カメラ用語の散歩道
第3回:ボケ(前編)
2021年1月12日 06:00
"英語でもbokeh"
最近「英語でもボケのことは”bokeh”という」とよく耳にする。筆者は1970年代から80年代にかけてModern Photography、Popular Photography、British Journal of Photographyといった英米の写真雑誌をよく読んでいたが、そこで”bokeh”という単語を見た覚えはない。「ピントがボケる」は”out of focus”だ。有名なロバート・キャパの「ちょっとピンボケ」も”Slightly Out of Focus”なのである。
では、ピントがボケた結果としての「ボケ」は英語でなんと言ったか? これは単語として”blur”が近いと思うが、ピントが外れた結果のボケだけではなく、カメラブレや被写体ブレで画像がシャープでなくなったものも”blur”なのだ。昔はボケに対してこの程度の認識であり、近年になって玉ボケだとか二線ボケだとか、ボケの内容も気にするようになった結果、英語でも”bokeh”を使うようになったのではないだろうか?
ボケと絞りの形
「玉ボケ」(丸ボケ)が話題になるのは、点の被写体の像がボケると本来は円になるはずのところ、そうならないケースがあるからだ。収差の影響を無視すれば、点の像がボケると絞りの形になる。その原理を図1に示す。点の被写体から出た光は、レンズを通るとピント面で1点に集まる。この点の像を形成する光束は絞りの開口(射出瞳)を底面とし、ピント面に頂点を置く錐(すい)の形になる。絞り開口が円形ならば円錐となるが、四角い開口であれば四角錘、三角ならば三角錐になるわけだ。
この状態で撮像面の位置を前に移動してピントが外れた状態になると、移動後の面はこの錐を途中で切る形になり、その断面の形状は底面の相似形になる。断面は点の像のボケであり、錐の底面は絞り開口であるので、ボケの形は絞り開口の相似形となるわけである。つまり、図1のように絞り開口がハート型であれば、点像のボケもハート型になる。ミラーレンズのボケがリング状になるのも同じ理由で、レンズの開口の形がリング状なのでボケもリング状になる。
なお、図の例ではピントの合った位置よりも撮像面を前に出した"後ピン"の状態を示しているが、撮像面が後に下がった"前ピン"の場合でも同様のことが言える。点の像を形成する光束は一度ピント面で集まったのち、そのまま発散するのだが、その形状はやはり錐となり、ボケはそうやって広がったところを切った形になって、やはり絞り開口の相似形となるのだ。
これを実際にやってみたのが、下の写真1である。使ったのはニコンから1995年に発売された「おもしろレンズ工房」の中の「ぐぐっとマクロ」だ。このレンズは2群3枚構成なのだが、前群と後群がねじで容易に分離できる。その後群に自作のハート形絞りを貼り付けた(写真1a)。絞りは黒いケント紙に文房具店で売っている穴あけパンチで穴をあけて作ったものである。その後元通りに前群と後群を接続し、撮影した結果が写真1bなのだ。このように絞りの形を工夫することにより、ボケの形を変えることができ、面白い効果が得られる。
ただ、この絞りを置く位置は、レンズにまっすぐに入ってきて画面中央に行く光も斜めに入って画面周辺に行く光もほぼ同じところを通るような位置に置かなくてはならない。レンズの前や後に置くと画面周辺がけられたり、せっかくの絞りの形がおかしくなったりするので要注意である。
昔はボケの形をあまり意識しなかった?
一風変わった効果を期待する場合は別として、普通はやはりボケは丸くなってほしい。だから絞りの形は円形に近いほどよいはずなのだが、昔のカメラはボケの形に比較的無頓着だったのか、変わった形の絞りが多い。
これにはメカ的な都合が多分にあるようだ。一般的なカメラは虹彩絞りというものを使っている。これは何枚もの羽根を組み合わせて開口の大きさを連続的に変化させるものだが、開放絞りから最小絞りまで、すべて開口を真円とするのは難しい。
それでも最近のレンズの場合は羽根のカーブや動きを工夫して開口を真円に近づけ、「円形絞り」などと標榜しているのだが、昔はそこまで努力をしなかった。設計技術やCADなどが未発達であったこともあるだろうが、そもそも真円開口へのこだわりが今ほど大きくはなかったのではないだろうか? いくつかの例を写真2に示す。
虹彩絞りの場合、羽根の枚数を増やすほど開口を円に近づけやすいのだが、機構上の都合で羽根の数を増やせない場合もある。一眼レフカメラのレンズだと、撮影の直前に設定された絞り値に絞り込む「自動絞り機構」の都合で、絞り羽根は5~9枚程度にとどまっている。スプリングの力で瞬時に絞り込むには、あまり枚数を増やせないのだ。
また、安価なコンパクトカメラなどでは、自動露出の仕組みの都合によって絞りの形を真円にできない場合もある。極端な例は、露出計の受光素子の出力で電流計を振らせ、その指針をそのまま撮影レンズの絞りとしてしまったものがある。
図2のように指針の先にオタマジャクシのような形の開口を設けた板を形成すれば、被写体の明るさに応じて絞りが変わり、AEが実現できるわけだ。これはティアドロップ絞りと呼ばれ、フジペットEEやフジカ35オートマジックなどに使われた。小絞り側ではほとんどスリット状の開口になり、円形からは程遠いものになる。
ただ、先の写真2に例示したレンジファインダーカメラ用レンズなどにはそうした制約がない。絞りをスプリングで高速に動かす必要もないので羽根の枚数もたっぷり使える。それでも開口がギザギザになっているのは、やはりボケに対するこだわりが今ほど強くなかったのだろう。参考までに、写真2に示したレンズで実際に撮影した結果を写真3と写真4に示す。
口径食とボケ
通常のレンズは開放絞り付近に設定した場合、口径食を生じる。とくに大口径レンズでは顕著な場合が多い。口径食というのは、交換レンズが何枚ものレンズの組み合わせで構成されているため、奥行きが出ることで発生する。例えばトイレットペーパーの芯のような筒を覗くとき、まっすぐに覗けば円形の視野となるが、斜めに覗くと円が欠けたような形で見える。それと同じことで、画面周辺では撮影レンズの射出瞳が完全な円とならず、欠けた形となるのだ。これは写真5のようにレンズを斜めからみればわかる。
口径食は周辺光量不足の原因となるが、ボケの形にも影響する。点像のボケが、写真5で見るような開口の相似形になるのだ。写真6に実際の作例写真を示す。このようなボケを一般に「ラグビーボール型」と呼んでいるが、さる女性写真家は、「レモン型のボケ」と呼んでいた。
後編ではボケと収差の関係、ボケと非球面レンズの関係などについて解説する。