山岸伸の写真のキモチ
第7回:CP+コンテンツ「山岸伸OM-Dの写真のキモチ」制作ノート
いま撮影の手の内を明かしたワケ
2021年4月1日 06:00
オンラインのみでの開催となった2021年のCP+。山岸さんはOMデジタルソリューションズの特設ステージで、自身の撮影現場を克明に伝える映像をもとに、撮影手法を赤裸々に語りました。連載7回目となる今回は、配信映像撮影の舞台裏に迫ります。(編集部)
OMデジタルソリューションズの門出に向けて
オンライン開催となったCP+2021。OMデジタルソリューションズとしては、ほぼ初となるユーザーイベントとなりました。そうした特別な意味を持つわけですから、登壇のオファーを引き受けたことについて、僕は深く考えました。
皆さんご存知のとおり、OMデジタルソリューションズにとって今回のCP+は、いわば新会社としての門出となるイベントでもあったからです。僕にとって同社のカメラは、かれこれ20年以上、苦楽をともにしてきたパートナーです。長く慣れ親しんでいるからこそ、何としても恩に報いたい。そう考え、この特別な回に自分が何をできるのかを真剣に考えました。
すでにご覧なった方もいると思いますが、自分自身の撮影現場のありのままを映像コンテンツにまとめて、自身の解説を加えてお届けする、という手法を選びました。今回は、この収録の舞台裏を中心に、配信映像のテーマについてお伝えしていきたいと思います。
モデルは白本彩奈さん
今回モデルをお願いしたのは白本彩奈さんです。NHKのBS配信番組のほか、『動物戦隊ジュウオウジャー』といった特撮ドラマ、同じく特撮の『仮面ライダーアマゾンズ Season 2』といった映画にも出演しています。他には『DECADANCE―太陽の子―』といった舞台など、多彩な分野で活動をしている女優さんです。所属はGMBプロダクション。そのほかの出演作品はプロダクションのWebページに掲載されています。
撮影の前半パートは九十九里の浜辺
海辺とハウススタジオを使用しました。海は僕にとって様々な思い出が詰まっている九十九里。今回の企画自体、CP+2021 ONLINEの開催を目の前にして詳細が固まったものですので、撮影は非常に寒い時期での実施となりました。
撮影当日は東京・神田の事務所に集合。2台の車に出演スタッフが分乗して、一路千葉県へ向かいました。状況は新型コロナウィルスが猛威をふるい、再び感染者数が増加している時期。様々な自粛要請の関係もあって、遠方に行くことは難しい状況です。むろん時間も限られていますから、確実に撮りきらなければなりません。そこで、馴染みのある千葉県の九十九里をロケーションに決めました。
この日は午前中しか晴れないという予報でした。天候について心配していたところ、折よく岡嶋和幸さんから、当日海は晴れているから大丈夫という連絡が入ってきました。現場に着いてみると、驚いたことに無風。太平洋に臨む九十九里の浜辺をこうした条件で撮影できたということは、きっと写真の神様が味方をしてくれたんだと思います。本当にラッキーでした。
ところで、今回このような映像でCP+の配信内容を固めていったことには、もちろん理由があります。それはモデルを撮った写真を見せながら語るという内容は、去年くらいからパイが小さくなっていると感じていたからです。それをふまえてOMデジタルソリューションズと内容について相談したところ、「好きなようにやってくれ」と言ってもらえました。これまでの信頼関係があったからこそ、ここまで任せてもらえたのだと思います。
だからこそ、配信映像を見てくれた視聴者ひとりひとりに、何かを持って帰ってもらえる内容にすることを目標に、最後まで見てもらえるコンテンツに仕上げようと考えました。その答えが、僕自身の撮影現場やテクニックを余すところなく紹介するというコンテンツでした。写真について語るよりも、ロケで実際に女の子を撮っている方法を見せたかったんです。
いつもは撮影する側ですが、今回は僕も出演者のひとりとなって映像をつくりあげていくことが今回のコンセプトです。これがいつもの撮影と違う、一番のポイントでした。
なぜロケで多人数が必要なのか
映像をご覧になった方は、もうお気づきの事と思いますが、僕の撮影現場では関わる人間の数が多くなります。モデルとカメラマン、事務所アシスタントの面々、ヘアメイク、衣装などがひとつのチームとして総出でひとつのコンテンツをつくりあげていきます。個撮(一対一の個人撮影のこと)とは違いますから、モデルとカメラマンが一対一で向き合うことはありません。モデルの私生活を含めたプライベートには入っていかない、というのが僕のルール。このようにモデルとは一定の距離を置いていますので、なおさらですね。
現地にはアシスタント2人のほか、これまで僕の事務所に勤めてくれていたOBにも協力を要請。ドローンによる空撮映像も交えることで、より現場の状況が分かりやすくなるように工夫を凝らしました。
各スタッフの役割は明快です。そして各々が果たす役割も基本的にひとつ。それぞれのスタッフにひとつの仕事を100%の達成率で責任もって対応してもらうことで、写真と映像のクオリティを確保しています。
ドローン班の考え方も同じです。映像の中で使用しているドローンによるクリップはごく一部だけですが、パートごとに意味のある映像を挿し込むためには、どうしても終始専任の操縦者が必要になります。映像編集時には、当然使用しているクリップ以上の素材が求められるからです。
また、現場ではテザー撮影も採り入れていますのでPCをモニタリングしてくれるスタッフも必要ですし、レフ板やオフカメラでのストロボ運用なども欠かせません。このようにして、役割ごとにスタッフを配置していった結果として、映像のような人数になっていったというわけです。大げさに見せようっていうんじゃなく、どうしてもこれだけのスタッフが、この映像を完成させるために必要だった、ということなんです。
名脇役としての2本の傘
現場シーンで度々登場している白黒2本の傘ですが、これらは僕の撮影に欠かせないアイテムのひとつです。それぞれの役割ですが、白い傘は直射光を軟らかくするためのもの。ハワイで買ってきたもので、いま買おうと思っても中々見つけることはできません。
順光と逆光の違いですが、引きは順光で捉えていました。このカットは逆光で撮影したものです。順光の写真はちょっと古く見えるけれども、逆光は新しく見える写真に仕上がります。あと、太陽がまぶしい時に目線を撮りたい時は、太陽の方を向かせないっていうこともポイント。自然とケンカしても勝てるわけがありませんから。これも僕が撮影で大切にしている決め事のひとつです。
ちなみに、この撮影ではF1.2の単焦点レンズ3本(17mm、25mm、45mm)が活躍してくれました。僕はやっぱり明るいレンズを使いたい。そんな明るいレンズを直射光にあふれる海辺で使えるんですか、という質問もありましたが、もちろん常に開放で使っているわけじゃありません。それよりも重要なのは、明るくても軽くて取り回しがいいっていうこと。おかげでフットワーク軽く、モデルの周囲を観察しながら撮影していくことができています。これら3本があれば仕事できちゃうってくらい気に入っています。
次に黒い傘。これはハレ切り用です。僕はファインダーをあまり覗かない撮影スタイルですから、海辺のように光線状態が強い現場では背面モニターが見づらくなります。そういった意味から必需品であるわけです。
値段で言えば、2本揃えで3,000円くらい。でも「これさえあれば人は撮れる」っていうくらい大切な道具です。他にも、モデルやスタッフの荷物を海辺の砂から守るための白いシーツ(状況に応じて大きなレフ板の役割もこなしてくれる優れものです)など、本当に大切な道具って、実は機材屋では扱っていないんです。そうした道具を用意することも含めて、知恵の使い方こそが経験の賜物だし、蓄積。大人数を引き連れて行くようなロケでも、道具は仰々しいものにしたくない、というのが僕の流儀。カメラマンはフットワークが軽く、どんどん動かなくてはダメですからね。
逆光は新しい印象の写真に仕上げるためだけではありません。衣装の質感を出したい時にも有効。モデルも大胆に砂浜で横になることはあまりないと、積極的に協力してくれました。
露出の合わせ方で、仕上がりに特に大きな違いが生まれる浜辺での撮影ですが、今回はストロボを2灯用いたオフカメラ撮影も採り入れています。ふだんの撮影ではストロボは使わないんですが、今回はカメラの良さを最大限引き出すこともテーマのうち。瞳AFといった最新の機能も積極的に使って撮影を進めていきました。
海での撮影ですから逆光をいかして、シルエットにしたシーンも押さえています。全体を配列して組み合わせて行く時にも、こういったカットがあると見せ方の幅がひろがります。
撮影後半はハウススタジオで
海辺での撮影を進める途中、彼方の空に雲が見えてきました。今回の撮影で晴天が得られるのは午前中だけだとみていましたから、ハウススタジオも確保していました。案の定、曇り空となってきましたので、スタジオに移動して後半の撮影に臨みました。光の有り無しで、写真は全く違ってきますから、太陽が差さない状況になっても光をつくることができるスタジオの役割は重要です。
映像の中でもコメントしていることですが、あえて若干ピントの甘い写真も混ぜています。全部が全部バチピンだと見る側も少し疲れてしまうし、つまらないでしょ?
それよりも大切なのは事前の準備。カメラは今の時代、みんな性能がいいのでキチンと写りますから、そこは問題ありません。でも光ばっかりは自然のものなので、そこは合わせていかなきゃいけない。ある程度はつくれるといっても、自然光の美しさは違います。
今回の映像、尺としては約1時間でした。この時間が視聴者にとって満足感の高いものとなるよう、内容を仕上げていくことが僕の仕事です。感覚的にはグラビアで5〜6ページをつくっていくようなイメージです。撮影カット数に制限や指定はありませんでしたので、どのように組み立てていくかが問われました。
意識していたことはトータルでのハーモニー。「見ている人がどう感じるか」ってことを兎に角意識して撮っていきました。仕上げは僕自身のイメージに合わせてね。「色なんてどうでもいいんだよ」ってコメントもしているから、人によっては不遜なことを言っていると思われたかもしれません。でも写真ですから、最終的に僕自身のイメージになればいいわけです。そこは自信をもって撮っていかないと。
この撮影ではリングライトも活用しています。撮影当日は、本当に写真の神様が味方になってくれて、光に恵まれることとなりました。ただ、場所によっては光が強くなってしまって、逆光や半逆光では絵にならない場面もありました。そうした場面で活躍してもらったってワケ。こうした道具も使いどころです。周囲の観察と、色んな道具を撮影に取り込んでいくことが大切です。
「山岸伸」のスタイル
僕の撮影スタイルをすべてお見せした今回の映像。実にスタッフが総出となって築き上げた1本となっています。ナビゲーターを務めてくれた大野克己さんとのやりとりでは、同じようにやれば僕と同じ写真が撮れちゃうんじゃないの、なんてセルフツッコミする場面もありましたが、これは冗談じゃなく本気で言っていることです(笑)。だって、今は性能の良いカメラが気軽に手にできるようになっていますから。今だからこそのコメントだったワケです。ご視聴いただいた皆さんには、本当に撮影の参考にしてもらいたいと思っていますし、それこそが、皆さんに持って帰ってもらいたいと考えていたことのひとつでしたから。
ただ、コストはかかります。今回は映像として仕上げる性格上、通常の撮影現場よりも人が増えていますが、それでもヘアメイクや衣装、アシスタント数名が必要となります。きちんと撮ろうとすると、どうしてもこれだけの人数が求められてきますし、その人数分、撮影に関わる費用は高くなります。移動に関わる費用や食事も必要。それらをしっかりと踏まえているからこそ、得られるクオリティがあるのだということだけは強調しておきたいと思います。1枚の写真を仕上げるためには、実に多くの人が関わっているんです。
そういえば、最新のレンズである「M.ZUIKO DIGITAL ED 150-400mm F4.5 TC1.25x IS PRO」も使いました。これはいいレンズですね。正直に言って僕も欲しいです(笑)。
ポートレートなのに、35mm判換算で「1,000mm相当にもなる超望遠レンズが必要なんですか?」と思う人もいるかもしれないので、少しだけ補足すると、僕は今のカメラはオールマイティーじゃなきゃいけないと思っています。何かひとつに特化しているだけではダメだという意味です。上の写真を見てください。とても、いい感じに仕上がっているでしょ?
そういう意味では、連写もそうした機能のひとつ。実は連写を使ったのって、ばんえい競馬での撮影が初めてだったんです。肉眼が捉えた瞬間とカメラ側のレリーズにどうしても差があって、馬の足が揃わなかった。その時まではワンショットAFでしか撮影していなかったのですが、連写に切り替えたところ、しっかり撮れるようになって(笑)。こうしたこともあって、今ではだいぶ考え方が変わってきています。
デジタルなんだから、どんどん撮ればいい。ポートレートだって同じです。360度モデルの周囲を観察して、場所ごとに光がいい場所があればどんどん撮っていくべき。フィルムみたいに枚数の制限やコストがかかるわけじゃないんですから。これはアシスタントにもずっと言っていることです。とにかく気になったら撮る。そもそも撮っていなければ、セレクトだってできないんですから。いま僕たちが手にしているカメラは、それに応えるだけの機能を持っているんですから、撮らなければもったいないですよ。