号などの夜の街灯りもとても滑らかなボケ味となった。
日没後の夕暮れ散歩風景。東京の端っこにある大好きな土手のある場所にて。
まとめ
通常版の「RF85mmF1.2 L USM」と今回の「RF85mmF1.2 L USM DS」とでは外観上の話だけすれば「DEFOUCUS SMOOTHING」の白い刻印が入っていること以外はサイズや重量までまったく同じ。一卵性双生児みたいにそっくりで、2本のボケ味の差異を比較する撮影を何度かしたが、レンズ交換時にどっちのレンズが通常版でどっちが本DSレンズなのか、しばしば迷ってしまった(笑)。
しかしながら、実際の撮影においてDSコーティングのボケ描写は、これまでとは明らかに違った表現であることが良くわかった。これまで普通だと思っていた逆光時などに見られる玉ボケの違いが、これほど滑らかに再現されるとは思わなかったのも驚きだ。ただし、それはどちらが良いとか悪いとかの問題ではない。ユーザーそれぞれの好みでチョイス出来る道具が登場したという、幸せな機材環境が整ったということなのだ。
前回「RF85mmF1.2 L USM」のレポートをしたので、今回のレポートでは、どうしてもDSコーティングによるボケ味が話題の中心となってしまったが、通常版同様、本レンズもリングUSMの搭載によって大きく重い大口径レンズとは思えないくらいAFスピードが速く、静粛性にも富んでいる。さらにレンズコーティングにASC(Air Sphere Coating)を採用することで、フレア・ゴーストの発生を低減。耐逆光性能が高いことなども、高パフォーマンスを発揮する重要な要素となっていることを忘れてはいけない。
重量が同じなので当たり前だが、やはり通常版と同じく今回もズシリと重い。従って撮影時のカメラとレンズのバランスをとるためには総重量がさらに増えてしまい運搬時にはやや辛いが、電池室に2個のバッテリーを入れたバッテリーグリップを装着しての使用をおすすめする。
85mmという画角と大口径のフラッグシップ・ポートレートレンズとしては流石に申し分の無い性能が備わっていることが充分に実感出来たのだが、個人的にはもう少し価格が手頃であってIS(手ブレ防止機構)が搭載されていたらすぐにでも欲しいと思った。
モデル:加藤和(シェリーズ・エンタテインメント)