カメラ用語の散歩道
第1回:ピント合わせ(前編)
2020年11月9日 06:00
とよけん先生こと豊田堅二さんによる、カメラ用語の由来や歴史、その意味するところや関連事項をたずねる新連載「カメラ用語の散歩道」がスタートします。(編集部)
豊田堅二さんの連載一覧
・レンズマウント物語(2012〜2014年)
・ミラーレスカメラ・テクノロジー(2019〜2020年)
ピントとは?
「ピントが合う」、「前ピン」、「あとピン」、「置きピン」、「ピンぼけ」など、「ピント」という言葉に由来する用語は日常的に使われている。この「ピント」という言葉の由来はなんだろうか?
どうも元々はオランダ語の”brandpunt”から来ているらしい。オランダ語で”brand”は「火」を意味し、”punt”は「点」を意味する。つまり「火の点」。推測するに虫眼鏡で紙に太陽の像を作ると紙が焦げる現象をイメージしているのではないだろうか? その点では日本語の「焦点」つまり「焦げる点」と似た発想と言えるだろう。
いずれにしても「ピント」とは「点」であり、被写体の点の像を点として結ぶことを指していると解釈してよいだろう。つまり点の被写体をちゃんと点として結像するように調整することが、「ピント合わせ」なのだ。
なぜピント合わせが必要か?
レンズ付きフィルムなどの固定焦点カメラを除いて、写真レンズはピント合わせが必須である。なぜだろうか? レンズの形成する像(実像)は、対象物(被写体)までの距離に応じて結像位置、つまり点の像が点となる位置が違ってくるので、シャープな像を得るには撮像面をその位置にもってくるよう、調整が必要だからである。
あるいは次のように考えてもよいだろう。被写体は縦、横、それに奥行きがある三次元の空間だが、カメラの撮像面は二次元の平面だ。三次元の被写体からレンズを通して形成した像も三次元になる。従って、三次元の被写体像をどこか所望の二次元平面で切り取ってやる必要がある。その切り取る位置を選択する作業がピント合わせということである。
ピント合わせの方法
図1(a)を見てみよう。これは無限遠の光軸上の1点を凸レンズで結像したところを示している。被写体となる点から出た光は平行光となって、図の左側からレンズ(緑の部分)に入射し、焦点(後側焦点)の位置に実像を作る。そこに撮像素子(イメージセンサーのこと。フィルムカメラであればフィルム)の撮像面(黄色の部分)を置けば、点の像を撮像することができるわけだ。
次に被写体が無限遠から近距離に移動した場合が図1(b)である。焦点の位置にあった点の実像は後方に移動するので、撮像素子上の像はボケる。これを修正して撮像素子上にシャープな点の像ができるようにするのが、ピント合わせだ。で、それには2つの方法がある。
1つは図1(c)に示すように、レンズと撮像面の距離を変更して、撮像面を像の位置にもってくることだ。通常は撮像素子はカメラボディに固定されており、撮影レンズ全体を前に移動して撮像面との距離を調整することになるので、「全群繰り出し方式」と呼ばれている。
2番目の方法は、レンズの焦点距離を変えるものだ。図1(d)のように被写体までの距離が短くなった分、レンズの焦点距離を短くしてやれば撮像面の位置に被写体像をもってくることができる。焦点距離を変えるには、撮影レンズを構成している何枚かのレンズの一部を動かしてやるのだ。どのレンズを動かすかによって、前玉回転、内焦式(インナーフォーカス)、リアフォーカスなどの呼び名がある。全群繰り出し方式に対してこれらの方法を総称するような呼び名はないが、ここではとりあえず「部分移動方式」と呼んでおこう。
全群繰り出し方式
昔、大判カメラの時代には撮影レンズはレンズボードに固定されており、感光材料が装填されたカメラボディとは蛇腹で接続されていた。そこでピント合わせのために両者の間隔を変えるには、レンズボードをレールに沿ってラック&ピニオンという機構を使って動かす方法が定番であった(図2)。また、ローライフレックスのような二眼レフでは、上下に並んだファインダーレンズと撮影レンズのボードを、カムで前後に移動させる方法が主流であった。
35mm判などの小型カメラが登場すると、ヘリコイドと呼ばれる多条ねじ(ねじ山が複数あるねじ)をレンズ鏡筒に設け、その回転でレンズを出し入れする方法が使われるようになった。多条ねじはけっこう工作精度を必要とする部品だったので、一時は「ピント調節はヘリコイド」と書いてあると、後述する前玉回転に対して高級なメカを象徴するものであった。
このヘリコイドによるピント調節方式には「回転ヘリコイド」と「直進ヘリコイド」がある。回転ヘリコイドはボディに固定される鏡筒には、めねじのヘリコイドを、レンズを保持しているバレルには、おねじのヘリコイドを設けて、おねじ側を回転することにより、レンズ全体を出し入れする方式だ。要するにねじ孔にボルトをねじ込むようなものである。シンプルな方法だが、レンズバレル側に絞りダイヤルやレンズシャッターのシャッターダイヤルがある場合、ピント合わせによって一緒に回転してしまうという不都合がある(写真1)。ライカの標準レンズとして有名なエルマー50mm F3.5はその代表的な例だ。
それに対して直進ヘリコイドはレンズバレルを回転させず、直進だけするようにキーで規制し、内側にめねじのヘリコイドを設けたピントリングの回転でおねじ側のレンズバレルを出し入れするもので、回転ヘリコイドのような不都合はない(図3)。この直進ヘリコイドによる全群繰り出し方式は、現在でも単焦点レンズのピント合わせに用いられている。
バックフォーカシング
全群繰り出し方式はレンズと撮像面の相対的な距離を変えればよいので、必ずしもレンズ側を動かす必要はない。その代わりに撮像面を前後に動かしてもよいのだ。実際に大判のビューカメラなどではレンズボードとフィルムホルダーが同じレールの上に位置し、両方とも前後に動かすことができるので、フィルムホルダーが設けられた板(リアスタンダード)を動かしてピント合わせをすることも可能だ。
大判カメラ以外の、普通のロールフィルムカメラでも撮像面を動かす形式のピント合わせ(バックフォーカシングと呼んでいる)を採用した例がいくつかある。有名なのはマミヤのスプリングカメラ、マミヤシックスの各機種(写真2)と、デビッド・ホワイト社のステレオカメラ、ステレオリアリストだ。両者ともフィルムの画面枠を設けた部品と圧板でフィルムを挟み、それを前後に動かすことによってピント合わせを行っている(図4)。
このような機構を採用した背景にはそれぞれ理由がある。マミヤシックスの場合は折り畳み可能なスプリングカメラなので、レンズの動きをボディ側の距離計に伝えて連動させるのは少々厄介だ。バックフォーカシングであればボディ側でピント合わせをするので距離計との連動がやりやすくなるのだ。ステレオリアリストの場合は2つのレンズを同時に前後させるよりもフィルム側を動かした方が機構がシンプルになると考えたのだろう。
AFの一眼レフでも、1996年に出たコンタックスAX(写真3)がバックフォーカシングを採用している。このカメラではフィルムだけではなく一眼レフのメインミラー、ファインダースクリーンやペンタプリズムを含めたカメラボディ全体を動かすような機構になっている。つまりレンズマウントを有するカメラボディの外郭の中にもう一つカメラボディを内蔵し、それを前後に動かすような形をとっている。
このようにすることによってマニュアルフォーカスのレンズでもAFが可能になるというメリットが生まれるのだが、反面ボディが大きくなり、しかも撮像面が前後する距離に限界があるので焦点距離の長いレンズでは繰り出し量をカバーできず、AFの使える被写体距離の範囲に制限が生じるなどの問題点がある。そのためか他に追随するカメラは登場しなかった。
このバックフォーカシングは、デジタルカメラでも撮像素子を前後に移動させればよいので実現の可能性はある。ボディ内手ブレ補正などで撮像素子そのものを動かすことは一般的になってきているので、むしろフィルムカメラよりもメカ的なハードルは低いのではないだろうか。しかし、今のところ敢えて採用するメーカーはなさそうだ。マニュアルフォーカスのレンズをAFで使えるようにする手段としては「TECHART LM-EA7」(2016年)のように、マウントアダプターに繰り出し機構を組み込んだ例、つまりヘリコイド付きのマウントアダプターを電動にした例もあるが、これは全群繰り出し方式の一種と考えることができるだろう。これを更に進めて、どんなレンズを装着してもAF可能なバックフォーカシングのミラーレスカメラなんていうのも面白いと思うのだが。
(「ピント合わせ」後編につづく)