メーカーインタビュー--ニコン編

明るい単焦点レンズと高性能な小型ズームレンズを投入

 昨年末より進めてきた一眼レフカメラメーカーへのインタビュー記事も、年を越えて今回のニコンで一区切りとなる。昨年はローエンドのエントリーモデルからプロ機まで、幅広く製品を発売したニコンが、どのように自らの製品ラインナップを評価しているのか。そして今後の開発に関してどのようなビジョンを持っているのか。

 株式会社ニコン 映像カンパニー マーケティング本部 第一マーケティング部 ゼネラルマネジャーの笹垣信明氏に話をきいた。(聞き手:本田雅一)

株式会社ニコン 映像カンパニー マーケティング本部 第一マーケティング部 ゼネラルマネジャーの笹垣信明氏2009年11月発売の最新モデル「D3S」

誰もが手軽に購入できる一眼レフボディを

――昨年、年のはじめは過去に例がないほど、カメラの出荷数が少なくなるなど、数字の上では激動の年でした。振り返ってみていかがでしょう?

 昨年はD60の後継としてライブビューを活かした撮影ができるD5000を出し、その後はD3000、D300S、D3Sと発売して年を終えています。確かに1~3月は厳しかったのですが、春以降は手応えがありました。

バリアングル液晶モニターを装備した「D5000」軽量・低価格なエントリーモデル「D3000」
DXフォーマットのフラッグシップ「D300S」

――一昨年、金融危機前に需要拡大を見込んで大量の発注を市場から受けていたのに対して、年末商戦直前に金融危機が発生したことで在庫がだぶついたことが、昨年1月からの出荷数激減につながったという見方が定着していますが、その後のビジネスが安定していることを考えると、思ったほど影響は受けなかったのでしょうか?

 おっしゃるように、出荷数は激減していましたが、実のところ売れているカメラの台数には大きな変化はなかったんです。そのため、在庫が落ち着いてくると出荷数も増え、数字は安定してきました。確かに1~3月は厳しかったのですが、春以降は十分な手応えを感じていました。

――そうした現象は好景気から不景気への転換時によくある話ですが、他業種が売上そのものを下げている中、というよりもコンパクトカメラが軒並み数字を下げている中で、一眼レフカメラに関してはあまり影響を受けなかったという認識でいいのでしょうか?

 全く影響を受けなかったわけではありません。景気後退の影響がなければもっと伸びた可能性もありますから。しかし、影響の度合いは比較的少なかったと言えると思います。

――D40/D60は、ひたすらコンパクトさを追求して成功していたと思いますが、型番号を4桁にしたD5000は、バリアングル液晶搭載で少し毛色の違った製品になっていました。これは意図的なものでしょうか?

 D5000もカメラボディ部は十分にコンパクトで軽量なのですが、まずはライブビュー機能をどのように活かすかを考えた上で、バリアングルにすることを決めました。サイズも液晶パネルのヒンジ部分などの構造で高さと厚さは若干大きくなっていますが、横幅はさほど変わっていません。結果から言えば、バリアングルを用いた液晶パネルは見やすさも含めて高い評価をいただいています。

――その後、発売したD3000はD40/D60の路線を引き継いで軽量・コンパクトを優先したイメージの製品に仕上がっています。D5000の企画としてサイズを小さくすることよりもバリアングル液晶搭載を優先したのは、D60から見ると路線変更に見えました。

 D3000はとにかく小型軽量で価格を安く。D40がD3000のポジションにあったのですが、その位置づけは変えずに画素数を増やしました。D5000はその延長線上ではなく、もう少し趣味性の高いユーザーに響く製品にしたかったのです。

――D90はミドルクラスに編入するべきなのか、エントリークラスなのかでいつも迷いますが、これをニコン流にエントリークラスとカウントするなら、一眼レフカメラを始めるエントリーユーザーのうちの、かなり幅広い層を受け止めることが可能になりますね。

 D90は、最初の1台目から本格派カメラが欲しい人に向けて開発をしています。たとえば中国市場では、D90からカメラを始めるという方がとても多いんです。D5000はライブビューを活かす上で、ニコンができることはないだろうか? と考えて企画した製品ですが、エントリークラス全体の構成について、考え方はここ数年、まったく変わっていません。

――D40を発売した際、当時の商品企画のトップだった風見一之氏は「D40でもまだまだ高い、小さく、軽くすることでハードルは引き下げたけれど、もっともっと手軽に写真を楽しめるように安価な製品を企画できなければならない」と話していました。D3000では価格帯はそのままに高画素という方向に行きましたが、低価格化という方向はどのように見ていますか?

 将来的には、さらに安価に、誰もが手軽に購入できる一眼レフボディをとは今も考えています。どのようにして価格を下げられるか、研究の真っ最中です。(目標は? との声に)社内的には、どのくらいの価格帯という目標を持っていますが、まだ外部にはお話できません。しかし、一眼レフカメラを使ってみたいけど、まだ持っていない、買おうかどうしようかと悩んでいる方も、きっと思い切って買える値段になります。

――今後は西欧、北米、日本の市場が伸び悩み、アフリカ、南米、中国・インドが伸びるというのが大方の見方です。1月のCESでは、今年は西欧・北米市場の規模とアジア・中国・日本市場の規模がほぼ同等になるとの予測も出ていました。こうした事を見越した動きということでしょうか?

 さらに低価格を狙ったボディは、当然新興国の需要も期待していますが、日本向けに販売しないというわけではありません。BRICsは急激に伸びていく市場になると思いますが、中国以外はまだ具体的な数字を出す段階にはないでしょう。しかし、銀塩写真プリントのインフラがなくともカメラが販売できる利点は大きく、新興国の伸びには期待しています。


感性に訴える部分までを開発者がこだわる

――D300、D3とハイエンドモデルの更新も昨年の話題でしたが、一方でニコンフェローの後藤哲朗氏は、D3並の画質をコンパクトなボディで実現させる必要性について話していました。八方美人で何でもできるカメラとなれば、大きくなってしまうのは致し方ないところですが、もっとシンプルなのだけど画質はD3並といった機種は考えられませんか?

 それは常に議論しています。しかし、普通のお客様に話を聞くと、やはりせっかく持つのであれば、いろいろな面で気の利いた製品がいいという方が多い。さまざまな人の満足できる製品を作ろうとすると、どんどんサイズが大きくなって、結局はD3と同等のサイズになってしまいます。かといって、ターゲットを絞りすぎると、特定のカメラ趣味を持つ人だけにしか喜ばれない製品になる。

 結局、必要とする機能を搭載した上で小型にするしかないのですが、こればかりは難しい問題です。どうニーズを集約するか。もっとも、技術的に少しづつ改善出来ている部分もあります。消費電力低減やLSIの進歩などもあり、近い将来、小型・高画質モデルという方向も企画として可能になるとは感じています。

――エントリークラスの話に少し巻き戻しますが、昨今はエントリークラス製品の幅も広がり、中には中級機に近いスペックを持つエントリーモデルも少なくありません。D90の前々モデルとなるD70は、そうしたカメラの元祖ともいうべき製品でした。エントリークラスユーザーが、中級機に向かわずにエントリークラスの中だけで買い替え続けていて、なかなか上位の機能を持った製品にステップアップしてくれないという悩みを他社からはよく聞きます。ニコン製品のユーザーはどうでしょう?

 D40やD60からD90へ、あるいはD300へとステップアップしてくださっているお客様は、我々が想像するよりもずっと多くいらっしゃいます。ひとつにはニコンのカメラが好きな方々のコミュニティが、写真好きを育てる雰囲気を醸成しているのではないでしょうか。インターネット上で情報交換しているうちに、もっと本格的な撮影が可能なモデルを欲しくなり、上位モデルへとステップアップするケースも多いようです。

――商品の企画としても、より進んだカメラの楽しみ方をユーザーに気づかせるようなことに気を使っていますか?

 これはニコンのDNAだと思いますが、製品を作っている人間が、そもそもカメラ好きで、カメラで写真を撮ることがとても楽しい。その気持、カメラを使うことそのものの面白さを、より手軽に楽しもうという考え方は随所に詰まっていると思います。何か標語を作って、より楽しくしましょう、なんてことを言っているわけではありませんが、作り手側が自分が楽しむことを考えながら開発をしています。

 それこそシャッター音やミラー動作音、操作各部の操作感などユーザーの感性に訴える部分までを、細かく開発者自身がこだわって開発しているのが、ユーザーにも伝搬しているのではないでしょうか。こう使うと楽しいですよ、という気持ちを込めて企画した製品だからこそ、上位製品へと誘う面白さをユーザーにも感じていただけるのだと思います。

――主観評価の部分が大きいでしょうから、なかなか量産品に盛り込むのは難しいのでは?

 確かに主観による部分が大きく、難しい面もあります。条件を設定し、その条件に合わせるよう精度を高めていけば品質が上がるという問題ではありませんから。しかし、ニコンが得意な領域でもあり、ノウハウの継承という点ではとても意味があります。モノにすれば他社には真似されにくいという利点もあると思います。

――実際に感性評価を行なう部門があるのでしょうか。キヤノンも一昨年、そうした部門を新設して、その成果が盛り込まれたのがEOS 7Dだったと話していました。

 当社の場合2005年くらいから、使っていて気持ちよい製品を作るための研究を行なうプロジェクトが立ち上がったはずです。日本の開発拠点も写真好きが多く集まっていますが、世界各地の販売拠点にも同じような写真好き、カメラ好きが大勢います。製品を発売すると、とたんに世界中からさまざまな意見が上がってきます。こうした蓄積されたノウハウを持つ人間のネットワークが、ニコンが一眼レフカメラの企画、開発を行なう上で大きな強みになっていると思います。操作感や動作音だけでなく、絵作りなども国によって細かな好みが異なります。そうしたことも含め、非常に幅広い範囲で研究を行っています。


レンズラインナップを拡充する年に

――今年も継続して現行ラインナップの更新をしていくのだと思いますが、何かテーマにしていることはありますか?

 レンズラインナップに対する要望を多く戴いているので、レンズの充実をひとつの目標にしています。ニーズとしては明るい単焦点レンズと、小型高性能なズームレンズ。そのあたりは今年、数本を出して行きたいと思います。

――ズームレンズに関しては、これだけセンサーの実効感度が上がってくれば、もう少し暗くてもいいから、高画質でコンパクトなレンズが欲しいという声も上がってくるのでは。例えばキヤノンで言えばF4通しのシリーズがあります。

 F値一定の高画質レンズはF2.8のシリーズを用意していますが、大きく重く、価格も高い。F4通しという具体的なイメージを持っているわけではありませんが、明るさを多少犠牲にしながら、しかし画質が良くてコンパクトというズームレンズがあるといいとは思います。

――単焦点レンズに関してはどのようなものになるのでしょう?

 昨年はAF-S DX NIKKOR 35mm F1.8 GとAF-S DX Micro NIKKOR 85mm F3.5 G ED VRを発売しましたが、今年はもっと趣味性の高いレンズを出したいですね。DX 35mm F1.8 Gは手頃な価格でありながら、ボディに付けてファインダーを覗くだけで、今までの標準ズームとはぜんぜん違うと驚いてもらえるパフォーマンスがあります。また、マイクロレンズは日常的な世界とは別の映像を撮影できる面白さがある。これらと同じように、写真を撮影する楽しみを増幅させるような1本になります。

AF-S DX NIKKOR 35mm F1.8 GAF-S DX Micro NIKKOR 85mm F3.5 G ED VR

――最近はお約束になっているので伺いますが、ミラーレスの交換レンズ式カメラは計画していますか?

 一眼レフカメラに関しては、お客様のニーズに合わせて順次新製品を投入して行きますが、ミラーレス一眼に対するスタンスにも変化はありません。やらない、開発しないというのではなく、ニコンがやるからには、ニコンならではの価値を提供できなければならないということです。ミラーレスシステムは小型化、軽量化には有利ですから。

――ミラーレス一眼という商品は、それまでの一眼レフの価値感を変えてしまいますよね。一眼レフは高精度のメカと光学技術、カメラ作りの経験が基礎になければよい製品を作れませんでした。いくらセンサーが重要と言っても、同時にカメラボディのメカ部分も重要だった。ところがミラーレスになると、センサーに加えて映像処理LSI、ファインダーデバイス、カメラ内ソフトウェアなどに価値が移動します。ボディそのもののメカ構造もシンプルになりますから、中国や韓国のメーカーも真似しやすい。そう考えるとニコンはミラーレス一眼を積極的にやりたくないのかな? という邪推も生まれます。

 そこまでは考えていません。しかし、ミラーレス、ミラーありといった区別は別にして、現行の一眼レフカメラには新しい進化の方向も見えているので、まずは一眼レフカメラをさらに突き詰める方向に行こうというのが現在の考えです。

 ミラーレス一眼が登場する前に、ソニーとパナソニックが一眼レフ市場に参入するという話題が2006年にあり、業界は戦々恐々としていました。とうとう総合電機メーカーがやってきて、光学機器メーカーは居場所を失うと言われていましたが、実際には新しい血が入って業界は活性化し、むしろそれをきっかけに売上は伸びました。ミラーレス一眼というカテゴリが生まれることで市場が大きくなるのなら、その方が利点があると思います。

 ニコンとしては、ニコンらしい製品を作り、お客様に新しい価値を常に提供できるよう研鑽を積んでいくことです。できることをきちんと続け、写真の新しい可能性について提案して行きたいと思います。



(本田雅一)

2010/2/8 00:00