インタビュー

【フォトキナ】個性を持たない製品は作らない――リコーイメージング

リコーイメージング社長 赤羽昇氏

さて、リコーイメージングのPhotokinaインタビューは社長の赤羽氏に対応いただいた。投資銀行家で有望な技術、企業の成長余力を評価に長けた赤羽氏が、自らが「門外漢」というカメラ業界の老舗ブランド「リコー」と「ペンタックス」の経営を引き継いでから約2年半とのこと。Photokinaという業界の節目となるイベントで何を感じたのか。

リコーイメージング株式会社 代表取締役社長 赤羽昇氏

商品やシステムカメラのプラットフォームにフォーカスを当てた他のインタビューとは方向性が異なるが、投資銀行家としての眼で見たリコー/ペンタックスブランドの可能性は、なかなか新鮮なものだった。

――赤羽社長は金融業界出身とのことですが、2年半前にリコーイメージングの経営を任されてから、どのような点に企業価値・成長余力があると感じましたか?

リコー/ペンタックスだけに限ったわけではないでしょうが、製品開発が事業の中心となっている会社は、とにかく真面目ですね。商品を販売するのですから当たり前ですが、すべてにおいて“製品価値を上げること”にエネルギーを費やしていて、同じ製品やサービスを、いかにも高い価値があるように見せかけたり、徹底した営業戦略で差をつけようといったことを考える前に、自分たち自身で製品の機能や質を改善する。

これまで、たとえば産業廃棄物処理業など、全く異なる業界の経営などにも関わってきましたが、そうした業界と比べると特に真面目。製造業全体がそうだと聞いていますが、中でもリコーイメージングの文化はとりわけ製品フォーカスが鮮明です。

特に海外ベンチャーなどがそうですが、まずは“儲かる仕組み”としてのビジネスモデルを先に考え、売るもの(あるいはサービス)が本当に優れているかどうかなんて気にしない人が多いんですよ。そして、儲かるビジネスモデルがあることを前提に必要な技術や生産パートナー、開発パートナーなどを用意していくことが多かったのですが、リコーイメージングの文化は違うんですよ。まずは良い製品を作るために何ができるかを考え、良いものができてから、それを使ってどう利益を出していくかというビジネスモデルを最後に考える。これはリコーイメージングに来て感じた驚きでした。

――赤羽さんがリコーイメージングの経営に参加したのは、そうした“モノづくり第一主義”の中でビジネスモデルを組み立てることだったわけですね?

「日本のサプライチェーン、バリューチェーンは凄いんだぞ」、「日本がなければ魅力的な製品作りが世界中でできなくなる」、そんな話がありましたが、その中で日本企業は本来持っているはずの収益性を発揮できずにいたと思います。たとえば東日本大震災の後、日本からの部品や技術の提供が止まって、世界中でバリューチェーンが途切れてしまいました。その結果、図らずも日本の重要性が世界のビジネスシーンで見直されました。

当時、欧州の企業とよく仕事をしていた私は、“日本の凄さが今回のことで判明し、どうだこれだけ重要なのだから、僕ら(欧州企業)なら今までの2倍の価格を支払えと言うだろう。しかし、きっと日本人はそんなことは言わずに、部品供給ができなくなって申し訳ないと謝るだろう。でも、そういう国民性だから好きだし、一緒に仕事をしたいと思う”、と言われました。しかし、事業として考えるとき、このように諸外国の企業から思われていることは決してプラスの側面ばかりではありません。リコーイメージングが持つ企業価値を最大化するのが私の仕事になります。

使命は“遺したい写真”のための道具作り

――まずレンズ交換式カメラのペンタックスブランドについて。ペンタックスのKマウント製品はAPS-Cセンサーに特化していることもあって、同クラスでK-3は優れた価値を提供できていると思いますし、中判デジタルカメラの645Zも大きく画質、使いやすさを増して堅実な進歩を見せていますが、同時に高級機の一眼レフからミラーレス機へのシフトも進んでいます。この中でペンタックスブランドのカメラを、どのような方向に進めたいと考えていますか?

デジタル一眼レフカメラPENTAX K-3
中判デジタル一眼レフカメラPENTAX 645Z

今の時代においてリコーイメージングが進む方向は、個性化やコンセプト面での差別化です。業界全体がトレンドを追いかけ、同じ方向に走っているように見えてしかたがありません。しかもトレンドを作っているのは業界ではなく、スマートフォンといった外からの影響が大きいですよね。そこで、スマートフォン的な要素をカメラに取り込もうとしている。しかし、リコーイメージングが向かうべき方向は違うと思っています。

――このPhotokinaでは、スマートフォンと高級コンパクトデジタルカメラを一体化したパナソニックのLUMIX CM1も話題でした。

パナソニックが発表したLTE通信対応の“デジタルカメラ”LUMIX CM1

スマートフォンがカメラ市場に影響を与えていることは確かなのですが、ではスマートフォンにカメラが近づくのが正解かというと、ちょっと違うのではと思っています。スマートフォンの写真は横に広がりますよね。”横”というのは時間的概念で、一瞬で幅広い層に写真が共有されて一気に広がる。ところが、時間軸を縦に取った時、横への広がりは凄いのに時間を超えて残る印象的な写真はスマートフォンからは生まれにくい。

(他社の製品やトレンドはともかく)ペンタックスがやるべきなのは、そうしたいまどきのコミュニケーションスタイルに近づくことではなく、時間を超越して記憶に残る映像を創りだすことだと思います。一瞬で消えてなくなる瞬間を、撮影者の視点とセンスによって写真として遺す。そんな有限を無限にするような技術や製品を作る方向にリコーイメージングは向かうべきだと考えています。

――確かにCM1のようなアプローチは大企業でなければ難しい。逆にリコーイメージングだからこそ可能な領域に向かうということですね。

2億人、3億人のユーザーを対象にする商品を作るのは、我々の規模では難しい。しかし、そうした多くの消費者を、いくつかのセグメントに分けて、それぞれのセグメントにしっかりと”刺さる”技術開発や商品の企画を作ることが重要です。それは画質や機能といった面でもそうですが、デザインでも同じだと思います。他社が絶対にやらないようなカラーバリエーションなども同じ考え方にもとづいています。他の人とは違うものを持ちたい。個性を出したいという方々に必要な選択肢を提供します。

もちろん、マジョリティ(多数派)に対して誰もが満足できる製品というアプローチこそがB2C(Business to consumer。=個人向け)製品の本質という見方もあるでしょう。しかし、自分たちが作ろうとしている、作るべきカメラはB2C製品ではあるけれど、しかしマジョリティを対象にした大量販売ではなく、ある特定の層に満足いただける質のモノを高い品位で実現するべきだろうと。これもまたB2Cの本質なのだろうと思っています。

「これこそが撮りたかった写真だ」、「後世に遺したい写真だ」。そうした写真を撮影する道具を提供することがリコーイメージングの使命です。

――そうした考え方の中で、ペンタックス製品の方向性をどう舵取りしていきますか?

ペンタックスブランドで言えば、やはり中判のPENTAX 645Zは技術の王道として、引き続き最高の製品を提供し続けて行かねばだめだろうと考えています。あのレベルの写真を捉えることができるカメラは他にありません。単に解像度の高い写真が得られるだけではダメです。被写体が反射する光を捉えるわけですが、被写体とカメラの間にはそれを通す空気があります。その”空気”が滲み出す風合いのようなものまで捉える。そんな本質的な部分への満足を得たい方がいるのですから、ここはペンタックスがやるべき領域です。

もうひとつは、先ほどから申し上げている“個人化”への取り組みです。自分はこんなカメラで撮影したいんだという、個人的な趣味趣向に対して対応できる製品企画です。ウチほど生産で小回りが利いて、色々なカラーバリエーションが作れるカメラメーカーはないでしょう。好みのデザイン、スタイルの製品を提供していきます。カラーバリエーションだけでなく、個人化(パーソナライゼーション)に関して多様な角度から考え続けなければならない。

残ったのは個性が強いもの

――ここ数年、得意分野として絞り込んできた分野に関して、さらに掘り下げて行くということですね。新領域への挑戦は考えていませんか?

繰り返しになりますが、645を中心としたトップエンド製品は、交換レンズもボディも“ペンタックスのアイデンティティ”として、質の高い製品を提供します。新領域ではありませんが、ペンタックスならではの事業領域だと思います。

加えて、一般的な概念におけるカメラとは異なる方向にも取り組みたい。たとえばTHETA(シータ。リコーの全天球カメラ)のような、“第三デバイス的”なものです。万能ではないけれど、ある種の目的にはピッタリの使いやすさと性能を持つイメージング商品です。中には“カメラ”とは呼べないような商品もあるでしょうが、他には存在しない、換えられない何かですね。よく引き合いに出される例ですが、GoProだってちょっとした工夫で成り立っている製品です。

RICOH THETA。ワンショットで360度イメージを撮影できる

私の目からみたペンタックスの強みは、風景写真に代表されるような絵作りの強みにもあります。電気的な性能を改善するだけではマネできないところ、写真をよく知っている会社だからこそのノウハウが強みですよね。そうした強みは今でも根強くブランドの力として残っていると思います。たとえば、645からKマウント、Qマウントまで3つのプラットフォームで、絵作りのトーンが揃っているメーカーはウチだけでしょう。

ただ、絵作りやカラーバリエーションだけで充分かと言えば、そうは考えていません。カラバリはユーザーの幅を“半歩”拡げるぐらいなのかもしれないけれど、それでも新たなユーザーに訴求できます。K-3も今後進化させますが、単なる正常進化だけではダメで、ユーザーの幅を拡げる工夫が必要でしょうね。ただ、明確な解はまだ見つかっていません。

――Qマウントの話が出ましたが、確かにこのシステムは手軽にレンズ遊びができるという意味で新しい発想ですが、“レンズ描写の違いを楽しむ”遊びを知っているカメラマニアには理解されているのに対し、本来メッセージを届けるべき一般層に対してはなかなかその魅力を伝えきれていないように思います。

今年もQ-S1という新製品を出しましたが、仰るとおり“レンズ遊びを知っている”方達は面白がってくれるのですが、交換レンズを付け替えて撮影することの愉しさを拡げるというところにまでは至っていません。

PENTAX Q-S1。1/1.7型センサーのミラーレス機

しかし、安価な交換レンズで手軽にレンズを換える体験をしてもらうという、Qマウントカメラの良さを、本来知ってもらいたいユーザー層に届けるためにファッション系のコミュニティなどにも働きかけていますし、その幅は今後も拡大して良さを伝えていきます。

――リコーGRに関してはいかがでしょう。APS-Cセンサーの単焦点レンズ・コンパクトという位置付けでは孤高の存在になっていますが、そうそう頻繁にモデルチェンジはできませんよね。その中で、位置付けや商品企画は異なるものの、高級コンパクトデジタルカメラが多数、このPhotokinaでも提供されています。今後のGRについてどう考えていますか?

リコーGR。最新モデルでAPS-Cセンサー搭載になった

GR人気の高さを社長として強く実感しています。“GRが大好き”と言っていただけるファンの期待に応えねばなりません。一方で市場にプレミアムなコンパクトデジタルカメラが多数投入される中で、GRの影が薄くなるのも困ります。GRというカメラを支持する声が強いために、それを変えにくいというジレンマはあって悩ましいですね。いろいろな方向は検討の議題に何度も上がっています。その中で、どれが一番いい方向かを悩んでいるところです。

――GRというブランドで製品を横展開する(レンズ違いなどのバリエーションを増やす)考えはありませんか?

多様な趣味の方からの多様なニーズがある市場ですし、技術トレンドによる進化の幅も広い世界ですから、“考えていないことは何も無い”というぐらいに、いろいろな可能性を検討しています。多数検討した案の中で、現在も残っているのは個性の強いものですね。特定分野に突き詰めた商品企画を遺し、個性を持たない製品は作らないということは方針としてハッキリしています。

本田雅一