カメラ用語の散歩道

第2回:ピント合わせ(後編)

部分移動方式

まずは前回(第1回:ピント合わせ 前編)のおさらいから。

ピント合わせの方法には大きく分けて2つがあり、その1つは図1(c)に示すように、レンズと撮像面の距離を変更して、撮像面を像の位置にもってくることだ。これは「全群繰り出し方式」と呼ばれ、前回は主としてこれについて解説した。今回は2番目の方法である「部分移動方式」についてお話ししよう。

図1:ピント合わせの2つの方法

部分移動方式は、レンズ全体の焦点距離を変えてピントを合わせる。最も古くから行われているのは前玉回転方式だろう。トリプレットタイプやテッサータイプの構成で、最前群の凸レンズを光軸方向に動かしてピント合わせをする。大方はこの最も前のレンズにねじを切っておき、それを回転することによりレンズを出し入れするので前玉「回転」方式と呼ばれている。

この方法だと、移動するレンズのパワーが大きいので繰り出し量が小さく済み、ヘリコイドによる全体繰り出しのように特殊な多条ねじを使う必要はなく、フィルターネジやスクリューマウントに使われているものと同じような普通のねじで済む。また、動かすのは最前群だけで、あとのレンズは固定したままなので、絞りやレンズシャッターをピント合わせに応じて前後に動かす必要はない。これは機構の簡略化に大きく貢献する。シャッターのチャージやレリーズ、露出計の連動などでボディ側とレンズ側との機構的な連携が容易になるのだ。このようなメリットがあるので、この前玉回転方式は比較的安価なカメラのピント合わせに広く用いられた(写真1)。

写真1:前玉回転方式のピント合わせを採用したミノルタセミP。(a)は無限遠で(b)は至近距離(1m)に合わせたところ。このように全群繰り出し方式にくらべ、繰り出し量を小さくすることができる。

(a)
(b)

もう一つ、この前玉回転方式の恩恵を受けたのが、ズームレンズだ。全群繰り出し方式の場合、同じ被写体距離にピントを合わせるときでもレンズの繰り出し量は焦点距離によって異なり、焦点距離の2乗に比例する。

一例として2mの距離にある被写体を撮影するとしよう。焦点距離200mmのレンズで撮影する場合は、無限遠の位置から約25mmレンズを繰り出さなくてはならない。ところが焦点距離50mmのレンズなら、約1.3mmの繰り出しで済むのだ。と、いうことは、50-200mmのズームレンズで全群繰り出し方式でピント合わせをすると、ズーミングに応じて繰り出し量も大きく変化させなくてはならないということになる。これは機構的にできないことではないだろうが、大変複雑となり現実的でない。そこで初期のズームレンズでは第1群のレンズをピント合わせに応じて動かすようにした。一種の前玉回転方式なのである(図2)。

図2:初期のズームレンズ(ロッコール75-200mm F4.5)。最も前にあるIと書かれた群を移動してピント合わせを行う。一種の前玉回転方式。(小倉敏布「写真レンズの基礎と発展」より)

内焦式とリアフォーカス

当初は前玉回転だけだった部分移動方式だが、その後レンズ設計技術の発達によって前玉以外のレンズ移動によるピント合わせの技術が開発された。レンズ系の中間のレンズ群を動かす方法が内焦式あるいはインナーフォーカス、レンズ系後端のレンズ群を動かすものはリアフォーカスと呼ばれている。これらの方式が登場したのは1970年代後半のことで、最初は超望遠レンズに採用された。

前述したように、全群繰り出し方式ではピント合わせのための繰り出し量が焦点距離の2乗に比例するので、600mmとか800mmといった超望遠レンズでは非常に大きな量になる。その長大な繰り出し量に対応するために、接写用のベローズユニットを超望遠レンズに装着してピント合わせをするシステムを採用したメーカーもあった(写真2)。

写真2:1960年発売のキヤノンR1000mm F11。接写用のベローズを使ってピント合わせを行う。(「キヤノンカメラミュージアム」Webサイトより)

そこに福音をもたらしたのが、内焦式やリアフォーカスである。ピント合わせのために動かすレンズ(群)をうまく選べば移動量を劇的に減らすことができ、最短撮影距離を短くすることができる。また全群繰り出し方式のようにレンズ先端が大きく突出したり、重心が大きく変化することも避けられる。超望遠レンズにとっては、非常にメリットの大きい方式なのである。

当然、これらの方式はズームレンズにも波及し、ズーム全盛の今日ではむしろ全群繰り出し方式の方が珍しい存在になるまでに至っている。また、オートフォーカスの登場がこれに拍車をかけた。駆動用のモーターにかける負荷を小さくしながら高速に動かすには、できるだけ軽量のレンズを選んで動かす部分移動方式が最適なのだ。

ピント合わせと画角、像倍率

ここで再び冒頭に示した図1をみていただきたい。全群繰り出し方式の場合、実はピント合わせに応じて画角が変化するのだ。通常は撮影レンズの画角はレンズ(の後側主点)が撮像面の対角線に張る角度ωと考えられる。図で無限遠にピントが合った位置(a)での画角をω1とすると、近距離にピントが合った位置(c)では繰り出した分画角が狭くなりω2となる。

(再掲)図1:ピント合わせの2つの方法

ところが部分移動方式でレンズの後側主点の位置は変わらないとすると、図1(d)のように近距離でも画角はω1のまま変わらない。ただ、実際の内焦式やリアフォーカスではピント合わせの動作で焦点距離だけでなく後側主点の位置も移動することが多いため、画角が全く変化しないわけではない。レンズ構成によっては全群繰り出し方式とは逆に、ピント位置が近距離になるほど画角が広くなるものもある(写真3)。

画角が変わるということは、像倍率(撮影倍率)も変わるということだ。全群繰り出し方式の場合、ピントの合った位置が近距離になるほど像倍率が大きくなる。従って、ある距離の被写体Aにピントを合わせた後、そのままの状態でピントをもっと近距離にある被写体Bに移すと、元の被写体Aの像はボケながら大きくなるわけだ。

写真3:同じ撮影距離(50cm)で、同じ露出条件で撮影した画像の比較。 (a)は全群繰り出し方式のAF-S NIKKOR 50mm f/1.8Gで、(b)は内焦式のAF-S VR Zoom-Nikkor 24-120mm f/3.5-5.6G IF-EDで、ズーム位置を50mmに設定して撮影した。同じ50mmの焦点距離でも明らかに画角が違い、内焦式の(b)の方が画角が広い。無限遠の撮影では画角は一致する。

(a)
(b)

このようにピント合わせによって像倍率が変化することを「ブリージング」と呼んで、最近ときどき話題になっている。特に動画の世界ではブリージングが嫌われることがあるのだ。テレビドラマなどでよくある場面だが、2人の人間が互いに向き合って話していて、カメラに近い人間が話しているときにはその人間にピントを合わせ、カメラから遠い人間に話し手が移ると、ピントもそちらに移るという「ピント送り」という手法がある。このときにピントが変わると同時に被写体の大きさも変わっては困るというのだ。そこで、特に動画撮影を意識したレンズではこのブリージングを「抑制」したことを謳っているものがある。つまり冒頭の図1(d)のように焦点距離の変化のみでピント合わせを行い、後側主点の位置は変化しないような設計とするわけだ。

静止画の場合でも、近接撮影のときなどブリージング抑制の恩恵をこうむることがある。ピント合わせをしない状態でだいたいのフレーミングをしてカメラの位置を決める。そしていざピント合わせをしてみると画角が狭くなって被写体がフレームアウトしてしまうようなことは、筆者もよく経験する。そんなときにブリージングが抑制されたレンズならば画角が変化しないので、ピント合わせ後にカメラの位置を修正するようなことは起こらない。

ただ、良いことばかりではない。どうかすると同じ撮影倍率を得るのに、より被写体に近づかなければならないケースも起こり得るのだ。結果としてワーキングディスタンスが短くなる。マクロレンズに内焦式が導入された初期には、「近づいても思うように像が大きくならない」というようなクレームがあったと、カメラメーカーの人から聞いたことがある。

豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在は日本大学写真学科で教鞭をとる傍ら、カメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「とよけん先生のカメラメカニズム講座」(日本カメラ社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。