写真展レポート

宮本隆司 いまだ見えざるところ

初期作品から「シマというところ」までを俯瞰 土地の習俗を捉える

「ロー・マンタン1996」について解説する宮本隆司さん。

建築空間を題材にした作品で知られる宮本隆司さんの、これまでと今を紹介する展覧会「いまだ見えざるところ」展が東京都写真美術館にて開催されている。会期は2019年7月15日まで。同展開催にあたり作家による展示解説があったので、その模様をお伝えしていきたい。

白黒写真の色を展示空間で補完する

本写真展は複数の作品群によって構成されている。まず最初の部屋はネパール・ムスタンの城砦都市を捉えた作品群「ロー・マンタン1996」だ。

〈ロー・マンタン 1996〉より 1996年 東京都写真美術館
©Ryuji Miyamoto Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography

ムスタンは標高3,780mに位置するチベット仏教文化圏に位置する地だ。作品が撮影されたのはタイトルにあるとおり1996年のこと。1991年まで外国人の入域が禁止されていたという同地は、中世の姿をそのまま残す、まさに秘境ともいえる場所だったという。いまも同地への入域には特別な許可が必要なのだそうだ。

展示室に入ると、少しくすんだ色味のオレンジ色の空間に包まれる。この色は現地で使われている寺院や城の壁色で、赭(そほ)という伝統色なのだそうだ。白黒写真では伝えきれない、この現地の色味を今回の展示にあわせて特に伝えたかったのだと宮本さん。作品番号10の城壁と11の寺院が、ちょうどこの色なのだという。

写真右側が展示の壁色のもととなった作品番号11番。左の12番とともに、作品名は「Lo Mantang」1996。

2週間におよぶ滞在期間で4×5判のカメラで撮影を進めていったという宮本さん。作品番号5で写されている仏塔に“ひさし”が設けられているように、建築面でも独自の文化をもつ同地の魅力について、まだまだ撮りたい場所だとコメントした。

人々の姿に魅せられて

次の部屋に展示されている作品は「東方の市」と名づけられた作品群だ。タイトルにあるとおり、アモイや青島、広東、北京、マレー半島、ホーチミンなどアジア地域の都市の姿が写されている。

〈東方の市〉より《Can Tho》 1992年 東京都写真美術館
©Ryuji Miyamoto Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography

一見するとスナップのように見えるが、「これらはスナップではない」と宮本さん。もともとは建築を撮ろうとしていたところ、現地の市場や人々の魅力にひかれて、このような作品がまとまっていったのだという。建築を撮影するつもりだった、というその言葉のとおり、作品づくりにはエボニーを用いて撮影していったのだそうだ。

建築物の姿を写しとどめる

初期作品の内のひとつ「建築の黙示録」も展示されている。これは恵比寿にあったサッポロビール工場が解体されていく様子を捉えた作品群だ。時期は1990年頃のことで、近所に住んでいたということもあり、解体作業の進む様子を撮りためていったのだと話す。

《サッポロビール恵比寿工場》1990年 作家蔵
©Ryuji Miyamoto Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

解体とは対極の新規建造を追った作品群も展示されている。東京スカイツリーの姿を捉えた作品群「塔と柱」だ。

〈塔と柱〉より 2011年 作家蔵
©Ryuji Miyamoto Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

スイスのピンホールカメラ製作者より託されたピンホールカメラを用いて撮影を進めていったと語る宮本さん。撮影にあたった時期は2011年のこと。時間帯は、明け方頃が多かったという。

作品制作にあたっては画家ジョルジュ・デ・キリコの塔を描いた作品や「午前四時のブルー」(水声社・刊)にヒントを得たという。東京スカイツリーの建造で使用されているオレンジ色のクレーンなどは、キリコの絵に通じるものがある、とコメントした。一見するとすべて東京スカイツリーのみを写した作品群と見えるが、1点だけ電信柱を写した作品が含まれている点にも面白さがありそうだ。

東京スカイツリーの建造にあたり、その足もとにある景色は再開発の中で展示作品の風景から変わったと宮本さん。濃く深い青みの、激しい明暗さのある状況ではもう撮れないだろうとコメントした。

自身の故郷と向き合う

もっとも大きな展示空間となっているセクション“シマというところ”では、宮本さんの両親の故郷である奄美群島・徳之島で撮影された作品で構成されている。

中でも目に飛び込んでくるのが、展示空間奥の壁一面を使用して展示されている巨大な作品「面縄(おもなわ)ピンホール2013」だ。この作品は、6分割されたプリントで構成されているように、巨大な箱の展開図となっている。この箱の中に宮本さん自身が入り、厚さ0.1mmのアルミの板1mmの穴を開けたピンホールカメラを用いて撮影したものだという。

露光時間は3〜5分。F値は860にも相当すると話す。撮影よりも箱の設置などの準備のほうが時間がかかっている、と宮本さん。撮影された場所は父親の実家があった地の海岸で行なったのだという。

作品について語る宮本さん。作品下側の人物は宮本さん自身だ。

宮本さんは徳之島出身の両親のもと、東京都で生まれた。そして、幼少期の一時期を徳之島で過ごしたのだという。しかし、幼少期のことで島での記憶は残っていないのだと話す。そうした自身のルーツだとも言える島に向き合い、「なんとか見ようとした」試みが、展示室の一連の作品群なのだという。その道具として用いられたのが、ピンホールカメラだった。

展覧会タイトルの「いまだ見えざるところ」とは、そうした宮本さんの探索の足跡を示すものなのだと言っていいだろう。展覧会案内にある、「確かにそこで見たはずなのに、どこまで見えているのかわからない、そんな、いまだ見えざる人とその場所」もまた、そうした知っているのに知らない場所に対する作家のアプローチの足跡を意味しているわけだ。

「面縄ピンホール2013」と向き合うようにして展示されている作品「サトウキビ」もまた、徳之島の風景を捉えた作品だ。

徳之島には大学に入ってからようやく行ったのだと語る宮本さん。親類が多いこともあり、作品づくりには向かえなかったのだと話す。そうして時を経て、島に連れて行った自身の子どもを見て、ピンホール写真で島を見つめ直そうと思ったのだという。

展示作品には、島の人々や習俗の一場面を捉えた作品も多く展示されている。

奄美地方で「シマ」とは文字通りの“島”の意味ではなく、“集落ごとの小さな共同体”を示す言葉なのだそうだ。そして、そうした人々のあり方にコミュニティの原型のようなものがあるのだと宮本さんは語る。近年では民俗学の分野でも同地の研究が進められていると、その独特な文化や習俗について紹介した。

中でも特徴的なものとして紹介されたのが、夜を徹して踊る“夏目踊り”や“ヤドリ”という習俗。徳之島でも井之川(いのかわ)のみで今も続く風習なのだという。

ヤドリの習俗について解説する宮本さん。

展示室には垂れ幕が4つ設置されている。表裏両面に作品がプリントされており、全部で8面分の作品がある。被写体はソテツの新芽。時期は3月頃に撮影したものなのだという。

〈ソテツ〉より 2014年 作家蔵
©Ryuji Miyamoto Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

作家の初期の作品から、徳之島の人々や風景に向き合う、今の姿までをたどる写真展。宮本さんの取り組みを知る絶好の機会であるのと同時に、“場所”に向き合うという意味でも同時開催の写真展「TOPコレクション イメージを読む 場所をめぐる4つの物語」にも通じるものがある。

展示情報

会場

東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

開催期間

2019年5月14日(火)~7月15日(月)

開催時間

10時00分~18時00分(木曜日・金曜日は20時00分まで)

休館日

月曜日
7月15日は開館

入場料

一般:700円(団体560円)
学生:600円(団体480円)
中高生・65歳以上:500円(団体400円)

鼎談

登壇者:倉石信乃(明治大学教授)×林道郎(美術史・美術批評)×宮本隆司
日程:2019年5月25日(土)
時間:14時00分~16時00分
場所:東京都写真美術館1階ホール
定員:190名
※当日10時00分より1階ホール受付にて整理券が配布される。整理番号順入場、自由席。

対談

登壇者:佐々木幹郎(詩人)×宮本隆司
日程:2019年6月22日(土)
時間:14時00分~15時30分
場所:東京都写真美術館1階ホール
定員:190名
※当日10時00分より1階ホール受付にて整理券が配布される。整理番号順入場、自由席。

ワークショップ:「見るためには闇が必要だ」

内容:宮本隆司さんが講師となって、ピンホールカメラを制作して撮影・現像を行うワークショップ
日程:2019年6月1日(土)
時間:10時00分~18時00分
参加費:4,000円
定員:20名(要事前申込)
対象年齢:18歳以上
申込み方法は決定次第ワークショップ/体験型プログラムページにて告知される予定

担当学芸員によるギャラリートーク

5月24日(金)14時00分~
6月14日(金)14時00分~
6月28日(金)14時00分~
7月12日(金)14時00分~

本誌:宮澤孝周