カメラ用語の散歩道
第12回:画面サイズ(その2)
折り畳み式カメラと“増幅”
2022年5月17日 07:00
写真術誕生からしばらくの間は、カメラの画面サイズと最終的なプリントのサイズは同じだった。ダゲレオタイプなどは感光材料そのものがプリントになるので当然だが、タルボットのカロタイプのようにネガポジ方式になっても、しばらくは密着が主流で引き伸ばしすることはなかったのだ。
そうは言ってもプリントサイズは多種多様である。壁面に飾るのは現在でいえばA4サイズ(297×210mm)程度、写真立てだとかアルバム用ならばL判(127×89mm)か2L判(178×127mm)あたりが手ごろだろうか。また、ウォレットなどに入れて持ち歩くには、名刺サイズ(91×55mm)程度が望ましい。名刺サイズといえば19世紀の半ばには「カルト・ド・ヴィジット」というサイズの写真プリントが流行ったそうだ。本来は訪問先に置いてくるセルフポートレート、つまり名刺のような役割のものだが、その後有名人のポートレートを名刺サイズにしたものを販売し、今でいうブロマイドのようなものへと変わっている。
このように用途に応じて多様なプリントサイズが使われ、それぞれの用途に合わせてさまざまな画面サイズのカメラが輩出したわけである。
折り畳み式のカメラ
画面サイズが大きくなるとその分撮影レンズの焦点距離も長くなり、カメラが大型化する。ただ、撮影時にはレンズの焦点距離に相当する分だけ撮像面との距離を保たなくてはならないが、携帯時にはそのレンズと撮像面の間の空間は必要ない。そこで携帯時にはカメラを折り畳むものが登場した。そのための素材として、早くから蛇腹が多用されたのである。
カメラの歴史の上では、折り畳んでコンパクトにするメカニズムがメインの技術として盛んに工夫されていた時期がある。特にスプリングカメラが人気を博していた時代には、レンズとシャッターを搭載したレンズボード(トリイ)、ボディとレンズボードをつなぐ蛇腹、そして前蓋の関係をタスキと呼ばれるリンク機構で巧妙に連携させ、ボタン一つで撮影体制にレンズが飛び出るようにするメカニズムを競って開発しており、その巧妙さには目を見張るものがある。
このような折り畳み機構は、その後画面サイズが35mm判などに移行するとだんだんと姿を消していったが、面白いことにインスタントカメラに受け継がれている。インスタントカメラではやはり撮影画面サイズがプリントサイズになるため、カメラの大型化に対処するために折り畳みが必要になるのだ。ポラロイドのSX-70、コダックのEK-8、富士フイルムのフォトラマシリーズなど、インスタントカメラの中にはユニークな折り畳みメカを備えた機種が多い。ただ、最近ではさすがに蛇腹の使用は姿を消し、代わりに電動による沈胴機構が富士フイルムのチェキなどに用いられている。
引き伸ばしは画面サイズの増幅
カメラを小型化するには画面サイズを小型化するのが有効だ。ただ、プリントはある程度の大きさが必要なので、撮影用の小さな画面サイズから大きなプリントサイズを得る手段として「引き伸ばし」が用いられるようになった。「小さく産んで大きく育てる」ならぬ「小さく写して大きくプリントする」ということだ。
この引き伸ばしは、いわば画面サイズの「増幅」と言えるだろう。オーディオでいえば初期のレコードプレーヤーは、レコード盤の溝の形を針でなぞって直接振動板を振動させ、音を出していた。それが溝の形状変化をカートリッジで電気信号に変換し、増幅してスピーカーを鳴らすようになった。それによって大音量も可能になり、音質の調節もできるようになった。このようにどの分野でも増幅が入るとフレキシビリティが大きくなる。画面サイズの増幅である引き伸ばしも、プリントサイズの多様化とカメラの小型化を可能にした。
この引き伸ばしの技術をフルに活用したのがライカだ。36×24mmという、もはや密着による観賞が難しい画面サイズから、引き伸ばしによって好みのプリントサイズを実現できるようにした結果、カメラが小型になり、プリントサイズにも大幅にバリエーションが生まれた。そのように考えると、ライカの登場は写真の世界に大きな技術革新をもたらしたと言える。そのためにライカは当初から自前の引き伸ばし機を供給していた。最初はプリントサイズ固定の簡単なものだが、後にヴァロイやフォコマートといった引き伸ばし機の名機に発展したことは、ご存じの通りである。
インスタントカメラと引き伸ばし
インスタントカメラは前述のように撮影画面サイズがそのままプリントサイズになるため引き伸ばしとは無縁のように思えるが、面白いことにインスタントフィルムを用いた引き伸ばし機内蔵のカメラというようなものが存在している。インスタントカメラでカメラが大型化する問題は前述のように折り畳みとすることで解決できるが、レンズ交換、特に超望遠レンズでの撮影となると、35mm判やそれ以下の画面サイズのカメラには敵わない。そこで、インスタントカメラでも引き伸ばしによる画面サイズの増幅を導入したものがあった。
これは「スピードマグニ」といって、1964年の東京オリンピックの際にミカミから発売されたものだ。35mm判一眼レフの交換裏蓋として装着し、撮影画面枠のところに結像した被写体像(空中像)をミラーで下方に導き、途中に引き伸ばしレンズを置いてインスタントフィルムに再結像するものだ。
いわば印画紙の代わりにインスタントフィルムを用いた引き伸ばし機をカメラに内蔵してしまったような形のものである。スピードマグニという商品名も、即席引き伸ばし機というような意味合いだ。本体の35mm判一眼レフとしては、当初はニコンFが使われたが、その後ニコンF2用やニコンF3用も登場した。ピールアパートタイプのインスタントフィルムを使うので、上下左右正像とするためにミラーを計2枚入れている。
このスピードマグニは、主として報道用に使われた。報道写真は撮影後新聞紙面に掲載するまでの時間短縮が重要なので、その場ですぐにプリントをゲットしたい。しかしインスタントカメラや大判カメラにインスタントフィルムのバックを装着したものでは大型になって機動性が損なわれるし、前述のようにレンズ交換の自由度が小さい。そこで行きついたのがこの「引き伸ばし機内蔵35mm判一眼レフ」だったということだ。ヘリコプターや小型飛行機による空撮によく用いられたそうだ。そのためにインスタントフィルム専用の写真電送機も開発されたと聞いている。
ハイブリッドインスタントカメラ
最近になってインスタントカメラの世界はちょっと興味深い展開を示している。「小さく写して大きくプリントする」という思想そのままに、小型のデジタルカメラとポータブルプリンターを組み合わせた「ハイブリッドインスタントカメラ」が相次いで登場しているのだ。スピードマグニが光学的に画面サイズを増幅したものと考えれば、このハイブリッドインスタントカメラは、電子的に増幅したものと言えるだろう。
ハイブリッドインスタントカメラが初めて登場したのはまだデジタルカメラが本格的に普及し始めたばかりの1999年のことである。富士フイルムの「プリンカム」PR21が発売されたのだが、あまり成功したとは言えなかった。まだカメラ部の小型化が十分ではなく、結果として大柄なものになってしまったのだ。
富士フイルムはその後2019年になって「instax mini LiPlay」で再挑戦し、この同じ年にはZINK方式のプリンターを採用したキヤノンの「iNSPiC」ZV-123とCV-123、それに昇華型プリンターを内蔵したコダックのC210が登場した。カメラ部の小型化にあわせてプリンターもぎりぎりまで小型化し、実用的な大きさにまでコンパクト化したものだ。
これらのコンパクト化は画面サイズの電子的増幅技術の成果と言えるだろうが、市場的には写真プリントの需要が大きく落ち込んでいる現状を考えると、このハイブリッドインスタントカメラというコンセプトが果たして定着するかどうか、なかなか予断を許さないところではある。