カメラ用語の散歩道
第13回:画面サイズ(その3)
デジタルカメラの画面サイズ 大型センサーが高価な理由
2022年7月12日 07:00
デジタルカメラの画面サイズ
銀塩カメラとデジタルカメラとでは、画面サイズの事情は大きく違ってくる。銀塩カメラの場合、新しい画面サイズのカメラを開発するときにはそれに使うフィルムや乾板などの感光材料の入手についても配慮しなくてはならない。イーストマン・コダックのように自社でフィルムを製造している企業なら大きな問題とはならないだろうが、そうでない場合にはユーザーが確実にフィルムを入手できるようでないと買ってくれないのだ。
そしてカメラの販売をやめた後でもユーザーが使用できるようにフィルムを供給し続ける責任が生じる。ライカやミノックスが既存の映画用のフィルムを流用したのは、この理由によるところも多分にあるだろう。
一方でデジタルカメラの場合は撮像素子さえできればその後の感光材料の供給などは気にしなくてよいので、画面サイズ(いわゆる“センサーサイズ”)には大きな自由度がある。それゆえデジタルカメラの画面サイズは非常に多様なものがあり、例え同じAPS-Cサイズの範疇に入るものであっても、メーカーや機種により少しずつ大きさが異なっているような状況になっているのだ(写真1)。
固体撮像素子は大画面が苦手
そうは言っても画面サイズに制約がないわけではない。特に大問題なのは、CCDにしてもCMOSにしても、固体撮像素子は大画面が苦手という事実だ。
固体撮像素子のような半導体集積回路は、単結晶のシリコン基板の上に回路や画素を形成する。そしてそのシリコン基板は結晶格子がきれいにそろっている必要があり、欠陥が一つでもあってはならないのだ。直径30cmぐらいのウエハーと呼ばれる円板状のシリコン基板から素子(チップ)を切り出すのだが、そのとき一個の素子の大きさ(チップサイズ)が大きいほど欠陥が含まれる確率が大きくなる。だから大画面の撮像素子を作ろうとすると急速に歩留まりが低下し、その分とんでもなくコスト高となるのだ(図1)。
このことを説明するのに、よくダイヤモンドに例える。工作機械の工具などに用いる砂粒のようなレベルのダイヤモンドなら、それほど高価なものではない。ところが何カラットもするような宝石レベルのダイヤモンドになるととたんに高価になるのだ。全く欠陥のない単結晶のシリコンでできた撮像素子はまさに宝石レベルなのである。
始まりは小画面から
固体撮像素子の実用化はテレビカメラやビデオカメラの動画用のものから始まった。以前お話ししたように、動画カメラの画面サイズは静止画よりも小型のものが通常であったことと、画素数の面でもそれほど多いものが必要でなかったので、「固体化」のハードルが低かったといえるだろう。まずは2/3型(8.8×6.6mm)や1/2型(6.4×4.8mm)の画面サイズの固体撮像素子が使われたのだが、これとても当時の基準からみると半導体チップとしては巨大なものだった。
スチルのデジタルカメラは、最初はこの動画用の撮像素子を流用するところから始まったが、動画用のものはせいぜいで40万画素程度であり、まだプリントして観賞することが多かった静止画用としては画素数が不足する。そこで1990年代の終わりごろから「画素数戦争」が始まり、年を追うごとにどんどんデジタルカメラの画素数が増えて行ったことは、ご記憶の方も多いことだろう。
ただ、レンズ一体型のコンパクトデジカメでは画素数の増大は専ら集積度増大の努力で行われ、画素数を増やすために画面サイズを大きくする方向には行かなかった。画面サイズを大きくすると前述したように撮像素子のコスト高につながり、また消費電流の増加をも引き起こすことになるので、あえて大サイズを指向することはなかったのだ。
デジタル一眼レフの画面サイズ
レンズ一体型でのデジタルカメラの普及が一段落すると、今度は一眼レフタイプのデジタルカメラの登場が待ち望まれた。ところが、一眼レフとなるとレンズ一体型と違い、小さな画面サイズではいくつかの不都合が生じる。
その1はファインダーの問題だ。一眼レフファインダーは画面サイズと同じ大きさのファインダースクリーンに撮影レンズによる被写体像を結像し、それをペンタプリズムなどの正立光学系を介してルーペで拡大するような構成になっている。35mm判フルサイズなどなら問題ないのだが、ファインダースクリーンが小さくなると、なかなか見えのよいファインダーとするのが難しくなってくる。
その2は交換レンズである。一眼レフというからには広角から望遠まで一通りの交換レンズをそろえてユーザーに供給しなくてはらない。しかし、最初から何本もの交換レンズを開発するのはメーカーとして大きな負担となるで、できればレンズマウントを既存の銀塩一眼レフと同じにして、銀塩一眼レフと交換レンズを共用したい。しかし、35mm判フルサイズの銀塩一眼レフの交換レンズを画面サイズの小さなデジタル一眼レフに装着すると、ご存じのように画角が狭くなって、望遠側にシフトしてしまうのだ。これは特に広角レンズ側で問題となる。
その3は被写界深度の問題だ。同じ画角のレンズを用い同じ絞り値で撮影しても、画面サイズが小さいほど被写界深度は深くなる。ブツ撮りなど深度を稼ぎたい用途ではメリットになるが、ポートレートのようにバックをぼかして撮影したい場合には、逆にデメリットになる。
この3つの問題点に関して、1つの解を与えたのが1995年にニコンと富士フイルムが共同で開発したニコンE2/E2s(富士フイルムではDS-505/515)だ(写真2)。通常の35mm判一眼レフの画面枠のところに結像した被写体像を、リレーレンズで縮小して2/3型の撮像素子に再結像する。ちょうど前回のこの欄でご紹介したスピードマグニの逆を行くようなものだ(図2)。
このようにすれば35mm判フルサイズの一眼レフと同様に扱えるわけだが、欠点はカメラが大型になる点だ。実際このニコン/富士フイルムのカメラは、164(幅)×149(高さ)×116(奥行き)mmと、中判一眼レフ並の大きさであった。
APS-Cサイズとフォーサーズ
1999年に登場し、デジタル一眼レフの普及のきっかけとなったニコンD1(写真3)は、今でいうAPS-Cサイズを採用した。15.8×23.7mmと、いわゆるハーフ判よりも少し小さめの画面サイズである。35mm判フルサイズの撮像素子は前述したような理由でおそろしく高価になり、実用的でない。しかし小さな撮像素子では前述の3つの問題点がある。それならば現実的なコストで精一杯画面サイズの大きな撮像素子を実現しようと検討した結果、ぎりぎりの妥協点として採用したのがこのサイズということではなかっただろうか?
実際に現在のミラーレスカメラでも、入門機から中級機のレベルでは標準的な画面サイズとして多くのメーカーに採用されているのは、これがバランスのとれた画面サイズとしてユーザーに受け入れられたことを証明している。特に35mm判フルサイズと共用してもあまり不都合を感じないところがポイントだろう。
一方で、ゼロベースからデジタル一眼レフに最適な画面サイズを決定したのがフォーサーズと言えるだろう(写真4)。フォーサーズフォーマットを提唱したオリンパスは、銀塩の一眼レフを出していたが、一眼レフのAF化に乗り遅れ、1986年にOM707を出して以降は一眼レフ市場では鳴かず飛ばずの状況だった。そのためデジタル一眼レフに参入するにあたってそれまでの自社製品のユーザーに配慮することなく、自由に画面サイズを選べる立場にあったわけだ。つまり前記その2の問題点は考えなくてよい。
そして撮像素子のコストとファインダーの問題や被写界深度を勘案し、当時としてバランスのとれた解として提唱したのが13×17.3mmのフォーサーズであった。APS-Cよりも小さな画面サイズとした背景には、交換レンズを含めた一眼レフの小型化という意図もあったと思われる。交換レンズのテレセントリック性にこだわったため、あまり大きな画面サイズだとレンズの大型化を招くことになるのだ。
今後はどうなるか?
普及価格帯のコンパクトデジタルカメラが採用していた小さな画面サイズは、今ではスマートフォンに受け継がれている。前述したようなコストの問題だけでなく、スマートフォンの場合は厚さの制限があり、そのため小さな画面サイズと短い焦点距離のレンズが必要となるわけだ。
ただ、小さな画面サイズで画素数を増大するには限界があり、スマートフォンのカメラも高級タイプでは少しずつ画面サイズが大型化するような気配がある。一方でコンパクトデジタルカメラの方はスマートフォンと差別化するために、1型やAPS-Cなど、それまでより大きな画面サイズの高級機に活路を見出している。
一眼レフやミラーレスといったレンズ交換可能なカメラでは、かつて高嶺の花であった35mm判フルサイズが半導体技術の進歩によりリーズナブルな価格で手に入るようになった。そして高級機は35mm判フルサイズあるいはそれ以上、中級機やエントリー機はAPS-Cというような図式が出来上がりつつある。更に大型の44×33mm判、銀塩でいう645判に相当するような画面サイズも一般アマチュアの手が届くような状況になってきた。それでは更なる画面サイズの大型化、4×5インチ判や8×10インチ判に相当するようなデジタルカメラが登場するのだろうか? 実際問題として、それはなかなか難しいように感じる。