写真展レポート

至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16

6名の作家が最も身近なところから写真表現の多様性を探る試み

「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」出展参加陣

写真・映像の可能性に挑むことをテーマとした展覧会「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」が東京都写真美術館で開催されている。会期は2020年1月26日まで。展覧会開催に際して、出展作家による作品解説が催された。会場の様子とともに、各作家が何を意図して、写真と映像の可能性に挑んだのか、それぞれの作家自身の解説とともにお伝えしていきたい。

展覧会を貫くテーマ

各作家による解説の前に、本展覧会を担当した学芸員より展覧会のコンセプトに関する解説がおこなわれた。

「これまでカメラをもっている人のものだけであった写真は、今やスマートフォンの普及に伴い、ほとんどの人が撮れる状況にある。そのため、もはや世界中、知らない場所であっても写真に撮られたことのない場所は存在しないのではないでしょうか」と担当学芸員は問いかけた。また、そうした状況の中で改めて「人間のいちばん身近なところを見つめ直すことで、そこにねむっている“誰も見たことがないもの”を見つけることができるのではないか」と続ける。この“近さ”への意識が、本展覧会名となっている「至近距離」に込められた意味なのだそうだ。

濱田祐史さんの展示室の様子

展示構成

本展には計6名の作家が参加している。作家は藤安淳さん、井上佐由紀さん、齋藤陽道さん、相川勝さん、濱田祐史さん、八木良太さんだ(展示構成順)。

いずれも国内外で独自の表現活動で作品発表を続けている作家たちだ。今回の展覧会に際して、この6名による構成となった理由について、担当学芸員は、先述のテーマに沿った表現活動をおこなっていることを理由に挙げた。

藤安淳さんの展示室の様子

藤安淳さん:双子をそれぞれ一人の個人として扱いたい

展示室に入ると藤安淳さんの作品が目に飛び込んでくる。双子を被写体にした作品群で展示を構成した藤安淳さんは、「人は一人では生きていけない、誰かが認識してくれるからこそ存在が認められる」として、他者との関係性をテーマに作品づくりをおこなっているのだという。

そうした他者という視点に立ったとき、自身にとっての“最たる他者”となったのが双子の弟だった、と藤安さん。突然知らない人から「久しぶり」と声をかけられた時のことを振り返り、その声をかけてきた人物は弟の知人であったとコメント。自分と同じような顔をもつ存在が、知らないところで自分自身として認識されていることに恐怖を覚えたと続けた。そうした他者からの視線が“双子であること”が自分自身のアイデンティティーを脅かしていたのだという。

そうした生い立ちから、まずは弟を撮影することからでないと、自分自身の写真がはじまらないと考えた、という藤安さん。自分自身と弟の身体のパーツを撮った作品に類似性を見いだすことで成ったのが、最初の作品「DZ dizygotic twins」だったのだという。

今回の展示作品「empathize」シリーズでは、自身以外の双子は、そうした問題に対してどのように向き合っているのか、それを知るために双子に会うための旅に出たのだと話す。

シリーズ名とした「empathize」には“共感”という意味があるのだと話す藤安さん。双子の人々と相互に共感し、鑑賞者にも双子に共感してほしい、のだとタイトルに託したものを説明。パッと見ても、双子に見えないように作品づくりをおこなったと、被写体へのアプローチ方法を披露した。

そのアプローチの根底にあるのは双子の被写体を、“まず一人の人間として見てほしい”という意図があるのだと話す。それは双子を見せもののようにしたくない、という思いがあるからなのだと続ける。

藤安淳〈empathize〉より 2011年 発色現像方式印画
Fujiyasu Jun,From the series empathize,2011,Chromogenic Print

個人として扱いたいから、それぞれの部屋で真正面から向き合って撮るということ。そうした向き合い方で作品づくりをおこなってきたことで、「撮影の中での双子同士の共感を通じて、子どもの頃から感じていた“マイノリティー”としてのトラウマに対する安心感を得ることができた」と展示作品を振り返った。

こうした双子をめぐるアプローチはライフワークとして続けていく、と強く訴えかけた。

井上佐由紀さん:初めて光を見る赤ちゃんの目を撮りたい

寝たきりとなった祖父を、亡くなるまでの2年間撮り続けていたと話す井上佐由紀さん。その祖父が亡くなるということを実感しはじめた頃に、初めて光を見る赤ちゃんの目を撮りたいと思うようになったと続ける。

赤ちゃんの目を撮影するために、撮影交渉をしていったという井上さん。国内の助産院で撮影できることになったとして、“生後5分以内”の赤ちゃんの顔を撮っていったと作品制作の裏側を説明した。

井上佐由紀〈私は初めてみた光を覚えていない〉より  2014/2019年 発色現像方式印画
Inoue Sayuki,From the series I can’t recall my first light.,2014/2019,Chromogenic Print

このわずかな時間、井上さんは目が開いたばかりの赤ちゃんは“生きるために焦点を必死に合わせようとしている様子”を感じたと話す。それら作品には「私は初めてみた光を覚えていない」というシリーズ名がつけられている。

赤ちゃんに見た生命の“はじまり”と、祖父の目を通じて見た“おわり”の間で、井上さんは人はたくさんのものを見たいと思っているのだと思いながら、作品づくりを続けているのだと続けた。

齋藤陽道さん:対等な命として向き合いたい

暮らしの中で身の回りに起きていることや見知った人々を撮影してきていると話す齋藤陽道さん。まず、壁一面をうめつくすようにして配置された写真について、自身初の写真集「感動」におさめられた全121点を展示していると説明した。人や街、動物など、様々なイメージが壁をうめつくしている。

また、今回の企画展でメインイメージにも採用されている写真について、生まれたばかりの自身の息子が被写体となっているのだと説明した。作品タイトルは「星の情景」。宙を舞うホコリが星のように見えた瞬間を捉えたものだという。

齋藤陽道《鹿の人》〈せかいさがし〉より 2018年 発色現像方式印画
Saito Harumichi,Deer Woman,From the series Exploring the world,2018,Chromogenic Print

子どもや赤ちゃんを対等な命として向き合いたいと話す齋藤さん。そうした向き合い方や気持ちが展示作品に表れていると思う、とコメントした。

相川勝さん:現実には存在しないものを視覚化

今回展示されている作品のうち、8割が新作だと話す相川勝さん。いずれの作品もカメラを使って直接何かを撮影したものではないのだという。

まず紹介されたのが、ビデオゲームの風景を撮影したという作品。乳剤を塗った紙にプロジェクターの光をあてることで“現実には存在しない”風景を写しとめたのだという。

相川 勝〈landscape〉より 2019年 木製パネルにゼラチン・シルバー・プリント
Aikawa Masaru,From the series landscape,2019,Gelatin Silver Print on Wood Panel

また、壁一面に配置された顔の写真「♯selfy」シリーズについては、(オンライン上で)AIがランダムに形成した架空の人物の姿なのだと説明。64枚に及ぶ人物の顔もタブレット端末に映し出されたイメージを印画紙に密着させてつくられたものなのだという。

このほか、Photoshopの透明レイヤーの上に、実際の“手”のイメージを重ねて制作されシリーズ「layer〈photoshop and dragged smartphone〉」は、Photoshopのレイヤーを背景に、スマートフォンに表示した“手のイメージ”を重ねて撮影されたものなのだという。

いずれの作品も、現実に“存在しないもの”と現実に存在するものの間で作品が生み出されている。

濱田祐史さん:鑑賞者とともに展示空間をつくる

今回の展示作品のテーマは「山水」だという濱田祐史さん。「写真の原理を用いて鑑賞時にそれが視覚芸術としてどのように作用するのか」ということを伝えたいのだと続ける。

作品解説は「Primal mountain」シリーズから。一見すると冠雪した山頂を捉えたかに見えるイメージだが、実際には“山らしき像が脳内で〈山〉として認識されている”のだと説明。そうした認識のズレについて、鑑賞者の状態しだいで作品は制作者の意図を完全に超えてしまうものだとコメントした。

濱田祐史〈Primal mountain〉より 2011-2019年 発色現像方式印画
Hamada Yuji,From the series Primal Mountain,2011-2019,Chromogenic Print

また波紋のようなイメージが目に入る「Watermark」シリーズについては、東京湾の水を使用して制作した単塩紙を用いているのだと説明。写真とは見えているものが全てなのではなく、この作品には“物理的に東京湾の水が入っており、存在している”のだとコメントし、この展示空間が鑑賞者によってつくられる場であってほしいと続けた。

八木良太さん:鑑賞者の見方・視点でイメージが変わる

これまでの作家とは違い、立体物で構成された作品を展示した八木良太さん。自身の作品アプローチについて、視覚と聴覚について、人間の知覚のギリギリのところを攻めているのだと説明した。そして、それらは写真につながっていくところがあるのだと考えていると続ける。

展示室で特に目を引くのが、中央あたりに設置された正方形の鏡だ。これは左右の壁の模様を立体的に見ることができるというもの。

このほか、3つならぶ円形のオブジェクトには一見するとカラフルなドットが施されているが、これは赤緑色覚異常のある人だけが文字を読み取ることができるようになっているという。オブジェクトにはそれぞれ1字ずつアルファベットが描かれているのだという。

八木良太 《On the Retina(E1),(Y),(E2)》〈On the Retina〉より 2019年 発色現像方式印画
Yagi Lyota,On the Retina (E1), (Y), (E2),From the series On the Retina,2019,Chromogenic Print

いずれの作品も鑑賞者の見方・視点でイメージが変わる内容となっている。これらを通じて「鑑賞者は制作者の見ているものを見ようとする」こと、その関係性を「反転させてみたかった」のだという。「自分の感覚器官を疑い、日常を見つめ直すことができれば、身近な場所に新たな驚きを見つけることができるはずだ」という。

展覧会概要

開催期間

2019年11月30日(土)~2020年1月26日(日)

時間

10時00分~18時00分
※木・金曜日は20時00分まで
※2020年1月2日、3日は18時00分まで ※入館は閉館30分前まで

所在地

東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

休館日

毎週月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌平日休館)
年末年始(12月29日〜1月1日)
※1月2日(木)と3日(金)は開館

料金

一般:700(560)円
学生:600(480)円
中高生・65歳以上:500(400)円
※( )内は団体、当館の映画鑑賞券提示者、各種カード会員割引、当館年間パスポート提示者
※小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳の所有者、その介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料
※1月2日(木)と3日(金)は無料
※1月21日(火)は開館記念日のため無料

作家とゲストによる対談

定員は各回50名。当日10時00分より1階受付にて整理券が配布される(番号順入場、自由席)。

2019年12月20日(金)

登壇者:濱田祐史×増田玲(東京国立近代美術館主任研究員)
時間:18時00分~19時30分
会場:2階ロビー

2019年12月21日(土)※手話通訳付き

登壇者:齋藤陽道×イ・ラン(シンガー・ソングライター、作家)
時間:15時00分~16時30分
会場:1階スタジオ

2020年1月12日(日)

登壇者:藤安淳×竹内万里子(批評家)
時間:15時00分~16時30分

2020年1月13日(月)

登壇者:井上佐由紀×穂村弘(歌人)
時間:15時00分~16時30分

2020年1月18日(土)

登壇者:相川勝×中尾拓哉(美術評論家)
時間:15時00分~16時30分

2020年1月25日(土)

登壇者:八木良太×日下部一司(美術家)
時間:15時00分~16時30分

展覧会担当学芸員によるギャラリートーク

日程

2019年12月13日(金)
2019年12月27日(金)※手話通訳つき
2020年1月4日(土)
2020年1月5日(日)
2020年1月10日(金)※手話通訳つき
2020年1月17日(金)※手話通訳つき
2020年1月24日(金)

時間

いずれも14時00分~。1月17日のみ18時00分~。

視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ

障害の有無にかかわらず、多様な背景を持つ人が集まり、言葉を交わしながら美術を鑑賞するワークショップ。

日程

2019年12月15日(日)10時30分~13時00分
2020年1月11日(土)10時30分~13時00分
2020年1月16日(木)18時00分~20時00分【夜間特別コース】

定員

各日7名
※事前申込制、先着順。応募者多数の場合は抽選

参加費

500円

対話型作品鑑賞会

参加者で対話を交えながら作品を鑑賞する、というもの(作品解説ではない)

日程

2019年12月5日(木)18時30分~
2019年12月26日(木)18時30分~
2020年1月9日(木)18時30分~

本誌:宮澤孝周