インタビュー

ニコンFウォッチ徹底解剖。話題のミュージアムグッズができるまで

人気アイテムベスト3は? 実現しなかったものは?

左からニコンF3ウォッチ、ニコンF5ウォッチ、ニコンFウォッチ

株式会社ニコンが運営するニコンミュージアム(東京都港区)は、2017年7月に同社の創立100周年を記念してオープンした博物館だ。ニコンが開発した歴代のカメラや顕微鏡、測量機、半導体露光装置などが展示されている。

同館が発売する“ミュージアムグッズ”は度々大きな話題を呼び、特徴的な取り組みのひとつとなっている。特に「ニコンFウォッチ」シリーズは人気のグッズとなっており、ニコンF、ニコンF3、ニコンF5の周年記念ウォッチ3製品がこれまでに発売されている。

本稿では、その人気シリーズ「ニコンFウォッチ」の開発秘話を深堀りした。最新モデルのニコンF5ウォッチ(2021年12月発売。税込1万9,900円)にはまだ在庫があるとのこと。なお、ニコンFとニコンF3ウォッチはすでに販売終了している。

本稿の後編では、ニコンミュージアムのグッズ開発における想いを同館の運営担当者に聞いた。おすすめのグッズや、今後の展開についても語っている。

ニコンFウォッチの誕生。なぜ時計に?

――ニコンFウォッチを制作した経緯を教えてください。

2019年はニコンFの発売から60周年ということで、アクセサリーシューカバー、ストラップ、マグカップなど記念商品を発売しました。その中の目玉として、このウォッチを企画しました。腕時計ですので、いつも身に着けていただき“F”を感じていただきたい。また、カメラファンの方は時計好きの方も多いと思いますので、精密機械好きの方々に受け入れられることを期待して制作しました。

ニコンFウォッチ

――なぜ時計にしようと思ったのですか?

ニコン(当時:日本光学工業)は、戦後、軍用光学機器の需要がなくなり民需転換を目指してカメラなどの製造に取り組んだのはみなさんご存じの通りです。その取り組もうとした製品候補のひとつに、実は時計がありました。

また、機械式カメラのシャッターユニットやセルフタイマーなどの一部は、時計メーカーが製造していた時代もあり、時計とカメラには意外と深い関係があることに気がつきました。カメラ好きの方には時計好きの方も多く、時計はきっと受け入れられると考えました。

――ニコンF、F3、F5を選定した理由を教えてください。

発売から、Fは60周年、F3は40周年、F5は25周年というタイミングとなるため選びました。

Fの堅牢性、信頼性を表現した「ニコンFウォッチ」

――各モデルでデザインの趣向が異なりますが、それぞれどんな意図でデザインしているのでしょうか。イメージした時代感、想定しているユーザー像などはありますか?

ニコンFは1959年に発売されたカメラですので、時代背景を考えてなるべくシンプルにというか、素朴なデザインにして文字盤にあしらったシャッターダイヤルを目立たせようと考えました。また、Fの堅牢性、信頼性を表現すべく、文字盤のベースはガンメタリック色にしています。ニコンFを使われていた方やファンの方に手に取っていただきたいと思いました。

――シャッターダイヤルが特徴的ですね。

ニコンFウォッチではまず、腕時計のデザインに「Fの持つ世界観をどうやったら実現できるか」を考えました。Fのロゴをデザインするのは当然ですが、カメラを操作するときに使う部材で象徴的なものは何かと考えた時に、シャッターダイヤルが思い当たりました。シャッターダイヤルや絞り環は撮影のために頻繁に操作するからです。シャッターダイヤルの文字盤は円形ですので時計にも馴染みやすいと考え、ニコンFのシャッターダイヤルになるべく近い形状のものを埋め込みました。

ニコンF3の精悍さをイメージしたデザイン

――2021年1月にはニコンF3ウォッチが登場しました。

ニコンFウォッチが好評だったことから、F3誕生40周年ウォッチを企画しました。

ニコンF3は1980年代のカメラですので、その精悍さや洗練されたデザインを意識しました。そのため、文字盤にブラックやシルバーを採用してクールな雰囲気にしています。文字盤にシャッターダイヤルをあしらったデザインはニコンFウォッチで好評だったため、引き続き採用しました。

しかし、前作との違いを出したかったのでシャッターダイヤルを時計の文字盤に入れる際に少し工夫してみました。あえて一部を欠けたデザインにして変化を持たせており、それが成功でした。シャッターダイヤルの半分ぐらいを文字盤に入れたことで、シャッターダイヤルを回しているようなイメージになったと思います。

F3といえばブラックボディーをイメージされる方が多いと思いますので、黒を基調にしたデザインでF3の精悍さを表現しています。秒針の赤色はF3のボディーの赤いラインに近いものを採用しています。

ニコンF3ウォッチ

――ベルトにもニコンFウォッチとの違いがありますね。

F3のボディーに貼ってある疑革になるべく近いものを選びました。ベルトを含めて時計全体でF3の世界観を出すためです。

“カメラの機能”をデザインした「ニコンF5ウォッチ」

――2021年12月に登場したニコンF5ウォッチは、これまでとはデザインの趣向が大きく違うように見えます。

ニコンF・F3ウォッチはシャッターダイヤルという象徴的な操作部材をデザインに取り込んできましたが、ニコンF5ウォッチでは「カメラの機能をデザインで表せないか」と考えました。また、これまでのメカっぽいデザインから方向性を変えて、シンプル、造形的なデザインにしてみました。

ミュージアム運営担当者の女性も男性も加わって、デザインの検討に知恵を絞りました。その結果、これまでと異なる斬新なイメージのウォッチに仕上げることができました。ニコンF5のユーザーやニコンファンの方々だけでなく、ニコンF5に詳しくない方にも使っていただきたいと考えています。

ニコンF5ウォッチ。赤い文字盤は光の反射が美しい

F5は高度に電子化が進んだカメラでしたので、ニコンF・F3ウォッチとは方向性を変えたいと考えました。また、ニコンF5ではシャッターダイヤルはコマンドダイヤルになっているので、従来モデルのようにシャッターダイヤルを施すデザインは無理でした。

そこで、F5の特徴的な性能をデザインで表現しようと考えました。防塵防滴性の高い堅牢なボディーを外観シルエットで表現。5点測距オートフォーカスは、ファインダー内表示を線画で表現。インデックスのデザインには、12時に3D-RGBマルチパターン測光、3時にスポット測光、9時には中央部重点測光の表示マークを採用して、ニコンF5の高度な測光システムを表現しています。また、F5のグリップ部の赤色はとても印象的ですので、これを文字盤のベース色にしています。

ニコンF5の金属ボディーの表面に近いような質感のバンドを選びました。また、F5の特徴的な赤をステッチで入れています。バンドを含めてF5のイメージを表現しました。

――F5ウォッチで角型ケースを採用した理由は何ですか?

F5の外観シルエットを時計の文字盤にデザインとして入れるとなると、円形ケースではおさまりが悪い上、シルエットを小さくしないと入りません。ニコンF5のどっしりした存在感を出すためにも角型を採用しました。

ニコンFウォッチ、制作の苦労話……。

――各モデル、製作過程での苦労話があったら教えてください。

ニコンFウォッチでは、時計の文字盤に入れるシャッターダイヤルをいかに本物に近づけるかという点で苦労しました。ニコンFは製造からかなり年月が経っていますので、シャッターダイヤルの文字の色が退色していたり、製造年によって微妙に色が異なることもあります。

設計図から数字の書体を再現したり、複数のシャッターダイヤルを比較して最終的な色調や文字の形状を決定しました。また、文字盤のベース色はガンメタか白かで最後まで悩み、実際に試作品を作って比較して見た結果、ガンメタを採用しています。

ニコンFウォッチ
ニコンFウォッチ。デザイン案の変遷

ニコンF3ウォッチでは、シャッターダイヤルをどのように扱うか、どの程度まで時計の文字盤に収めるか、どの位置に入れるかなど検討を重ねました。初回の試作時には、シャッターダイヤルの「8」の色が想定していたものと異なっていたりもしました。「A」の緑色も何度か色を変えながら現物に近づけています。

ニコンF3ウォッチ

ニコンF5ウォッチは、カメラの外観シルエットを時計の文字盤上で表現するというアイデアに達するまでかなり時間がかかりました。また、文字盤のベース色を赤にするか、従来のように黒やグレーなどのおさえた色にするか、判断に悩みました。

ニコンF5ウォッチのデザイン案

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ミュージアムグッズの誕生秘話

――なぜ、ミュージアムグッズを制作することになったのですか?

来館者の方々に、ニコンミュージアムを訪れたよい思い出となるような物や、当館にしか提供できないような特別な物を販売したいという思いがありました。そのため、ミュージアムの計画段階から、ショップ運営とオリジナルグッズ販売は予定されていました。

また、いろいろな博物館でショップやグッズが話題となっています。そうしたものが博物館のサービスとして重要な存在となっていることを認識していたことも経緯のひとつです。

――グッズづくりのきかっけとなるものは何ですか?

企業博物館ですので、ニコンの歴史に関連付けてグッズを開発することが多いです。例えば、ニコンF誕生60周年、F2誕生50周年、F5誕生25周年などを記念グッズは好評です。このような「周年記念グッズ」は、前年に「来年はどの機種が何周年になるのか」などを調べて企画しています。

開館当初のグッズをのぞいて、商品アイデアはミュージアムの運営担当者が自ら考え出したものがほとんどです。「こんな機能、こんな色や形の物が喜ばれるのでは」と、あれこれ考えています。食事をしているとき、テレビを見ているとき、会議中でも思いついたら、すぐにメモして忘れないように心がけています。そのあと、マンガ絵をかいてみたり、似たようなグッズを取り寄せて検討したり、そのような日々の地道な作業から新しい商品が生まれてきます。

ニコンようかんが人気です

――反響が大きかったグッズベスト3を教えてください。

1位は先ほどもご紹介した「ニコンF3誕生40周年記念ウォッチ」です。ニコンF3は来館者から問い合わせも多く、歴代のニコン一眼レフカメラの中でもとくに関心度が高いカメラです。ニコンF3ウォッチはニコンF3の40周年を機に、「F3を身近に感じていただきたい」という思いで企画した商品です。新型コロナウイルスの影響もあり、館内ショップでは販売をしませんでしたが、限定200本をニコンダイレクトで販売し、ほぼ2日間で完売するほど評判が良かったグッズです。

2位は「オリジナルストラップスラッシュライン」です。フィルム時代のプロフェッショナルストラップをオマージュしたデザインが特徴です。ニコンを愛用いただきたいという思いから「For true Nikon lovers」の文字を入れました。ドレスアップとともに実用性も高いグッズです。初回500本を制作、その後追加で合計1000本以上を制作して完売した人気商品となりました。

3位は「ニコン一口ようかん新10個入り」です。小倉、塩、本練り、柚子、胡麻に、チョコレート、ブルーベリー、唐辛子、抹茶、黒糖を追加した詰め合わせとなっています。ミュージアムオリジナルデザインとして、「ニコンF」「JOICO顕微鏡」双眼鏡「NOVAR 7×50」の写真をパッケージに採用しており、現在も発売中です。

ニコンようかんは開館以来のヒット商品となりました。ご進物として、10個以上をまとめ買いされるお客様もいらっしゃいます。新味と美しいパッケージを更新してさらに話題になりました。ちなみに、開館1周年記念、ニコンF発売60周年記念のようかんも過去に発売しました。開館以来、ニコンようかんの販売数は1万2千箱以上となっています。

――企画はしたものの、実現しなかったアイデアなどはありますか?

あります。「ニコンミュージアムカレー」を発案、検討したことがあります。サンプルを取り寄せて試食までしましたが、食べ物ですので、好みの問題、衛生管理、品質保持期限など、いろいろな条件もあり実現しませんでした。

――いま、注目してほしいグッズはありますか?

ひとつは「ニコンF2誕生50周年記念万年筆」です。セーラー万年筆の担当者の方と半年以上、検討を続けて実現しました。ペン先のオリジナル刻印が美しく、書き味もなめらかで実用性も十分です。フタ栓飾りの箔押しの旧社マークですが、「NIPPON KOGAKU」などの文字のないタイプは貴重な存在です。

ニコンF2誕生50周年記念万年筆。ニコンダイレクトのみの取り扱い。税込2万2,000円

もうひとつは「ニコンF5誕生25周年記念ハードケース」です。取っ手、コーナー金具、バックルなど、本物の超望遠レンズのトランクと同じ部材を使用しています。ですので、とても頑丈にできています。中に緩衝材が付属しているのと、鍵も2本付いていますので、工具箱や小物入れとしてお使いいただけます。手作業で組み立てしていますので、職人さんのものづくりを感じていただきたいです。

ニコンF5誕生25周年記念ハードケース。税込1万9,900円

ミュージアムグッズの今後

――グッズ制作におけるコダワリなどはありますか?

「ニコンミュージアムにしかできないグッズは何か」と、常に心がけています。また、コレクションとして長く手元に置いていただいたり、購入していただいた方のご自慢の宝物になれるようなことを目指していますが、なかなか難しいところです。また、グッズというのは趣味性の強いのものでもありますので、発案者が納得して、自身も購入したくなるかというポイントも大切にしています。

――今後、どんなグッズを展開していきたいですか?

「周年記念グッズ」は今後も継続していきたいです。また、お客さまから直接ご意見をいただいたり、SNSなどにご要望が投稿されたりしていますので、これらを参考にして納得度の高いグッズを目指したいです。一方で、定番グッズにない新しいアイテムも展開していきたいです。

――ニコンミュージアムグッズを楽しみにしているユーザーにメッセージをお願いします。

ニコンファンの方、いつもご来館いただいている方々には、趣味性の物でご期待に応えたいです。一方で、気軽にお求めいただけるのもやこれまでにない路線のグッズも検討していきますので、ご期待ください。

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ニコンミュージアム概要

住所:東京都港区港南2-15-3 品川インターシティC棟2階(株式会社ニコン本社2階)
開館時間:10時~17時(最終入館は16時30分まで)
入館料:無料
休館日:月曜日、日曜日、祝日、および同館の定める日。4月29日(金)および5月1日(日)~5日(木)は休館。4月30日(土)は開館予定
※連休中の開館情報はWebサイトを要確認

企画展「ニコンカメラ雑誌広告1949-1977」

期間:2022年3月1日~8月27日

本誌:宮本義朗