インタビュー

箱の中は小さな迷宮? 「PowerShot V10」の複雑怪奇な製品パッケージは、いかにして誕生したのか

“これからの包装”を目指すキヤノンの取り組み

PowerShot V10

今、「SDGs」(持続可能な開発目標)の目標14「海の豊かさを守ろう」において、海洋汚染を引き起こす要因となる海洋プラスチックが問題となっている。このことから、あらゆる製品・梱包などでプラスチックの削減が求められている。

プラスチックは耐久性があり、安価に生産できるという特徴から、梱包素材としてだけでなく、緩衝材や容器などにも利用されている。そもそもをいえば、製品自体にも多く使われている。しかし、包装や緩衝材として利用されるプラスチックの多くは、「使い捨て」られるもので、完全なリサイクルは確立されていない。

改めていうが、「SDGs」は2015年9月の国連サミットで加盟国により採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載されている「国際目標」となっている。従って、加盟国では、目標を実現するための取り組みを積極的に行っているわけだ。

このことは今後、世界企業であるほど重要なポイントになるだろう。製品を販売する国でプラスチックを「梱包を含む○%以下」に抑えなければならないといった規制があった場合、クリアしない限り、その国で販売できなくなるわけだ。

こうした状況下において、脱プラスチック包装によって、公益社団法人日本包装技術協会が主催する「2023日本パッケージングコンテスト」で「電気・機器包装部門賞」を受賞した会社がある。キヤノンだ。

同社は、Vlogカメラ「PowerShot V10」(2023年6月発売)の製品パッケージにおいて、従来のプラスチック素材を利用した包装を廃止。同社のカメラ製品として初めて、脱プラスチック包装を実現した。

PowerShot V10のパッケージ内で使われる段ボールパッキン。中央部分に本体が入る
裏返してみたところ。複雑な形状をしているのがわかる

どういった理由で脱プラスチックを開始したのか、キヤノン株式会社イメージコミュニケーション事業本部 梱包設計部門室長 川浪淳氏と、事業推進部門 大辻聡史氏に話を聞いた。

(左から)キヤノン株式会社イメージコミュニケーション事業本部 梱包設計部門室長 川浪淳氏と、 事業推進部門 大辻聡史氏

なぜ「脱プラスチック包装」に?

——そもそも、脱プラスチック包装は誰の発案なのでしょうか?

大辻: 弊社の企画部門(事業部)からの要望になります。今回取り組んだのは「ワンウェイ(使い捨て)プラスチック」の削減になります。例えば、カメラなどに同梱するストラップであれば、包んでいるビニール袋を、開封後も保存しておく人は少なく、捨ててしまう人がほとんどです。これらが正しく廃棄処理されずに最終的に海洋に流れ出た場合、海洋プラスチック問題へと発展してしまいます。弊社は、メーカーとして製品を送り出す立場として、ワンウェイプラスチックの削減に取り組んでいます。

——そこでなぜ「PowerShot V10」のパッケージで脱プラスチック包装にチャレンジしたのでしょうか。

大辻: 「PowerShot V10」の場合、特にヨーロッパ(欧州地域グループ・販売会社)から「ワンウェイプラスチック」の削減(脱プラスチック)を進めてほしいという要望がありました。というのも現在、日本よりもヨーロッパの方が環境問題に対して、意識が高いと思います。エネルギー価格の高騰や海面上昇、あるいは家畜を放牧する場所がなくなるといった、さまざまな問題が身近に迫っているからです。

PowerShot V10の内容物およびパッケージ

さらに「PowerShot V10」は、新しいコンセプトのカメラとして売り出す予定でした。学校教育で「SDGs」を学ぶような若い層をターゲットに想定していたので、包装材の脱プラスチックも大きな訴求ポイントになると考えたのです。世の中のトレンド、海外販社からの強い要望、ターゲット層といったことを総合して、「PowerShot V10」で包装材の脱プラスチックに取り組むことにしました。

——実現のためのハードルの高さはいかがだったのでしょうか。

川浪: 大辻からこの件(脱プラスチック包装)を聞きまして、正直、タイミングが悪いと思いました。というのも当時、本製品の包装規格に合致する環境商材(サステナブル商材・環境配慮商材・環境負荷低減商材とも)の種類がまだ少なかったからです。すぐに使えるもの・手に入るものというのが少なく、なんとか間に合わせたという状況です。

——急な取り組みだったというわけですね?

川浪: はい、前倒しで行いました。というのも、包装材の脱プラスチック化の計画自体はもともと別のカメラをターゲットに動いていました。そこに「PowerShot V10」で先に実現する、という話になったのです。とはいえ前倒しすることで、さまざまな課題がみえてきました。そういった意味でも「PowerShot V10」でやれたことは良かったと考えています。

一筋縄ではいかない環境商材への変更

——ヨーロッパからの強い要望があったという話ですが、具体的な内容は?

大辻: プラスチックを使用しない梱包を実現してほしいとの依頼がありました。

——プラスチックから環境商材に変更することで、品質保証上での問題はあったのでしょうか?

川浪: もちろん、ありました。ポリ袋を不織布の袋に替えたのですが、天然由来の不織布であるため品質がバラつきやすくなります。例えば、輸送時を想定したテストにおいて、製品と袋が擦れて一部の袋が毛羽立ち、製品に傷を付けてしまうという課題が生じました。ポリ袋でもある話ですが、それを抑える技術的な難易度がさらに高かったのです。

大辻: 傷が付くといっても、見る人が見ればわかるレベルなのですが、弊社が設ける品質基準を満たさない製品は出荷できません。

川浪: 初めはパルプ材をベースにした不織布で試してみたのですが、硬くてうまくいかない。そこで素材としての柔らかさを求めて、コットンベースの不織布を試してみました。今回採用した不織布以外にも、コットンの量が異なる複数の不織布を試しました。

本体やケーブルを包むポリ袋を不織布や紙に替えた

大辻: 袋の折り方や製品の入れ方も考えました。一番最初は、袋状ではない不織布も試していて、1枚の布で製品を手で包むようなところからスタートしています。袋状にすることで梱包時の生産性が上がる、高級感があるといった検討を経て、今の状態にたどりつきました。

川浪: 袋に製品を収めるにあたって、ガタつき具合っていうのはどうしても発生してしまいます。袋と製品が一緒に動けば、表面が削れることはありませんので、一番の理想は、袋にきっちりと製品が入り、隙間がない状態です。隙間があると、輸送の振動や衝撃で袋が段ボールパッキン(包装材部品)に引っかかったときに、製品だけが袋の中で動いて擦れてしまうという状況になります。そこで、今回はレンズ部分の出っ張りに合わせて、袋の折り方を変えてみたり、製品の入れ方を変えてみたりとか、そういった地道な作業により、削れや粉ふきと呼ばれる現象を抑えました。

複雑な形状で耐衝撃性能を実現

——段ボールパッキンの形状を工夫することで、落下性能・衝撃性能を向上させているという話を聞きました。

川浪: まず、板状の段ボールには、ほとんど衝撃吸収性はありません。それを、折り込むことで形状を作り、外装箱と製品の間に緩衝構造(サスペンションのような構造)を作って、逆W形状の段ボールパッキンとしました。これにより、製品を外装箱の真ん中で固定できるようになっています。こうした構造により、振動や落下によって箱の中で一方に寄ったとしても、衝撃を吸収できます。

段ボールパッキン(包装材部品)は、輸送中の振動と落下衝撃に耐えられるように、カメラに対して落下6方向のサスペンション構造となっている
段ボールパッキンを断面でみると、カメラを浮かせて衝撃を吸収する構造がわかる
落下4方向に対しては、複数回の衝撃に耐えられるように、傾斜を入れたV字形状で衝撃を吸収する

川浪: 段ボールを折り込むというのは、従来からある技法なのですが、箱に対して真ん中で製品を支え、落下4方向に対してどのような形でも振動・衝撃吸収性能が得られるのが「PowerShot V10」で採用した段ボールパッキンとなります。この段ボールパッキンは、1枚の段ボールを切り抜いて作られていますが、これはコスト的なことを考えた結果です。

段ボールパッキンを展開した状態。1枚のダンボールで制作することで、部品の追加を回避しているという

川浪: ただ、作る側(工場側)の折り込み作業が大変になってしまうので、工場の協力を得て、手作業でも折りやすく最適な形状に落とし込みました。極論をいうと、折れば折るほど梱包材としてのサイズは小さくなりますよね。その代わり、工数もかかるし、折ること自体が大変で、外装箱に入れるのも大変な作業になる。そこのバランス取りをして、作業の妥当性も含めて段ボールパッキンを開発しました。

カメラの暴れ防止として機能するフタ部分も、1枚の段ボールとして一体化

——折り込みは手作業なのですか?

川浪: 本製品に関しては、自動化はまだ成り立っていません。カメラではありませんが、弊社のプリンターのカートリッジで使用している段ボールパッキンなどは、自動化しているものもあります。

大辻: よって、生産工場では、段ボールパッキンを折るのも、袋に入れるのも、全て手作業となっています。(手作業だと)作業が増えるし、複雑化することになりますが、全員が同じ目的意識をもって協力して進めることができました。

段ボール以外の選択肢も

——「PowerShot V10」の薄さがあっての段ボールパッキンの小型化だと思います。今後、交換レンズにも脱プラスチック包装といった話が出てきた場合、対応できるのでしょうか。

川浪: 交換レンズに関しては、パルプモールドと呼ばれるものも検討しています。紙の卵パックをイメージしてもらえればわかりやすいですが、それを交換レンズやカメラにも取り入れようとしています。パルプモールドは、段ボールパッキンのように形状を折り込むのではなく、型で成形します。

——段ボールパッキンとパルプモールド、どちらが有利でしょうか。

川浪: 一長一短です。パルプモールドにすると、1つの部品として形状を作れますので、工場で梱包する際には楽ですし、緩衝性能も担保されています。一方で、段ボールは1枚のシートを折り込んで使いますから、コスト的には安いです。折り込む工賃はかかりますが、バランスをみて、この商品はパルプモールドだね、この商品は段ボールだねといった判断を行っていくことになります。ただ、型代を考えると、パルプモールドはそれなりに投資が必要です。

——環境的な意味でいうと、どちらが良いのでしょうか。

川浪: それについては、どっちもどっちだと思います。なぜかというと、パルプモールドは、リサイクルされた段ボール材で作られていますし、当然段ボールパッキンもリサイクルされるからです。適材適所で選んだ結果、今回は段ボールパッキンを採用したということになります。

大辻: 環境配慮はもちろんのこと、お客様が箱を開けた時の高揚感や商品の高級感なども意識しています。脱プラスチックを目指したことで他の価値が損なわれないよう、「しっかりと守られていて」「よく考えられていて」「良いものを買ったんだな」と感じてもらえるような、高級感を維持してほしいと企画部門からも要望しました。

——先ほど、一長一短といった話がありましたが、重たい交換レンズの場合はどうなるのでしょうか。

川浪: 今のところ、形状の自由度が高いパルプモールドを検討しており、設計中です。段ボールでも製品を守ることはできますが、パルプモールドと比較すると、緩衝距離を長くとらないと、衝撃を吸収できません。そうすると、段ボールパッキンのサイズが大きくなるので、外装箱が大きくなってしまいます。

——ポイントとなるのは重さですか? 例えば今後、小型のデジタルカメラやミラーレスカメラなどは段ボールパッキンで、重たい交換レンズはパルプモールドといったようなすみ分けになるのでしょうか。

川浪: 現状ではそうなると思います。ただ、交換レンズに対してもパルプモールド一択というわけではなく、段ボールパッキンでの知見も積み重ねていきたいですね。また、先ほどパルプモールドをカメラにも取り入れようとしていると説明したように、ミラーレスカメラでのパルプモールド採用も検討しています。

大辻: 外装箱の大きさについても、広い視点でみると、小さければ小さいほど一度の輸送で多く運べます。ですから、製品ライフサイクル全体で考えるとCO2の排出量も変わってきます。あとは、外装箱の形状の共通化などの観点もありまして、それぞれの製品ごとに箱の大きさが変わってしまうと、それに合わせた輸送形態を考慮する必要がでてきてしまします。そういった意味では、まず本体の小さな「PowerShot V10」から始められたというのは、好機だと思いました。

取扱説明書はなくならない?

——他のガジェットなどでは取扱説明書が省かれているケースもあります。

川浪: それについても取り組んでいます。以前に比べると、今のカメラに同梱される取扱説明書のページ数はだいぶ減っています。文面などもホームページにアップすることによって、記載内容を最小限に抑えています。紙も重要な資源ですから、そこも減らしていく方針です。

大辻: 今回、「2023日本パッケージングコンテスト」で「電気・機器包装部門賞」を受賞した理由の1つとして、デザイン性についても評価されています。パッと見ただけで、何をするものなのかがわかるように、イラストを外装箱自体に印刷しました。

主要操作については、操作手順をイラスト化し、必ず見ることになるフラップ部に印刷している

大辻: 例えば、開発中のユーザビリティテストから、[Q]SETボタンの[Q](Quickの頭文字)の意味がわからないと使いこなせない場合があるという気付きを得て、説明書を見なくてもわかるようにイラストとして落とし込んでいます。ユースシーンなども入れることによって、開封の体験の向上と、使い始めのハードルを下げるというところにも、外装箱全体で挑戦しています。

今後も環境商材への転換を続ける

——昨今、環境の影響が限り低いバイオプラスチックなどが出ていますが、そういったものを検討しなかったのでしょうか。

川浪: トウモロコシなどの自然由来の素材を使用したプラスチックは、検討しませんでした。なぜなら、いくらバイオといってもプラスチックなわけですから。捨てられてしまうという点では、普通のプラスチックと変わりありません。

大辻: バイオプラスチックは、海に流れ着く場合には分解されないという話もあります。土の中の微生物でないと分解されないということですね。脱プラスチックに取り組むにあたって、生活の中で気付いた新しいプラスチックの取り組みや、社会におけるニュースなどの情報をチームでやり取りすることによって、意識を高めた上で、この仕事に関わってきました。

——今回、要望に対してクリアしたことになりますが、今後も応え続けるわけですよね。

大辻: おっしゃる通りです。今後の製品包装に対しても、同じような取り組みが求められると思います。今後それぞれの国で規制が進むことにより、プラスチックを利用した包装の製品が輸出できないなどのビジネス的なリスクも生じるかもしれません。ですから、こうした取り組みは早々に進めないといけません。カメラ製品では今後も、脱プラスチック包装を拡大していきたいと考えています。

飯塚直

(いいづか なお)パソコン誌&カメラ誌を中心に編集・執筆活動を行なうフリーランスエディター。DTP誌出身ということもあり、商業用途で使われる大判プリンタから家庭用のインクジェット複合機までの幅広いプリンタ群、スキャナ、デジタルカメラなどのイメージング機器を得意とする。