インタビュー

新しい時代のブランド価値へ“再始動”。リコーイメージング赤羽社長に狙いを聞く

聞き手の本田雅一氏(左)と、リコーイメージングの赤羽昇社長

GR、PENTAX、THETAといったカメラブランドを展開してきたリコーイメージングが新宿に構える“リコーイメージングスクエア”を閉鎖するというニュースには、昨今のデジタルカメラ市場縮小、とりわけ一眼レフカメラ市場の急速な落ち込みから、そのブランド継続への危機感を察知したユーザーもいたようだ。

日本で最も古い一眼レフカメラブランドであるPENTAX、熱烈なファンに支えられてきたGR、360度カメラを世に定着させたTHETA。リコーがカメラ事業から撤退するとしたら、その影響はユーザーはもちろん、カメラ産業全体にとっても大きい。

そこでリコーイメージングの赤羽昇社長に、直接、今後のリコーイメージングの戦略について話を伺った。

リコーのカメラ事業を”再構築”

デジタルカメラ市場縮小だけでなく、コロナ禍で人流が減った事による影響を大きく受けてきたカメラ業界。昨今はそこに半導体不足も加わっており、厳しい状況であることは間違いないだろう。

しかし赤羽社長はそうした不安の声があることを承知した上で、事業撤退の可能性は?という筆者の質問を一蹴した。

赤羽社長は銀行出身で、2012年にリコーイメージングの経営を引き継いだのち、いったんリコーイメージングを離れ、昨年、再登板した経緯がある。金融機関から経営立て直しに人材が送り込まれると、とりわけ趣味性の高い事業領域では“切り捨ての嵐”になりがちだ。

しかし赤羽氏は組織のスリム化を図りつつも、根強いファンに支えられるブランドとユーザーの結びつきを強化する方向に経営資源を割り当て、カメラ業界の中での立ち位置を明確にすることでリコーイメージングの事業基盤を強化した。

再登板後のリコーイメージングスクエア閉鎖という判断も、決して後ろ向きな決定ではないと話す。

「市場規模の縮小は事業環境の変化によるものですから、我々だけの力でコントロールはできません。リコーのカメラ事業が大きな変接点を迎えていることは確かですが、事業撤退は視野にありません。我々が取り組もうとしているのは、新しい市場環境の中でカメラブランドを持続させるため、“カメラ事業の形”を変えることなんです(赤羽氏)」

ただしリコーイメージングが取り扱ってきたカメラブランドのうち、THETAに関しては事業者向けニーズが根強く、主に業務用カメラとして発展的に方向性を変えていく決断がすでに下されている。

一方でPENTAXとGRに関しては、むしろブランド価値を育てることを目的に積極的な改革を進める。その狙いを端的な言葉で表すならば、コンシューマ向けカメラ事業のDX(デジタルトランスフォーメーション)といったところだろう。

RICOH GR IIIx Urban Edition Special Limited Kit。全世界2,000セット限定で、ユーザーが好みで文字刻印できるホットシューカバーが付属する

新しい形のファンコミュニティを模索

赤羽社長が目指しているのは、PENTAXやGRのファンたちが、メーカーであるリコーイメージングと共に写真、カメラのカルチャーを育てていくコミュニティを、現代の市場環境やインターネット、スマホ環境を前提に作り直すことだという。

たとえばリコーイメージングスクエアをはじめとするギャラリー、ショールーム、修理受付などを兼ねた場は、メーカーとユーザー、あるいは作品を生み出すフォトグラファーが集まり、交流する場だったとも言える。

しかし市場全体が縮小していくと、利便性の高い場所に広いスペースを確保することは難しくなる。場所の面でも国内に1か所だけでいいのか、という議論もあるだろう。

それならば、スマートフォンが普及し、ネットサービスを日常的に使うようになった現代社会に合わせ、ネットを通じたコミュニティをメーカー自ら作り、そこに積極的に、ユーザーに近い目線で参加していく方が理にかなっている。

とはいえ、全く”拠点”を作らないという話ではない。

デジタルメディアとネットワーク技術に囲まれた現代にマッチした、新しいタイプの拠点の構築に着手しているという。現時点では明確な場所を案内できないとのことだが、「PENTAXクラブハウス」という名称で、最寄りは四ツ谷駅だという。オープンは夏とのことなので、遠くないタイミングで詳細がアナウンスされるだろう。

「リコーイメージングスクエアは40年前に生まれたスタイルを踏襲してきたものです。移設に際しては、そのまま移設するのではなく刷新するための新しいアイデアを随所に盛り込んだものになります。オープン当初から全てを盛り込めるわけではありませんが、名称も新たにメーカーとユーザーが共に価値を創造できる場所にしていきます(赤羽氏)」

ファンの声を活かした改革へ

「市場が拡大している中で売上を伸ばしていくことは、実はそれほど難しくありません。しかし現在、売上規模そのものを拡大する戦略ではうまく機能しません。まずはリコーイメージングの製品を購入してくれる方に、次もPENTAXやGRを選んでもらえるようにする。顧客とのエンゲージメントを強化し、我々のブランドがいいな、好きだなと思ってくれる方々を増やしていくことができれば、その周辺にいらっしゃる写真が好きな方々も含めてユーザー基盤を強化できます。成長を前提に、リコーのカメラを知らない人に製品を売るという考え方を変えようと考えました(赤羽氏)」

PENTAXとGRは、いずれも小さいながらも根強いファン、それらの製品に共感するユーザーに支えられてきたブランドだ。そんなブランドの核となるファンの声を拾い、製品開発やマーケティングに活かしていくことが、赤羽社長の狙うリコーイメージング改革となる。

では具体的にどのような取り組みで、リコーイメージング全体を変えていくのか。リコーイメージングスクエア改めPENTAXクラブハウスの開設、刷新はそのごく一部でしかない。

「市場が拡大していない中で、熱心にファンであってくれる方々は、我々が作り上げてきた製品ならではの価値を理解、共有してくれている方々だと思います。そうした方々、つまり同じ感覚を共有する仲間と価値観を共有できるものづくりをする。ひとつひとつの製品をユーザーごとに作り分けることはできませんが、価値を理解してくれる方々にこだわって製品を届ける“工房”であるべきというのが基本的な考えかたです(赤羽氏)」

赤羽社長を本田氏がインタビューするのはフォトキナ2014以来。赤羽氏は当時から「個性を持たない製品は作らない」と強いメッセージを出していた。

メーカー、ユーザー、流通が一体となった“共創環境”を目指す

リコーイメージングは並行して流通改革も進めてきた。

カメラ事業、とりわけレンズ交換式カメラの事業は、流通の問題も大きい。各地域ごとにユーザーとのつながりが深いカメラ専門店が世界中にある一方、昨今はインターネットを通じた販売へと変化してきた。

リコーイメージングもネットを通じ、ダイレクトにコンシューマとの接点を持つ形へと事業形態を変化させている。市場サイズが小さくなる中でユーザーとの繋がりを重視し、コミュニティを形成するにはDTC(Direct to Consumer)の積極的な導入は必要不可欠だ。

「実はリコーイメージングの新しい事業計画を発表した際、お世話になってきたカメラ流通の方々からは“自分達はもう使わないということなのか”と尋ねられました。現実的な話をすれば、全ての流通と従来と同じようにお付き合いすることは難しい。しかし、カメラ専門店はユーザーとのつながりを強化する上で、とても重要な役割を担っています。“どの流通業者”というわけではなく、GRやPENTAX、各ブランドのファンと密接な関係を築いてらっしゃる販売店とは、ぜひ一緒に市場を創っていきたい。メーカーだけではなく、ユーザー、流通も一体となった共創環境が重要になります(赤羽氏)」

“アクセサリーひとつ”にもこだわったストーリーを紡ぐ

現時点ではネット上にメーカー自身も参加するコミュニティスペースを作り上げ、ユーザー自身も参加しながら、PENTAXやGR、あるいはその周辺アクセサリーが生まれてくる“ストーリー”作りを行う。

たとえばカメラストラップにしても、組み合わせるカメラ、利用する場面を練り込みながら、実際に使わるときのことを想定して作り込む。なぜそうしたデザインなのか、背景にあるストーリーを感じさせるモノづくりを、ブランドを取り囲むみんなで創り出そうというのだ。

J limited 真田紐ハンドストラップ。3月開始のクラウドファンディングで達成率380%となり、6月21日から出荷が始まった

「どのカメラも同じ方向を向いているようで、それぞれに異なる考え方で製品は作られています。PENTAXの長年のユーザーは、彼らにしかわからない価値観でPENTAXの製品を見てくれています。その部分をもっと掘り下げ、共有して、工房的な価値観で次世代、次次世代の製品を作り上げていきます」

赤羽社長はレンズ交換式カメラのトレンドがミラーレスの方向へと急速に流れていることを認めながらも、そんな時代だからこそ“一眼レフの価値にこだわっている”という。規模が小さいメーカーだからできることといえばそれまでだが、主流がいくら大きな流れになったとしても、傍流にも存在する価値、役割があるものだ。

「自分の眼で見ている像。自然な空気と光を見て、それを感じている像。その光を直接記録するところが一眼レフの良さだと思うんです。その感覚を信じられるからこそ、良い写真になる。便利さや動画機能ではなく、写真に特化したとき、一眼レフを突き詰めることに共感してくれる方々とPENTAXのカメラを追求していきたい」

クラウドファンディングで販売された「PENTAX K-3 Mark III Jet Black」。1,000万円の目標金額に対し約3,540万円が集まった。限定232台という数字は、本機のために用意したブラック塗料で作れる限りの台数だという

そう話す赤羽社長は、とても銀行から経営立て直しにやってきた金融マンとは思えない。しかし本来、経営者とはその会社の“本業”を見つめ、誰よりも本業に対して正面から真摯に向き合い、本業の価値を高めることに集中すべきだ。

そうした意味で、本業を磨き込みながら、その中で生き残る術を探すという方向は、業界を刷新するような大きな力は生まないかもしれないが、カメラメーカーとしてのひとつの生き方とも言える。

「絵画の才能などがあるならば、美しいと感じるものを自分の才能、技術で体現することができる。しかしカメラという道具があれば、芸術的な技術がなくとも表現できます。光と空気を捉える一眼レフにこだわることで、誰もが芸術に参加できる。そう私は思っています」

本田雅一